国王派か、ナバール卿派か(40話)
剣と魔法の訓練を初めて三日たった。
剣の訓練は順調に進んでいる。
刀を振る感覚が大分蘇ってきた。
刀を構える、振る、絞って止める、移動する、基本動作を一つ一つ思い出しながら丁寧に訓練している。
闘気の発動は大分慣れてきた。
指南役のロザリーの方針で、まずは闘気を使って高速に移動する事、闘気を使って敵の攻撃をかわす事、に重点を置いて訓練している。
ロザリー曰く・・・。
「あんたら魔法使いは接近戦は苦手なんだ。だから敵に間合いを詰められたら、闘気を使って、敵の間合いの外に出ろ!そして逃げろ。反撃するのは、逃げられない時だけだ。」
との事だ。
俺としては、闘気を使って格好良く相手を切り伏せたい。
けど、ロザリーの言う事も、もっともだ。
俺には楓とリナ、あっちゃんにはシュレさんと言う、頼もしい従者がいる。
俺達が敵の攻撃をかわして、逃げていれば、従者が敵を倒してくれる。
ロザリーの言う通りにした方が、生き残る確率が高い。
俺とあっちゃんは、闘気を使って移動する訓練をひたすら繰り返している。
気になるのは、大道、ヒロユキ、井ノ口さんが、遅刻してくる事だ。
ロザリーは、本人たちのやる気の問題だと、彼らの遅刻を放置している。
ロザリーとしては・・・。
「あたしが貰うギャラは変わんなーい!ヤッホー!」
だそうだ。
魔法の訓練は、城外北側の軍の演習場で、ひたすら自習だ。
俺は、エルフのクリスチーナ・ラーソン先生から、初日で卒業認定をされてしまった。
そこで、新魔法の開発に取り組んでいる。
いくつか使えそうな魔法を考え付いたので、その実験を黙々と行っている。
モンスターの討伐遠征までには、なんとか形になりそうだ。
そんな感じで過ごしていたら、国王さんから呼び出しを受けた。
国王さんとの面会は、いつもの謁見の間ではなく、国王さんのプライベートスペースだった。
城が建っている丘の斜面に作られたテラスで、エクスピアの街並みを一望できる素敵な場所だった。
テラスには、小ぶりなテーブルと椅子があり、俺は国王さんの正面に座った。
国王さんと執事と俺の三人だけ、何の用件だろ?
国王さんは、いつになく真剣な顔で話し出した。
「・・・颯真殿。余とナバール卿の対立は聞いておるな?」
「はい、陛下。執事さんから、派閥争いがあると伺っています。」
「うむ・・・。それでのう、異人の大道、ヒロユキ、井ノ口の三者がナバール卿の一派に組する事になったそうだ。」
俺は井ノ口さんの派閥入りに驚いた。
大道は、そういうのが好きそうだから分かるが・・・。
「井ノ口さんのナバール卿派閥入りは、間違いないでしょうか?」
「間違いない。執事によると、ナバール卿一派の手配した屋敷に住んで、女奴隷をあてがわれておるそうだ。」
「そう言えば・・・、貴族の支援者に話を持ちかけられたと言ってました。」
「それが、ナバール卿一派の者であろうよ。そちもナバール卿一派に入るのか?」
国王さんが鋭い視線で俺をじっと見つめている。
これは誤魔化しはきかない。きちんと答えないのダメそうだ。
「いえ、そのつもりはありません。」
「なぜじゃ?」
「執事さんの話では、ナバール卿は王位継承者を何人も暗殺したと・・・。先の王都包囲戦の際には、南の国の軍を引き込んだとか・・・。そんな汚い人の仲間になりたくありません。それに・・・」
「それに?」
「それに・・・。ナバール卿がそんな人じゃ、自分もいつ殺されるかわからないですよ。」
「そうじゃな。ナバール卿は自分の役に立つウチは厚遇するであろうが、不要になったら切り捨てるだろうな。」
国王さんは、椅子に座りなおした。
少し警戒を解いてくれた様だ。
「しかし、ナバール卿の厚遇は魅力的であろう?ナバール卿の味方に付けば、広い屋敷にきれいな女がついてくるぞ。」
これは・・・。
国王さんに試されてるな・・・。
「いえ、私は必要ありません。」
「なぜじゃ?」
「今住んでいる家は、前の世界の基準で言うと十分に立派で広い家です。従者と三人で不自由なく暮らしています。従者は・・・、女性で・・・、その・・・。」
「ん?」
「従者は女性でして、男と女の関係になっており、満足しております・・・。」
「おお!そうか、そうか!いや、言いづらい事を言わせて、すまんかったの。その者達を気に入っておるのか?」
「はい、陛下。私の住んでいた国の女と似ておりますので、大変気に入っております。」
「うん、うん、うん。そうか、それは良かったの!」
国王さんは、大分いつもの調子に戻ってきたようだ。
ナバール卿一派入りを疑われていた様だけど、疑いが晴れたみたいだ。
「颯真殿よ。それならどうかの?余の派閥入りをしてくれぬか?」
うーん。困ったな。
ナバール卿の一派に与するつもりはない。
しかし、派閥争い、政治闘争に巻き込まれるのは嫌なんだよな。
ここはなんて答えるか?
