~第三章~なんとか誤解は解けそうですが横の美人騎士殿は仏頂面です。
「んぅ…」
俺は目を覚まし向くりと体を起こしたあとあたりを見渡す。
見慣れない場所、壁に使われている木材は少し腐敗している。
部屋の中にはベッドとトイレ以外なく殺風景な景色は見ているだけで気がめいりそうだ。
ベッドが硬かったためか背中が痛い。
手を縛られたりしなかったのは幸いだった。
俺は結局あの後、無抵抗の意思を示した。
戦闘に発展して事情がこじれるよりは、一度捕まることによってゆっくりと話ができると考えたためだ。
護衛兵のリーダーらしい男はタマゴちゃんとオサムちゃんを相手取り見事切り伏せたようだし、ドストルと呼ばれた男もデカナイフ1、2に打ち勝った。
俺は美しくも底知れぬ力強さを感じさせる女騎士に剣を向けられた時に両手を上げ
何とか戦闘を避けようと注力した。
しかしカネサと呼ばれた女騎士は俺と話をするつもりはないらしく、剣を構えこちらに踏み込んできたのだ。
やれやれ、短い人生だったな俺のセカンドライフ
そんなことを短い時間の間に考えていたことを覚えている。
まさに斬られるその瞬間、リーダーの男が彼女を静止し俺は事なきを得た。
俺は体を起こしたまま昨日の出来事を頭の中で軽く確認する。
それは俺自身、たった一日で起きた怒涛の出来事を整理しておきたいという気持ちもあったが、どうやらこの後行われるらしい俺への尋問への準備でもあった。
あぁ、そうだ確か俺は昨日…
そう、昨日俺は今まで自分がいた世界に半ば無理やり別れを告げさせられた。
何やら不気味なホワイトルームに呼ばれ、ホワイトボーイに
君死んだんだけどちょっと見込みあるから新しい人生を送ってね。
あ、そうだ魔王倒してね、最強スペックあげるうからさ、とか言われて鬼のように勃起するただただ卑猥なスキルなんかを付けられて草原にたたき出されたんだ。
そして新天地…というか新世界でのセカンドライフを余儀なくされた。
悩んでいても仕方ないと俺は草原をまるでサバンナの野生動物のように走り回り
たどり着いた街で、気まぐれに近い正義感に従いテロリスト…なのかどうかはわからんが
今俺が拘束されている場所を治めているらしい王族を狙った襲撃軍団を制圧しようとしたが、運悪く俺自身が襲撃グループの一員と間違われてしまった。
昨日俺がたどり着いた街は「マイロニス」という町らしくヤルパ国が治めているらしい。
ヤルパ国所有の拘置所も建造されているようで、無抵抗の意思表示をし、かなりぎりぎりだったが戦闘を避けることができた俺はここに連行され一夜を明かした。
そして今に至る…といったところか。
さてさて、これからどうしたものか、おそらく俺の事情をそのまま話したとして信じてもらえるか怪しいもんだ。
その時俺が入れられている部屋のドアがゆっくりと開く。
「やぁ、おはよう少年、調子はどうだい。」
そう言いながら部屋に入ってきたのは昨日の警護兵のリーダーらしい男と俺に切りかかろうとした女騎士だった。
男がこちらにかけてきた言葉や表情から俺に対して比較的好意的であることが読み取れた。
女騎士はそんなリーダーの態度に不満げらしい、ムスッとした態度で彼の傍らに立っている。
このリーダーが彼女を止めなけれ俺は斬りつけられていただろうな。
「背中が少し痛いな、それにしてもこの年で少年呼ばわりされるとはな。」
男は少しキョトンとしたがすぐに笑いながら答えた。
「ハハハ、君ぐらいの年の子は少年というんだよ。」
その時俺は自分が17歳であることを初めて思い出した。
確かに17歳は少年かもしれない…。ペタペタと自分の顔を触りながら考えた。
男はこちらを見ながら口を開いた。
「さて、自己紹介から始めよう、私はヤルパ国軍団兵士長のグローだ、こう見えてもヤルパ国の兵士の中で一番偉いんだぜ。彼女はカネサ、どうだなかなかの美人だろう、しかし恐ろしく強い、強い女性は魅力的だよな君もそう思うだろう?少し前まで私の兵士班で部下をしていたが今はヤルパ国の王女様の唯一の直属護衛兵だ。さて、こちらの紹介はこんなもんだ、次は聞く番だ、君は何だ。」
