ドラゴンハーフのアルフレッド(50話)
颯真達が執務室の整理を終える頃には、すっかり日が落ちていた。
颯真は文官二人を帰し、執事を呼んだ。
すっかり片付いた颯真の執務室には、颯真、楓、リナ、敦、シュレ、執事の六人がいた。
颯真は、昼間市場で見知らぬ老婆から情報提供があった事、バートリー子爵が襲って来る可能性がある事、楓とリナの二人が目を付けられた事を話した。
颯真が話し終わると執事が口を開いた。
「バートリー子爵ですか……、北部地域でモンスターの被害が頻発していて妙だと思っていましたが、バートリー子爵の仕業でしょうね」
老婆からの情報を執事がすんなり信じた事が、颯真には意外だった。
「情報を信じますか?」
「バートリー子爵は評判が悪いですからね。噂はお聞きになりましたか?」
「大体は……」
「ナバール卿陣営でも、彼の事を良く思わない人間は多いでしょう。おそらくその辺りから情報が提供されたのでしょう」
「俺達に始末させたい?」
「颯真様がお倒れになれば良し、バートリー子爵が颯真様に倒されても良し、といった所かと……」
「……まったく、味方が増えた訳ではないのか」
敦が声を上げた。
敦はバートリー子爵の様な非道な人間が、領主を務めている事に納得が出来なかった。
「国の方ではなんとか出来ないのですか? バートリー子爵のやってる事は、どう考えても犯罪、虐殺でしょ?」
「敦様のおっしゃる通りで、バートリー子爵のやり様は重大な犯罪です。しかし、証拠がないので裁けないのです」
「調査団を派遣するとか?」
「過去に派遣した事がありますが、途中でモンスターに襲われ領地に近づく事が出来ませんでした」
「それは……、バートリー子爵の飼ってるモンスターですか?」
「おそらくそうでしょう。密偵を放った事もありますが、帰ってきませんでした」
「その密偵はどうなったのでしょうか?」
「考えたくもありませんな。そんな訳で調査をしようにも犠牲が大き過ぎる為、王国としては静観しています」
敦は前の世界、日本の様に法や常識、良識や善意がこの場合は通用しない事を理解した。
執事は北部遠征の陣容見直しの必要性を感じた。モンスターが自然発生したのなら、それほど心配はないが、バートリー子爵が悪意をもってモンスターを放ったのなら何があるかわからない。
颯真達が大人数で行動する事を好まないのは、執事も承知していたが、国王派の切り札である颯真を失うリスクは避けたかった。
「北部遠征の陣容は見直しを行います。颯真様からご希望のあった様にあまり大人数にはしない様にいたしますが、今少し陣容を厚くさせてください」
颯真はやむを得ないと思った。
相手はモンスターをペットにしているらしい。まだモンスターと戦った事はないが、対人戦とは違った難しさがあり、おそらくは単体なら人間よりも強力なのであろうと考えた。
まして今回は楓とリナが狙われている。
万一バートリー子爵に二人が捕まれば、悲惨な末路しか思い浮かばない。
「お願いします。なるたけ精鋭を揃えて頂ければ……」
「僕も行きます」
敦が決然として、遠征同行の意思を颯真と執事に告げた。敦は王都に居残り、回復魔法の訓練予定だった。
今回の北部遠征はバートリー子爵が絡んできた事で荒れ模様だ。そんな背景があるので、好戦的ではない敦の同行希望を執事は驚いて聞き返した。
「敦様も遠征にご同行を?」
「はい。僕は回復魔法を初級レベルなら使えますし、役に立てる事もあるでしょう」
颯真は敦の性格を考えて慎重になった。今はバートリー子爵の悪行を聞いて敦は熱くなっているが、敦は本来戦いには向かない性格である。
遠征途中でストレスを溜めはしないかと颯真は心配した。
「あっちゃん良いのか? 厳しい戦いになると思うけど……」
