勝手な思い
翌日の放課後、夏希は仁と美夕の三人で哲平に会いに行く事になった。昼休みに洋に事情を話し、本人にアポを取ってもらい、哲平のアパートの近くで会う約束をした。
ショートホームルームが終わった後、哲平が無期限の謹慎処分中のためこのことは外部、特に学校関係者には話さないように、と洋から忠告された。話してしまえば、三人共、停学処分になるかもしれないとも言われた。その言葉に三人は緊張感を持って哲平に会いにいかなければいけない思いが巡った。
哲平のアパートの最寄りまでは高校の近くから出ているバス一本で行ける距離だ。三十五分ほど乗れば最寄りのバス停がある。
「夏希、上原さんが亡くなったって本当なのかよ?」
バスに乗っている途中、人が昨夜のニュースで見た事を聞いてきた。
「本当だ。昨日、署に行って瀬川警部から聞いたから・・・」
その話は本当だと認める夏希。
「ひまわりの入所者が亡くなったのは二人目だな。今朝のニュースでは、ひまわりのスタッフが虐待とか何かしてるんじゃないかっていう報道だったな」
美夕はニュースの報道の仕方に問題ありという口調で言う。
「オレもそのニュース見たよ。酷い報道の仕方だよな」
仁も虐待という言葉に反応するように言う。
「それはな。まぁ、裏ではわからないけどな」
「オレらが見たのは表の顔だってことか?」
美夕の言葉に、仁は自分達が見たスタッフの顔は違うのかと驚きの感情が声に出ていた。
「そんなことはわかんねーよ。ヘルパーっていっても人間だし、裏表があってもおかしくないと思う。上原さんは別として、川岸さんは相当のくせ者だったからヘルパーが裏で何かしてても驚かないけどな」
美夕は課外活動の事を思い出して、房子の性格だとヘルパーに嫌われてもしかないと話す。
「川岸さんのあの性格は捻くれすぎだけどな。それにしても、上原さん、面白い人だったのにな。せっかく話がしたいって言ってくれてたのに・・・」
美夕同様、房子のあの性格は難ありだと思う仁は、もう一度、進一郎と話がしたかった思いが、言葉の節々から滲み出ていた。
「夏希、やっぱり上原さんも事件に関係してるのか?」
美夕は進一郎も房子の事件に関係しているのか気になって夏希に聞く。
「今のところはな。偶然といえば偶然なのかもしれないけど、川岸さんの事件の後に上原さんまで亡くなるなんてどう考えてもおかしいから、二人は事件と結びつけるほうが自然だと思う」
夏希は進一郎も事件と関係していると考えを話す。
「課外活動先がこんなことになるなんてな。しかも、ヤマテツも謹慎処分中で増田もあんな感じだし・・・。そのうちオレらのクラス、崩壊してしまうんじゃねーか?」
自分のクラスの行く末がどうなるのか心配してしまう仁は、このままでは学級崩壊してしまうんではないかと胸中が穏やかではない事を言葉にする。
「ヤワなクラスじゃないって言ってたんじゃなかったのかよ?」
夏希はポツリと呟くように言う。
「は?」
仁はわけがわからず何を言い出すんだよという表情をする。
「転入してきた頃、事件が起こってボクがこれからどうなるのかってクラスの事を心配になった時に、仁はオレらのクラスは言うほどヤワじゃないって言ってくれた」
夏希は転入早々、事件にぶち当たってしまい、気持ちがヘコんでいた時に言われた仁の言葉に救われた事を今でも鮮明に覚えている。
それを聞いた仁は、そういえば・・・と思い当たる表情を受けべる。
「あの時は永井が殺害されただけだったし、担任も殺害されたりなんて事はなかったから、なんとかなるって思ってたんだよ。でも、今はあの時の状況とは全然違うじゃねーか」
仁は置かれた状況を比べるほうが無理だと言う。
