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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神を殺す日

作者: 長谷川


 今日は特別な日だ。


 何故なら俺が、世界の王になる日だから。


 西暦2218年。人類は宇宙の開拓と枯れゆく地球での生き残りを懸けて、不老不死を求めた。不老不死の肉体は超長期的な宇宙航行や、有限な資源を浪費せずに生きることを可能にする、理想的な進化の形だったからだ。


 一昔前ならファンタジーだと嗤われたであろう不老不死の夢は、23世紀にもなるとあと一歩で実現可能というところまで肉薄した。人間の体にナノマシンを注入し、驚異的な再生能力と老化抑制、その他諸々の恩恵を与えることが、理論上可能となったためだ。


 俺の名は被験体M-06-JP0311-57。


 長いので皆にはM-06と呼ばれた。不老不死実験のために造られた人造人間クローンで、オリジナルが誰かは知らない。この実験の成功のため、ひいては人類存続のため、特定研究機関で製造されたクローンには人権を付与しない――なんてイカレた国際法が成立してから57年後に俺は生まれた。言わば人型のモルモットというわけだ。


 実験のために造られたクローンはあらかじめ脳をイジられて、個の人格や高度な思考能力を持たないよう調整・・される。だから俺たちモルモットは実験のために生まれ、実験のために使われ、実験のために廃棄されるだけの人生に、何の不満も疑問も持たない――はずだった。


 だがまあ、最初の人造人間(フランケンシュタイン)の時代から、科学の世界にはマッドサイエンティストがつきものだ。


 俺の製造に携わったリョウ・イシイという男がそうで、コイツは研究所の《定期精神分析システム(RPAS)》を騙し、《電脳警備機構(CSM)》の目を掻い潜り、複雑に思考するモルモットを生み出した。すなわちクローンの自動製造工程にこっそりと細工して、誰かのコピーであるということ以外、完全に人間と変わらないクローンを造ったわけだ。


 でもってイシイはあろうことか秘密裏に、かつ独自開発していたナノマシンを、その特別なクローンに注入した。リョウ・イシイはいきすぎたマッドサイエンティストで、なおかつ100年にひとりの天才だった。


 イシイの研究はあの時点で既に完成していて、ヤツは人を不老不死にする方法を知っていたのだ。なのに一切公表はせず、この世にただひとりの不死者を生み出した。そして言った。


「お前は神をも凌駕し、世界の王となれ」


 と。


 だから俺は、手始めに生みの親であるイシイを殺し、ヤツの研究成果をひとつ残らず闇に葬り、研究所を爆破した。世界の王になるためには、俺以外に不老不死の個体が生まれると対処が面倒だと判断したためだった。


 さらにイシイが製造したナノマシンは、世界最高クラスのセキュリティを誇る《人類史完全(アカシック)保存システム(・レコード)》にも不正アクセス可能なハッキングAIを搭載していて、俺は過去2000年の歴史を走馬灯のように見ることができた。モルモットはそれを見て人類について学び、分析し、王になる方法を模索した。


 そして今日、俺は王になる。


 人工皮膚を持たない、銀色のボディが剥き出しの自立型戦闘人形(オートソルジャー)の軍勢が、人類最後の砦を囲んでいた。22世紀の終わり頃、人類は〝人道的見地からの、すべての戦争の機械化〟を打ち出したのだが、その選択が自らの破滅を招く結果となったわけだ。


 何故なら今の俺にハッキングできないものは、生きた人間の頭の中くらい。イシイが開発したナノマシンの進化アルゴリズムは、現代の科学力では解析に1世紀を要するレベルのものだった。


 俺は王となるべく与えられたその力を駆使して、世界中のあらゆるシステムをハッキングし、人類の掃討を開始した。核兵器保有国からミサイルを拝借し、開発中の生物兵器を盗んでバラ撒き、そして今、最後の人類が身を寄せ合うシェルターの掃除(・・)にかかっている。