「だったら尚更ですよ。回復役は一人でも多い方が良いでしょう」
「バートリー子爵とかち合ったら……、殺すしかない、と……、思うけど……」
「それは仕方ありませんよね。僕も人殺しは嫌ですけど、相手が相手ですからね……。それに、僕は颯真さんの一門ですから、力になりますよ」
颯真は敦の気持ちが嬉しかった。気心の知れた仲間が初めての遠征に同行してくれるなら頼もしい。
颯真は素直に敦に感謝した。
「ありがとう。助かるよ」
敦はまだ訓練途上とは言え、魔力の分量はエクスピアの人間よりも大きい。また従者のシュレも大きな戦力になる。颯真も執事も敦の同行を歓迎した。
北部遠征の話が一段落したところで、颯真は執事に相談を持ち掛けた。
「執事さん、俺も執事を雇いたいんですが、誰か良い人はいませんか?」
「どうされたのですか?」
颯真は、年配の文官から受け取った分厚い贈答品リストを執事に見せた。
「応援の文官の方では限界みたいで……、誰かいないですか?」
執事は顎に手をあてて少し考えると、颯真をジッと見つめた。
「ふむ。一人飛び切り優秀な者がおります」
「執事さんが優秀と言うなら間違いなさそうですね!」
「はい。私よりも優秀です。おそらく王国一でしょう。ただ、ちょっとクセがあるのですが、まあ、颯真様なら使いこなされるでしょう。今から会いに行きますか?」
「ええ、早い方が良いです」
颯真はすぐにでも分厚い紙束を誰かに押し付けたかった。
その為、執事の誘いに乗った。
颯真達は執事の案内で城外へ出た。敦とシュレも同行し六人はエスポワール大通りから右に入り、冒険者ギルドのあるエリアへ向かった。
これから会う人物は文官系の仕事をして貰うはずなのに、冒険者ギルドの方へ向かうのが、颯真は不思議だった。
「冒険者ギルドの方へ向かうのですか?」
「はい、その近くにヤツの行きつけの店があります。たぶんきょう今夜もそこにいるでしょう」
「どんな人なのですか?」
「ヤツはドラゴンと人のハーフでして、私の長年の友人、悪友ですかね」
執事は嬉しそうに微笑んだ。
颯真はドラゴンと人間が子供を作れる事に驚いた。
「ドラゴンとのハーフって、そんな事あり得るんですか?」
「そこは私も不思議ですが、その証拠に彼は非常に長寿です。ひょっとしたらドラゴンの様に不死なんじゃないか、寿命が無いのではと思う事もあります」
「……そんなに長生きしている人なんですか」
「はい。ですので、王宮の情報も人脈も長生きした分だけ持っています。たしか三百年分くらいかと」
「頼もしいですね!」
「はあ、しかし、そのちょっとクセのある男でして……。まあ、颯真様なら……」
執事の最後の方のつぶやきは、颯真には聞こえなかった。
しばらくして執事は一軒の高級そうな店のドアを開け中に入った。
店内はゆったりとした間取りの酒場だった。客は冒険者や傭兵と思われる男達だったが、身に着けている衣服や装備は、素人目にも高級とわかる物ばかりだった。
颯真達六人が店に入ると店の客から鋭い視線が飛び、楓とリナは思わず身構えた。
執事はそんな視線を気にせず、店の奥へと進みテーブル席に座る男に声を掛けた。
「アルフレッド、仕事を持ってきたぞ」
テーブル席椅子に寄りかかり、だらしなく崩れた姿勢で酒を飲んでいた男は、面倒くさそうに執事の顔を見上げ、低く、太い声で答えた。
「久しぶりだな、ラグナー、つまらん仕事はお断りだ」
颯真は執事がファーストネームで呼び合うくだけた様を見て驚いた。そして、このだらしない男が執事以上に優秀なのか疑問を感じた。
同行している敦や楓は、男のだらしのない態度を見てあきらかに嫌そうな表情をしている。
執事はそんな颯真達の様子に知らん顔して話を続けた。
「そうは言うが、こんな高い店に通うには金も必要だろ?」
