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アルフレッドのアフロ

 俺がまだガキの頃、ジョバンニぼっちゃんと一緒に散歩に行った。ぼっちゃんはチビだったから、街の端で遠くの川を見る距離がせいぜいだった。


「アルフレッド、あそこの川を越えたら母さんがいるんだ。」


 ぼっちゃんごめん。俺はぼっちゃんのおふくろよりも、川の土手いっぱいにいるピンク色のアフロが気になってしょうがなかった。俺の距離から見ても立派なあのアフロに、眼がまん丸になっていたんだ。


 すごいアフロだ。いつかあのアフロを越えてやる。俺は幼心にそう思った。


 俺はその感動を仲間に伝えたが、どいつもこいつも笑いやがった。


「そんなアフロあるわけないだろ。」


「くっだらない冗談をつくんじゃねぇ。」


 ガキだった俺はそんな大人に抗議した。


「本当だよ! 僕見たんだ、いっぱいもこもこしたアフロが、川の向こうにあったんだよ! 」


 次散歩に行ったときは、絶対あのアフロの一部をもいできてやる。そんな気持ちでぼっちゃんが散歩に連れて行ってくれるのを待っていたが、次に散歩に行ったときはアフロはもう無かった。並木が見えるだけで、ピンク色のアフロはどこにもなかった。


 以来俺はホラ吹きアルフレッドというありがたくないあだ名をつけられ、ぐれた。


 俺の荒みがピークに達した頃、ぼっちゃんが俺をアフロの集団の所に連れて行った。


「ごめんよアルフレッド、僕だってお前とは離れたくないんだ。」


「気にすんなよ、ぼっちゃん。俺がいなくなれば、ぼっちゃんはおふくろさんと一緒に暮らせるんだろ? 」


 俺の食いぶちが減れば、そこにぼっちゃんのおふくろが入る。直接言われたわけじゃないが、俺にもそれくらいわかっていた。それに、俺はしょせんぼっちゃんのヒマつぶし程度の相手だし、と冷め切っていた。


「アルフレッド……。」


ぼっちゃんは俺をぎゅっと抱きしめた。


「よしなぼっちゃん。別れがつらくなるだけだ。」


 俺はぼっちゃんをなでてやった。そして自分からアフロの集団に入って行った。


 集団はどいつもこいつも鬱な顔をしていた。なんでも散髪の時期が近づいているらしい。


「マジやだよ……死にてぇ。」


 辛気臭い顔した若いのが言っていた。


 俺は新しい雇い主のそばで働いている金髪の男に声をかけたが、あいつら馬鹿にした調子で俺を笑うだけで、こっちに来なかった。


 どいつもこいつもむかつく。俺は庭の柵をガンガン蹴ってやった。


「おい! 新入り、何をしているんだ! 」


金髪ストレートの男が柵越しに近づいた。


「うるせぇ。このストレート共が、アフロを舐めるな。」


俺が叫ぶと他の奴らにそれが伝染した。


「ここから出せ! もうダーシーに散髪されるのは嫌だ。」


「勘弁してくれよ! 頼むから。」


 奴ら収集がつかなくなってあわてだした。すると、雇い主のダーシーがやってきて俺を掴んだ。


「よし、お前から切ってやる。」


「ああ? 上等だこら。」


 俺は散髪なんかにビビッてたまるかと思ってダーシーの後ろを歩いていった。


 後悔した。


 毛と一緒に何度皮膚をつまれたことか。ジョバンニぼっちゃんが初めて俺の散髪をした時よりひどかった。


 脂性なんで毛を切った端から皮膚を守る油がたらたら出たが、傷がじくじく痛んで顔をしかめっぱなしだった。


 こんなところにいられるか。ぼっちゃんには悪いが俺は脱走した。柵の腐っている場所を見つけ、それをぶったおして仲間と脱走した。わらわらと逃げ出した五部刈りジャーヘッドの俺達を夜中ダーシーは必死こいて追いかけた。