 戦闘開始から1時間後。突入した自立型戦闘人形に続いてシェルターの入り口を潜ると、非常灯の明かりでぼんやりと明るいエントランスは、死体と臓物と肉片の海と化していた。奥の方から銃声や悲鳴が聞こえるところを見ると、まだ生き残りがいるようだ。たぶん、戦闘には加われない老人や女子供だろう。


 俺はモーシェのごとく颯爽と赤い海を渡り、前線へ赴く。そこでは幼子を庇うように抱えた母親や、見るからに病人らしい老人が、次々と凶弾を浴びていた。


 その中にひとり、壁際にうずくまって震えている女がいる。歳の頃は十二、三くらい。女というよりは少女だ。瞳孔の開き切った両目を見張り、誰かの血を浴びて真っ赤になった十字架を握り締めながら、ガチガチと歯を鳴らしている。……クリスチャンか。ちょうどいい。


「撃ち方、やめ」


 俺が日本語で命令すると、頭部にある極小の電灯を点滅させて、人形たちが斉射をやめた。この部屋で生き残っているのはもうあの女だけだ。俺は女に歩み寄り、血飛沫で斑になった金髪を見下ろしながら、問う。


「お前は神を信じるか?」


 女は青いで俺を見上げた。長い睫毛の下では恐怖と憎悪と諦めとが、見る影もなく涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「神様はいるわ、M-06(モロク)


 と、細く掠れた声で女は言う。M-06(モロク)。今の俺の名だ。

 いつしか人間たちは俺をそう呼び、恐れるようになっていた。俺の名からハイフンを抜くと「M06」になるから、ここからもじって「MO()(ロク)」。

 最初にこの名を唱えたのは日本人だ。それがキリスト教の悪魔――布教のために取り込まれ、デモナイズされた異教の神――の名と一致することから、瞬く間に世界中へ広がった。


 ちなみにモロクという名前は、ヘブライ語で〝王〟を意味するらしい。人類が俺をそう呼び出したのは果たして偶然か、はたまたただの必然か。


「なら、お前の神はどこにいる?」


 と、俺は女に銃を突きつけながら尋ねた。これで人類の掃討は完了コンプリート。あとは神を見つけて始末するだけだ。

 それが〝神を凌駕する〟ということ。イシイが俺に与えた命令。

 そのミッションを達成して初めて俺は王になれる。王にならねばならない。何故ならそうあれかしと、死んだはずのイシイが耳元で囁き続けるから。


「神様はね」


 と、女が刹那、ジャック・オ・ランタンみたいにいびつに笑ってこう言った。


「わたしやあなたの、心の中にいらっしゃるのよ」

「……そうか」


 俺は引き金を引いた。一発の銃声が轟き、ひとりの神の器が死んだ。


 だが、そうか。そうだったのか。


 ずっと疑問だった。

 《人類史完全保存システム》を駆使しても分からなかった、神の居場所。


 ココにいたのか。俺は自分の胸に手を当ててみる。


 俺も、神の器か。


 なるほど、どうりで見つからなかったわけだ。神とは数億という人間の中に分割保存されているものだった。ならば最後の神は、俺の中にいる。――殺さなければ。


「これで、俺が王だ」


 その日、不老不死の俺は、神を殺すために地球の血潮へ飛び込んだ。灼熱の岩漿が俺を包み込み、無へ還す。


 ああ。最初からこうすれば良かったんだな。


 俺は生まれて初めての安息を享受した。


 これでもう何も聞こえない。


 今日は俺の人生で一番、特別な日だ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] M-06でモロク。 これは面白かったですね。 脳の寿命があるから。人間は賢くなるにも限界があるそうです。不老不死人ならばどこまでもいけるのかも? [一言] 世界の王といっても人間の世界の…
[良い点] 練り上げられた世界観にぐっと吸い込まれるとともに、描写の語彙選択にセンスを感じました。 [一言] 面白かったです。 ほかの作品も読もうと思います。
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