~第二章~始まりは空腹とともに
しばらく草原を西へ西へと駆けていくと前方に町らしきものが見えてきた。
町に入ってみると草原で見つけた時の印象とは対称的になかなか大きな町であることが分かった、日は完全に落ちて夜となっている。
少し歩いて繁華街まで出てみると多くの人が歩いていた
俺はこの世界にきて初めて人を目撃したことに少し安堵していた。
さて、これからどうしたもんか。
かなりの時間走り続けて俺は腹が減っていたが、いかんせんこの世界の金を持っていない
ので食事にありつくこともどこかに宿泊することも出来ない。
最悪スキルを使えば食料品や金を工面することもできるだろうが、なんだかあまり気が進まないな。
目下俺の関心は目の前に広がる街並みや外を出歩く人々に注がれていた。
町の建物にはレンガや木材などが主に使用されていて、俺がいた世界の現代的な建物に似たようなものは見当たらなかった。どこか中世のヨーロッパを思い出させる。
もちろん中世のヨーロッパがどんなものか俺は知らない、イメージだよイメージ。
町のあちこちには飲食店やバーらしいものがあり、中から酔っ払いオヤジの楽しそうな話声や、女性客の笑い声などが聞こえてくるのを見てみると
この辺りは大衆向けの料理店や居酒屋などの並びらしい。
町の中をさらに北のほうへ進んでいくと、店の数が減っていき、代わりに一つ一つの店の敷地面積が大きくなっていく。
先ほどとはうってかわって町を歩く人の姿はほとんど見当たらない。
雰囲気も高級感のあるものに変わっているのを見てみると、なるほど、どうやらここは富裕層をメインの客とした高級店が集まっているようだ。
新しい世界では目に入ってくる全てが新鮮に映る。
俺はというとこの町に到着してからやったことは散歩だけだというのにすっかり気分は高揚していた。
しばらく歩いたあと
ある一つの店の前で俺は足を止めた。
その店は高級店が並ぶこの辺りでもひときわ大きく荘厳な雰囲気を醸し出していた。
しかし俺が足を止めた理由はその立派な店の外観に見惚れたからではない。
店の脇にこの辺りの雰囲気には似つかわしくない乱暴そうなたたずまいをした男たちが3~4人ほど立って何やら話し込んでいたためだ。
少し気になった俺は近づいてみようと思った。
そうだ
俺は思い出し「透明化」のスキルを使用する。
すると服装まで含め俺の体が少しずつ透過していった。
なんとなんと、驚きと感心で俺は思わず「はぇ~」
と声を漏らしてしまっていた。
「誰だ!?」
男たちのうちの一人が声に気づきこちらに歩いてくる。
しかしどうやら彼には俺の姿は見えないらしい。
男は俺の目の前であたりをキョロキョロと見まわし誰もいねぇなとつぶやいた後仲間たちの元に戻っていった。
目の前にいるんだが。
俺は彼の後についていき、悪そうな男たちの集団の輪に入る。
男たちは全部で4人、皆いかにもって感じの風貌だ。
1人の男が口を開く。
彼はスキンヘッドなのでタマゴちゃんと勝手に名付けた。
「おい、もうすぐヤルパ国王と女王、娘がガイス国王との会食を終えて出てくるぞ。お前ら手筈は分かってるだろうな。確認しとけ。」
どうやら彼の口調や周りの人間の聞く態度からこのタマゴちゃんがリーダー格らしい。
ベレー帽をかぶった男がタマゴちゃんの問いかけに答えた。
彼をオサムちゃんと名付けよう。
「はい、ヤルパ国王とその家族は会食を終えた後店の表玄関から出てきます。警護にはヤルパ国軍団兵士長の『死神殺しグロー』、No1兵士 『風切りカネサ』 No2兵士 『剣戟のドストル』が付きます。」
「ヤルパ国の連中が出てきたタイミングで別地点でスタンバイしてるレンノー師が『キャンセラ』を発動、この辺りでのレンノーを使用できなくさせた後タメィゴさんのストックスキル「暗幕煙幕」を使い視界を潰し、後は貴族に軍幹部もろとも皆殺しにして終いです。」
チャンチャンという効果音が付きそうな仕草をしながらオサムちゃんはタマゴちゃんに答えた。
そしてなんとリーダー格のタマゴちゃんはタメィゴというらしい、ほとんどあってるじゃないか。
んん…むぅ
なんだかとても物騒な話を聞いてしまった。
どうやら暗殺計画らしいがご丁寧にその全容を話してしまっている。
俺が立つ場所は彼らの真横だ。
