イチロー・タナカからの手紙 4話
俺たちは田中一郎さんからの手紙を読む事になった。
最初の会議室の様な部屋に戻った。
戻る途中でダイドウが、リーダーがどうのこうのと、執事さんにしつこく話していた。
ダイドウってヤツは、要注意だな。
部屋に戻ってしばらくすると、田中一郎さんからの手紙を執事が持ってきた。
「こちらが、イチロー・タナカ様のお手紙でございます。お亡くなりになる前に、書き残されました。自分と同じ異人が来たら見せる様にとご遺言されました。私たちとは違う文字で書かれておりますので、わたくしどもは内容を知りません」
くるくるっと巻かれていた紙を執事がゆっくりと開いてテーブルに広げた。
いや、紙じゃなくて、これは羊皮紙ってモノじゃないだろうか。
そこには日本語が書かれていた。
「日本語だ!」
アツシが声を上げた。
みんな驚いている。
田中一郎さんからの手紙は、こんな内容だった。
***田中一郎からの手紙***
こんにちは! 私は田中一郎です。
昭和63年に神奈川から、この世界に召喚されてきました。
この手紙は私の様に召喚されてきた人宛てに書いています。
まず最初に、この世界ではどうやら寿命が延びるみたいです。
私はこの世界に来て100年経ちますが、まだ生きています。
この世界の人間よりも長寿です。
次に、この世界には魔法があります。
私は魔法が向いていたみたいで、大魔導士なんて呼ばれています。
最初はとまどうかもしれませんが、魔法が使える様になるとこの世界ではかなり有利です。
異世界から来た私にとっては、大きな武器でした。
がんばって覚えてみてください。
魔法のコツですが、イメージを具体化する為に、手を振るとか、何か動作を付けると魔法が発動しやすくなります。
私は演劇部にいたので、想像力が豊かなのか、割と簡単に魔法を使えました。
イメージする事が大切です。
魔法を教わっても上手くいかない場合は、参考にしてみてください。
この世界は日本とは違います。
争いごとは多いし、力がないと話すら聞いてもらえません。
時には力に訴えなければならない事あるでしょう。
それに、戦になれば人を殺さなければなりません。
日本人からすると、野蛮にも感じますが、違う世界なのだから仕方ありません。
その時が来たら、ためらわず殺した方が良いです。
そうでないと、あなたが殺されます。
私は魔法の力と強い仲間のおかげで、この大陸を統一しました。
政略結婚をして、今、妻が何人いるのかもわかりません。
(第六婦人までは数えていましたが、もうあきらめました。)
がんばれば、良い事もあるので、この世界も悪くないです。
文化、科学レベルは、かなり低いですが、水道と下水と道路は、なんとか整備しました。
私の知識ではここが限界の様です。
そうそう、大陸の東側は日本に似ていて、ショウユに似た調味料もあります。
今、力を入れているのは海外との貿易です。
チョコレートとか、この大陸に無い物が見つかるといいなと期待しています。
この手紙を読んでいただいた時には、もう少し生活が豊かになっていればと思います。
ではでは、辛いこともあるかもしれませんが、エクスピアは私の作った国ですので、後はよろしくお願いいたします。
バイビー!
田中一郎
******
みんな手紙を何度も読み返した。
かなり重要な情報が書かれている。
全文暗記したいくらいだ。
「質問がある!」
ダイドウが執事と話し始めた。
「この国では何人まで、妻を持てるのか?」
そこか!そこをまず質問するのか!
