北朝鮮の春
偽造パスポートで北朝鮮に入った
徒歩で
ひとりで
中国の国境から延びるせまい山道は冷たくて、暗かった
細い枯れ木が道の両側に並ぶ
空はひどく低く、ぼくに重くのしかかって来る
季節はもう、春なのに
圧政に苦しむ灰色の世界がこの道の向こうに
あることが予想された
進んで行くと砂利道は途切れて、視界が開けた
一面の野原が広がっていた
緑、一色の世界
ほのぼのと暖かかった
野原は、ぼくの視界の届く限度において、どこまでも続いていた
あえぐ人民、軍服の官僚、憲兵、テポドン
そんな人口ぶつはどこにもなかった
横を見ると、また細い道があった
ゆるやかにカーブしていて、野原を囲っているらしかった
ぼくはその道を歩いてみた
やはり、両側には木々が並んでいた
しかし、その木々には桜の花が咲いていた
アゲハ蝶の触角のように、なだらかに伸びて先がくるんと丸まっている、オレンジ色の花弁
オレンジ色があたりにあふれている
甘い香りが漂っている
つまるところ、北朝鮮の春は奇怪でおいしかった