月と星 楓の告白(15話)
「さ、じゃあ、帰りましょうか。」
あっちゃんが全員に声を掛けた。
俺は楓の事でのぼせ上ってしまっている。
あっちゃんが仕切ってくれて助かる。
「ロザリーさん、ありがとうございました。」
「おー!またなんかあったら来な!」
建物を出る俺達にロザリーが手を振ってくれた。
本当にありがとう!ロザリー!
今度個人的にお礼をしよう。
ああ、楓は可愛い。
もう、あっちゃんの仕切りに任せよう。
俺は楓だけを見ていよう。
「シュレスタさん、荷物は大丈夫ですか?」
「はい、旦那様。こちらの袋に全て入ってます。」
「シュレスタさん、旦那様じゃなくて、敦様でお願いします。」
「かしこまりました。敦様。」
「オッケーです。楓さん、荷物は?」
「私も全部持ってます。」
「じゃあ行きましょう。」
俺とあっちゃんは馬に乗り、楓とシュレさんが馬を引いた。
エトワール通りへ出て広場から東へ向かう。
もう陽が落ちそうだ。
「僕ら今日、家を借りたばかりなので、散らかってるかもしれませんが、いいですよね?」
「はい、敦様。明日、敦様がお出かけの間に片づけておきます。」
「ご主人様、私も明日、ご主人様がお出かけの間に片づけておきます。」
「う、うむ。よろしく頼む。」
俺は舞い上がっているのを悟られない様に、精一杯威厳を作ってみせた。
あっちゃんが声を押し殺して笑っている。
声をださずに、腹を押え、口を押え、吐く息だけで笑っている。
いいよ、いいよ、あっちゃん。
今日は、なんでも許すよ。
「あの、プププ、布団とか、鍋とかは、商会の人が昼間の間に届けてくれてるはずなので、安心してください。」
「はい。」
「はい。」
広場から東へ向かう通りに入る。
あっちゃんが、馬を近づけてきて、クイクイと指で招いてきた。
ん?何?内緒話?
耳を近づけるとあっちゃんが、コソコソっと話して来た。
「颯真さん、確認しますが、わかってますよね?」
「?」
「気づいてないんですか?」
「?」
あっちゃんは、プププと楽しそうに笑っている。
俺は何の事だかわからない。
俺は何に気が付いていないんだ。
あっちゃんは、声のトーンをさらに下げて話を続けた。
「えーと、今僕たちは、家に向かってますよね。」
「・・・はい。」
「ロザリーさんが契約の時に、衣・食・と、住、を雇い主が提供する、って言ったのは覚えてますか?」
「・・・言ったね。」
「シュレスタさんも楓さんも、自分の荷物を持ってきてますよね?」
え?あれ?
そうだね、さっきあっちゃんが確認してたね。
あれ?
じゃ、宿屋はもうチェックアウトして来ているって事か。
俺、楓と一緒にあの家に住むの?住んでいいの?
「あ!はいー?」
「やっと気が付きましたか。」
俺は、一層声を潜めてあっちゃんに聞いた。
「いや、あの衣食住の、住は、宿屋の料金を俺が払うとか、家賃を俺が負担するとか、そういう意味じゃないの?」
「違いますよ。それじゃ身の回りの世話が出来ないじゃないですか。」
「えーと、じゃあ、従者って住み込みなの?」
「そうですよ。だから僕は離れ付きの家を選んだんです。」
そうか。
家探しをした時は、あっちゃんに話を任せたんだ。
あっちゃんはその時に商人のブリューナから、従者が住み込みって話を聞いたのか。
それで離れ付きの方を借りたのか。
いや、俺は知らなかったんだ。
楓と一緒に住む前提で、楓を選んだ訳じゃないんだ。
「あのーーーーーーーーーーーーーーーー。」
「だから、楓さん、あんな顔を赤くしてるじゃないですか。」
そうか。だから楓はギルドでも顔を赤らめてたのか・・・。
「ふふふ、さすがはヒーロー研究会の颯真さん、今夜が本当のヒーローになる時ですね。」
「いや・・・。」
「ほら!男なんだからデーンと構えて下さい!デーンと!」
わかりました。
ありがとう。あっちゃん。
道路が二股になっている所であっちゃん達と分かれた。
あっちゃん達は右の道、俺と楓は左の小道。
あたりは暗くなって来た。
馬を引く楓の表情がもう良く見えない。
楓の表情が見えないせいで、俺は少し緊張が解けた。
「楓。」
「はい。ご主人様。」
「馬の後ろに乗るか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、まだ家まで距離があるから、乗っていけ。」
本来、主人の馬に従者を乗せるのはまずいだろう。
だけど、辺りには人もいないし、楓と二人っきりだ。
別に良いだろう。
「はい。ではお言葉に甘えます。」
俺は馬を止めて、座る位置を少し前にずらした。
楓は身軽に俺の後ろに飛び乗った。
俺はゆっくりと馬を進めた。
楓が後ろから、俺の腰に手をまわしてくる。
「ご主人様、ありがとうございます。」
「うん?何がだ?」
「私を選んでいただいて。」
「楓が一番良かったから。」
「嬉しいです。」
楓が俺の腰に回した手にギュッと力を入れた。
楓の胸が俺の背中に押し付けられた。
「ご主人様、もう少しお話してもいいですか?」
楓が甘えた様な声を出した。
「いいよ、続けなさい。」
「私、あの時橋の上の部隊にいたんですよ。」
「えっ?!王都防衛戦で?」
「はい。南の国の包囲軍が来る前に、正門の近くにいたんです。そしたら、包囲軍が来て、あわてて城内に逃げたんです。」
「うんうん。」
「それから、城内で兵士に雇ってもらって、橋の上の部隊に配属になったんです。」
「そっかー。大変だったな。」
「はい。どんどん周りは死んでいくし、扉も閉められちゃうし、すごく怖かったです。」
俺は片手を後ろに回して、楓の体を軽くトントンと叩いた。
楓が体を俺の背中に預けてきた。
楓の頭が背中にもたれかかってくるのを感じた。
「でも、ご主人様が火炎魔法で橋の上の獣人をやっつけてくれて。」
「うん。」
「残りも全部やっつけてくれて。」
「うん。」
「みんな助かりました。ご主人様、すごくカッコ良かったですよ。」
「ありがとう。」
「それで私ご主人様の事大好きになりました。」
俺は楓を抱きしめたくなった。
馬はゆっくりと、背中の上で起こってることなど知らないとばかりに、空とぼけた顔で、家へ進んでいる。
俺は左手で、楓が俺の腰に回している手を撫でた。
夜になっていた。
月と星がきれいだ。
「ご主人様、お側に置いてくださいね。」
「ああ。」
「私ご主人様に一生懸命お仕えしますね。」
「ああ、よろしく頼む。」
「あの・・・、夜もお世話いたします。」
楓が俺の背中に顔をうずめた。
俺は、楓の言葉の意味がわかっていた。
けれど、楓に意地悪をしたい気分になって、その言葉をわざと口に出した。
「夜伽をするのか?」
「・・・はい。」
「わかった。では今夜、夜伽を申し付ける。」
楓が背中で小さな声で恥ずかしそうに答えた。
「はい。ありがとうございます。ご主人様。」
いつの間にか俺の緊張は解けて、俺は完全に楓の主人になれた気がした。
馬がこちらをチラッと見たが、わざと知らん顔をして、変わらぬペースで家へと進んだ。
俺は早く家について欲しい様な気もするし、このまま楓と二人で馬に乗っていたい様な気もした。
ふと、後ろからあたたかい風が吹いてきた。
楓の匂いをかいだような気がした。