ストレートヘアーになりたかったマリー
マリーは巻き毛がチャームポイントの女の子。周りの皆がマリーをとってもキュートだと言ってくれる。ジェシーおばさんは時々マリーの髪を切り、そのたびに言った。
「マリー。お前は本当に綺麗な髪をしているね。まるで絹のようだよ。」
だから巻き毛はマリーの自慢だった。
けれど、マリーはある日運命の出会いをしてしまった。
それはマリーがちょっと遠くへハイキングに行ったときのことだった。雪が降ったばかりの山はあちこち白くて、マリーは新雪を踏んでウキウキしていた。そのときだった。マリーより先に、新雪に足跡をぽつぽつ残しているひとがいた。
そのひとはさらさらのストレートヘアーで、細い髪が雪に溶けそうなほど細く。ぱちっりとした黒い目をしていた。
マリーはうっとりとそのひとを見てしまった。そのひとのストレートヘアーは綺麗だった。マリーはなんだか恥ずかしくなって、そのひとに声もかけれず、もじもじしてしまった。とっても綺麗なストレートヘアーのそのひとは、にこっと笑って言った。
「素敵な巻き毛ね。」
と。そしてどこかに行ってしまった。
マリーはおうちに帰ってからも、そのさらさらな髪の毛が忘れられなかった。
「わたしも、あんなさらさらの髪になりたいわ。」
マリーはそう思うと、どうやって自分の巻き毛を伸ばそうか必死に考えた。しかし、自分ひとりではいい答えが見つからなかったので、親友のジェームズにそうだんした。
親友のジェームズに相談すると、彼はびっくりして言った。
「どうしてそんなこと言うんだい?マリー。君の巻き毛はとっても素敵じゃないか。周りに君みたいな素敵な巻き毛をしたひとはいないじゃないか。」
「でも、わたしストレートヘアーになりたいの。ジェームズ、何か良い方法はないかしら?」
ジェームズは悩んで言った。
「さぁ、これは生まれつきとしか言いようがないよ。」
マリーは白いメッシュの入ったストレートヘアーの黒髪のジェームズを見た。黒と白の綺麗なジェームズのストレートヘアーですら、マリーはなんだかうらやましかった。
マリーはそっとうちを抜け出して、ご近所のミーシャのところへ行った。ミーシャはマリーよりもずっと歳が上だから、何か知っているかもしれない。
「ミーシャ、私ストレートになりたいの。何かいい方法はないかしら?」
ミーシャは真っ黒なつやのある短い髪の毛をしている。真っ黒なのも素敵ね、とマリーはミーシャを見ながら思った。
「そうね、リンジーは今までずっとぼさぼさの赤毛だったけど、この前特別な薬を髪にひたしてからまっすぐなストレートになったわ。それを使えば、いいのかも。」
「本当?ミーシャ、お願いそれを私に分けて。」
「ちょっと待ってて。窓からこっそり投げるから。」
と言ってミーシャは家に入っていった。
窓の外からマリーが待っていると、ぽんっとミーシャは薬の容器を投げた。けれどマリーは受け止めきれず、それがばしゃっと頭にかかった。
「まぁいいわ。これをしばらくつけておけば、私だって。」
マリーは陽気になって一目散に家に帰っていった。しかしヴィクターおじさんに見つかり、マリーはお風呂にいれられ、せっかくの薬はあっという間に洗い流された。
「待っておじさん!わたし、もう少しこれを頭につけておきたいの!わたしストレートヘアーになりたいの!」
マリーは泣いて頼んだけれど、おじさんはぷんぷん怒った。
「このおてんば娘!目に入ったらどうするんだ!」
おじさんはマリーの頭にかかった薬をあっという間に洗い流してしまった。
マリーはふわふわの巻き毛のまま、悲しい気持ちで部屋に帰っていった。
「わたし、どうしてこんななのかしら。わたし、ストレートヘアーになりたいのに・・・。」
あの雪山で見た美しいひと。光に透け、雪に溶けそうなほど細いストレートの髪をもったひと。あんな素敵な髪が、マリーはとても欲しかった。今まで自分の自慢だった巻き毛が、とても子どもっぽく思えるほどに。
マリーはこの悲しい気持ちをジョンおじいさんに相談した。マリーの周りにいる人の中でジョンおじいさんより物知りはいなかった。
ジョンおじいさんはふむふむ、と話を聞き、それからうーんとうなり、最後に小さなため息をついて言った。
「マリー、よくお聞き。お前はストレートヘアーにはなれないんだよ。」
きっぱり、おじいさんは言った。マリーはショックでまん丸な目をいっそうまん丸にさせて目をうるませた。
どうして?そんなことはないでしょう。きっと何か方法があるはずだわ。
マリーはそういいたかったけれど、言葉にならなかった。ジョンおじいさんは、そんなマリーに気の毒そうに言った。
「なぜならお前が会ったのは、シロイワヤギだからだ。彼らはわしと同じ山羊。お前は羊のメリノ種。お前は一生巻き毛なんだよ。」
マリーはショックを受けた。自分が羊だということがこんなに悲しかったのは初めてだった。
くすんくすんと牧場に出て行ったマリーは泣いた。するとジェームズがそっとマリーの傍に近寄って、言った。
「マリー、君はそのままでもとっても魅力的な女の子だよ。君の巻き毛はとっても素敵じゃないか。」
マリーはそっとジェームズを見た。
「・・・私、ストレートヘアーがいいの。」
ぽつりと言って、マリーは寂しげに部屋に帰っていった。
どうして私は羊なのかしら。山に住めば山羊になれるのかしら。
マリーはそんなことを考えて、自分の巻き毛をそっと見た。
「そうだわ!これまで巻き毛のままだったのは、おばさんが切ってしまったからだわ!ずっと伸ばせばストレートヘアーになるかもしれない!」
マリーはそう思って、今日から一切おばさんに鋏を入れられないようにしようと思った。
それからしばらくたち、おじさんがなにやら変なものを持ってきた。汚い黄ばんだ、もごもごしたものだった。パシャパシャとフラッシュをたく音がし、毛を刈りとられた羊がいた。
「まぁ、何事かしら。貴方どなた?」
マリーは毛を刈りとられた羊に話しかけた。
「俺は隣の牧場から逃げてきたアルフレッドだ。はさみやバリカンが苦手でね。いや、悪いのはあのへたくそのダーシーだ。いっつも俺の体をはさみの先でつまみやがる。」
アルフレッドは今まで自分が山に逃げ込んだこと、そして何年も山でくらし、ついには体重の何倍もの毛を体からはやし、つい昨日つかまってジェシーおばさんに毛を刈り取られたことをマリーに話した。
「それじゃあ、あの…。」
汚いのは貴方の毛なの?とはマリーは言わなかった。
「あんたのとこははさみの使い方がうまいな。すっかり体が軽くなった。」
マリーは清々しそうなアルフレッドの横顔を見た。
「じゃあ、貴方山羊にはなれなかったのね。」
マリーはがっかりとした。
「山羊だって?俺は羊だ。やつらもそりゃ立派な毛を生やしちゃいるが、俺達だってふかふかのセーターを生み出してるんだぜ。なんで山羊にならなきゃいけないんだ。こんな立派なアフロ、どこにもないぜ。」
アルフレッドは、変な奴、と鼻で笑った。
マリーはふわふわの自分の毛を見た。
「そうね。私たちはストレートヘアーじゃなくても、立派な巻き毛だわ。」
マリーはそう言って、笑った。