辺境地ベルガエの森(66話)
「やれやれ、にぎやかなのは良いけれど金がな……」
馬上の颯真はボソリとつぶやいた。
颯真の前後には北部遠征団の兵士達が馬に乗り、ワイワイと楽しそうに話している。
颯真が率いる北部遠征団が城塞都市ケノワを後にして一月が過ぎていた。
遠征団は北西へ続く街道を進み、二つの都市で小規模な魔物討伐を行った。
領主や住民から感謝され、食事などの待遇は軍よりも遠征団の方が良かったので、兵士達は満足していた。
しかし、遠征団の台所事情は楽ではないらしく、家令のアルフレッドから食事や酒の支給をもう少し安くしたいと申し出があった。
「とはいえね……。食い物が悪いとモチベーションが下がるからな。兵士と地元民が揉めたら、それこそ高くつく」
学生時代のアルバイト経験を思い出して、颯真はアルフレッドの申し出を却下した。
かつてのアルバイト先での賄いは、白飯と納豆だけ。それも毎日、白飯と納豆。
いくらなんでも毎日、白飯と納豆では不満が貯まるし、気持ちがささくれる。
その経験から颯真は、食事だけは良くしろ、と指示していた。
団員の不満がたまって訪問先の住民に乱暴する様な事を、颯真は心配した。
ここまで颯真の狙いは当たっていて、訪問地で兵士が住民に乱暴をする様な事は起きていない。
自分が率いる部隊からは、乱暴者や困り者は出したくない。その為には、良い食事と酒を与えて、満足度を高めておく。
颯真はアルフレッドに自分の気持ちを丁寧に説明をした。
「主がそう考えるならば仕方ない。一時的に伯爵家の金で賄おう。王都に戻ったら、主から国王陛下に支払いをお願いしてくれ」
アルフレッドは颯真の返事に渋い顔をしていたが、アルフレッド自身毎晩酒を飲んでいるので引き下がった。
「領地があればな~、領地経営とかでお金が稼げるかもしれないけど……」
颯真と敦はこの遠征中何度か話し合いをしていた。
前の世界の知識を生かして、何か金儲けが出来ないか?
二人は貴族と言っても、領地がない。
領地からの税収がなく、収入は国王からの騎士の給金だけ。
言わば、雇われ貴族、だ。
国王の気分次第でクビになるかもしれない。
いつ生活が不安定になるかわからないから、しっかりとした経済基盤が欲しい。
とはいえ、力ずくで他の貴族の領地を分捕るのも気が引ける。
そこで前の世界の知識を生かして何かビジネスを……。
と、颯真と敦は考えたのだが、二人とも良いアイデアが浮かばなかった。
颯真は苦笑いと共に言葉を吐き出した。
「結局、戦って勝ち続けるしかないのか……」
最後の訪問地、北西の辺境地ベルガエまではあと少しだった。
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「まだかよ! 遠征団の奴らは!」
辺境地ベルガエの領主、ヴァン・ダイク辺境伯は、伝令兵に強い口調で聞いた。
伝令兵は、領主に恐縮し直立不動で答えた。
「は! 颯真伯爵閣下率いる遠征団は、あと数日で到着です!」
「くそったれが! もつか?!」
ヴァン・ダイク辺境伯は、城の見張り台から谷をまたいだ森を眺めていた。
その森には多数の魔物が潜そみ、森の上空にはワイバーンが旋回している。
事の起こりは一月ほど前だった。
「森へ出た者が帰って来ない……」
そんな報告が増えだした。
狩人、木こり、冒険者など多数が森から帰って来なくなった。
辺境地ベルガエの森には魔物が出る。
地元民も冒険者も良く知っているので、森の奥には進まないし、強い魔物と無理に戦う事もない。
ある意味魔物は慣れっこだ。
そんなベルガエで、大人数が森で行方不明になる事は異常事態だった。
領主のヴァン・ダイク辺境伯は、すぐに冒険者ギルドに森の調査を依頼した。
調査結果は、魔物の異常発生だった。
「ダメだ! 見た事もない魔物が沢山いる!!!」
「ジャンセンがやられた! 畜生! 畜生!」
「矢が通らないんだ……。魔法使いの支援がなければ、全滅していた」
調査をした冒険者からは、シャレにならない報告ばかりで、ヴァン・ダイク辺境伯は真っ青になった。
王都に救援の早馬を出し、近隣の領主に応援の依頼をし、冒険者ギルドには冒険者をかき集める様に依頼を出した。
そして数日前には城から目視出来る範囲に魔物がうろつき出した。
その数は日に日に増え、今や魔物軍団と言って良い数の魔物が森にいるのが見える。
森の手前には城壁があり、そうそう突破はされないだろうが、安心は出来ない。
若い頃は、戦や冒険者でならしたヴァン・ダイク辺境伯でも、不安で仕方がなかった。
「早く来てくれよ! 大魔法使い軍団様様様様様様様様様様様様様様様様様様!」