「特に決まりはございません。一般的には一人ですが、経済力があれば、何人妻を持つのも自由です」
執事は極めて冷静に回答した。
ダイドウの鼻息が荒い。
こいつはアレだな、職場で無意識にセクハラするタイプだな。
今はそんな色恋の事を気にしている場合じゃないだろう。
ダイドウとは、距離を置いたお付き合いをしよう。
それよりも気になるのは……。
「あの、田中一郎さんは、この大陸を統一した、と、この手紙に書いてあります。けど、今、南の国から攻撃されてますよね?この辺の事情は?」
「イチロー・タナカ様は、この大陸を統一いたしました。連合王国とでも申しましょうか……。エクスピア以外にも多数の王国や部族地域がございます。それらの国や部族から、エクスピアに毎年上納金が納められます。上納金の見返りとして、エクスピアからは水道や下水の技術者を派遣したり、道路整備を行ったり、と言う仕組みです」
「つまり、大陸を一つの国にしたわけじゃなくて、沢山ある国の中で、一番影響力のある国になったと。上納金と技術提供で他国を支配したと」
「左様でございます。形式上は、エクスピア王国があり、その配下に各国や部族地域がある事になっています。昔は、エクスピア王国の影響が各国の内政まで及んでいましたが、現在では各国は好き勝手にやっています。今では上納金もほとんどなくなっています」
「なんでそこまで力が弱くなってしまったのですか?」
「一つは技術が普及した事ですね」
「各国に上下水道や道路整備がいきわたった……と」
「はい。上納金と技術提供は、1対1の比率。もしくは、エクスピア側が損をする形態だったようです」
「それでエクスピアの財政が弱くなって、技術が普及したら、技術面の優位性もなくなったと」
「はい。残念な事です」
「なんで、損する様な事をしたんでしょう?」
「それは、イチロー・タナカ様が、海よりも深い慈悲の心をお持ちだったからでしょう。貧しい地域にも、道路と上下水道を普及せよ! とお命じになられたそうです」
なるほどな~、いかにも日本人らしいエピソードだ。
「でも……、結局長い目で見たら国力が落ちたと思うのですが?」
「そうかもしれません。それと、他の大陸との貿易がなくなってしまった事も財政的に厳しくなった原因です」
「あっ! じゃあ、チョコレートはないんですね?」
アツシが会話に加わってきた。
甘い物好きなのか。
「チョコ……? アツシ様、申し訳ございません。その様な物は存じ上げません」
「そっかー、チョコないのか、残念だな~」
アツシはホントに残念そうだ。
もうちょっとこの国の事を聞いておこう。
「他の大陸との貿易がなくなったのは、なぜですか?」
「700年ほど前ですが、海に住む魔物が増え狂暴化したのです。それで遠距離の航海は難しくなりました」
「じゃあ、漁も出来ないんですか?」
「いえ、漁や近海の交易は大丈夫です。沖の方に出なければ、海の魔物に襲われることはありません」
「魔物とさっき見た獣人は別ですか?」
「そうですね。獣人は知性があって、人と共存しています。魔物は知性はなく、人を襲います」
「陸上にも魔物はいるのですか?」
「いますが、エクスピア領内はほとんどいません。王国による治安維持が行きわたっております。大陸南部や北部は、多いですね」
「それを俺たちで退治しろと?」
「いずれはお願いする事もあるでしょう。今ご協力をお願いしたいのは、先ほどご覧になった、この城を包囲している南の国の包囲軍への対処です」
なるほどな~。
色々と話してもらって、やっと全体像が、ぼんやりとだけど見えてきた。
まだいくつか疑問があるけれど……。
扉をノックして兵士が入ってきた。
執事に何か話しかけている。
「それではみなさま、今日はお疲れになられましたでしょう。お部屋を用意いたしましたので、そちらでおくつろぎ下さい。魔法の訓練は明日からにいたしましょう」
そうだな。いろいろあって疲れた。
今日はもう休もう。
執事は部屋の外にいた若い兵士に案内にを命じた。
2人部屋と3人部屋に分かれて休む事になった。
ダイドウとヒロユキ、俺とアツシとイノグチの組み合わせで案内された。
案内される最中もダイドウが、俺は妻5人が目標だとか、俺がリーダーだとか、もう恥ずかしいやら、めんどくさいやらで、同じ部屋じゃなくて良かった。
案内された部屋は、広く、ベッドが3つ、小ぶりな食事用のテーブルが1つある窓付きの部屋だった。落ち着いたいい感じの部屋でゆっくり休めそうだ。洗面台とシャワーとバスタブが付いているのもありがたい。
「廊下に控えておりますので、何か御用がございましたら、お申し付けください。後ほどお食事をお持ちいたします」
案内した兵士が去ると、3人だけになった。
俺は窓際のベッドに腰かけた。
アツシはテーブルそばの椅子に座り、イノグチはウロウロと落ち着かない様子で部屋内を右へ左へと歩いている。
なーんか、話しかけづらい。
つーか、話した方がいいのか?
黙って寝ちゃった方が良いのか?
と迷っていると、ウロウロしていたイノグチが話し出した。
「なんか……、やりずらいですよね。改めて自己紹介しましょうか? 私は、イノグチとと申します。井の頭公園の井に口で、井ノ口です」
あ、よかった! 常識のある人みたいだ!
