甘くない
ダンジョンに落ちてから6ヶ月、天駆を手に入れてからは2ヶ月がたった。
今日も今日とて、平和に暮らしている。俺らを攻撃するものがないのだから当然かも知れないけど。
それはそれで良いとして、俺が天駆を習得してから当然の如く2人にも教えて、時間はかかったが習得した。しかし、レベルを上げるのにかなり時間がかかったのだ。
今でも俺の、スキルレベルは6だ。
ということでこれはちょっとした合間に少しずつ使っていくことにした。
2人にそう伝えると納得してくれた。
「……じゃあ、上の穴は目指さないの?」
「とりあえず俺が行ってみるよ。ちょっと待っててね」
「ん」
そう言って俺は天駆を使って落ちてきた穴を目指す。
その間、ルアとソウは話している。
「うーん、大丈夫かな?」
「……どうしたの?」
「あれじゃ帰れない気がするんだよね」
「……あ、距離的に厳しい?」
「それもあるんだけど……なんだっけ、あ、中入ったね」
「……ん」
「無駄な心配だったかな……? あぁ……」
「ん?」
「思い出した。リューキが言ってたんだけど、たしかこっちに来る時に穴の側面に触れるとすごい勢いで体力と魔力を奪われたんだよ。だから、そもそも穴の中はもともと魔力なんてない気がする……あ……」
「落ちてきた……」
「うわああアアァァ!」
「浮雪!」
そうルアが叫んだのが聞こえた瞬間、俺が湖に落ちる前に柔らかくて冷たいものが俺をぼふんと音を立てて包んだ。
そのままルア達の元まで下ろしてくれた。
「うおっ! 助かったよ。てか、相変わらずこれは冷たいな」
「雪なんだから当たり前だよ」
「まあ、そうなんだけどさ」
「やっぱり、魔力が無くて落ちた?」
やっぱりって……。わかってたら教えてくれても良いと思うんだけどなあ。
「その通り。魔力がなんもなかった。あそこに行った瞬間、自分の魔力も奪われた」
「あたしもさっき思い出したんだよね。ここに落ちる時のこと」
「ああ。なるほど」
俺がルアを助けようとした時のことだろうな。
あの時は、体力も奪われたっけか。
多分、壁に触れてるか触れてないかの違いだな。
それを今、考えても仕方ないか。
今、するべきことは……。
「これからどうするか、だなぁ」
「今まで通りやるんじゃないの?」
「ん、わたしもそう思ってた」
「そうなんだけど、さ……」
俺もそうしたいんだけどな。
昨日のアレを感じちゃうと、どう判断すれば良いか迷う。
「どうしたのそういえば昨日の夜ぐらいから顔色悪いように見えるのと関係ある?」
「……へ? そんなに顔に出てるか?」
「出てないよ。でも6ヶ月間、文字通り毎日、朝から晩まで一緒に居るんだからそれぐらいわかる。ソウも気づいてるよ」
「ん、リューキは甘く見てる」
そう、だよな。
俺も2人もここから出たいと思ってるもんな。
でも、アレは覚悟が必要だ。生半可な覚悟じゃ直ぐに折れる。
実際、俺がここからでも感じられるということはこれもまだまだなんだろうと思う。
でも、やっぱり伝えない訳には行かないか。
「それもそうか……。知りたい?」
「知りたい」
「……わたしも」
「覚悟はして欲しい」
「わかった」
「ん」
俺も覚悟を決めるしかない。
諦めたように苦笑して、告げる。
「多分、いや、ほぼ確信に近いんだけど……」
この言葉は、希望になり得る言葉だ。
今までの蜃気楼のようなここから出るという目標が実態があると確信に変わるから。
でも、希望であると同時に絶望でもある。
「ここの出口がわかった」
「「っ!?」」
2人は驚いたような顔をしてしばらくすると言葉の意味がわかったのだろう。
顔を喜色に染めて破顔した。
「なーんだ、良い知らせじゃん」
「ん!」
「まあ、そうなんだけどさ」
すると、喜んでいたソウが真面目な顔をして疑問に思ったことを口にする。
「じゃ、なんで今日、上に行ったの?」
「たしかにそうね」
「簡単に言えば、その手段を使いたくなかったからかな。言ってしまえば最後の足掻きみたいなものだよ」
「「?」」
「説明する前に、魔力感知と気配察知をレベル10にして、たしかもうすぐだろ? 少し移動しようか」
2人はわかったと頷いてそのまま集中してレベル上げに専念する。
俺はそんな2人を眺めながら昨日の事を思い出す。
★
いつものようにスキルレベル上げ終わってそろそろ寝る時間になった。
寝る前にトイレに行く時に一応、2人に伝えておく。
さすがに勝手に行って前みたいに尾行でもされたらかなり恥ずかしいからな。
そう思って俺は念のために魔力感知と気配察知を使った。
ちなみに両方レベル9だ。
こういうのは一緒に育てるのが良いよね。
3人でよく隠れんぼをしてレベルを上げてる訳だけど2人がやたらとと手強いからか割と上がり易い気がする。
まあ、隠れんぼで上がるってどうなのって思うかもしれないがそれは遊びの場合だ。
本気中の本気だからまず見つからないしあいつら、というかソウなんだけど見つからないと奇襲を仕掛けてくるのだ。
「ここら辺でいいか……」
トイレはなるべく壁に近いところですることと穴を掘ることはみんなの約束だ。
ここはダンジョンだからそういった不純物は魔物や人の死体と同じ扱いのようでしばらくすると勝手に処理してくれるみたいだ。
「明日はどうするかなぁ」
刀で打ち合うのも良いかもしれないし、2対1でやるのも良いかもしれないな。
そう言えばユニークスキルのレベルが上がりにくいんだよなぁ。
そんな風に物思いにふけていると頭に知らせが届いた。
《魔力感知のレベルが上限まで上がりました》
《気配察知のレベルが上限まで上がりました》
「おっ、よっしゃ!」
いやー、これは嬉しいね!