「そうだけど・・・。ボクは今でも何があったってヤワなクラスじゃないって思ってるぜ」
夏希は仁が言った言葉の意味をずっと噛み締めていたのだ。
「そんな言葉を信じてるなんて夏希らしいな」
美夕はふっと笑って言う。
「そうか? ボクはヤマテツが戻ってくるって信じてるから・・・。それはみんな同じ思いなんだけどな」
夏希は笑顔で言う。
そこに哲平のアパートの最寄りのバス停がアナウンスされる。
「あ、ここだな」
それに気付いた仁が停車のボタンを押す。
バス停に着くと哲平が待っていてくれた。三人が降りてきたのを確認すると手を挙げる。
「ヤマテツ!」
仁は久しぶりに会った担任にパァァァと明るい笑顔で駆けよる。
無期限の謹慎処分になってそんなに日が経っていないのに、なんとなく顔色が悪い哲平は三人に笑顔を見せるが、どことなくぎこちない感じだ。落ち込んでいる様子も見受けられる。
バス停から歩いて約五分のところにあるファーストフード店があり、哲平のおごりで三人はオレンジジュースを買ってもらうと、空いている四人掛けの席に座る。
「ヤマテツ、来て良かったのかよ?」
仁はオレンジジュースを飲む前に聞く。
「構わない。それより玉川先生に何か言われなかったか?」
洋の性格を知っている哲平は教え子が何か言われなかったか心配になった。
「言われなかったけどあまり良い顔はされなかった。会いに行く時も学校関係者には言うなって言われた」
仁は誰にも言うなという言葉に疑問を持ちながらも答える。
「オレが無期限の謹慎処分中だからな。話せば色々と問題が起こってしまうからな」
ホットコーヒーを頼んだ哲平は仕方ないと思いながら言う。
それだけのことを自分はしたんたと思い知らされていた。
「元気なさそうだけど大丈夫なのかよ?」
夏希は哲平の顔色を伺うように聞く。
「なんとか大丈夫だ。三人が来てくれて嬉しい。ありがとう」
三人が来てくれた事を嬉しい気持ちを伝える哲平。
「いいんだよ。ヤマテツには早く戻ってきて欲しいからな」
美夕は言う。
「増田は学校に来てるか?」
哲平はこんな時にでも義隆の事を気にする。
「来てるよ。・・・ていうか、今は増田の事を気にしなくてもいいと思うけどな。まぁ、殴っておいて気にするなっていうほうが無理だけどな」
仁は哲平の気持ちもわからなくもないが、今は自分の事だけを考えたほうがいいのではないかと言う。
「事情を知った校内のみんなが、ヤマテツは悪くない。増田が悪いんだって言ってるよ。ヤマテツを復帰されるように署名活動が始まってるよ」
「そうだよ。署名活動が始まっても増田は知らん顔で学校に来てるけどな。いい度胸してるよ」
美夕と夏希は交互に今の校内の状況を話す。
その話を聞いた哲平は、複雑な気持ちになっていた。圧倒的に自分のほうが悪いのに良いように言われ、教え子である義隆が悪いように言われている。しかも、復帰が出来るように生徒達が署名活動までしてくれている。そんなことを知れば義隆の両親がどう思うのか。
自分の息子はそんなに嫌われているのか。息子よりも担任のほうがそんなにいいのか。殴られた息子がわるいのか。恐らく、義隆の両親はそこまで思うかもしれない。
義隆の両親がすごい剣幕で怒ってきた事を思い出すと、安易に嬉しい気持ちになったり、その思いを言葉には出来なかった。むしろ、そんなふうに思ったり言葉にしてはいけないと思っていた。
「あれはオレが悪いんだよ。オレが我慢すれば済んだんだ」
哲平は今でも教え子を殴った事を後悔しているようだ。
「我慢すればって言うけど、長い間、増田の言動には我慢してたんだろ? これ以上、どこをどう我慢しろっていうんだよ? ボク達もずっと増田には我慢してたよ。誰かが気付かせないといけないんじゃないかな」
