異人颯真を討て!(45話)
叙任式の翌日の夜、俺達は貴族になったお祝いをする事にした。
叙任式当日は城から外に出た所で商人のブリューナ達につかまってしまい、一般市民のどんちゃん騒ぎに加わる羽目になった。計算外だったけど、貴族みたいに堅苦しくない普通の人たちだったので、話しやすかったし、俺とあっちゃんが貴族になった事を喜んでくれていた。
「これでエクスピア王国も安泰!」
「次の千年につながる慶事!」
などなど、王都市民の皆さんの反応は好意的だった。俺もあっちゃんも、嬉しくなった。
叙任式当日がそんな感じだったので、今夜は仲間内でワイワイやろう! という事になった。俺、楓、リナ、あっちゃん、シュレさん、そして、俺達の剣術指南役で城に来ているロザリーもゲスト参加する。
メニューは、すき焼き!
前の世界とまったく同じすき焼きは無理だけど、醤油と砂糖と酒、たっぷりの牛肉と野菜を用意した。楓に手伝ってもらえば、なんちゃってすき焼きなら俺でも作れるだろう。
井ノ口さんも誘いたかったが、今日は城へ来ていなかった。大道とヒロユキも来ていなかった。三人とも訓練はサボリだ。あまりやる気がないのかもしれない。
二股の道を左へ曲がって家へ続く小道に入った。
リナを先頭に、俺と楓、あっちゃんとロザリーが並んで進み、最後尾にシュレさんが馬車、というより荷馬車を引いて進む。シュレさんは馬に乗れないから、荷馬車を執事から提供してもらったらしい。
今夜も二つの月が綺麗だ、星もキラキラと輝いている。
リナは相変わらず馬の上に寝っ転がって、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
家まであと五分ちょっと、すき焼きが楽しみだ!
リナの尻尾がピン! と垂直に立った。馬の上に立ち上がり、周囲を見渡している。
俺達はリナの様子に馬の脚を止めた。
なんだ? どうした?
俺達の間に緊張が走った。
リナが引きひきつった顔をして叫んだ。
「囲まれてる!」
「!」
いつものリナの口調と違う。
辺りを見回したが、人の姿はない。いつもと同じ長閑な小道に見える。
囲まれている? 敵か? どこにいるんだ? 敵なら誰なんだ?
リナは後ろの方を見て叫んだ。
「後ろが沢山! 前にもいる!」
俺とあっちゃんは顔を見合わた。あっちゃんも、あせった顔をしている。
まずい、どうしていいかわからない。
後ろの方から一斉に声が聞こえた。
「異人颯真を討ち取れ!」
後ろの方から馬の駆ける響きが聞こえる。音が大きい。数が多いのか? まだ姿は見えない。どこに隠れてたんだ!
シュレさんが小道をふさぐ様に荷馬車を止め、盾と防具を取り出して戦う準備をしている。
ロザリーが大声で指示を出し始めた。
「シュレ! 後ろは任せた! 足止めしろ!」
シュレさんが、防具を付けながらうなずいた。落ち着いた表情をしている。さすがベテラン、この状況でもあせってない。
そうだ! まず落ち着かなくては!
城への距離は遠い、家の方が近い。
すると、家に逃げ込むか? ここで戦うか? の二択だ。
ロザリーに相談した方が良いだろう。
「ロザリー! 家まではすぐだ。家まで逃げるか? ここで迎え撃つか?」
「ちょい待ち! リナ! 敵の数は?」
「後ろが沢山! 30位いる。前が数人! 待ち伏せてる。」
30?多いな……。
いや、火炎魔法で一気に焼けば、いけるか?
俺が迷っているとロザリーが作戦を立ててみんなに伝えた。
「颯真と敦! 火炎魔法で後ろの敵を一撃しろ! 一撃したら逃げろ! 家まですぐだな?」
「ああ、すぐ、もうちょいだ」
「なら、家に逃げ込んで、窓から追っ手を攻撃しろ」
「わかった!」
「リナは先頭! 楓は左をカバー! 私が右!」
「了解!」
「了解!」
ロザリーが指揮してくれて、正直助かる。俺とあっちゃんじゃ場数を踏んでいないから、どうすれば良いのかわからない。
「颯真! 狙いはあんたらしい。とにか家まで逃げるんだよ。家に逃げ込んで壁を盾に使って戦えば、魔法使いのあんたの方が有利だ」
「わかった」
馬の駆ける音がどんどん大きくなって来る。腹に響く。
あっちゃんも盾を出し、剣を腰に差している。俺も慌てて日本刀を取り出して腰に差した。
敵が見えた!