ハッハッハッと豪快に笑ったこの男はグローというらしい、大きな体格、顔に刻まれた痛ましい傷跡左目には眼帯、百戦錬磨の猛者という言葉を具現化したような男だ。
もし前世の俺が彼にすごまれることなんかがあれば無条件失禁していただろうな。
彼の後ろで仏頂面をして立っている白銀の美少女騎士はカネサというらしい、昨日俺に
死ねと言い放ち切りかかろうとした女だ。
「俺はユウト、どこの国のだれかということはない。」
俺はできるだけ今の段階ではうかつなことは言わないことにした。
異世界からやってきました、得意技は鬼エルボーですなどと言えば誤解を生むことは必至だと思い、聞かれたことに答えることにしようと考えたためだ。
グローはフムと言いながら次の質問を俺に投げかける。
「君は昨日の襲撃グループの一味ではないのか?昨日我々を襲ってきた奴らを尋問したところ誰一人として君のことは知らんというのだ。」
よし、やっと釈明のチャンスがきたと俺は内心でガッツポーズする。
「そうだな、俺は全くの無関係だ、昨日あのあたりを歩いていたらたまたま巻き込まれた。」
「それがおかしなことなんだよ、少年。」
グローはこちらに少し顔を近づけて
ぐっと俺の顔を見据えた。
俺が言っていることに嘘はないかを吟味しているようだった。
「あの時あの場所にはかなり強力な人払いのスキルを使っている、なんたって国のトップ同士の会食だからな、当然だろう、普通の人がふらふらと迷い込むことはまずない。」
なるほど、昨日あのあたりに人影がなかったのはそのためか、俺は得心がいった。
「もしあの場所に外から人が入ってくるとしたら考えられるのは二つに一つだ。」
「まず一つ目はスキルやぶりを使いわざわざ侵入して来るもの、だがこれは可能性としては低い、何故なら人払いを打ち破ることができるとしたらそれはレンノー師の力が必要になる。それも並みのレンノー師ではない、マスター級上位に相当する者でなければあのスキルはやぶれない、そして昨日の襲撃犯はどうやらその低い可能性の壁を越えてきた連中らしい。」
「少し離れた場所であるレンノー師が気絶しているのが発見された、国際指名手配犯の裏レンノー師『ダマリア・コリス』というものだ、今までどの国も捕まえることが出来なかった凶悪犯がなぜあんな場所で伸びていたのかは分からない。」
なんとどうやら昨日鬼エルボーでノックアウトしたあの不健康そうな男はかなりのレンノー師であるらしかった。
マジかよ…鬼エルボー恐るべし…。
「そして二つ目の場合、これはもっと可能性として低い。」
グローは俺の目をじっと見ながら言った
「魔力耐性の異常に高いものなら…それこそ都市伝説レベルの存在だが大賢者クラスのものなら…そうだな、スキルの干渉を受けずにあそこにたどり着けることが出来るかもしれない、そんなことがあればたまたま事件に巻き込まれることだってあるかもしれんな。」
「少年、もう一度聞こうか…お前は何だ。」
俺はぐっと息を呑んだ。
さて、どうしよう。
ここはできるだけ正直に話してしまったほうが吉な気がする。
俺は昨日の自分に起きた出来事を出来るだけ正直に話した。
三年以内に魔王を倒さなければならないことと「鬼勃起」なる不名誉極まりないスキルを持っていることは伏せた。
前者を秘密にした理由は何となく黙っていたほうがこれから俺自身動きやすそうだと考えたためだ。できるだけ自分の身辺は自由なほうが都合がいい。
後者を秘密にした理由は言うまでもない、恥ずかしいからだ。
グローはおいおい待ってくれと言いたげな表情のままタバコを取り出し火をつける。
後ろで話を聞いていたカネサも目を驚きと呆れが入り混じった表情で俺を見ている、半信半疑…いや、半分も信じてはもらえてないようだ。
まぁ、それもそうだろう。
グローは煙をため息とともにフゥゥと吐き出した後俺に確認を取る。
「じゃぁ…なんだ、君は昨日まではこの世界の住人ではなかったと…?」
「まぁ…そういうことになるな。」
「そして、スキルやぶりを使ったわけでもなく意図せずあのあたりに迷い込んだあと、襲撃組織の話を思いがけず聞いた君は我々を助けようとしてレンノー師のダマリア・コリスを撃破したと。」