夏希はみんな我慢の限界だったと言う。
「確かに殴った事はいけないけど、ある程度はみんなの気持ちを伝えてくれたんじゃないかな。増田には伝わってないみたいだけど・・・」
「赤谷・・・」
「あの後、玉川が来たんだろ? 言ってたよ。ヤマテツの思いを話してくれた」
夏希は充分に哲平に気持ちはわかっていると言う。
仁と美夕も頷く。
「玉川先生がオレの気持ちを伝えてくれてたんだな。そんなことを言ってもらえるなんて思ってもみなかった」
哲平は意外だと思いながらも上司である洋に感謝する思いが芽生えた。
「一応、増田には伝わったみたいだし安心しろよ」
仁は笑顔で言う。
「ところで川岸さんと上原さんが亡くなったよな? 赤谷、事件に関係してるんだよな?」
仁の言葉で安心した哲平は、事件の話に話題を変える。
「もちろん。警部に事情を聞かれたのか?」
夏希は事件に関与していると認めた上で、瀬川警部に事件について話を聞かれたのかを問う。
「上原さんの件では何も聞かれてないけど、川岸さんの件では警察に行って話を聞かれたよ」
「もしかして、取調室に入ったのかよ?」
美夕は驚きの声で聞く。
「入ったよ。疑われても仕方ないだろうし、犯人の一人に入ってるだろうしな」
房子が亡くなった事に驚いていた哲平だったが、今のこの状況を疑うなというほうが無理だと思っていた。
哲平が署に行ったのは、房子が亡くなった二日後の午後だった。校長から無期限の謹慎処分中だと聞いた瀬川警部と村木巡査長は、住所を教えてもらい来たと言っていた。房子のニュースで亡くなった事は知っていたが、まさか自分が疑われているとは思っていなかった哲平は、一瞬、署に行く事をためらってしまうくらいだった。
署に着いてから夏希や美夕、「ひまわり」のスタッフから聞いた義隆を殴った事について確認がされ、改めて自分は疑われていると実感した。そして、自分が教え子を殴らなければ疑われる事はなかったんだと思う気持ちもあった。
初めて入った取調室は想像以上に哲平の気持ちを萎縮させていた。聞かれた事だけを答えればいいだけの事なのだが、たったそれだけの事なのに、何も答えてもお前が犯人なのではないかと言われてしまう気がしていた。
「山上先生、川岸さんの殺害時刻である午後四時から五時までの間、何をされていましたか?」
哲平の向かいに座った瀬川警部が早速アリバイを聞く。
「その時間でしたら家にいました」
正直に応える哲平。
「それではアリバイ証明にはなりませんね。その時間、誰かが訪問してきたとか電話があったとかありませんか?」
哲平のアリバイが不確かなため確かなアリバイを求める瀬川警部。
「それがないんですよ」
「困りますね。アリバイ証明が出来ない事には山上を容疑者から外す事は出来ないんですよ」
瀬川警部は困った口調を作りながら言う。
そう言われた哲平は、そんなことを言われても・・・という表情を浮かべる。
「話を変えますが、課外活動の日、増田君を殴ったのは本当ですか?」
「さっきも言いましたが本当です。だから、無期限の謹慎処分になったんじゃないですか」
瀬川警部の問いに、若干なげやりな答え方をする。
「原因は川岸さんが増田君に注意をしたからですか?」
瀬川警部の後ろに立っている村木巡査長が聞く。
「それもありますが、増田が反抗的な態度を取っていたので、思わず・・・」
哲平は答えながら下を向いてしまう。
「今まで知りませんでしたが、山上先生はカッとなる性格なのですか?」
次に瀬川警部が初めて哲平の裏の顔を知ったという口調で問う。
「違いますよ」
そんな性格をではないと否定する哲平。
「じゃあ、あの時、増田君を殴ったのですか? それなりの理由があるでしょう」