俺達の後ろを包囲する様に、後ろの小道から10人、左後ろから10人、右後ろから10人、広がって馬で走って来る、おまけに足が速い。ヘルファイヤの様な対集団魔法が使いずらい。ドランゴンファイヤーを使う為に、魔力をタメる時間がない。
俺は両手を頭の上で広げて、ファイヤーボールを大量に生成した。あっちゃんもファイヤーボールを作っている。
ファイヤーボールを生成し終わった所で、ロザリーから合図が来た。
「撃て!」
俺はファイヤーボールを、敵に放り投げた。放り投げたファイヤーボールに意識を集中して軌道をコントロールする。
正面から、右から、左から、上から落とす、下からホップする。あとは着弾まで意識を切らさず……。
突然、水の壁が現れた!
シュレさんの荷馬車の前に、俺達の視線をふさぐ様に。
敵が水の壁で見えなくなった。
クソ! 見えなきゃファイヤーボールをコントロール出来ない!
俺はファイヤーボールのコントロールをあきらめ、敵に着弾する事を祈った。
「逃げるぞ!」
ロザリーの声に俺は反応し、馬首を回して家へ向けて馬を走らせた。
「ぎゃああああ!」
「熱い! 熱い! 助けてくれー!」
「ひるむな! 異人颯真を討ち取るのだ!」
後ろから敵の声が響く。着弾はしたが、全員は無理だった様だ。
チラッと後ろを見ると、水の壁から飛び出して来た敵をシュレさんが盾て止め、ククリナイフで腹をえぐっていた。
シュレさんが倒した敵は馬に乗っていなかった。馬をファイヤーボールの盾にしたのか?
まずい……、生き残った敵の数は多いかもしれない……。
いや! 馬を失ったのなら、足は遅い。俺達が家まで逃げ込んで、家にこもって迎撃できる可能性が高まったはずだ。
リナを先頭に、俺とあっちゃんが中心、楓が左、ロザリーが右で家へ向けて走る。
後ろから敵の声が聞こえる。
「異人颯真だ!」
「異人颯真を討て!」
怖い。
俺を狙ってる。手が震えているのがわかる。
王都防衛戦の時は、軍対軍の戦闘だった。
でも、今回は俺一人を狙った襲撃だ。敵の数もこちらよりはるかに多いし、城壁も堀もない。早く家に逃げ込まなければ、殺される。
馬を急がせるが、俺の下手な馬術じゃスピードが上がらない。先頭のリナと距離が開いていく。
家が見えた!
右前の木の陰から騎乗した敵が現れた。上下真っ黒な服を来て、顔も黒い布で隠れている。
先頭のリナが馬からジャンプして、右前の敵に飛び蹴りを見舞った。敵は盾でリナの飛び蹴りをガードしたが、馬から落ちた。リナが敵に襲い掛かるのが見えた。
「駆け抜けろ!」
ロザリーがひと吠えしながら、先頭に出た。
左前の窪みから敵が二人現れた。
楓が二人の方へ向かった。
敵は窪みを登るので足が遅い、馬に乗ってない、まだ距離がある! 間に合う!
俺は左手を伸ばして拳銃を撃つように、ファイヤーボールを三連続で撃った。
二発が一人の敵に着弾し、悲鳴を上げて倒れた。もう一人は窪みの縁に隠れてファイヤーボールの着弾をかわした。
楓が残りの一人の方へ駆け寄る。
その横をロザリーを先頭に、俺、あっちゃんが駆け抜ける。
あと少し、あと少しで家に逃げ込める。
右から騎乗した敵が飛び出して来た。
馬の出足が遅いので、俺達を追いかける形になった。
「うあ!!」
あっちゃんの悲鳴が聞こえた。
振り向くと、あっちゃんが馬で走りながら、盾で敵の斬撃を防いでいる。
体を捻ったかなり無理な姿勢で長く持ちそうにない。
「あたしが行く! 颯真は前だ!」
ロザリーが馬首を返して、あっちゃんを助けに向かった。
俺はロザリーに言われた通り、一人で家に向かって馬を走らせる。
あと少し! あと少し! 馬の脚が遅く感じる。もっと早く走れ!
よし! 家に着いた!
馬から飛び降りた。右の家の陰から何かが飛び出して来た。
とっさに闘気を全身に巡らせて、スピードを上げて左へ移動する。
同時に刀を抜いて、何かが飛び出してきた方向へ、横方向に振り抜いた。
ギャン!