今姿を他人に見られでもしたら間違いなく俺は彼らの一味だと思われるだろうな。
まぁ、彼らには透明化のスキルを使った俺の姿は見えていないので彼らが不用心というわけではない。
タマゴちゃんとオサムちゃんのやり取りをあとの二人はヒッヒッヒッと笑いながら聞いていた、こいつらは小者臭がすごいが持っているナイフがとても大きいのでデカナイフ1、デカナイフ2と名付けた。
さて、聞いてしまったものはしょうがない。
正直俺には関係ないことだがこれから生活していくであろう世界のことだ、世直しのつもりでヤルパ国とやらを救ってやろうか。
まずは…っと
俺は彼らから少し離れたあとスキル「害意察知」を唱えた。
先ほどのタマゴちゃん一派を見てみると額のあたりから黒色の矢印が飛び出している。
さながらカブトムシのようである。
なるほど矢印の向きは敵意や害意の対象相手を差し敵意の大きさはそのまま矢印の大きさとなって現れるようだ。
俺はあたりを見回す、すると少し離れた場所の建物の屋上からこちらへと伸びる矢印を見つけた。
あぁ、あそこにレンノー師とやらがいるのか。
俺はスキル「段階開放」で自らのスペックを調節した。
ボーイ君はチンピラを圧倒するなら格闘術のレベルは1、もしくは2。
レンノーのレベルは1が適切だと話していた。
俺のスペックは最大で各レベルMaxまで上げることができるのを確認している、ではレベルMaxとはいくつなのだろう。
そもそもレベルが何段階なのかさえ俺は分かっていない。
スマホ端末を使えば確認できたことだが、面倒くさがってやらずに草原をビュンビュン走っていた自分に内心で苦言を呈する。
レンノー師に「鬼エルボー」をお見舞いしたら体が爆発四散して血の雨が降りましたでは後味が悪すぎるし、全然効果ありませんでしたではやはり困る。
たとえば木や岩なんかを実験台に使い自分の能力を把握したいのはやまやまだが、いまはそんなことをしている余裕はなさそうだ。
どうか相手に効果がありますように!
そして効果ありすぎませんように!と念じながら
俺は格闘術のレベルを4
レンノー「雷」のレベルを3に設定してみた。
実際今の俺の能力がどんなものかもろくにわからないまま実戦に臨むなどギャンブルもいいところだがやるしかない。
俺はレンノー師の居場所を示す大きな矢印に向かって走り出した。
音を立てずに彼に近づくのは存外気を使った。なんせ高級店料理店が並ぶ周りには人の姿はほとんどない。
時間があるときに「スキル創造」でも使って、足音が出ないようなスキルを作っておこう。
そんなことを考えながら俺は屈伸した後地面を強めに蹴ってみた。
体が重力の支配から逃れ上昇する、レンノー師が潜伏する建物の屋上を超えたあたりで再び体に重力がかかる。
「おっと」
何とか屋上に着地したがその時屋上に積んであった木材の資材の上に降りてしまった。
ガシャアァアァという派手な音を立ててしまい驚いてこちらを確認したレンノー師と目が合う。
「こ、こんばんは…」
俺は情けなく挨拶をしてしまった。
どうにも格好よくきまらないな。
その時の俺は知らなかったことだが
幸いタマゴちゃんたちがいる建物までは音は聞こえなかったらしい。
「誰だお前は!?ヤルパ国の者だな!!」
「いや、そういうわけではないんだが…」
「くっ、連絡される前にここで消してやる、予定外の出来事だが予定に変更はない!死ね!」
人の話を聞かんやっちゃな…
レンノー師の見た目はかなり細身の男だった。
黒いローブを着て頭にはフードをかぶっている、顔色はあまり健康的ではなく目は血走っている。これまたいかにもな容姿だな俺は感心した。
少しうろたえていたもののすぐに臨戦態勢に入ったレンノー師は体の前で手を組み印を結み何かを唱えた。
俺は攻撃される!ヤバい!先制攻撃しなきゃ!
と咄嗟に構えた。
レンノー師が何かこちらに仕掛けてくる前に相手に向かって地面をズンと蹴ってみた。
先ほどまであった相手との距離が限りなくゼロに近づく。
「なっ、瞬間転移だと!?」
敵は焦った様子で吠えている、いや、ただの突進ですけどね。
俺はレンノー師に「鬼エルボー」を放つ、放つとは言うがエルボーなので肘を相手の顔の高さに構えての突進だ。
どうか死ぬな!しかし倒れろ!