「あぁ、そういうことだ。」
「そのあと我々の戦闘に巻き込まれ敵と間違われた君は誤解を解くため我々に拘束されたということか?」
「まったくもってその通りだ。」
「さすがは兵士長殿、話が分かる人で助かるよ、どうだい信じてもらえただろうか。」
「さぁて…どうだろうか。」
グローは少し考えこんでいる、俺の話をどこまで信じていいものかを考えているんだろう。
「グ、グロー兵士長!まさかこの男の言うことを信じるのですか!?」
今まで一言もしゃべらず俺の話を聞いていたカネサがグローに問いかける、どうやら彼女はグローが俺の話を真剣に聞いていることに危機感を抱いたらしい。
言ってることを全然信じてもらえないのは悲しい気もするがどちらかといえばこの美人騎士のほうが反応としては正しいだろう。
「まぁそういうなカネサ…もし彼が言っていたことが真実であった場合を想定してみろ。彼はマスタークラス、いや、もしかしたらレジェンドクラス、大賢者クラスのレンノー師に匹敵する存在でありながらどこの国にも所属していないフリーの人物だということだ。世界の均衡を崩しかねない重大な存在だ。この意味が分かるな…。」
「…。」
カネサはギクリとした様子で沈黙した。
「なぁ、俺に君の話が嘘ではないと証明することはできるか?早い話力を見せて欲しい。」
「そしてもし君の話が本当だった場合、君は私の兵団に入ることになる。」
勝手に話を進められて俺は少しいら立ちを覚えた。
「『入ることになる』とはまたずいぶんと言い切った物言いだな、俺の意思は聞き入れてもらえないのか?」
「あぁ、残念だがな。君の話が本当なら、もう君は俺たちに放っておかれる存在じゃない、敵になるか、味方になるか…だ。」
グローの表情からそれが脅しの類ではないことが分かった。
こんなことなら昨日むやみに首を突っ込むんじゃなかった。
俺は今更ながら少し後悔する。
とはいえこの世界でなんの生活基盤も持たない俺にとってそこまで悪い話ではないように思えた。
もしこのヤルパ国とやらに所属すればひとまず寝食は何とかなるだろう。
そのあとサクッと魔王を倒し新生活を満喫すればよい。
俺の中で単純明快な未来設計が出来上がる。
「オーケー、隊長さん。その話乗った、あんたたちに俺の力を見せるからここから出してくれ。」
グローはニッと笑ったあと俺を引き連れて外に出た。
カネサはまだこちらの警戒を解いていないようでその切り裂くような視線を俺から外さないまま俺の後ろについた。
外に出てみると
日は頭上にすっかり昇っている、体感だがもう昼といったところだろうか。
それを見たら体が反応するように強烈な空腹感を感じた。
一度感じてしまった空腹感は俺の自尊心をたちまち小さくしてしまう、俺はバツが悪いと思いつつも彼に話しかける。
「あのー、隊長さん?」
俺はグローに話しかける。
「ん?なんだ少年。」
「何か食べるものをもらえないだろうか、昨日から飲まず食わずなんだ。」
グローは先ほど自分に「あんたに力を見せてやるよ」と啖呵を切った少年が
ご飯をくださいなどと言い出したものだから驚いて少し固まってしまう。
それからハッハッハッと笑って答えた。
「そうか、そうだな、すまない。飯も食わせずにこちらの要求だけを聞いてもらうのは筋が通らんな。しかし俺は今から演習場の使用手続きを行わなければならん、そうだな約1時間といったところか、よし、少年これで何か腹に入れてこい。」
そういってグローは俺にこの国の紙幣らしい紙を数枚手渡してきた。
「カネサ、彼について行ってやれ、彼の話が本当ならここのことについて何も知らないだろう、案内がてらお前も飯食って来い。」
急に話を振られたカネサは驚きながらいう
「な、なぜ私が…。」
「なら彼一人に行ってきてもらうか?一時間後帰ってくるという保証はないが。」
「ぐっ…、しかし。」
「兵長命令だ、ついて行ってやれ。」
「りょ、了解しました。」
不満はあるだろうが命令といわれたら仕方ないといった様子で
目の前の白銀の女騎士はうなずく。
俺はカネサと二人で町を歩くことになった。
太陽が丁度てっぺんに差し掛かっていた。