ボリス対颯真(60話)
ルル・ヴェルジー郊外の川にかかる橋の近くで、颯真はコボルド残党の索敵隊の帰りを待っていた。
コボルド集団の討伐後、遠征団は三日をかけて向こう岸の索敵を行った。
その間、敦はルル・ヴェルジーの街で無償の医療活動を行い、颯真は川に魔法で橋をかけた。
基礎工事がわりに魔法で作ったコンクリートの塊を川底に落とし、その上に橋脚をのせ、コンクリートの板を橋脚の上に乗せた。
颯真はシモン男爵に、重さで川底に橋が沈みこんでしまう可能性があるので、あくまでも仮設の橋と説明をしたが、シモン男爵は喜んだ。
時間は三時を回った頃であろうか、続々と索敵隊が戻って来た。
颯真が橋を架けた事で、索敵隊は馬で広範囲の索敵を行える様になった。
ルル・ヴェルジーからコボルドは一掃された様だ。
颯真にボリス隊が報告を行った。
「じゃあ、ボリス隊の担当エリアは問題なしだな?」
「ええ、伯爵様。住民にも聞き込みしましたが、コボルドは見ていません」
「うん。一安心だな。みんなご苦労様、ありが……」
颯真が礼を言い終わらないうちに、ボリス隊隊長のボリスが颯真を斬りつけた。
ボリスは腰の剣を抜いて、上から斬り下ろした。
剣を抜いてから斬りつけるまでのアクションが長かったので、颯真はボリスの一撃を後ろにステップバックして回避した。
ボリス隊の隊員が颯真とボリスの周りで両手を広げ他の隊員を下がらせながら大声を出し、その場を整理しだした。
「伯爵様とボリス隊長の試合だ!」
「みんな場所を空けろ! 試合だ!」
颯真は、周りの様子をうかがいながら、注意深くボリスに目を移した。
ボリスは、左手に長さのある盾、右手に短か目の剣を装備している。
腰を落とし、足を前後に開き、剣は真っ直ぐ颯真に向かって構えられている。
颯真は一つゆっくりと呼吸をするとボリスに問いただした。
「……ボリス、これはどういうことだ?」
颯真はいきなりの一撃にかなりムッとしていた。
ボリスは颯真の気持ちなど、どこ吹く風と平然と答えた。
「伯爵様の力が見たいんですよ」
「この前、魔法を見せただろう?」
「魔法が凄いのは分かりました。剣の方はどうなんですか?」
ボリスの目は真剣だった。
颯真はボリスの目を見て、どうやらこれがボリス流のコミュニケーションなのだな、と理解した。
颯真は刀を抜くと正眼に構えた。
「力のないリーダーは嫌って訳か?」
「命を預けますからね。ヘボの下はお断りです」
颯真とボリスは睨み合った。
そんな二人の様子を遠征団の面々が周りから見ていた。
アルフレッドは腕を組んで目を見開き、楓とリナは落ち着いた様子で、執事はニヤリと口元だけ笑っていた。
アルフレッドが執事に話しかけた。
「どう思う?」
「うむ。颯真様は魔法に目を奪われがちだが、闘気の量もなかなか……。それに剣の筋も良い」
「毎朝、奥方たちと訓練しておるしな」
アルフレッドは、毎朝、楓とリナにボコボコにされている颯真を思い出していた。
二人に打ち据えられてはいるが、颯真が急速に力を付けて来ている事を感じていた。
アルフレッドは楓とリナに話を向けた。
「奥方二人はどう思うのだ?」
楓が颯真とボリスから目をそらさず、前を向いたまま答えた。
「颯真に足りないのは、人と斬り合う経験です。基本的な型は持ってます」
「ほお、主はどこでそんな物を覚えたんだ?」
「前の世界らしいですね」
リナが楓の言葉を引き継いだ。
「なんとか研究会で訓練してたんだってぇ。颯真はぁ、スピードも付いて来たよぉ」
「ふむ、なら心配はいらぬか」
「颯真なら、大丈夫です」
「大丈夫だよぉ」
アルフレッドは、じっと睨み合う颯真とボリスに目を戻した。
颯真はボリスを観察していた。
剣を交える前に可能なだけ戦う相手の情報を集める。楓に朝稽古で教わった事を実践していた。
ボリスは左手に長い盾を持ち、半身に構えている。
颯真から見るとボリスの盾が近くにあり、ボリスの体が遠く感じる。
ボリスの右手に握られた剣は、やや短い。
間合いは短いが、剣の小回りが効き、手数を多くする武器の選択と読み取れた。
(意外と堅実なんだよな……)
颯真はボリスを観察しながら、そんな事を考えた。
ボリス隊の普段のラフな振舞いと今観察したボリスから読み取った情報のギャップに、颯真は驚いていた。
一方のボリスは、左手に盾を構えながらジリジリと颯真との間合いを詰めていた。
颯真の構えから、圧を感じていた。
(こりゃ単なる魔法使いじゃねえな……、油断出来ねえ……)
ボリスが颯真の間合に入った。
颯真は右にスライドする様に踏み込むと、ボリスの盾を持つ腕を斬り落としにかかった。
ボリスは颯真の方へ素早く体を向けると、盾を地面に置いて颯真の斬撃に備えた。
ボリスの行動で自分の斬り落としが、盾に阻まれる事を颯真は一瞬で理解した。
颯真は、左足を前に踏み出しながら、振り上げた刀を軽く上に引き、今度はボリスの額に向けてもう一度刀を振り下ろした。
腕から頭部へ上段からの連続技だ。
ボリスは、地面に置いた長い盾にしゃがみ込む様に隠れて、颯真の真上からの斬撃を防御した。
攻撃の失敗を知った颯真は、踏み込んだ左足にグンと力を入れて踏ん張り、振り下ろした刀を手元に引いた。
刀を引かなければ、ボリスがしゃがみ込んで消えた空間に刀を打ち下ろす事になり、颯真の体は隙だらけになってしまうからだ。
攻撃の為踏み込んでいた颯真の左ひざがボリスの盾に当たった。
その瞬間ボリスが盾を地面から斜め上に振り上げた。
アッパーカットの要領で振り上げられた盾の角が、間合いを詰めていた颯真の顔面に迫った。
颯真は刀を体に引きつけ、後ろ足になった右足を横にずらしながら、体をボリスに対して真横にして盾の一撃を避けた。
(まったく、シュレと言い、ベテランは何でこうも盾の使い方が上手いかね……)
ボリスの盾によるアッパーカットをギリギリでかわしながら、颯真はボリスの盾の使い方を内心で称賛した。
ボリスはボリスで颯真の動きに感心していた。
(踏み込みが早いし、対応力もある。何より動きに迷いがねえ。いいじゃねえか!)
