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剛毛のキャンディ

 僕は久しぶりにハーベス村にやってきた。今まで色んなところにいったけど、この村ほど呑気で穏やかで、ご飯の美味しいところはなかった。特にヴィクターおじさんの作るご飯が一番美味しい。生きた魚がまじっていて、主食もしっかりしている。


 ヴィクターおじさんの家は相変わらず質素なつくりで小さな庭に隣の家のリンジーや通りすがりのジョーがいた。ジョンじいさんも、今年もなんとか生きているらしい。ヴィクターおじさんの家で一番可愛い女の子、マリーも去年より少し大きくなっていた。段々母親のエリザベッタに似て、ふわふわの巻き毛やぱっちりした眼が彼女に瓜二つになっている。チビだったジェームズもずいぶん逞しくなった。昔はマリーのイタズラを止めることができなくておろおろしていたけど、今はどうなんだろう。相変わらずの優等生っぽい顔だ。


 ヴィクターおじさんがやってきてマリーの頭をなでて言った。


「マリー、キャンディを覚えているか? ヘンリーがもうすぐ連れてくるぞ。」


 マリーはつぶらな目を輝かせておじさんを見た。


「本当に? キャンディがくるの? 」


 僕はそれを風見鶏の上から見ていた。日差しが暑いので、ヴィクターおじさんがいなくなったら鳥小屋にお邪魔させてもらおうと思っていた。


「嬉しいわ、キャンディとっても大きくなったでしょうね。」


 マリーは歌うように笑った。鼻歌を歌いながら、お尻を振って踊っている。


「そうだね、マリーより大きくなったかもしれないよ。」


 ジェームズが言った。僕は彼の頭の上に降りようとしたが、気づいたジェームズはさっと避けた。惜しい。昔はあのメッシュの所に着地できたのに。


「いいじゃないかジェームズ。君のつやつやの頭に乗させてくれよ。」


「お断りだよ、アリ。今年もうちに来たのかい? 」


ジェームズは呆れて言った。


「そうさ、ヴィクターおじさんの作るご飯がこの村で一番美味しいからね。」


 僕はちらりと小屋を覗く。


「リンダはいないね? 病気かい? 」


「リンダは今臨月なの。もうすぐ子供が生まれるのよ。」


 マリーがうきうきして言った。


 僕が小屋を見ていると、リンダじゃなく巻き毛の青年が出てきた。のそのそと、低血圧気味なのか顔が暗い。


「で、あのいかつい顔の青年は? 君と同じ巻き毛だね、マリー。」


 柵の近くでクローバーを食べてはじめた成年を見て僕は言った。


「アルフレッドよ。春に来たの。アルフレッドー、もうすぐキャンディがうちに来るのよ。仲良くしてね。」


 いかつい顔したアルフレッドは、こっちを見向きもしなかった。


「彼、病気かい? 」


「アルフレッドはいつもあんなよ。シャイなのかしら。」


マリーの言葉は信用できないので、僕はジェームズを見た。ジェームズは苦笑いした。


「アルフレッドは山に何年もこもっていたんだ。そのせいで……多分……口下手になったんだよ。」


気遣い屋のジェームズが言ったので、僕は面白くなってアルフレッドに近づいた。


「ごきげんようアルフレッド。」


「誰だてめぇ。」


 なるほど、確かにこの青年は昔からヴィクターおじさんの家にいたわけではないようだ。毛色が違う。


「僕はアリ。旅行者だよ。去年は東にいってきたんだ。」


 アルフレッドはむすっとしていた。


「もうすぐキャンディがくるんだってさ。君も楽しみだろ。」


「頭に花咲いた女はもういらねぇよ。」


「おや、そんな。マリーみたいな子は一人だよ。」


 僕はアルフレッドの顔を覗き込んで言った。


「まぁ、僕が思い出がてらお話しするから聞いてくれないかい? 」


 アルフレッドは、僕をちらっと見てふんっと言った。でも、逃げないということは、聞く気があるということだ。






 キャンディは変わり者のヴィクターおじさんの兄のヘンリーおじさんが連れてきた。小さくてごわごわした毛のキャンディの背中には縦じまがあった。


 ヘンリーおじさんはエリザベッタとマリーの傍にキャンディを置いてみてほしいと言ったけれど、エリザベッタは嫌がった。エリザベッタは初めての子供マリーが生まれてからとっても神経質で警戒心が強い。他の子でさえ蹴りだしてしまうのに、キャンディを受け入れるはずがない。