「増田は入学時からずっと誰にでも反抗的な態度を取っていたからです。赤谷が初めて解決した事件でも知ってるでしょうが、言動がいつでも反抗的なんです」
「そういう理由で殴るのですか?」
瀬川警部の追及はさらに続く。
「あの時はカッとなってしまっただけの事です」
「そんなことで殴られたら増田君もやってられないですよね。誰もいない場所で注意するなど出来なかったんですか?」
村木巡査長は哲平を追い込むように聞く。
「それは・・・。自分も生徒を殴った事は反省しています。冷静に対応が出来たら良かったと思っています」
義隆を殴った時はカッとなっていたが、振り返れば冷静になれなかった自分が悪かったという思いを持って、この数日間を過ごしていた事を伝える。
「冷静になったところで川岸さんを恨む気持ちが芽生えて殺害したというわけですか?」
瀬川警部は哲平の中に房子を恨む気持ちがあったのではと問う。
「まさか! 確かに川岸さんが増田の態度の悪さを注意しなければ殴らなかったです。だからといって川岸さんを殺害なんかしていませんよ! 本当ですよ! 信じて下さい!」
哲平は声を荒げて悲痛な思いを二人の警官に言う。
「最初は誰でも自分ではない。信じて下さいって言うんですよ」
村木巡査長は今まで何度も聞いた事のあるフレーズを呆れた表情で哲平に言う。
「オレが川岸さんを殺害した証拠があるんですか!? あるなら今すぐ出して下さいよ!!」
村木巡査長の言葉を無視して、必死に自分ではないと訴える。
「落ち着いて下さいよ。そういう周りが見えていない感じで増田君を殴らなかったですか?」
瀬川警部は待っていたかのように哲平を見据えて言う。
「え・・・?」
急な展開にわけがわからなくなる哲平。
「山上先生のその態度や言い方で増田君を殴ってしまったんですね」
瀬川警部は畳み掛けるように言う。
「誰だって犯人じゃなければそう言いますよ。瀬川警部もわかってるでしょう」
自分は試されていたんだと気付いた哲平は、みんな同じ気持で犯人ではないと言い張ると言う。
「それはそうなんですけどね。そういう点では増田君も同じように言えますけどね」
意味ありげに言う瀬川警部。
「もしかして、増田まで疑ってるんですか?」
「一応、疑ってますよ。川岸さんに注意を受けて反抗的な態度をしていたんですから・・・」
当たり前だと言わんばかりに答える瀬川警部。
「いくら増田が反抗的な態度を取ったといはいえ、オレの生徒です。疑うのは止めて下さい」
「そう言われましても動機がある以上、それは無理ですよ。村木が言ったようにアリバイさえ証明されれば容疑はいつでも晴れます。安心して下さい」
瀬川警部も村木巡査長と同じように言う。
「いい加減にして下さい。増田は自分が疑われている事は知っているんですか?」
声を荒げそうになるのを抑えれ、義隆の事を気にかける。
「いえ、まだ知りません。これから増田君にも話を聞きに行きます」
「まさか、学校に行くんですか?」
「はい。話を聞きに行くには学校に行ったほうが手っ取り早いのでね」
哲平の問いに全て瀬川警部が答えるが、早いところ義隆にも話を聞いたほうがいいと思っているようだ。
哲平はそうなんですかとうなだれる。
いくら自分が疑うなと言っても、房子が殺害された今、課外活動で注意を受けた義隆も容疑者の一人に入っているのは仕方ないと思っていた。
「・・・瀬川警部にまで疑われるなんて災難だな」
全ての話を聞き終えた仁が言う。
「仕方ないって。二人共、仕事でやってるんだから・・・」
哲平は途方に暮れながら呟くように言う。
警察の仕事をある程度、理解しているつもりだったが、自分に容疑がかかってしまい、容疑を晴らすのにどれだけ大変なのかを痛感していた。すぐにアリバイが証明出来ればいいのだが、生憎その時間はアパートに一人でいたため、それが困難なのだ。
