ジョーの小さな恋物語
ジョーは男前のイカした奴だった。あいつが町を歩けば女達は一斉に振り返る。噂じゃ町一番の年寄りだったアメリア婆さんは、ずっと足腰弱って散歩にもいけなかったらしいのに、あいつの姿を見つけた瞬間走って追いかけたらしい。
「よう、アルフレッド。」
ジョーが飯を食ってる俺のところに来た。
「なんだよ。ジェームズはいねぇぞ。」
俺はがぶりとカブを食っていった。
「いや、あいつは最近付き合い悪くて話になんねぇ。子どもが生まれたとたんあのざまだ。まったく、親にはなりたくねぇな。」
そんな話をしていると、旦那がジェームズとやってきた。
「よう、色男。まさかうちのマリーに会いに来たんじゃないだろうな。」
気さくな旦那がジョーの頭をガシガシなでた。
「よせよオヤジさん。そりゃあんたのところのマリーは良い子だけど、マリーにはアルフレッドがいるじゃないか。」
「おい、てめぇいい加減にしろ。」
俺はカブを噴出して、柵をとんとん、と叩き抗議した。
「マリーだって? 冗談じゃない。あんな何考えているか分からない女、俺はごめんだ。」
ふんっと俺は鼻息をして背を向けた。旦那は、ははっと笑っている。誤解されたかもしれない。
「おい、待てよアルフレッド。」
「なんだよ。」
旦那が行ってしまった後も残って、ジョーは俺に言った。
「お前の家、マギーの近くだろ? 」
「はぁ? 」
俺はマギーの顔を頭の中で想像した。
マギーは手足の短い、いわゆるデブだった。体が病気かってくらいぷくーっと膨れている奴で、胸がでかいが腹もでかく、尻も勿論でかかった。
「おい、お前まさか・・・…。」
「ちょっと、彼女と話がしたいんだ。けどあそこのオヤジは俺みたいなのを嫌ってるんだ。庭先から覗こうものなら怒鳴りつけられる。最悪石を投げるぜ。」
呆然とした。呆然としながらも、俺は考えを巡らせた。
「おい、マギーはやめとけ。そうだ、キャロルにしろ! あいつだってかなりいい胸してるじゃねぇか。」
「アルフレッド。俺はデブが好きなんじゃない。」
おい、やめろジョー。
「マギーに恋しているんだ。」
聞きたくなかった、そんな言葉。
そんなわけで、俺の心は一気にブルーになった。マギーとジョー? くっつくなんてありえねぇ。
どんよりした気分で部屋に行こうとしたとき、ぺちゃくちゃと話し声がした。
「うちのママったらまた新しいワンピースを買ったの。それがとっても似合ってなくて、もう呆れちゃった。」
「マリーの家のジェシーおばさんはいつもすっきりしていていいわね。」
「そうね。でも、時々すっごく変なのを着ているの。それを着てどこかにいっちゃうわ。」
見ると呑気そうなマリーが井戸端会議に出席していた。
「あら、アルフレッド。」
マリーが俺の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?なんだか、曇り空のような顔だわ。今日は美味しいカブをいただいたんじゃないの?」
この頭おかしい喋り方をする女と俺が恋に落ちるってのか?
