ワレワレハ、ニホンジンダ(13話)
次は住まい探しか。
俺は今泊まらせてもらってる3人部屋でも構わないけれど、ダメなのかな?
「なあクロード、今俺たちが泊まってる部屋に住み続けちゃダメなのか?」
「あそこは兵士の宿直用の部屋ですから、空けて貰わないといけません。」
そうか、それならしょうがない。
「僕はあそこの部屋、便利で好きなんですけどね。残念ですね。」
あっちゃんも同意見だったみたいだ。
メシ付きだし、城内にあるから便利だし良かったけどな。
「まあ、騎士になる訳だから、兵士用の宿直部屋住まいって訳にはいかないか・・・。」
「そうですね~。お金かかるけど仕方ないですね。」
そうだ、お金!
「クロード、従者に払うお金も住まいも俺達が自分で支払うんだよな?」
「はい。もちろんそうです。」
「騎士って給料もらえるのか?」
「金貨2枚を毎月貰えますよ。」
金貨2枚って事は、銀貨200枚だろ。
従者には銀貨を毎月3枚支払うよな。
お!まだ銀貨197枚もあるな。
「それなら大丈夫そうだな。」
あっちゃんが安心した顔で話して来た。
「僕達、結構、高給取りみたいですね。」
「戦になったら、命がけだからな。そこは貰っとかないとな。」
「少し広めな部屋にしたいです。僕はワンルーム暮らしだったんで、広い部屋ってちょっと憧れるんですよね。」
「俺もワンルームだったよ。安月給だったからな。」
商家の中に入った。
クロードは中にいたヒゲを生やした中年男に話しにいった。
クロードと男がこっちに来た。
「事情は伺いました。騎士に叙任されるとの事でおめでとうございます。」
商人が営業スマイル+揉み手で話しかけてきた。
世界が変わってもこういうのは共通なんだな。
こういうタイプは油断しない方がいいな。
少し強い態度でいこう。
「よろしく頼む。」
「それでは、何件かお住まいをご紹介いたしましょう。馬車で参りますので、どうぞこちらへ。」
馬車2台で移動する事になった。
馬車と言っても、馬の後ろに荷車を付けた様な簡単なタイプだ。
前の馬車に俺とあっちゃんと商人が乗り込み、後ろの馬車にクロード達護衛が乗った。
商人の男が馭者に行先を指示して出発した。
馬車が走り出すと商人が街の解説をしてくれた。
「ここはお城の南側のエリアです。この辺りはお城に近い事もあって、格の高い店が多いです。」
という事は、広場の近くに店を構えるこの商人は、結構、格の高い商人って事か。
「今いる広場から延びる大通りの東側は、衣料品など貴族の方がご利用になる店が多ございます。大通りの西側は、武器屋、防具屋、宿屋といった兵士や冒険者向きの店が多いです。」
ギルドがあったのは西側だ。あの辺は兵士冒険者エリアだった訳だ。
商人が続けた。
「大通りの一番南側、街道との交差点近くは、庶民向けの店が多いです。」
「この通りの名前は?」
「エトワール通りです。王都で一番大きな通りです。」
本当に広い通りで、片側2車線、いや3車線分くらいありそうだ。
歩道もある。
馬車や馬が走る車道と歩道の間には街路樹が植えられている。
「この木は何ですか?」
「桜です。わざわざ大陸東の方から、イチロー・タナカ様が取り寄せて植えさせたそうです。」
ああこの木は桜か!
千年前にこの世界に来てしまった日本人、田中一郎さんが植えていったのか。
日本が懐かしかったんだろうな。
今は葉桜だ。
という事は、季節は初夏なのか?
四季がエクスピアにはあるのだろうか?
「桜の花はいつ咲きますか?」
「二月ほど前に散ってしまいましたから、また来年の春ですな。」
やっぱり初夏か。6月頃だな。
それほど暑くはないので、日本とは気候が違のだろう。
馬車は広場を右に曲がって、城の東側のエリアへ向かった。
「ご主人、城の東側へ向かうのですか?」
「はい。城の東側が貴族の方が住まわれる地区です。小川や樹木があって綺麗なところですよ。私はブリューナと申します。ブリューナ商会の主です。」
「商会ではどの様な物をお取り扱いに?」
「服の生地など繊維関係を中心に商いをいたしております。」
「繁盛してますか?」
「お陰様で。」
馬車は10分くらい広い道を進んだ。
回りは緑が多い。広大な庭園の様なエリアだ。
一見、自然に生えている様な木も、人が手入れしているのだろう。
「この先に良い屋敷がございます。そちらがオススメです。」
屋敷?
