ナバール卿陣営の幹部会(30話)
あけましておめでとうございます!
本日は1時間ごとに1話づつアップしていきます。
エクスピア王都から一日の距離に野営していたナバール卿率いる遠征軍は、南の国の包囲軍が敗退したとの報を受けるとすぐに行動を開始した。
地方から来た貴族部隊は領地への帰路につき、傭兵には報酬が支払われ、そして王都所属の部隊と大部分の貴族は王都入りをした。
ナバール卿の甥であり、腹心であるロバート・ロングビル子爵は、王都が解放された祝いと称して、地方部隊には路銀を多めに渡し、傭兵には特別手当を支給し、王都所属部隊には酒と豪華な食事を王都にて振舞った。
無論、遠征軍参加の貴族にも慰労という名目で、多額の金銭を一人一人に渡した。
こうして遠征軍内では、祝賀ムード、お祭りムードとなり、ナバール卿ら遠征軍首脳部が、王都郊外で野営をした事、サボタージュを咎める雰囲気はなくなった。
それどころか、遠征軍に参加した兵士や貴族の間では、ナバール卿の人気が上がる事になった。
しかし、ナバール卿陣営幹部達の機嫌は、甚だ悪かった。
今回の王都包囲は、もちろんナバール卿陣営の陰謀であり、予定通りに進めば今頃王都は自分達の物であった。
策の一環として北方騎馬団にも動いて貰い、相当な額の礼を支払った。
南の国や虎族、傭兵などへの支払い総額は多額で、陣営の経済面で痛手であった。
ナバール卿は、情報収集を急がせ、王都に帰るとすぐに幹部を招集した。
一方、国王派の動きも早かった。
王都防衛に参加した兵士への論功行賞は即日行われ、特に魔法使いや橋の上で死闘を繰り広げた部隊、負傷者にも広く手厚く褒美が下賜された。
王都の市民には、触れが出され、王都包囲の際に起きた略奪等の被害は国王が保証すると布告された。
颯真ら異人五人は、異世界からエクスピア王都を救う為に現れた英雄、エクスピア王国の建国者イチロー・タナカの同郷であり再来、と多いに宣伝された。
さらに、颯真ら五人には後日騎士への叙任を行い、叙任式の後は王宮前の広場で酒と料理が王都市民に無料で振舞われることが発表され、エクスピア王都もナバール卿の遠征軍と同じように、祝賀ムード、お祭りムードとなった。
こうして王都包囲の真相は、一部の物だけが胸に秘め、両陣営の戦いは、戦場から王宮へと移った。
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ナバール卿陣営の幹部会は、王都近くのロングビル子爵の邸宅で開催された。
出席した幹部達から収集した情報報告を受けると、ナバール卿は深くため息をついた。
「ロバートよ。すると我らの策は、その異人達によって阻止されたという事か・・・。」
ナバール卿は残念に思ってはいたが、怒ってはいなかった。
それは、同席してる幹部も同じであり、ナバール卿の言葉にざわつく事なく、失敗を冷静に受け止めていた。
「左様でございます、叔父上。包囲に参加した手の者からの報告では、あと一歩だった様子です。」
ロングビル子爵も、冷静に答えた。
この場には、一つの失敗でうろたえたり、取り乱したりする者はいない。
失敗をしたら、また次の策を練り実行する。
彼らにとっては、ただそれだけの事なのだ。
「ふむ、イチロー・タナカの再来との噂も市中にはある様だな。」
「はい。全員が英雄級とは思いません。しかし、一人は大規模魔法を使う異人がいる様子です。」
「厄介だな。」
「まことに。」
ロングビル子爵は茶を一口すすると、入院した異人、大道、ヒロユキ、井ノ口を、今日自ら見舞った事を報告した。
「素早いな、ロバート。」
「勝手をお許し下さい。」
「良い。して、首尾は?」
「まずまずかと。」
「ふむ。」
ナバール卿は、初めて茶を口にした。
