野営するナバール卿遠征軍 7話
この回は、視点変更を行っています。
これまでは主人公視点でしたが、今回は違います。
エクスピア王都から東へ1日の距離にある丘陵地帯で、ナバール卿の軍勢は天幕を張り野営の準備を進めていた。
北東地域に侵入してきた北方騎馬団撃滅に向かい、引き返してきた一万の軍勢である。
「王都が南の国の軍勢に囲まれているのに、なぜ攻撃をしないのか」
とナバール卿に意見する貴族もいた。
「まず長距離移動で疲れた軍を休め、城の内部と呼応して挟撃するのが上策だ」
とナバール卿は、この意見を退けた。
ナバール卿、王位を狙う者である。
王都に近いこの地で野営をするのは、もちろん他の狙いがある。
王都を救出する気はない。
フィリップ・ナバール卿、爵位は伯爵、エクスピア王国西海岸の貴族である。
遠い祖先は王族であると自称しているが、あくまで自称でしかない。
かつてエクスピア王国西海岸は他の大陸との交易で潤った。
しかし、海の魔物が活発化すると共に、交易船が魔物に襲われる様になった。
やがて他大陸との交易はなくなり、西海岸は経済的に苦しくなった。
この頃からナバール家は西海岸を支配していった。
ナバール家は、奴隷貿易を生業とする。
南の小国や部族地域で奴隷を仕入れ、エクスピア王国や経済力のある国に売る。
農業地帯には農奴として、貴族や金持ちには使用人として、不安定な地域には兵士として、時には夜の相手として、ナバール家は奴隷を売る。
そして、ナバール家は、大いに潤った。
経済力をバックにナバール家は、王都の社交界にも進出し、次々に味方貴族を増やしていった。
経済的な援助、時に恫喝、また時には奴隷に夜の相手をさせた。
金と暴力と色でエクスピア中央政界にナバール派閥を作り上げ、貴族の約半数を味方に引き入れた。
残るは至高の座を得る事、ナバール卿の野望達成は実現可能なところまで来ている。
「やれやれ、叔父上、国王派の貴族達のうるさい事、犬の様ですな」
ナバール卿の広い天幕に、ナバール卿の甥、ロバート・ロングビル子爵が入ってきた。
「ロバートよ。間もなく、やつらも尻尾を千切れんばかりに振ってくるだろうよ」
ロングビル子爵は、ナバール家でも暗部の仕事を受け持つ。
すなわち暗殺、買収、色仕掛け等、おおよそ貴族が忌避する裏の仕事を担当する。
まだ若いがナバール卿が片腕としてアテにしている男である。
ロングビル子爵の評価は、一部の貴族で非常に高い。
奴隷の扱いに長けている、ともっぱらの評判である。
なぜ豊なエクスピアで奴隷貿易が盛んなのか?