なんか嫌な予感がする。
広い道から脇に入って、門をくぐった。
見えて来たのは屋敷と言うか、邸宅と言うか・・・。
石造りの立派な館だった。
馬車は館の門の前で止まった。
いや!ちょっと待って欲しい。
これは・・・、家と言うより小城だ!
石造りのしっかりした壁、鉛筆みたいに尖がった青い塔、何部屋あるのか想像が出来ない大きな3階建ての建物・・・、そうだ、シャトーとか言うんじゃなかったか・・・。
「さあ、どうぞお入りください。」
ブリューナが扉を開けて、建物の中に入っていた。
あっちゃんが、ポカンと口を開けたままふらふら後に続いていく。
おーい!ちょっと!あっちゃん!行くのかよ!
ここに住む気かよ!
あわてて二人の後を追った。
「ここはさる伯爵がお住まいになっていた屋敷です。裏には葡萄棚もございます。あちらには大広間がしつらえてありますので、お客様をお呼びになってご会食も可能です。」
あっちゃんは、ホールの高い天井に圧倒されて、ふらふらと彷徨い歩いている。
口がさらに大きく開いている。
「台所は最大100人分の料理を調理可能です。ゲスト用の離れは、あちらに。使用人の棟は、そちらに。それから・・・」
「ちょっと、ちょっと、ストーップ!!!!」
待って欲しい。
「お気に召しませんか?それでは、ここから少し南へ行ったところに、さる侯爵がお住まいだった屋敷がございます。そこでしたら、池があり舟遊びも可能で・・・。」
「いや、違う!違う!ちょっと待って、ちょっと待って。」
本当に待って欲しい。
俺は涙目になった。
あっちゃんが我に返った様で、こっちにすっ飛んできた。
「すいません。僕、ちょっと訳がわからなくなってました。これは、颯真さんの注文ですか?」
「違う、違うよ!」
「僕らこんな所・・・、ちょっと無理過ぎますよね。」
「日本的小市民の我々には、あらゆる意味で無理だ。」
なんでこうなった?
ちょっと広めの部屋に住めれば良いだけなのに。
「あ!わかった!」
「なに?あっちゃん?」
「僕らが騎士になるって、聞いたからじゃないですか?」
「ん?」
「ほら、騎士は貴族しかなれないんでしたよね?だから、貴族の人と同じレベルの屋敷が良いのだろうと、ブリューナさんが勘違いしたんじゃ?」
「あー。」
それだ。
ブリューナは、貴族御用達エリアに店を構えていたし、俺達をお城の兵士が案内してきたし、騎士になるし、って事で、こんなスーパーゴージャースな所に案内したんだろうな。
「僕ら騎士だけど、貴族じゃないんですよね。」
「そう、平民も平民、ド平民だよ。」
「ちょっと僕ブリューナさんと話してきますよ。」
「うん、よろしく!」
もう、あっちゃんに丸投げしてしまおう。
まあ、さっきの冒険者ギルドでは、俺が話を進めたから、今度はあっちゃんに任せちゃって良いだろう。
馬車に戻ってしばらく待っていると、あっちゃんとブリューナ氏が戻ってきた。
「颯真さん、ちょっと城から離れたところで良ければ、日本の一戸建てくらいの広さの借家が二軒あるそうですよ。」
「それ良いじゃない!」
「ちょうど二軒あるから、颯真さんの家と僕の家とでちょうど良さそうです。そこに行ってみましょう。」
あっちゃんは、うまい事ブリューナに説明してくれた様だ。
シャトーの様な館から10分くらい移動すると、小道に入ったしばらくすると一軒の家についた。
ブリューナが馬車を降りながら説明を始めた。
「こちらはいかがでしょうか?敦様のご希望に近いと思います。」
白壁の2階建ての家で、なるほど日本の一戸建てって感じだ。
オレンジ色の洋風の瓦屋根がかわいい。
気になるのは屋根に大きなタライの様な、風呂桶の様な物が載っている事だ。
「ブリューナ、あの屋根の上の大きなタライは?」
「あれは水桶です。」
「水桶?」
「はい。あそこから水道管を通って各部屋に水が通っています。」
あーなるほど。
古いマンションの屋上にある貯水タンクだ。
あっちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「なんであんな事したんですかね?」
「高いところから水を各部屋に流すのだろ、そうしたら水道になるでしょ。」
「え?」
「元の世界の水道はさ、水道局がポンプで高い圧力を掛けてるから、2階や3階でも地下の水道管から水が上がって来て、水道が使えるんだよ。」
「そうだったのですか!」
「うん、でも昔は水道の水圧が弱かったから、マンションみたいに高い建物だと、水圧が足らなくて、5階とか6階とか高い階まで水が上がって行かなかったんだ。そこでああいう風に貯水タンクをマンションの屋上に設置して、専用のポンプで貯水タンクに水を貯める、そして貯水タンクから高い階に水を供給してたんだよ。水道管の中を上から下へ重力で水が落ちるでしょ。」
「へー!」
俺はあっちゃんにどや顔で知識を披露した。
実は家賃の安い古いマンションに住んでいたから、知ってたんだけどね。
あれ?じゃあ、あの屋根の水桶には、どうやって水を貯めるんだ?
