君達のいない戦いなんていらない
「遂にこの時がやって来たな」
目の前に聳えるのは蔦のレリーフの掘られた石造りの両開きの扉。
大きさは人間の背丈の軽く十倍はありそうだ。
あまりの迫力に勇者であるユウキは目を丸くする。
「あぁ、これで最後だ。これで本当の終わりだな。ユウキよぉ」
「思えば長かったけれど....今となってはあっという間ね」
ユウキのパーティーメンバーである騎士のゴジルがユウキを軽くどつきながらニヤリと笑う。
魔法使いのメイはそんな様子を見て柔らかな微笑みを浮かべる。
この二人とはユウキが勇者に選ばれた時から仲間として冒険してきている。
ここまで来る長い旅の中で一緒に連れて行ってくれと頼みこんできてくれる人たちは多くいた。
しかし、騎士と魔法使いとなかなかバランスが良かったって言うこととあまり仲間を増やしすぎると連携が難しくなると言う理由で断ってきた。
普通、勇者というのは大人数の仲間を連れて魔王を倒しに行くらしい。
勇者には常人とは比べ物にならないくらいの強大な力が与えられているが、それでもっても楽、寧ろ厳しいくらい魔王の力は強大だ。
全世界を支配しようとするくらいだからそうホイホイやられるわけにはいかないのだろう。
だから三人のパーティーで魔王を倒そうなど一般的に見ればあまりに無謀だ。
恐らくはユウキ達がここまで辿り着くなんて誰も思っていなかったんじゃないだろうか。
ユウキを勇者として召喚した張本人の国王でさえも。
国王はなかなか仲間を増やさない勇者を見て苛立ちを募らせ、少し前から新たな勇者の召喚の準備を始めた。
基本的に勇者が死ぬと、魔王が倒されない限りは新たな勇者召喚が可能になる。
つまりは所詮、ユウキも捨て駒として見られているわけだ。
「やっぱり仲間を増やしておいた方が良かったかな」
「何、言ってんだよ?余計な犠牲を出したくないって言ったのはユウキじゃねぇか」
「そうですよ。勇者様は不安なんですか?」
メイがユウキを心配そうに見つめる。
思えばメイも柔らかくなったなとユウキは思う。
出会ったばかりの時の対応はそれはそれは絶対零度のように冷たかったのだ。
パーティーにも嫌々入ったようなものだし、戦闘中でもいつも睨んでくるし。
こんな心配をしてくれるようになったのはいつからだろうか。
「何ですか?勇者様....もしかして変な事考えてます?」
「か、考えてないよ。そうだな....不安といえば不安だよ」
何かを察したメイの視線から逃れるようにユウキは顔を俯かせる。
「いつだって不安だった。いくら勇者の力を授かっているとはいえ、俺は未熟だった...勿論今もまだまだだけど、そうだから死にそうになった時も数えきれないほどあったよな」
ユウキがそう呟くと、ゴジルとメイはコクリと頷く。
「もしも死んだらどうしよう。死ぬ時ってどうなるんだろう。俺の中はそんな不安で一杯だった。」
「ユウキ....」
「勇者様....」
「でもな.....俺にはお前達がいた」
ユウキはそう言って俯かせていた顔を上げる。
その顔にはもう何処にも不安なんて残っていなかった。
「お前たちがいるからここまで来れた。信頼できた。不安だって我慢できた」
そう言って、ユウキは石造りの扉に目を向ける。
ここを開けたらもう戻れない。
殺すか殺されるか。
どちらかの結末しかない。
「それでも俺は征こう。ここで奴を倒して皆で帰るんだ」
「当たり前だろぉが!」
「後衛はお任せください!」
そして、勇者一行は始まりの終わりの扉を開く。
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扉を通り、中に入るとそこは大広間だった。
辺りは暗く、灯と言ったら脇に規則的な間隔で立てられた松明の揺らめく炎のほのかな光だけだ。
真ん中の金の装飾の入った赤の絨毯が続く先。
そこに立っているのは.....人だった。
ユウキたちとほとんど変わらない人。
しかし、纏うオーラは明らかに人間ではなかった。
「あ...やっと来たんだね。待ちくたびれたよ」
フワァと欠伸を噛み殺しながら、魔王はユウキたちの方に視線を向ける。
そんな魔王の様子にユウキたちは顔を引き締める。
「どうせ勝てないんだからもっと早く来れば良かったのに。ま、そのお陰で僕は...完全に魔力を回復できたけどね....つまり、僕は今はベストなコンディションってわけ。そこまで待ってくれた君達にはお礼を言った方がいいかな?」
「お前にお礼なんて言われたくない」
「そりゃ、そうだよねー。だって僕の魔力の完全な回復を待つなんて只のアホだもん」
そう呟いてゴシゴシと目を擦る魔王。
魔王の言葉に悪意はない。
何故ならそれは本当の事だからだ。
「完全な魔力を持った魔王....つまり僕は勇者が与えられた力の軽く数万倍は超える。これが少し前なら数百倍で済んだ..その時の方がマシな戦いはできたと思うよ」
「はっ、お前が魔力を回復させている間、俺たちだって何もしてなかったわけじゃない」