イチロー・タナカの治世により、上下水道が整備され、大陸全土の衛生が向上した。
子供の死亡率が大幅に減少し、寿命が延びた。
一方でエクスピア大陸は、産業があまりない。
文化、科学レベルが低い為、主たるは農業、漁業などの一次産業である。
金属加工などの二次産業は、工業とは呼べないレベルの徒弟制の個人経営の工房だ。
三次産業のサービス業は、一部の大都市にしかない。
ゆえに、労働人口が増えても、仕事が行きわたらない。
この為、貧しい南部では、家族を奴隷として売らなければ生活できない家庭が激増した。
かつて奴隷は戦争捕虜や被占領地域の住民であったが、イチロー・タナカの大陸統一以降は、経済的な理由で奴隷となるケースがほとんどであった。
イチロー・タナカの善意は、大陸全土に良い影響を与えたが、必ずしも全員が幸福になれたわけではなかった。
「しばらくは、待ちますか?」
「そうよな。ゆるゆると待って、南の国の兵が増え、王都が飢える事を期待しよう」
ナバール卿とロングビル子爵は、戦時とは思えぬのんびりとした口調で会話した。
そう、彼らにとって、今は戦時ではない。
あくまで彼らの陰謀の一幕でしかない。
天幕の外では兵士たちが忙しく働いていた。
野営の天幕を立てるもの、炊飯の準備をする者、襲撃に備えて柵を設置する者、装備がバラバラなので寄せ集めの軍である事は一目見てわかるが、兵たちの動きは統制が取れていた。
「騎士は指揮所に集合せよ! 騎士は指揮所に集合せよ!」
伝令が野営地を馬で駆け抜けた。
各所から騎士が指揮所に騎乗で向かう。
騎士と言っても、エクスピア王国の騎士は革鎧の軽装騎士である。
エクスピア王国は、国土が広く、平野と丘陵が多い為、馬での移動が多い。
重い装備では、馬が疲弊してしまう為、自然と軽装が主流になった。
また、金属鎧では火炎魔法を受けた時に、金属鎧が高温になる。
ケガや火傷は、回復魔法で治せるが、それでも戦闘中に鎧の中に火傷するのは辛い。
革鎧の方が、鎧の中を火傷しないだけ幾分かマシだ。
最近は革鎧の外側に金属板を打ち込んだタイプも人気がある。
革鎧よりは高額だが、一般の兵士でも手に入れられる程度なので、かなり普及している。
そんな新型の革鎧を着込んだ騎士が、指揮所の大天幕に入った。
「だから、さっさと王都を救いに行けばよいのだ!」
「いや、指揮官たるナバール卿は、休息をお命じになられている」
「こちらは、1万。南の国の軍勢は5000。一気に攻めれば問題なかろう」
「数は少なくとも獣人が混ざっておろう。油断はならんぞ」
「とはいえ、南の国は小国の寄せ集め、軍としてはもろかろう」
「寄せ集めと言う点では、我が方も貴族が兵を出し合った寄せ集め所帯だ」
国王派貴族とナバール卿派貴族で、議論が白熱している。
エクスピア王国では、騎士は貴族しかなれない。
だから、この天幕には貴族しかいない。そして現在ではエクスピア王国貴族は、国王派かナバール卿派のどちらかに所属している。
騎士は指揮官でもあるのだが、今は貴族としての立場、つまり自分の派閥の意見を優先した議論でしかない。
本来は戦略的な観点から、純軍事的な観点から議論されるのが望ましいのだが、極めて政治的な議論の場となっている。
一見、軍事的に見える意見も、自分の派閥の思惑を通すための理屈付けでしかない。
「ナバール卿はいかがなされた?」
「卿は野営し兵を休めよとご命令なされて、天幕にてお休みになられている」
「では、なんの為に騎士を集合させたのか!」
「騒ぐな!」
天幕にロングビル子爵が姿を現した。
「叔父上の名代として、このロングビルがお話しする。まずは兵を休める。これが総指揮官たる叔父上の方針だ。ご異論もおありだろうが、まずは兵たちを労わってやろう」
国王派の騎士が声を上げた。
「ロングビル子爵! 王都は包囲を受けておるのですぞ!」
「なーに、王都の城壁は強固。数日兵を休める程度の余裕はござろうよ」
ナバール卿派の貴族が、ここぞとばかりに賛同の声を上げる。
「まことに!」
「ロングビル殿のおっしゃる通りですな!」
「総指揮官殿のご意向ですぞ!」
「あー、それと。今回の遠征は急でしたなぁ。皆様お手元が心細いのではございませんか? 叔父上より心づけをお渡しする様にと承っておりますゆえ、軍資金の方はご安心ください」
ロングビル子爵は、配下に命じ金を配り始めた。
「これで不足の方がいらっしゃれば、ナバール家が個人的にご相談にのりましょう。後ほど私の天幕までご足労下さい」
こうして、遠征軍は王都郊外で休息する、と満場一致で決定した。
この後、王都包囲戦まで一応書けているのですが、書き直しをします。
しばらく時間をおいて、書き直してから次の話を投稿します。
2018/6/14 字下げ句点等を修正しました。
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