まさか人力?
「ブリューナ、あの水桶にはどうやって水を貯める?」
「魔道具が仕込んであるので、井戸から直接水桶に水が貯まります。」
あーなるほど、これはあの人の仕業だろう。
「それは、イチロー・タナカさんの?」
「そうです。イチロー・タナカ様の治世に全国に普及しました。田舎の方はまだ井戸も多いですが、王都は屋根や上の階に水桶が付いてる建物が多いですよ。」
やはり田中一郎さんの仕業か。
「こちらの家は、水道、下水、シャワーが設備されています。下水も魔道具が仕込んであって、水を浄化して管を通って川に流します。」
「風呂桶、バスタブはついてますか?」
「たしかありました。見てみましょう。」
家の中に入ると、白壁と木目の明るい室内だ。
地中海風?とかいうのかな。
一階は、1DK+トイレ+シャワー。
リビングは広くて暖炉が付いてる。
バスタブはちょっと大きめで、嬉しい事にバスタブのすぐ上に蛇口が付いている。
これで風呂を入れる時、水を貯めやすい。
この蛇口に魔道具を仕込んでお湯を出せないものだろうか?
今度執事に相談してみよう。
「外には小さな馬小屋がありますので、馬を2、3頭つないでおけます。2階は4部屋で、備え付けのベッドがございます。」
二階に上がってみると、二階も日当たりが良い。
俺の実家に近い間取りで、なんか落ち着く。
俺はちょっとウキウキ気分で1階に戻った。
「ブリューナ、俺は気に入った!」
「それは良かった。次に行く家は平屋で、離れが付いてます。部屋数はこちらと同じくらいです。家賃はどちらも同じ、月に銀貨2枚です。」
月に銀貨2枚なら余裕で支払い可能だ。
ここに決めてしまいたいな。
「あっちゃんどう?」
「僕は平屋の方が良いですね。」
「ホントに?俺は二階建てが良いから、俺がここで良いかな?」
「良いですよ。じゃあ、ここは、颯真さんの家で。」
良かった。
あっちゃんと物件の取り合いにならなかった。
「ブリューナ、俺はこちらの家でお願いしたい。」
「ありがとうございます。お布団など生活に必要な物はいかがいたしましょうか?私の方で見繕って、お届けいたしましょうか?」
ああ、それは楽でいいな。
これから忙しそうだし、店もどこにあるか、わからないからお願いしてしまおう。
「そうだな。お願いしよう。布団とか鍋とか、必要そうな物を適当に頼む。ああ、平民が使う手頃な物で良い。」
「かしこまりました。」
「食べ物も数日分、適当に買って一緒に届けて貰えるか?」
「そちらも承りました。それでは、屋根の水桶の清掃もいたしますので、明日の夕方からお使いいただけます。」
「ありがとう、お金は?」
「お城の方へ私の方から取りに伺います。」
「わかった。それではよろしく頼む。」
俺は上機嫌で家を後にして、馬車に乗った。
「颯真さん、ご機嫌ですね。」
「いや、なんかさ、初めてアパート借りた時の気分だよ。」
「それ、わかりますよ!じゃあ、次は僕のとこですね。」
もう1軒は、馬車で5分くらいの場所にあった。
俺の家から近いので何かあった時に、すぐ連絡を取れるから心強い。
馬車で待っていると、あっちゃんはすぐ戻ってきた。
「良い家です。ここに決めました。」
「早いね!」
「使いやすい広さでした。颯真さんの家にも近いし、離れもあるし、馬小屋もあるし、文句なし。」
ブリューナが戻ってきた。
「では、お二人にカギをお渡しします。合鍵は私が持ってます。明日は配達で中に入らせていただきます。」
俺はカギをブリューナから受け取ると、護衛のクロードに聞いた。
「クロード、次の予定は?」
「今日はもう終わりです。」
「わかった。ブリューナ、城まで送ってくれるか?」
「かしこまりました。」
帰り道馬車に揺られていると、眠気が襲ってきた。
今日は怒涛の一日だった。
朝は戦、午後から従者募集と家探し、そりゃ疲れて当然だ。
明日は従者候補との面接だ。
どんな人が来るのか楽しみだ。