ボリスが攻勢に転んじた。
アッパーカット気味に打ち込んだ盾の勢いを利用して、体を前に進め、右手の剣を上から打ち下ろした。
斬ると言うよりは、叩きつける打ち下ろしだ。
当たれば骨が砕けて戦闘不能になる体重の乗った一撃が颯真に迫まる。
しかし、颯真はこの一撃をかわした。
後ろ足の右足を軸に右方向にクルッと回転しがら、左足を引いて後ろに下がる。
同時に体をしゃがみ込ませながら、右腕一本で刀を下から上へと薙ぎ払った。
ボリスは颯真の動きに対応出来なかった。
颯真の下から上への薙ぎ払いは、ボリスの右腕に食い込んだ。
とっさにボリスは剣を手離して、腕の動きを止め、ダメージ軽減に努めた。
ボリスの手放した剣が地面に転がり、ボリスの右腕から血が流れだした。
「そこまで! 勝負あり!」
執事が宣言し、颯真とボリスの勝負は終わった。
ワッっとその場が盛り上がった。
ボリスは右腕を抑えて、激痛に耐えていた。
執事が手配をし、すぐに回復役が駆け込んだ。
ボリスが痛みに顔をゆがめながら颯真に話し出した。
「お強いですな。どこであんな技を?」
「前の世界で訓練してたんだ。腕は大丈夫か?」
「三分の一ばかりザックリいきましたが、回復役がいるので大丈夫です」
「そうか。なら良かった」
颯真はあっさりとした表情で頷いた。
だんだんと颯真はエクスピアのこういった乱暴な流儀に慣れて来ていて、剣での勝負を挑まれたり相手に怪我をさせても、動揺しなくなっていた。
颯真は自分なりにボリスに対して礼を尽くして戦ったつもりで、自分の気持ちが伝わっていると良いと考えていた。
アルフレッドがその長身から見下ろす様に、颯真に問いかけた。
「主よ。それでこの始末はどうする?」
「始末とは?」
「勝負は勝負で良いが、主は伯爵である。兵士が斬りかかったのであるから、何らかの処分をせねばならんぞ」
「……」
「主よ! どうする?」
これもアルフレッドの愛の鞭だなと思い颯真は苦笑いした。
アルフレッドなりに、颯真に当主としての振舞い方を教え、颯真を鍛えているつもりなのだ。
辺りはシンとして、颯真の言葉を待っていた。
颯真はゆっくりと落ち着いて話し出した。
「そうだな……。今夜はシモン男爵が呼んだワイン商人が宿に来ているんだ。ワインの試飲をして、その場で俺が買い上げるんだが、兵士も参加出来る」
兵士達が嬉しそうに湧いた。
「罰としてボリス隊は、試飲会の警備……。ってとこでどうだ? アルフレッド?」
アルフレッドは顎を手でさすりながら、しばらく考えてから答えた。
「まあ、主が良いならそれで良かろう」
兵士長のクロードが大きな声で遠征団員に告げた。
「では、ボリス隊はワインの試飲なし! 今夜は宿の警備だ!」
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シモン男爵が手配してくれたワイン商人達によるワインの試飲会は、なかなか良い会になっていた。
宿の食堂のテーブルにワインの瓶や小さな樽が並び、団員たちが次々にワインを試飲していった。
参加した商人は二十人以上になり、ルル・ヴェルジーだけでなく、ブルグンド地方の様々なワインが楽しめた。
颯真は白ワインを楓と二人で試飲していた。
「白も良いね! 夏場は冷やして飲めるからな」
「はい、キリッとしていて良いですね。颯真は白の方が好き?」
「白も赤もどっちも好きだね。これは三樽くらい買っておこう」
商人が嬉しそうに話しかけて来た。
「ありがとうございます。伯爵様は次はどちらの街へ?」
「次は北西の城塞都市ケノワだ」
「あ……」
城塞都市ケノワの名前を聞いた商人が口ごもった。
厳しい表情に変わった。
「何だ? ケノワに何かあったのか?」
颯真は商人に問いただした。
楓も何事かと怪訝そうな顔で商人をジッと見ている。
商人は颯真と楓に、とんでもない事を告げた。
「城塞都市ケノワに、ドラゴンが出たそうです」