「ラグナー、俺を心配してくれるのはありがたいが、バカ貴族に仕えるのは、もう、うんざりだ」
「相変わらずだな。だが、俺がお前に紹介するのは面白いお方だ。こちらの颯真伯爵だ」
執事がアルフレッドと呼んだ男はチラリと颯真達を見た。
「ほう……、そちらが……」
執事はテーブルに置いてあった酒瓶を持ち、男のグラスに注いだ。
男は一息にグラスの酒を飲み干した。
「颯真様は、新たに執事を雇われたいとおっしゃてな。お前がお支えしてくれんか?」
「ふむ……」
男は颯真を値踏みする様に下からジロジロと見つめた。
颯真はその視線が不思議と嫌ではなかった。颯真が伯爵と聞いても、立とうともしない太々(ふてぶて)しい態度は、頼もしくさえ感じた。
男は颯真から視線を外し、楓、リナ、敦、シュレを順番に観察した。
しばらくして、男が話し出した。
「するとそちらが、楓……、東の武士団。リナ……豹族。敦子爵は回復役を目指されていたな。一番端は、ゴル族のシュレだな、タイガーメダルの」
執事はニヤリと笑って、また男に酒を注いだ。
「相変わらず情報が早いな。アルフレッド」
「何の為に高い酒場に通っていると思ってるんだ?」
「高い酒を飲むためだろう?」
男はまた酒をあおった。
このやり取りを聞いて颯真は男を雇う気になった。
颯真の連れを知っていた男の情報収集能力は評価出来た。それに線の細い文官タイプよりも、武闘派の傭兵隊長の様な雰囲気のこの男の方が、今後のナバール卿との戦いで役に立つと颯真は考えた。
颯真は一歩前へ出て右手を男に差しだした。
「初めまして。颯真です」
男は差し出された颯真の右手をしばらく凝視した後に立ち上がった。
立ち上がった男は、2メートルを超える背の高い大男だった。うねる様な金髪に淡い緑色の瞳、彫りの深い顔立ちは、颯真に北欧系の俳優を思い出させた。
「アルフレッド・ドラゴ・バーグマンだ」
アルフレッドは颯真の手を握り、上から颯真を威圧する様に見下ろした。
「さすがドラゴンとのハーフ、大きいですね」
「うむ。食欲は人並みだがな」
「酒の量は?」
「そっちは、底なしだ」
颯真はジャグラールの腕輪の収納空間から、贈答品のワインを取り出した。
「飲むか?」
「ほう! 良さそうだな! 頂こう」
颯真とアルフレッドは、テーブルに向かい合って席に座った。
颯真は、敦や楓達にも隣の席に座る様に促し、もう一本同じワインを取り出して敦に渡した。
アルフレッドはグラスを取り寄せワインを開けた。
グラスにワインを注ぎゆっくりと香りを確かめた。
「おい。これは相当なワインだろう。本当に飲んで良いのか?」
「飲まなきゃワインに失礼だろう?」
アルフレッドはニヤリと笑い、グラスを颯真に高く掲げた。ゆっくりとワインを口に含み味と香りを楽しみながら一杯目のワインを飲み干した。
「俺も長く生きているが、ここまでのワインは初めてだな」
「なんとか家のなんとか男爵からのもらい物だ。二百年モノとか言っていたが、さすがに美味いな」
「ほう! 秘蔵の逸品と言う訳か! では、味が落ちる前に飲んでしまうとするか」
そう言うとアルフレッドは、あっと言う間に秘蔵のワインを一瓶飲み干してしまった。
隣の席では楓とリナが嬉しそうに秘蔵のワインを楽しんでいた。執事も少し頬が赤くなり隣のテーブルは良い雰囲気になっていた。
「なあ、颯真伯爵。俺は他家の執事の様には働かんぞ」
「気が合うな。俺も他家の伯爵の様には振舞えない」
ククッと嬉しそうにアルフレッドは笑った。
「そうかならば、俺はお前に仕えてやろう。お前は今日から俺の主だ」
「よろしく頼む。任せるからうまくやってくれ」
「うむ。ところで主よ。一つ頼みがあるんだがな……」
「なんだ?」
「ここのツケを払っておいてくれ」
「……わかった」
こうして颯真はアルフレッドを雇った。