君の名は
目の前の少女は、こちらの照れなどお構いなしに近づいてくる。
俺は真っ赤になった顔を見られないよう俯き気味で話すのだった。
「えっと、お名前は何ですか?」
「私の名前は『シア』と言います。気軽にシアとお呼びください」
(かわいい……)
少女の名は見た目通り可愛らしいものであった。
◇
お互い名前を教えあった後、俺は今まで考えてこなかった『この世界で今後何をするべきか?』について考えることにしたのだった。
(当面の目的は『元の世界』に戻る方法が有るか調べる事だな。たぶん魔法が関係してそうだから、その方面で調べてみるのが良さそうだ)
大雑把に自分の方針を決めたところで、隣に居るシアの今後について聞いてみる事にした。
「シアは、これからどうするの?」
「そうですね。この街から北東の方角に魔族の国がありますので、そちらに行ってみようかなと思っています」
「魔族の国か……」
魔族と言う単語には魔法の"魔"が付いている。もしかしたら何かしら関係が有るのかもしれない。俺は、『魔族が住む国』について興味が湧いてきたのだった。
そんなことを考えていると、心配そうな顔をしたシアが声をかけてきた。
「マヒル様の頬、怪我をしていますが大丈夫ですか?」
「んっ、痛みも無いし大丈夫。たぶん問題ないよ」
先ほどまで有った痛みは既に治まっており、負傷していた事を忘れていた。
「傷口が化膿するかもしれません。簡単な【治癒魔法】なら使えますので傷口を見せてください」
「!!」
追われた事が完全にトラウマになってしまった俺は、【魔法】という言葉に過剰に反応してしまう。
(なんか傷口が疼いてきたような気がする。誰が見ているか分からないし、一応安全の為に確認しておこうかな)
「シアは魔法の【免許】、持ってるの?」
「はい。ここの国で取得した物ではありませんが、数年前に取らせて頂きました」
「おぉ! 俺と同じくらいの歳なのにもう免許を持ってるんだ。凄いね!」
シアが魔法の免許を持っていた事が、自分の事のように嬉しい。
「ありがとうございます! マヒル様に喜んで頂けるなんて、頑張って取った甲斐がありました」
体全体を使って喜びを表現してくれるシアを見て、思わず自分の表情が緩んでくる。
(ヤバい……可愛すぎてずっと見ていたい)
まるで飼い犬が一生懸命尻尾を振っているかのような様子に俺は、頭を撫でたい衝動にかられる。
「では、治癒魔法をかけますので傷口を見せてください」
「ハッ!」
シアの言葉を聞き正気に戻る。
(意識が半分飛んでた。俺は何をしてるんだ!)
無意識の内に少女の頭を"ナデナテ"しようとしていた自分に驚きを感じつつ、初対面の女性に失礼な行動をとらないよう自分の心を律するのだった。
そんな俺の葛藤とは無縁のシアは、俺の頬に手をあて何か呪文のような言葉を小さく唱えだした。
矢で出来た傷口付近だろうか、日向で暖められたような微かな温かさを感じる。
◇
「んっ、終わりました」
「ありがとう」
心地よい時間はすぐに過ぎ去ってしまった。
二人の間に短い沈黙が続く。
(傷を治してもらったし他にやる事も無さそう。これでシアともお別れかぁ。これからどうしようかな)
『コチラの世界』で頼れる者が居ないので、少しだけ心細い。
いっそ目の前の少女に助けを求めるのも良いのでは無いかと頭をよぎる。
だが、先程まで奴隷として苦労をしていた人物に頼っていいのか、自分には分からなかった。
(せめてお金が有れば何とかなりそうなんだけど。ここの街で働くのは、無理そうだよなあ)
この街で騒ぎを起こした以上、ここに留まるのは危険だろう。たが、ここを離れようにもお金が無く不安だ。
先行きが不透明で途方に暮れていると、
「やっと見つけたニャ! ニャーと一緒に来るんだニャ」
「え? 誰?!」
屋根の上に太陽を背にした黒い影が居た!
追手かと身構えていると、
「とっとと来るニャー。また追いかけっこしたいのかニャ?」
「したくない!」
俺は力強く宣言した。
「分かったニャ。ならニャーに付いてくると良いニャ」
逆光でコチラからは全く姿が見えない。そんな不審人物に付いていくのは不安だったので、シアの意見を聞くべく振り返ったその時、
「何処に行った?!」
「俺は路地裏を探す、お前たちは表通りをもう一度見てくるんだ」
「了解しました!」
追手の声が聞こえてきたのだった。
俺の顔は血の気が引き真っ青になる。
「逃げ切れてなかったのか……」
追手の優秀さに驚きと同時に恐怖をおぼえる。
(捕まって牢屋に入れられたらどうなるんだ? 罪の重さが分からない。このまま逃げて本当に良いのだろうか?)
逃げたことに対する負い目から、色々な事が頭の中を駆け巡る。
その場から動こうとしない俺に、屋根の上に居る不審人物は苛立ちを感じているのか、
「さっさと付いてくるニャ! 捕まったら"お尻ペンペン"されるニャよ」
「罰ショボッ!!」
屋根の上の不審人物の口から出た恐ろしくショボい刑罰に思わずツッコミを入れてしまう。
「お尻ペンペンじゃないですよぉ。魔法の『無免許使用』は裁判にかけられた後、火あぶりにされてしまうんです」
「っ……」
(そんなの裁判じゃない)
弁明も許されずただ殺されるのは御免だ。
俺は黒い影に助けを求める事に決めたのだった。
「誰だか分かりませんが助けて欲しい」
「勿論だニャ! ニャーの仲間を助けてくれたお礼をするのだニャ!」
『仲間』と言う言葉を聞いた俺は、咄嗟にシアの方に振り向く。
「はい。『彼女』は私と同じ魔族です」
その言葉を聞いた俺は謎の人物の先導のもと街を出る事にしたのだった。