「増田も昨日か今日くらいには話を聞かれてるだろうな」
美夕はため息混じりで言う。
「話を聞かれた時間ってどれくらいだったんだよ?」
仁は警察での拘束時間が気になって聞いてみる。
「三時間くらいだったかな」
「そんなに!?」
仁は驚いた声をあげてしまう。
「うん。午後一時過ぎに二人が来たんだよ」
「昼からずっと事情聴取されてたんだな」
「まぁ、任意だからな」
「それでも長すぎだろ? 任意だったらすぐに帰るってわけにはいかなかったのか?」
美夕は聞く。
「任意だからといって勝手に帰ったりすればなおさら印象が悪くなるって・・・」
哲平は勝手に帰ればさらに疑われる事を知っていたため、帰っていいと言われるまでいたほうが懸命だと思っていた。
「ヤマテツの言うとおりだって。すぐに容疑が晴れるのは無理だろうけど、ボクがなんとかするよ」
夏希は大船に乗った気でいろという口調で哲平に言う。
「こんな時に自分の生徒に頼るのは心苦しいけど、今は赤谷にしか頼る人はいないからな。赤谷、身体だけは気を付けてくれよ」
哲平は今の状況を何とかして欲しい思いを夏希にぶつける。
「大丈夫だよ。なんとかするよ」
夏希も早く自分の担任を助けたい思いでたくさんだった。
夏希の言葉は哲平の心を少し和らげたような感じだった。
それから三日が経った日の放課後、夏希は署に行く事になった。というのも、瀬川警部から話があると呼び出されたのだ。午後のショートホームルームを終えて、一人で下駄箱に向かい、ローファーに履き替えていると背後から義隆に呼ばれた。
「なんだよ?」
「ひまわり」の一見から義隆に良い印象を持っていない夏希は、敵意むき出しにしながら睨む。
「事件の事、調べてるのかよ?」
「答えなくてもそんなことわかってるだろ?」
今は義隆に何を言われても腹が立つ夏希は怒るようにして答える。
「オレも疑われてるみたいなんだよな。なんとかしてくれよ」
警察から事情聴取を受けたのか、なんとかして欲しい思いを夏希に告げる。
それを聞いた夏希は呆れた表情をしてしまう。
「あのなぁ、自分の立場をわきまえてるのかよ? ただでさえ印象が悪いのに、自分の容疑を晴らしてくれって無理言うなよ」
呆れた表情のまま、ふざけた事ばかり言うんじゃないと言う。
「そんなことわかってる。山上に殴られた原因を作ったのも、山上だけ悪者にして平然として学校に通ってる事も全部わかってる。でも、川岸さんを殺害したのはオレじゃない。オレのせいで事件が起きたようなもんだよな。その時間は家に帰る前にゲーセンにいたからアリバイはある。まぁ、今のみんなにこんなこと信じろっていうほうが無理だけどな」
義隆は全て自分が招いた事件だと思っているようだ。
「自分が原因だってわかってるんならもう少し反省する態度を見せないのかよ? みんな、お前の反省のない態度が気に入らないから腹立ってるんだよ。それはわかってるよな?」
夏希は強い口調で義隆に問う。
最後の問いに対して、義隆は頷く。
しかし、反省の態度を見せない事には何も答えない。
「お前のその反抗的な態度がブレないのは評価するよ。だからってみんなに反省の態度を見せないのはどうかと思うぜ。お前の親は息子が悪く思われているのは知ってるのかよ? まさか、知らないって事はないだろうな?」
義隆は両親は今回の事をどう思っているのか気になった夏希は聞いてみる。
「知ってるよ。山上に見えを張って学校まで怒鳴り込んで来たけど、オレの親は全て知ってる。オレに手をこまねいている事くらいオレにだってわかってる」
義隆は今回の件以外の事も全て知っていると答える。