国王さんは笑顔だけど、目は怖い。
ここは、Yes But、方式で返事しておこう。
「私は騎士にして頂きますので、当然、国王陛下とエクスピア国に、忠誠を誓います。しかし・・・。」
「しかし?」
「しかし、私は、政治については全くの素人でして・・・。政治闘争はまったくわからないのです。」
「そうか・・・。」
「少なくともナバール卿の一派に入る事はございませんし、陛下には忠誠をお誓いします。・・・という事では、いけませんか?」
国王さんは、執事と目を見て頷きあっている。
「うむ、颯真殿。それで良い。それと、これを颯真殿に差し上げよう。」
国王さんは、一冊の古い羊皮紙の本を俺に差しだした。
俺は本を受け取って開いてみた。
そこには日本語で魔法についてのメモが書かれていた。
どうやらこれは・・・。
「これはイチロー・タナカ様が残された物での。エクスピアとは違う文字で書いてある。」
「はい、陛下。これは私の国の文字です。魔法について、色々と実験をした記録やメモの様です。」
「颯真殿は、読めるのか!ならばこれは颯真殿が持っていた方が良いであろう。他の者には、内緒での。」
「ありがとうございます。ちょうど魔法の実験をしておりましたので、参考にさせて頂きます。」
「うむ。それではご苦労であった。」
国王さんとの会見は終わった。
俺は執務室に戻る事にしたが、途中まで執事が送ってくれた。
今の会見を振り返ってみると・・・。
・ナバール卿が大道達を取り込んだ。
・国王さんは、危機感を頂いている。
・国王さんの誘いに、敵にはならない、どちらかと言えば国王サイドだが、あまり派閥争いには加わりたくないとやんわりと答えた。
・イチロー・タナカの本を貰った。
こんな感じか。
俺なりに頑張って対応してみたが、果たして良かったのか・・・。
俺は、執事に聞いてみる事にした。
「執事さん、今の会見は、あれで良かったでしょうか?」
「良かったと思います。颯真様のお気持ちは陛下に伝わりましたし、陛下も颯真様が少なくとも敵に回る事はないと、安心された様子です。」
「それで本を?」
「はい。陛下が颯真様をご信頼なさった証とお考えください。ただ・・・。」
「?」
「いずれは、颯真様がどちらにつくのか。態度をはっきりさせざるを得なくなるでしょう。今からお覚悟を固められた方がよろしいかと・・・。。」
「・・・。」
「それでは私はこれで。」
俺の執務室のあるフロアで、執事は戻って行った。
覚悟を固めるか・・・。
そう言われると、気が重い。
とはいえ、エクスピアの状況を考えるとシルバーナイトになる俺が、中立を貫けるとは思えない。
両派閥から、これからもアプローチがあるだろう。
執務室に戻ると、大道、ヒロユキ、井ノ口さん、あっちゃんが、応接ソファーに座って俺を待っていた。