「はっ。」
嘲笑してやった。
「まぁ、溜息? 」
「不思議ちゃんは黙ってな。」
俺はマリーに尻を向けて部屋に行く。薄暗い所に行って落ち着こう。
「そうそう、マリー今度マギーさん別の町に移るそうよ。」
「なんだって? 」
思わず口を挟んだ。全員が俺を見た。
「いつだ? 本当なのかよ、それ。」
「本当よ。」
ミーシャが柵の上で足をぶらつかせながら言った。こいつの情報網は確かだ。
「ジョーのやろう……。」
あいつは知っていたんだ。だから無謀な恋に燃えているんだ。
「アルフレッド、マギーさんがどうかしたの? 」
俺はマリーの目を見た。とぼけた顔をしているこの女の、外見からは想像つかないある特技を思い出した。
「マリー、お前をアフロ仲間と見込んで頼みがある。」
「私は巻き毛よ。ほら、貴方より少しストレートが入っているみたいでしょ? 」
分かるか、そんな違い。だがそれをここでつっこんでる場合でもない。
「ジョーのために協力してくれ。」
俺は友人のために、このどうしようもない不思議ちゃんに協力を求めた。
マギーは広い庭でちょこちょこ歩いていた。相変わらず安産型の立派な尻でマギーだとすぐわかった。
俺は遠くからをそれを見ていた。体を低くして、水のみ場からはみ出ないようにしていると、作戦が第二段階に移るのを見た。
マリーが頭弱そうな顔をして、マギーの主人に近づく。
「なんだお前。また脱走したのか? 」
「ごきげんよう。トムおじさん、素敵なお庭ね。」
強面のおっさんだが、マリーのアフロ(本人は巻き毛と言い張るがどう見てもアフロ)を触った。
その隙に毛玉がもそもそ動いてマギーに近づいた。マギーは最初びくついたが、すぐに落ち着いた。そして、マギーは毛玉としばらく喋っていた。
「マリー! こら、お前また逃げ出したのか! 」
やべぇ、旦那が怒鳴っている。マギーの主人はマリーの背中を押して旦那の所へ行った。
「すみません、ゴブソンさん。うちのマリーは花が好きで、食べやしないんですが……。」
「私は犬は嫌いだが、羊は好きだ。気にしちゃいないよ。」
マギーの主人はぽふぽふっとマリーの頭を軽く叩く。
「六歳の頃、野良犬に噛み付かれてからダメなんだ。」
マギーの主人の暗い過去を俺は知った。そんなわけだ、恨むなジョー。
「ほら、マリー。お前もアルフレッドみたいに大人しくしなさい。」
旦那がマリーを柵の中に入れる。そろそろヤバイ。案の定、旦那は水のみ場の陰に隠れている俺を見つけた。
「逃げろ! ジョー! 」
俺は叫んだ。マギーの主人は彼女に近づいていった毛皮を振り返った。
ちょっとした騒ぎになったが、ジョーの身元はばれなかった。マギーは怪我をしてないし、毛皮は少し犬の毛がついただけで特に汚れなかった。
マギーの主人と旦那の仲が悪化したけど、すぐあのおっさんは引っ越すんで別に良いだろう。
ジョーはしんみりしていた。俺は声を掛けようと思ったけど、少し戸惑っていた。するといらんことしぃの、俺と同じ五分刈りジャーヘッドのマリーが言いやがった。
「ジョー、その瓶もしかしてマギーさんの母乳じゃなくて? 」
多分柵のそばに置いていた牛乳瓶だ。ジョーの奴、見つかったらうちの旦那にも殴られるだろうし下手したら殺されるってのにすごい根性だ。
「彼女が一本くれたんだ。」
ジョーが言った。
「マギーは、ずっと遠くで子どもを産むらしい。ここよりもっと田舎だと言っていた。」
「……そうか。」
「素敵ね。」
マリーが無神経に言いやがった。
「幸せなことか? マリー。」
ジョーが西日のせいでやばいくらい暗い顔で言った。
「彼女は一人で子どもを育てるんだ。」
「一人じゃないわ。トムおじさんがいるもの。」
じわっと、ジョーの目に涙がたまった。
「そうだな、あのおっさんなら、マギーを幸せにしてくれる……毎日彼女の背を優しく拭いていたあのおっさんなら。」
そう言ったかと思うと、ジョーは鼻で牛乳瓶の蓋を押し込み、中身を飲み始めた。
「おい、ジョー。腹壊すぞ。」
俺は一応言ったけど、あいつはやめず、牛乳瓶を一気のみした。
それからしばらく、ジョーの姿を見なかった。やっぱ腹を壊したんだ。俺とマリーは小さくそう思った。
しばらくして、ジョーの飼い主はめちゃくちゃ美人を連れてきてお見合いをさせたけど、奴はどの美女にも興味をもたなかったらしい。けど最終的に、エイミーと結婚した。ボンレスハムみたいなりっぱなデブで、白と黒の模様の入った毛並みをしたとんがり耳の雑種だった。