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 次の瞬間、大きな木の根本で、加奈子はうずくまっていた。


 「…ここは?」


 見上げると、鬱蒼とした木々が空を覆っている。空気は湿気をおびていて、肌がじめつく。視界に入るものすべてが深い緑だ。地面は草と苔で覆われている。


 どこかの森の中に、加奈子はいるようだった。



 「病院、よーすけくんは…」



 先程までの出来事が、フラッシュバックする。左腕を見ると、傷つけたはずの傷はかすかに残っているものの、もう治りかけだった。

 すぐに治るような浅い傷ではない。まるで数日は経ったかのようだ。



 「よーすけくん、助かったかな」



 そばにいると約束したのに、離れてしまった。

 加奈子は後悔があるものの、「あれ」を彼から追い払うことが出来たと確信していた。



 「あいつは、何なんだろう」



 現実で姿を見るまで、夢に毎回出てきたことをすっかり忘れていた。まるでホラー映画に出てきそうな不気味な姿を思い出し、また寒気がする。何故あそこにいたのか、何故よーすけを狙ったのか。疑問は尽きない。



 そして、あたりを見渡し、加奈子は途方にくれた。







 意を決して歩き出して、何時間が経っただろうか。

 


 携帯もバックパックも手放していた加奈子には、ここがどこだか全く分からない。その右手には持ちてがピンクの、可愛らしいハサミが握られている。病院で加奈子自身が腕を傷つけたものだ。


 うずくまっていた木の根元に落ちていたのを見つけて、拾ったのだ。

 


 「それにしても、寒い…」



 「いま」は、8月のはずだ。

 森のなかにいるとはいえ、この寒さは一体なんだ。歩き続けているからいいものの、汗も冷えて余計に体力が奪われていく気がする。


 遭難、この二文字が頭に浮かぶ。

 ここは日本のどこかなのか?

 一体自分はどこにいるのか…



 不安が焦りに変わって、加奈子はついに立ち止まった。



 大きな石が転がっている。苔むした地面に座りこんで、加奈子は身体を休めた。

 シャツは汗で冷えて、身体が凍えている。足はビーチサンダルで、ほぼ裸足のようなものだ。足は細かい傷で痛みが押し寄せてきていた。


 石にもたれかかるようにして、しばしの休息を加奈子はとろうと目を瞑った。







 …う…うう




 ううう…うう






 うううううううううううう!










 はっと目を開いた時、すでに視界は闇に包まれていた。すこし休むつもりが、夜まで眠ってしまったようだった。石を背にして、加奈子は神経をとがらせる。どくどくと、心臓の音が耳に聞こえる。

 暗闇に目を凝らす。ざくざく、ざわざわと、「何か」が這う音がした。




 ーいる!




 確実に加奈子に迫っている。

 はあはあと息が漏れる。慌てて息を殺すが、音は確実にこちら向かってきていた。


 やがて「それ」の息遣いが聞こえ始めた。




 ざわざわ

 ざわ




 ー近い!



 ぱっと、弾かれたように立ち上がると、加奈子は一目散に駈け出した。途端に、背後の「それ」の速度が上がって、加奈子のことを追いかけ始めたのを感じた。




 ううううううううう!

 ううううううううう!




 ーすぐ後ろにいる!


 

 加奈子は滅茶苦茶に走りだした。木の間を抜けて、急に曲がったり、生い茂った草の中に飛び込んだり。しかし、背後の唸り声は確実に加奈子を追い詰めていた。




 がっ




 衝撃と同時に、加奈子は苔生した地面に突っ込んだ。木の根に引っかかって転んだのだ。慌てて体制を立てなおそうとしたが、もう遅かった。




 ううううううううううう




 ー後ろにいる。



 はあはあと息が漏れる。動け、と身体に言っても、凍りついたように動けなくなった。生臭い息が、首筋にかかる。ざわざわと不愉快な音が背後に聞こえる。


 

 ー喰われる!



 殺されるのではなく、喰われるのだと加奈子は感じた。背後の相手は、まるで獲物を見つけたかのように振舞っている。こちらからは見えないというのに、喜びさえ感じられた。

 これから起きるであろう、凄惨な光景を予想し、加奈子は震えた。



 そして、怒りを覚えた。




 ーなぜ、こんな目に合わなければならない?何故、こんなやつに喰われなければならない?



 ふと、こいつの顔をみてやろうと思った。そして右手のハサミを突き立ててやるのだ。きっと追い払うことは出来ないだろう。でも、なにもせずにこのまま食べられるのはごめんだ。



 意を決した加奈子が、ばっと振り返ると同時に、辺りに光が差し込んだ。

 木々の切れ目から月が顔を出したのだ。




 加奈子は、「それ」を正面から見た。

 そして、怒りは急激に恐怖へと変化する。




 地面に身体を起こした「それ」は、両足を曲げたまま地面についてまるで恐竜のようにに立っている。

 その足と手には鋭い爪が揃っていて、月の光を反射させている。体毛はほとんどなく、全身はぐじゅぐじゅと常に膿んでいるようだった。

 体がかゆいのか、しきりに掻いては、鋭い爪で自分の皮膚を剥がしている。皮膚が剥がれた箇所から赤黒い肉が盛り上がって、すぐに傷を埋めた。

 身体は細く、ガリガリに痩せている。頭は禿げていて、目がない。目がない、というより「眼球がない」のだ。ポカリと穴を開けたように、本来目がある部位は空洞で、そこは塗り潰したように黒く、なにもない。

 鼻は、目の下に蛇のような亀裂がある。そこで呼吸をしているようだ。対して、口は大きく、頭に届くかというほど裂けている。耳は、ここからはよく見えなかった。


 口からはよだれが垂れている。大きく開いた口が笑っているようだ。



 うううう!ああああ!うあ!うあ!




 呻きながら身を捩り、両手をくねらせている。



 その光景はまさに、「化物」と呼ぶにふさわしいものだった。





 「う、うううああああああ!」




 それまで一言も言葉を出せなかった加奈子は、初めて叫んだ。


 そして後ろ手に、尻もちをついたまま後ずさるが、「化物」のほうが早かった。




 うううううあああああ!!




 歓喜の表情を確かに浮かべて、「化物」は加奈子ににじり寄り、跳びかかった。

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