ユウキは不敵に笑って見せると腰にかけられた王国の紋章が刻まれた鞘から一筋の剣を抜く。
そして、それに続くようにしてガジルが背中から大剣を抜き、メイが杖を取り出す。
それらを見た魔王の表情が....少しだけ動いた。
「ふーん、『悪を切り裂く聖剣』に、『バルムンク』に『神樹の杖』ね。どれも神器だね....平気で手に持ってるってことは認められたってことか」
魔王は再び欠伸をすると、口元を少しだけ歪ませた。
「いいね....少しは僕も退屈せずに済みそう」
魔王の纏うオーラが爆発する。
身体中を漆黒のオーラが包み始める。
魔王の戦闘状態のオーラは近くにいるだけで普通の人なら戦意を喪失させる効果がある。
腰が砕け、視界が霞み、幻聴が聞こえてくるようになり、とても戦うなんて事は出来なくなる。
しかし、ユウキたちは少しだけ顔を曇らせただけだ。
目には変わらずの戦意が燃え上がっている。
「威圧にも余裕で耐えるか...ま、神器に選ばれたくらいだから当然か」
魔王は自分の威圧が聞かなかったことに対し、特に気にした様子もないまま身体を少しだけ宙に浮かせる。
「さ....どこからでもかかって来なよ。一つ残らず受け止めてあげよう」
ユウキはその声を聞いた瞬間、瞑想をする。
勇者固有能力『観察』を発動させるためだ。
この能力はどんな敵でも弱点が把握出来るというもので、ユウキは必ず戦いを始める前はそれを行う。
しかし。
「弱点が....見えない?」
魔王の身体には弱点は.....一つもなかった。
それどころか全身に強力な抵抗がかかっている。
「流石、魔王...今までの奴らとは格が違うってことか」
ユウキが困ったように笑いながら届くはずのない賞賛を魔王に送る。
ユウキは考える。
なら、いつも通りで行くしかない。
「俺とガジルで二手で攻撃!メイは後衛から援護、戦況に応じて回復魔法を頼む!」
「「了解!」」
ユウキの指示にガジルとメイはコクリと頷く。
それを確認し、ユウキは魔王の元へと駆け出す。
ユウキは右手から、ガジルは左手から攻める。
どんどんと加速し、魔王との距離が急速に縮まっていく。
しかし、魔王は全く動かない。
「それだけ余裕ってことか!」
そして、ユウキは右手に握った聖剣を魔王に向けて振り下ろす。
それは...貫通せずに魔王の手の平で受け止められた。
力を入れて押すがビクともしない。
「なら!」
ユウキは聖剣を今度は切り上げる。
そして振り下ろし、切り上げ、振り下ろす。
聖剣の光がそれに続いて乱舞を描く。
「『ライトストリーム!』」
ユウキの叫びと共に聖剣が一層輝きを増す。
聖剣を両手で持ち、右へ左へとステップを踏む。
振り抜くスピードがだんだんと加速する。
そしてそれはやがて目に見えない斬撃と化した。
無数の剣筋が魔王の身体を駆け巡る。
「ユウキ、待たせたな!」
「おう、待ってたぜ」
剣を振る手を止めずにユウキはガジルに軽く微笑む。
ガジルは右足で踏み切り、高く飛び上がる。
そして、大剣を右肩へと担ぐ。
魔王へ向けて続くアーチ。
ガジルの身体は一直線に魔王へと向かっていく。
「『雷山』!」
そして魔王の首元にバルムンクが.....。
「全く....鬱陶しいな」
「ぐっ.......」
通らなかった。
神器バルムンクの斬撃を魔王は手で受け止める事もなく首で弾き返した。
ガジルの身体が吹き飛ばされる。
「君もちょこまかと...つまらないんだよね」
魔王の身体に走っていたはずの光の筋が一瞬にして姿を消す。
「な.....何だと」
そこには一つも傷を負っていない魔王の身体があった。
「どうしてだ?聖剣の斬撃を食らわせたはずなのに」
「ちょっと君は神器の性能に頼りすぎてるね。つまりは....」
魔王が片手をユウキの胸に押し当てる。
逃れようとするが、身体は金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。
「不思議でしょ?完全な魔力を持った魔王はこれくらい容易いんだよ」
そして、ユウキの身体に凄まじい衝撃が伝わる。
それは腕、足、あらゆる場所へと広がり、激痛が走る。
「(おかしい....!防御力を最大限まで強化しているはずなのに....)」
ダメージのほとんどを吸収する能力持ちの鎧がビキビキと音を立てる。
魔王の攻撃に鎧が押し負けてきているのだろう。
やがて、鎧が...砕け散ると共にユウキの身体が吹き飛ぶ。
吹き飛ばされたと自覚する間もなく、ユウキの背中が壁にめり込む。
「......ぐはっ.....ゲホッ、ゲホッ!」
肺から一気に空気が抜ける感覚。
酸欠になり、意識が朦朧とする。
「ゆ.........さま!」
ユウキを呼ぶ声。
恐らくはメイの声だろう。
しかし、はっきりとしない意識の中ではよく聞こえない。
このまま意識を失えば次の魔王の狙いはメイだろう。
そう、分かってはいたがユウキの意識は抗う事も出来ないほどに落ちていく。
果たして目を覚ました時に俺は何を見るのだろうか。