どのくらい精度が上がったのか試してみるかね。
…………ふむ、これはかなり広い範囲でいけそうだな。
2人の位置もちゃんと掴めてるようだ。
でも、なんだろ……この違和感。
「壁の、方か?」
違和感を感じた壁の方に近づくにつれてその違和感が強くなる。と言うか嫌な予感しかしない。
「ここか? でも普通の壁だよな……? いや……やってみるか」
ダンジョンの壁は直接干渉するのは難しい。できない訳じゃないけどかなりの魔力が必要とする。
これがすんなりとできるなら違うものだってことになる。
判断がし易くって助かるね。
「土砂排除」
これは土魔法だ。
簡単に言えば邪魔なものを排除してくれるものだな
。
そして、壁の一部が簡単に剥がれてそこに黒い壁が姿を現す。
「壁?」
そう呟きながらその黒い壁に手を触れた瞬間、俺は悟った。理解してしまった。
壁を剥がした時点でそのなにかが強くなったのだ。
そして今、触れた瞬間、それは俺を支配した。
「う、そだろ。ここは、最弱のダンジョンじゃないのかよ……」
俺を、支配したもの、それは……。
《恐怖耐性を取得しました》
圧倒的な恐怖だった。
昨日の事を考えていると2人のスキルレベルが上がったみたいだ。もうすぐいつも寝る時間だろうか。
「……上がったよ、でも、これは……」
「……ん、多分、間違いない」
「でもここは最弱のダンジョンでしょ? 絶対おかしいよ」
「所詮、人が勝手に名付けただけってことだろ」
「でも、いくらなんでも……」
ルアはなんだか頭を抱えている。
想像以上だったのだろう。
すると、服が引っ張られる感覚がしてそちらに顔を見ると。
「……リューキ、怖い……」
ソウが俺の胸に顔を埋めてくる。
そのソウの頭に手を置いて、そうだなと優しく撫でた。
ずっと撫でていた、10分ぐらいが経っただろうか。
「スー、スー……」
「……寝ちゃったか」
ソウがぐっすりと寝た。
不安になったのだろう。
このままでここから出られるのだろうか?
やっぱり俺がなんとかするしかないかもしれないな。
「リューキ」
「どうした?」
「これからどうするの?」
「正直、分からない」
どうするべきだろうか。
いや、実際にはもう決まっている。
俺としては2人を守りたいという思いがある。
ここに落ちて、1番最初に決めたことだ。
2人が戦うのなら俺も当然それに従う。
2人がここに留まると言うのなら、俺は1人で戦う。
2人はここから出たいはずだから。
「あたしも怖いよ……」
「だよな。……今日はもう寝な。すぐには立ち直れないと思うし」
「うん。あたしも、そっちに行っていい?」
「……おう」
こんな時に不謹慎かもしれないがやっぱり可愛いと思ってしまう自分がいる。
それとは別にやっぱりなんとかしたいとも思ってしまう。
俺が胡座をかいて片方の膝にソウが寝かせる、もう片方の膝にルアが頭を乗せたので少しでも安心させるためにも撫でておく。
「……ありがとう。あったかい……」
「これでも年上だからな」
「ふふふ……なにそれ」
暫くしてルアはグッスリと眠った。
俺は上を見上げる。
すっかり暗くなっている。
こういう時に星があればまだよかったんだけどな。
ダンジョンだからしょうがないか……。
そう、思いながら自分も眠りについた。
今日は3話分載せようと思っています。
次は12時頃でしょうか?