シア
大男を退けた俺は、フードを被った人物に近づく。
(もし時間が戻っているとしたら、俺とシアは初対面って事になるんだよな)
『自分は相手の事を知っている』のに『相手は自分の事を知らない』と言う現象に、妙な感覚を覚えるのだった。
意外とシアと俺との距離は遠かったようで、歩きながら今の状況について考える時間が出来てしまう。
(まさか、異世界転生+性別逆転に、【ループ世界】まで追加されるとは思わなかった……)
突拍子も無い世界設定のオンパレードに、頭が痛くなる。
途方に暮れそうになりながらも、今やるべき事を何とか思い出す。
(とりあえず、まずは自己紹介だな)
「えっと、俺はマヒルと言います。よろしく」
「……」
前回同様、助けた事を喜んでくれると思い込んでいた俺はシアの反応が薄い事に違和感を感じる。
(あれ? なんか睨まれている気がする)
フードから見える目が細められていく。その目は、まるでコチラを値踏みしているかのように見えた。
二人の沈黙を打ち破ったのはシアの方からだった。
「とりあえず、この場から離れましょう」
「えっ?」
手を取られ歩き出した俺は、路地裏に連れていかれるのだった。
◇
「貴女は私を助けるのに【魔法】を使いましたね。どういう魔法で私を助けたのですか?」
シアはコチラへ問いかけると同時に、疑いの目を向けてきたのだった。俺は何故そのような目を向けられるのか分からなかった。
(大男から助けたのに、なんで前回と態度が違うのだろう?)
「答えられませんか? そうですよね。貴女は私を狙っていた刺客ですもんね」
「刺客? 何の事?」
「……」
シアの目には敵意が宿っていた。このまま俺が黙り続けていたら、今にもコチラ側に飛びかかって来そうな様子だ。
「待ってくれ! 刺客って何のこと? 詳しく説明して欲しい」
「白々しい。貴女が使ったのは【傀儡魔法】だと言うのは分かっているのです。私の仲間をその魔法で殺したように、私の事も殺すつもりで追いかけてきたのでしょう!!」
シアの口から出た『殺し』という言葉に衝撃を受ける。
(シアの仲間は何者かに殺されていたのか?)
シアの発言に動揺した俺は、誤解を解くべく混乱しかかった頭で必死に言葉を考える。
「殺すなんて、そんな事はしない! シアの事を助けたいと思ったから、助けただけなんだっ」
「……」
(くっ……。言葉が届いている気がしない)
シアの目から敵意が薄れる気配がない。
「言いたい事はそれだけですか?」
(シアの仲間を殺した? 傀儡魔法って何だ? 何故敵意を向けられているのか全然分からない。くそっ、どうすればイイんだ……)
「俺はシアの仲間を殺してなんていない! この世界に来たのは今日が初めてなんだ」
「……?」
俺の言葉を聞いたシアは、若干の戸惑いを受けているように見えた。
シアの表情に初めて敵意以外のモノが浮かび上がってきているのを感じる。
「今度こそ確実に殺す為に、奴隷商から私を引き離したのでは無かったのですか?」
「違う!」
シアはコチラの反応を見て何かを考え込んでいるようだ。
「貴女が刺客でないとするなら、何故私を助けたのですか?」
「それは……」
(『ループした事』を話すべきなのか? いや、そんな突拍子の無い話し、信じて貰える訳が無いよな)
あのタイミングで助けに入らなければ、
①シアが大男に暴力を振るわれる
↓
②それを不憫に思って助けに飛び出す
↓
③飛び出した俺が大男に殴られ締め上げられる
↓
④魔法で逆襲してシアを助ける
上記の事が起こるのを『ループしたから知っている』と言っても信じてもらえる訳もなく、俺は言葉を詰まらせてしまう。
沈黙を続ける俺に対してシアは、
「質問を変えましょう。貴女は何故私の名前を知っていたのでしょうか? 見たところ貴女は生粋の人間のようですね。ちなみに、私に人間の知り合いはいませんので」
(名前を知っている理由か……、まさか『俺はループしていて、前回シアに会っていた』なんて言っても信じてもらえないよなぁ)
正直に話して信じてもらえる自信も無く俺は、
「シアの名前を知っていた事だけど、上手く説明できるか分からない」
と、説明する事を放棄してしまうのだった。
そんな俺の態度を見たシアは、
「そうですか」
残念そうな声色と落胆の表情を見せるのだった。
そんな様子を見せられた俺は、何とかシアの曇った表情を変えたい一心で言葉を絞り出す。
「信じてもらえるか分からないけど、『女性が一方的に暴力を振るわれる』のが許せなかったから、助けに入ったんだ」
俺の言葉を聞いたシアは、瞳を閉じて何かを考えているようだった。
一分くらい経った頃だろうか。シアは不意に顔を上げ口を開いたのだ。
「一つお尋ねしたいのですが、私はあの場で『暴力』など振るわれておりませんでした。が、貴女には私が奴隷商に暴力を振るわれているように見えた、という認識で合っていますか?」
「あっ……」
(そうか。『前回』より早めに助けに入ったから、シアが殴られる前に動いちゃってたのか)
俺は【ループ】の事を伏せて話す予定だったが、それを伏せたままだと話しの整合性が取れない事に気付いた。
テンパって何も話せずにいるとシアは何かに感づいたみたいで、
「もしかして、貴女は【千里眼】で未来の光景を見たと言う事でしょうか?」
と、見当違いの回答を出してきたのだ。
「いや……。千里眼かどうかは分からないけど、これから起こる事は『少し』だけ知ってるかな」
「!!」
「では貴女は、未来を見る事が出来る魔導師様なのですね!」
「そうかも……」
身を乗り出して食い付いてくるシアに面食らった俺は適当な相づちをしてしまう。
「そんな偉大な魔導師様に対して、命を狙う刺客なのだと疑いをかけてしまい、申し訳ございません」
シアは上体を90°以上折り曲げて謝罪をしてきたのだった。
(そんなに、頭を下げなくてもイイのに)
俺はその様子を見て、いたたまれなくなってしまう。
このまま放っておくと永遠に頭を下げていそうな雰囲気だったので、俺は話しを変える事にした。
「気になっていたんだけど、なんで往来の真ん中から路地裏に連れてきたの?」
「それはですね、もし貴女様が刺客だった場合、【傀儡魔法】によって無関係の市民に被害がおよぶ危険性があったからです」
「なるほど」
【傀儡魔法】が具体的に何なのか分からなかったが、シアの市民(人間)への気遣いを知れた俺は、何故だか嬉しくなっていたのだった。