井ノ口さんは、160センチくらいの小柄で、イケメンとは言えないが、普通の顔、どっちかと言うと地味系かな。
「僕は、伊藤敦です。24才、社会人です。アツシでもなんでも呼びやすい様に呼んでください」
アツシは、背が高くて色白で割と整った顔立ち。
素直そうな感じで、好感度高いな~、うらやましい。
「俺は、松田颯真です。ソウマでいいです。36才のサラリーマンです。よろしく」
「え! ソウマさんは、36なの? 若く見えるね~」
「井ノ口さんはおいくつなんですか?」
「私は……、まあ、ソウマさんよりちょっと上ですよ」
「え! 俺より年上ですか? 井ノ口さんも相当若いですよ!」
「それね~気になってたんですけどね。わたしね、明らかに贅肉が落ちてるんですよ」
え?贅肉?
井ノ口さんは、贅肉とは無縁……というか、小柄だけどスポーツやってそうな引き締まった体格だけど……。
と、考えたところで俺も気が付いた!
シャツをめくって腹回りを触ってみた。
ない! あの見事なメタボ腹が消えてなくなっている!
「ソウマさんも同じみたいですね。体が変化しちゃってるでしょ」
「はい……」
「あのね、わたしの髪の毛何色ですか? 結構白髪が多いはずなんですが……」
アツシが立ち上がった。
「ちょっといいですか?」
アツシが、井ノ口さんの髪の毛を触って白髪の有無をチェックをしてる。
いや、チェックするまでもない、井ノ口さんの髪の毛は黒、真っ黒だよ。
「井ノ口さん、白髪なんて一本もありませんよ」
「やはりそうですか。何なんですかね、召喚て。体の構造も変わっちゃって若返るんですかね」
アツシと井ノ口さんが座った。
髪の毛か……、と自分の髪をいじっていると気が付いた!
「俺、メガネかけてないのに、ちゃんと見えてますわ……」
「んーと、それって、メガネは20代の時は、かけてなかったんですかね」
アツシが何か気が付いた様な感じだ。
「いや、小学生からメガネをかけてたよ」
「召喚されると、体が再構成されるんじゃないですかね?」
「「再構成??」」
「ほら、召喚されてこの城に落ちたでしょ? その時、僕は全裸だったんですけど」
「俺もそうだった」
「でしょ? 井ノ口さんも僕の後で全裸でしたよね」
「はい」
「でも、日本にいた時は全裸じゃなかったですよね?」
「うん、スーツ着てた」
「でも、こっちに来た時は全裸で、お二人は贅肉がなくなって、井ノ口さんは髪の毛が黒くなって、ソウマさんは視力が回復した。それって、体が再構成されたって考えるのが妥当なんじゃ?」
「それは……そうか。でも、日本にいた時の記憶はあるぜ」
「あれ? そっか? じゃ、再構成ではないですかね」
「いやいや、アツシさんの推理はイイとこ突いてると思いますよ。それに近い事が起きたんじゃないでしょうか」
確かにな。
服だけじゃなくて、持ってたカバンだとか、スマホだとか、財布なんかもなかった。
魂とかそういうレベルで、召喚されたのかもしれない。
だから、物質はあちらの世界に置いてきたって感じか?
「それともう一つ気になる事があるんですよ」
「え、まだ何かあるんですか? 井ノ口さん怖いですよ」
「私たちの言葉が通じているし、あちらの言葉も聞き取れてますよね」
「?」
「?」
「ソウマさんもアツシさんも日本語を話してますよね。私も日本語を話しています。でも、さっき田中一郎さんの手紙を見た時に、執事さんが、自分たちの言葉とは違う、っておっしゃってたでしょ?」
「あー、そうか!」
「変でしょ? これって。我々は日本語を話している。執事さんは日本語がわからない。けど、会話が出来ている」
ドアがノックされて兵士が2人入ってきた。
「お食事をお持ちしました!」
兵士たちは手際よく食事の準備を始めた。
食事は、ステーキに丸いパン、野菜のスープだ。
水差しを2つ置いていくので何かと思ったら、片方がワインだった。
準備が終わると兵士は退出した。
「まあ、食いながら考えますか。ワインもありますよ」
「私もワインいただけますか?」
「僕も今日はちょっと飲みたいです」
食事は意外とうまい。
パンは少し硬い様な気もするけれど、小麦自体が良いんだろう、噛むと小麦の香りや味が広がる。肉は赤身で日本で食べるステーキよりかは、硬いけれども肉の味がしっかりしていて肉自体がうまい。野菜スープは素朴過ぎてちょっとがっかり、たぶんダシとかとってないんだろう。