幹部の間にホッとした空気が流れた。
「みな発言を許す。自由に話せ。」
ナバール卿は、足を組み換えながら鷹揚に幹部たちに命じた。
しばらくして、一人の幹部が発言した。
「して、ロングビル殿、異人達は何と?」
「そうですな。皆、不満を持っている様子でした。」
「不満、と申しますと?」
「国王からの褒美は届いておりましたが、皆一人で寂しいと。戦い傷ついた自分達こそが真の英雄・・・。なれど、たった一人病室に放置されるている。この仕打ちは理不尽だと・・・。」
「なるほど、異人であればエクスピアに知った者もおらんでしょうからな。気の毒な事だ。」
「左様。そこで、女奴隷を世話して来ました。無論、夜の伽も出来、見目麗しき者です。」
幹部達も茶に手を付け、そこかしこで議論が始まった。
幹部たちの議論は、異人達を自陣営に取り込む、異人を篭絡する方向で、まとまりつつあった。
先ほどと違う幹部がロングビル子爵に問うた。
「では、次の手は?」
「異人たちは明日の朝退院すると聞いております。住まう所を世話してやってはどうかと。」
「なるほど、それは私の方ですぐ手配いたしましょう。ロングビル殿が見舞われたのは、三人でありましたな?」
「左様です。よろしくご手配をお願いします。」
また違う幹部が発言した。
「では、私はその三人に服を用意いたしましょう。宮廷でも目を引く、豪奢な金糸を縫い付けたのがよろしいでしょう。」
次々と幹部たちがロングビルに申し出た。
「馬はいかがか?わたくしの領地から駿馬を三頭取り寄せましょう。」
「ならば我は護衛の者を手配いたしましょう。」
「ふむ。では、料理人と酒、食材は私ですな。」
「大変結構なお申し出です。ぜひお願いいたします。」
ロングビル子爵は、他の幹部たちの申し出を受けた。
ロングビルとて、全てを自分一人で出来るわけではない。
幹部それぞれの得意分野を持ち寄り、隙なく対象を篭絡していくのがナバール卿陣営の強味である。
一人沈思していた幹部が口を開いた。
「ロングビル殿の策に異がある訳ではございませんが・・・。イチロー・タナカの再来と言われる強力な異人は、その三人に含まれるのでございましょうか?」
一同の視線がロングビルに集まった。
ロングビルは、正直に答えた。
「残念ながら・・・。」
幹部達は、話すのを止め、また考え出した。
篭絡する三人で、残り二人に対抗し得るのか?
その三人は、篭絡する価値があるのか?
幹部たちは、おのおの考えを巡らせた。
ナバール卿が、低く良く響く声で方針を示した。
「五人の異人の内、三人が我が陣営に付く。その事実が大切なのだ。」
しばらくして、先ほどの幹部が口を開いた。
「確かに。異人の多数がこちらについたと噂を広めれば、宮廷内で我々の方が有利と考える者が増えましょう。それに、五人の内三人がこちらにつけば、残りの二人もこちらになびくやもしれません。」
ナバール卿が、ゆっくりと頷き、ロングビルに目を向けた。
「ロバートよ。その三人は器の小さな者であろうか?」
「左様。御し易そうな者達でございます。」
「良い。利口者より、我らの好きに出来る。」
「残り二人の異人の情報も集め、近日中に面会する様にいたしましょう。」
「うむ。異人の件は、ロバートに任せるゆえ、皆ロバートに協力を頼む。」
幹部たちはいっせいに立ち上がり、ナバール卿に頭を下げた。
そして、直ぐに手配の為に、それぞれの屋敷に向かった。
無駄な茶飲み話をする者など、この中にはいない。
国王派よりも早く異人達を自陣営に引き込む事が、彼らの首領の願いなのだ。
31日に、ポイント、ブックマークを頂きました!
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