秘密の習いごと (食事編)
僕の中にある彼女に関する最も古い記憶は、教室でお弁当を食べている姿だ。運動部の男子以上に大きいお弁当箱の中身を、それはそれは美味しそうに食べるその姿は、何よりも魅力的だった。
いつの日だったか、
「私の食べてるとこ、よく見てるでしょ」
ムッとした顔の彼女に、廊下で声をかけられたことがあった。
バレていた驚きに加え、それまで一言も声を交わしたことがなかったから、僕はヘラッと笑うことしかできなかった。
「そんなに見てて楽しい?」
「・・・・・楽しいよ」
僕が思わず答えると、彼女の顔がボッと赤くなった。
「あんなに美味しそうに食べてるヒト、初めて見たから」
「やめて!」
彼女は顔の前で手をパタパタ振った。
「あれは、美味しいって暗示をかけながらじゃないと、あの量を食べられないからやってるだけなの」
「そうなの?」
「そうよ! 変だと思わないの? 女の子があんなに食べるのって」
「そういうヒトなのかなぁ~って」
すると、彼女はグッと拳を握りしめて、
「私だって、やりたくてやってるわけじゃないの! でも、食べる訓練をしておかないと、いざって時に ……」
彼女は、話の途中で興奮から我に返り、話を止めて瞳をそらせた。
「とっ、とにかく、お願いだから、食べてるところは見ないで!」
そう言って、彼女は走り去ってしまった。
それ以来、僕は教室でお昼を食べることを止めた。悲しいとか、寂しいとは思わなかった。だって、彼女の食べている姿は、すでに僕の中にあったから。
それが理由だと思う。目の前の光景を、すんなりと受け入れられているのは。
毎晩のように夢でうなされていた母を連れて行った病院の先生に紹介されたヒトが、彼女だった。
彼女は僕に気付いて嫌そうな顔をしたけど、すぐに仕事だと割り切ったようで、表情を元に戻した。
少し問診してから母を診療台の上に上向きに寝かせ、顔に白い布をかけて頭の先にある椅子に座った。
「意識がぼんやりすると思いますが、落ち着いてお静かにお願いしますね」
彼女はそう言うと、小さく息を吐いてから、ゆっくり、長く息を吸い始めた。
すると、母の頭から灰色のモヤが出て来て、するすると彼女の口の中に入って行く。
その姿を見て、病院の先生に言われた、
「ユメクイサン」
という言葉の意味が、ようやく分かった。
「夢喰いさんって、毎日ちゃんと食べておかないと、悪夢で胸焼けしそうだね」