「ワインおいしいですね」
「ですねー! 俺は普段飲まないんですけど、このワインは良いですわ」
「僕も普段飲まないんですが、このワイン飲みやすいです」
椅子がベンチ型の横幅のある椅子だったので、お行儀悪いが靴を脱いでアグラをかいて食事をした。田中一郎さんの手紙を思い出してみた。
「そういや魔法について書いてありましたよね。田中さんの手紙」
「あれ、どうなんですか? 演劇部にいたから良かった、みたいな事が書いてありましたけど」
「どうなんでしょうね。演劇とかやっていると、何か魔法使いに必要な事が養われるんでしょうかね」
「じゃあ、俺向いてるかもしれません。ヒーロー研究会だったから」
言ってから、しまった! と思った。
口を滑らしてしまった。
言わなきゃよかった。
井ノ口さんもアツシもニヤニヤしてる。
「ちょっと、ソウマさん! ヒーロー研究会ってなんですか?」
「いや、いや、あっちゃん、ちょっと待ってよ」
「ええ、あっちゃん、て呼んでいいから教えてください。ヒーロー研究会って何ですか?」
「いや大学時代のサークルで、アクションとかやるんだよ」
「ああ!」
「なんだ、僕はてっきりソウマさんが、変身するのかと思いました」
「いや、私もそう思いました。でも、それ役に立つんじゃないですか? 剣とかのアクションもあったわけでしょう?」
「そうですね。木刀で稽古しますが、基本的な型は覚えてます」
「でも、そこは、男、ソウマさんとしては、変身して悪に立ち向かってほしいですね!」
いかん、アツシが俺をいじりだした。
ヒーロー研究会の話すると、みんな笑ったり、いじったりしてくるんだよな。
結構真面目にアクションや殺陣をやってたんだけどな。
他人から見れば、黒歴史なのかもしれない。
「さて、先にシャワーいただきますわ。片づけはあっちゃんよろしく!」
と風呂場に逃げた。
風呂場は同じだな、バスタブがあって上にシャワーが付いてる。
固定タイプで取り外しは出来ないが、シャワーがあるだけありがたい。
ハンドルがないのだが……、と思ったら、コルクの栓がシャワーの根元に付いていた。
栓を抜くと……、あああ、これは水だ~。
やっぱお湯は無理か。
そんなに寒くはないので、水でもいいか。
まあ、贅沢も言ってられない。
石鹸があったので、泡立てて体を洗う。
向こうからあっちゃんと井ノ口さんの声が聞こえる。
「しかし、魔法で戦うなんて出来るんですかね?」
「僕はちょっと自信ないです」
あっちゃんの気弱そうな声が聞こえてきた。
まあ、そうだよね。
あっちゃんも昼間は魔法に興味深々って感じだったけど、実際にそれで人を攻撃するとなると……、まあ、嫌だよな。
「そういえば、井ノ口さんご家族がいるって言ってませんでしたか?」
「うん……。でも、まあ、正直あまりうまく行ってなかったんだよね」
ありゃりゃ、井ノ口さんは訳ありか。
「僕は彼女いるんですよね。だから正直帰れるなら帰りたいです」
「あー、それはそうだよね」
あっちゃんは彼女あり、と。
それは辛いな。
「私はね。結構嬉しかったんですよ。大事にしてもらえて」
「え? どういう事ですか?」
「正直、私は職場でも目立たないし、家庭もうまくいってなかったし……。だから、執事さんが英雄とか言ってくれたり、王様があんなに喜んでくれたりして、嬉しかったんだよ」
あー、それは、ちょっとわかる。
あれだけ熱烈歓迎された事なんて、生まれて初めてかもしれない。
「だから、まあ、こんな私でも役に立つなら、ちょっとがんばっちゃおうかな、って思うんです」
なるほど。
俺は水を止めて、体をふいた。
「そういえば、手紙に、バイビーってありましたが、あれわかりますか?」
「バイビーはね。バイバイベイビーの事だよ」
「ああ、そういう意味ですか」
「ジェネレーションギャップってやつだね」
寝間着はないらしいので、下着だけで寝るか。
俺は風呂場を出た。
「お先でーす」
「じゃ、次、僕入りまーす」
あっちゃんが風呂場に入った。
俺はベッドにもぐりこみながら、井ノ口さんに声をかけた。
「井ノ口さん、明日からがんばりましょう」
「そうですね。生き抜きましょう」
しばらくして、冷た! 、と、風呂場からあっちゃんの声が聞こえた。
2018/6/14 字下げ句点等を修正しました。
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