刀が弾かれ重い衝撃を右手に感じだ。
「さすが異人殿……」
右手から現れた黒ずくめの男は、静かに俺に近づいて来た。
俺は正眼に構えて、男に正対する。
まずい。
こいつ強い。
圧倒的な強さを感じる。
大ぶりな剣を、だらりと右手で下げている、けど、隙を感じない。
男がゆっくりと剣を構えた。
「異人颯真殿とお見受けいたす。お覚悟を!」
相手の言葉が終わる前に、俺は刀を構えたまま闘気を使って高速で右に移動した。
左は家の壁だ。闘気で移動出来る様に、広さのある所に行かなきゃ。
だが、相手も俺の動きを読んでいた。
相手も闘気を使って、俺をふさぐ様に、俺の右側に立ちはだかった。
なら!
俺はバックステップして、家の裏側に回る事にした。
相手が距離を詰め、剣を振りかぶった。
俺の右前から、相手の逆袈裟切りが来るのが見える。
俺が右側の広いスペースに逃げられない様にけん制しながら、切り込んで来た。
だが、速度が遅く感じる。
俺の移動速度が速いのか?
俺の闘気の方が強いのか?
相手も闘気を使っているはずだ。
だが、この速度なら……、俺でも剣の勝負で勝てる!
俺はバックステップをやめ、相手の右前からの逆袈裟切りを右横に体をスライドしてかわした。
相手は剣の勢いで体制を崩している。
つんのめって、首筋が丸見えだ。
俺は小さく振りかぶって、相手の首筋に袈裟切りを叩きこもうとした。
相手の体が、細かくブレて見えた。
一瞬相手と目が合った気がした。
まずい、これは誘いだ!
遅い動きはフェイク。俺の攻撃を誘い出して、隙を作るのが狙いかよ!
俺は敵の狙いを悟った。
だが、袈裟切りのモーションに入った俺の体は止まらない。
体重移動が前方に始まっている。
相手の剣が見える。
下からの切り上げだ。
このままだと首を持って行かれる。
瞬間、強引に腕を手前に引き込み、体を右方向へねじる様に倒す。
ザクッ!
音が体を通して伝わり、同時に痛みが俺の両腕に走った。
俺は手首から先を切り落とされていた。
「…………あ……!」
俺は痛みでうめき声を上げたが、声になってない。
痛みで目が開けられないが、血が噴き出ているのが分かる。
残った腕から肘にかけて生暖かい液体が伝わってきている。
バランスを崩し尻もちを付いた瞬間、目が開いた。
手首の辺りから切り取られた両腕が目に入った。
切り取られた両腕の先に、敵がゆっくりと近づいて来るのが見える。
だらりと下がった右手に握らた剣に、血が滴っている。
「お見事な戦いぶり!」
敵が俺を称賛している。
もう、俺に抵抗する力がないと油断したのだろう。
死んでたまるか!
俺は残っている腕に一気に魔力を注ぎ込み、腕を前に払う。
血が飛び散るが構うものか!
間髪入れずに、魔法を発動する。
ゴッ!!!!!!
青い炎が、敵を覆った。
半径1Mの対個人用に改良強化したヘルファイヤ改だ。
ヘルファイヤ改の青い炎は、一秒とかからず敵を焼いた。
真っ赤に熱せられた敵の剣だけが、音を立てて地面に落ちた。
「颯真さん!」
あっちゃんがこちらに駆けてくる。
「あっちゃん、やられた。腕が……」
「回復魔法かけます!」
あっちゃんは、すぐに回復魔法をかけてくれた。
痛みが和らぐ。出血が止まり、徐々に切り落とされた腕が元の形に戻っていく。
いや、戻らない!
あっちゃんは目をつぶって、魔力を俺に注ぎ込んでいるが、腕が元の形に戻らない。左手は親指と人差し指しかないし、右手は手のひらの途中までしかない。
あっちゃんが目を開いて、詫びて来た。
「すいません。颯真さん……。僕の力ではここまでしか……」
ショックだ。だが、まだ敵がいる。
とりあえず魔法は何発かまだ撃てそうだ。家に立てこもらなくては。
「いいんだ! ありがとう! あっちゃん、家に立てこもろう。」
俺は立ち上がって家に入ろうとするが、ふらついている。
あっちゃんに肩を借りて家に入った。
家に入るとすぐに、あっちゃんは扉が開かない様に、テーブルで入口をふさいだ。
「他の部屋もふさいできます。」
あっちゃんが、他の部屋もふさぎにいった。
俺は窓から外を見張る。あちこちで剣と剣とがぶつかり合う音が聞こえ、時々火花が見える。
まだ敵がいる!
楓達は無事だろうか?
俺達は助かるのだろうか?
ふと、空を見るといつもと同じように、二つの月が見えた。
※正眼:中段の構え