 俺は山に逃げ込んだ。川に落ちる奴、他のアフロ集団に混じる奴、色々いたが俺は何故か山に向かって走った。


 他のアフロ集団に混じっても、俺達はすでにジャーヘッドにされてたんですぐ見分けが付いた。そして俺以外の全員が捕まった。


 雪がちらついたが、俺はダーシーの所に帰りたくなかった。食えるものはなんでも食って、やがて雪が積もり始めた。


 寒さと餓えが俺を襲った。狼の遠吠えにびくつきながら、俺は崖だらけの山に残った。


 俺はぐったりと気を失った。なんとかたどり着いた洞窟の中で冷たく死ぬはずだった。しかし生きていた。ストレート集団に囲まれて。


「おお、気づいたか巻き毛さん。」


「……俺は、アフロだ。」


 さらさらストレート達が言った。


「あんたふもとの奴だろ、なんでここにきたんだ? 」


「寒かったでしょう、よく狼に見つからなかったわね。」


 冷たい洞窟の中は、二酸化炭素が増えたせいか温かかった。俺はもう一度眠りに付こうとしたが、年寄りのストレートが俺の顔を蹴った。


「痛てぇ。」


「眠ってはいかん。朝まで待ちなされ。」


 俺は渋い顔でストレート達と質疑応答の時間を過ごした。


 その後何年か山で過ごした。俺のアフロは肥大し、ずっしりと重くなった。ストレート達は俺を心配しだした。このまま俺が毛玉になると、山での生活に支障をきたすのは解りきっていた。


「アルフレッド、私この前貴方と同じ巻き毛の女の子を見たの。」


 ストレートの女、シャロンが俺に言った。


「貴方はそこに行ったほうがいいわ。貴方だって、そんなに重たい巻き毛を乗せて歩くのはつらいでしょ? 」


「そうだな……吹雪が終わったら降りる。」


 シャロンは俺にそっと寄り添った。


「さみしくなるけれど、貴方はそっちの方が幸せに生きられるわ。」


 ぶっちゃけいい女だったんで離れがたかったが、仕方なかった。


 俺はダーシーの所に戻るのだけは勘弁ならなかったので、シャロンが俺と同じアフロを見た方向へ下った。ダーシーよりはマシだろうと信じて。


 川を越え、雑草を踏み越え俺は行った。雪がとっくに溶けていたんで、虫が飛び始めぽかぽかと気持ちが良かった。眠くなってきたんで俺はどこかで休もうと木陰を探した。


 俺の鼻先にぺとっと何かがくっついた。顔を上げると巨大なピンク色のアフロがあった。正しく言えば、小さな花の集合体。太い幹の上はアフロで包まれていた。


 負けた。


 山にこもってまで作ったアフロはこいつにかなわなかった。俺はふもとを目指して歩いていった。


 最初、俺の姿を見た奴は化け物かと思っていたらしい。そりゃそうだ。俺のアフロはピンクアフロに負けたが羊の中では世界一だった。俺はアフロをさっぱり切られた。切った女将さんは一度も俺の皮膚を切らず、俺をジャーヘッドにした。


 新しい雇い主のところには、頭の弱そうな女、マリーがいた。こいつはストレートヘアーにあこがれ、どう見てもアフロなのにそれを巻き毛と言い張る変な奴だった。


「山ではシロイワヤギさんに出会ったんでしょ? あの人達の髪の毛素敵よね。」


 うっとりとして言う不思議ちゃんに俺はげんなりした。


「ねぇ知ってる? ぽかぽかしてくるとピンク色の大きな巻き毛が山にできるの。どうすればあんな大きな巻き毛ができるのかしら。」


 マリーの言葉に、俺は色々思い出した。ジョバンニぼっちゃん、鬱だったアフロ仲間、冬の間世話になったストレート集団。今の俺にはもう関係ないが、懐かしさで少し泣けた。マリーに気づかれるのが癪だったんで、ずっと奴にはケツを向けてシカトしといた。

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