念じながら放ったエルボーは相手に届く前に何やら透明の壁らしきものにぶち当たる。
しかしそのまま透明の壁をバリンと破壊した俺の肘鉄は、レンノー師のあごに直撃した。
鬼エルボーを食らった敵は地面に倒れ伏す。
かろうじて意識は残っているようだった。
レンノー師は口から血を流している、どうやら口の中を切ったらしい。ごめんね。
「な…なんだ…と、ノアル国最硬度を誇る個人結界だぞ…ありえない、お前は一体…」
そこでレンノー師の意識は途絶えた。
あっっぶねぇぇぇ…
どうやら最初にレンノー師が構えた印はこちらへの攻撃ではなく自らを防御するためのものだったらしい。
異世界に来ました。
初日にエルボーで人を殺害しました、てへへ
なんてサイコで最低な展開にはならなくて済んだ、しかしどうやら俺は俺が思っている以上の力を持っているらしい。
行使するにはかなり気を使わなければならないな。
俺は少し憂鬱になった。
しかし、やることはまだ残っている。
先ほどのタマゴちゃん達はこのレンノー師より屈強なのできっと「鬼エルボー」にも耐えてくれるだろう。
…いやいや待てよ。
どうなんだろう、地面で伸びている彼はどうやらかなり強力な防御スキルを使っていたらしい…
ひとまず俺は鬼エルボーを封印することにした。
彼らはビンタで倒すことにしよう。
俺は急いでさっきの高級店前まで戻る。
あとすこしで店の前に到着というところで中からぞろぞろと人が出てくるのが見えた。
男性や女性が数人、彼らが身を包む服装やその所作から気品が溢れ出ており一目でヤルパ国の王族であることが伺えた。
そんな彼らの周りを囲むような場所に立ち歩く数人の人影は皆腰に刀を構えている、
体つきは屈強そのものでまさに百戦錬磨の猛者といったところだ。
おそらく警護にあたっている兵士たちだろう。
しまった、少し遅かったようだ。
できれば彼らが知らないところで内々に事を済ませたかった。
俺が店の前に到着した、まさにその瞬間どこからかタマゴちゃんの怒号が聞こえてきた。
「ヤルパ国、国王及び王妃!!お命頂戴申す!!ストックスキル発動!」
「暗幕煙幕!」
店の影から飛び出したタマゴちゃんが口からものすごい勢いで煙を吐き出す。
口から吐き出すのか…俺は少しあっけにとられてしまった。
黒煙が辺りを包み、俺を含めその場にいた人間は一人残らず闇の中に閉じ込めてしまった。
前後左右上下すべてが黒に包まれる。
「キャァ!?」
お姫様であるらしい人物の悲鳴が一つ上がる。
と同時に金属同士がぶつかるような甲高い音が高速で打ち鳴らされた。
「国王!女王!姫!その場に伏せてください!ドストル、三人ンン!」
「俺は交戦中で手が離せん、カネサァ!風ェ!」
どうやらヤルパ国軍のリーダーらしい人物が部下に指示を出す。
緊急事態のためだろうその口調は荒々しく部下に対して要件を単語のみで伝えている。
「了解、三秒後です……レンノー『風』…。」
「クリア・ローウィン!」
どうやらカネサと呼ばれた人物は女性であるらしいことがその声から伺えた。
次の瞬間、横薙ぎの強風が辺りに吹き荒れ、黒煙を吹き飛ばしてしまった。
それは俺が前いた世界でいうところの大型台風が直撃したようなすさまじい強風だった。
黒煙は強風に吹かれたちまち霧散してしまう。
煙の中から現れたのは先ほどのデカナイフを持ったタマゴちゃん、オサムちゃん、そして二人と対峙している屈強な男が一人、さっき部下に指示を出した男らしい、彼は1メートルほどの長さの小太刀を両手に一本ずつ持ちタマゴちゃんとオサムちゃんのデカナイフから繰り出される斬撃を刀で迎え打っていた。
彼らの動きからしてかなりの手練れであることが想像できた、そしてそんな人間を二人相手に全く引けを取らないヤルパ国軍のリーダーもやはりかなりの実力者のようだ。
少し離れたところではデカナイフの2とドストルと呼ばれた男が鍔迫り合いをしている。
驚くべきことにデカナイフはデカナイフを使っておらず、西洋剣のようなものを使っていた。
そんなキャラがぶれることをされては困ると俺は思った。
デカナイフ1は地面に伏している、あぁ、お前はやられてしまったのか。
…そして最後に
細身の西洋剣を構えた女騎士、あと俺だ。
おそらく彼女はカネサと呼ばれ先ほど風のレンノーを行使した人物だろう。
彼女は俺を睨み据えている、その瞳は美しくも力強さを印象付けるエメラルドグリーン、
髪の銀色はとても美しくシルクを思い起こさせる。
顔立ちは恐ろしく整っている、もし彼女が俺のいた日本にいたとしたら超一流のモデルとして通用するだろうな、でもあまりに容姿のレベルが高いと男子は委縮してしまって高校なんかでは逆にモテなかったりするんだろうか…。
などと考えていた。
いま彼女の表情は張り付いたようにピクリとも動かず構えられた刀身はまっすぐ俺の喉元を向いている。
これは…あれだ、誤解されてるな。
まぁ、わかる。
彼らの立場に立って考えてみれば俺はまさしく暗殺計画者の一味だろう。
さて、穏便に事を収められないだろうか、出来れば戦闘には発展せず話し合いで済ませたい。
こういうのは最初の一言が何より肝心だがグズグズしてると切りかかられそうだというジレンマを孕む。
「俺がこれは誤解だから話を聞いてくれって言ったらさ、君…その剣ひとまずおろしてくれたりする?」
「せん、死ね。」
…ですよねー。