「何かしら、あの子。馬でもない、犬でもない、豚でもない。」


エリザベッタは子育ての疲れもあってぐったりしていた。ヴィクターおじさんもそれを知ってか、少し不安げだった。


「まぁエリザベッタ、気にしないことだね。すぐヘンリーおじさんは遠くに行っちまうさ。」


僕は白い羽をくちばしで掻きながら言った。


「そうねアリ……。早く連れて行ってくれないかしら。」


 ぐったりしているエリザベッタとは違って、娘のマリーはキャンディと仲が良かった。ここにはマリーと同い年の子供がいないので、友達が出来たみたいで嬉しかったのだろう。鼻をくっつけあって楽しそうにはしゃいでいた。


 エリザベッタが昼寝をしてしまうと、マリーはキャンディと一緒にこっそり柵を越えてあちこちを散歩した。そして二人そろってヴィクターおじさんに脇に抱えられ、かえって来た。


「おじょうちゃんがた、どうだい冒険は。」


「楽しかったわ。でもね、もう少しで美味しいレタスを食べれるはずだったの。」


 マリーは残念そうに言った。キャンディはにこにこ笑っていた。


「ちょうちょを追いかけたの。マリーの巻き毛に止まった、黄色いやつを。あっという間に逃げちゃったんだけどね。」


「今度は絶対レタスを食べるの。クローバーもね。」


 マリーは決意を燃やしていた。


そのうち慣れたせいかエリザベッタがキャンディにも優しくしてくれるようになった。三人は同じ家族みたいになった。


 エリザベッタはマリーの脇腹をくすぐるように撫でることがあった。マリーはくすくす笑って、くすぐったがった。エリザベッタはキャンディの脇腹もすりっと撫でた。するとキャンディは、足をつっぱったまま、こてんと倒れた。


「キャンディ、どうしたの? 」


エリザベッタは驚いてキャンディの顔を覗きこんだ。マリーも慌ててキャンディに駆け寄った。


「なんでもないの。とっても気持ちよかったので、身体中の力が抜けちゃったの。」


 キャンディは起き上がって言った。


「キャンディ、身体が固いの? 」


「そうみたい。私、足がぴんっと張ってるの。」


 マリーはキャンディの脇腹に擦り寄った。すると、またキャンディはこてん、と倒れた。二人は可笑しくなって、きゃっきゃと笑った。


 小屋の中でマリーとキャンディを抱えるように休んでいるエリザベッタは、ごわごわしたキャンディの髪の毛をそっと鼻で撫でた。


「不思議な子。何者なのかしら。」


 一番物知りのジョンおじさんも、キャンディが何なのかわからなかった。


「昔、ずっと東のほうに行った者達が言ったのを聞いたことがある。キャンディのようにごわごわとして、身体のぴんっと張った生物がいると。」


 エリザベッタは溜息をつく。


「キャンディの母親は、どこにいるのかしら。この子を置いて行ってしまうなんて……。」


 エリザベッタは不憫に思ったけれど、キャンディはちっともそんなこと気にしなかった。マリーと一緒で、エリザベッタも優しくしてくれてとても幸せだった。


その頃ちょうどヘンリーおじさんは帰ることになり、キャンディとマリーは引き離されれてしまった。


マリーとキャンディの悲しそうな声が村中に響いて、みんな胸が痛かった。


「また連れてきてやるさ。」


なんて、ヘンリー叔父さんの言葉なんか信用できるわけもなく、マリーはずっとエリザベッタの傍で泣いていた。


 




「そんな二人がついに再会! どうだい? 泣けるよ絶対に。」


 アルフレッドは興味がないらしく、小屋のほうに向かっていた。マリーはまだ嬉しそうに歌っていた。


 そのときだった、黒い塊が牧場に走りこんできた。ちょうど柵の傍にいたアルフレッドを突き飛ばし、彼は小屋の壁にぶつかった。


「キャンディ! 」


マリーが叫んで、黒いものがマリーの前できゅっと止まった。


「マリー? マリーでしょ。ふわふわの巻き毛の女の子はマリーだけだもの。」


 ごわごわした毛のキャンディがマリーと鼻をくっつけあった。彼女の背中の縦じまはなくなっていた。感動の再会、でも泣けないのは、アルフレッドがさっきからぴくりとも動かないからだ。


 アルフレッドは気を失っていたけど、骨も折ってないので小屋で寝かされていた。マリーとキャンデイが嬉しそうに擦り寄っている姿を皆が微笑ましく見ていた。大きくなった二人は小さかった頃と代わりが無いように、きゃきゃっとはしゃいでいた。


 夜、やっと意識を取り戻したアルフレッドを僕は訪ねた。


「すごいねアルフレッド。イノシシにぶつかられて生きてるなんてさ。」


 その言葉は彼の勘に触ったらしく、僕は小屋を追い出された。



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