その答えを自分の中にある心の闇をどう解決していけば良いのかわからないようだ。しかし、その心の闇は思春期特有の反抗期ではないということだけは義隆にもわかっていた。
同情出来ない思いが先行していた夏希は、多少の義隆の思いはわかる気でいた。
「事件を解決するのはボクが勝手にやってる事だから好きにさせてもらってるけど、増田の容疑を晴らすためにやってるんじゃない。ヤマテツの容疑を晴らすためにやってるんだ。それだけは覚えていて欲しい」
それだけを言い残すと、夏希は校舎から去っていく。
夏希の後ろ姿を見ている義隆は、自分の思いが伝わらなかったんだという思いが表情に出ていたのと同時に、自分はいつまで教師やクラスメートに反抗的な態度を取っているんだろうという思いが巡っていた。
夏希は自分の中に溜まった苛立ちを吐き出すように大きく深呼吸をしてから署に入った。瀬川警部と共に会議室に入ると、早速話をする事にした。
「上原さんが頭部を打った場所がわかった」
瀬川警部はいつもより事務的に話を切り出した。
「どこなんだよ?」
「ひまわりの屋上だ。普段は入れないようになっているんだが、誰かが入った形跡があった」
「屋上・・・。でも、頭部を打つような場所なんてあったっけ?」
夏希は疑問に思う。
「恐らく、犯人と揉み合った末にコンクリート製の床に打ち付けたのだろう。その時は大丈夫だったが、その後、激しい頭痛変わり、夜中にくも膜下出血で亡くなったという流れだろう」
「頭部を打った形跡はあったのか?」
「上原さんの頭部を打った形跡がコンクリート製の物ではないかと報告があり、午後はずっとひまわりにいた事を踏まえると、あらゆるところを検証して、ひまわりの屋上だという事がわかったんだ」
進一郎の頭部と打った部分を検証していて、場所を特定するのが遅くなったと話す瀬川警部。
(屋上か・・・。これで犯人はひまわりの誰かが犯人だという線が濃くなった。川岸さんの娘さんである夏山さんでも屋上に行こうと思えばいけるけど、すでに母親が入所していないのに、ひまわりに出入りしていたらスタッフや他の利用者にバレる可能性がある。ヤマテツや増田の線も薄くなったけど、夏山さんの場合はなんともいえない。それにこれは上原さんの事件だけで、川岸さんの事件での容疑は晴れていないよな)
屋上に入れる人物は限られてくるため、幸子の犯行説は曖昧だ。
「上原さんが頭部を打った時間ってわかっているのか?」
「ヘルパーさんの証言と検死の結果、午後二時から四時までの間だとわかっている。午後は比較的自由な時間らしいから、ヘルパーさんもひまわり内での利用者を逐一見ているわけではないそうで、入所者が部屋に戻ってしまえば、そこまで監視は出来ないと言っていたよ」
瀬川警部は困ったなという表情を浮かべる。
「デイサービスの利用者と入所者を監視するわけにはいかないだろうから、そこは仕方ない部分はあるかもしれないな。川岸さんについては何か進展はないよな?」
「そうだな。夏山さんのアリバイもしっかりしている。川岸さんが帰った後、職場から時間の変更の電話がかかってきたと証言していて、職場の上司にも確認済みでアリバイ証明にもなった。ひまわりのスタッフも会議をしていて、休憩は十分間あったそうだが、その十分間では犯行は無理だ。よって、夏山さんとひまわりのスタッフはシロだ」
瀬川警部は房子殺害に関して関係者にアリバイがあり、行き詰まっているのが言葉から感じ取れた。
「何か糸口が見えたらいいんだけどな」
夏希も困り果てていた。
瀬川警部も同じように考えていたのが、渋い表情をして頷く。
「川岸さんが入所者にお金を貸して欲しいと言っていた事に関してなんだが、夏山さんにプレゼントしようと思っていたそうだ」
「プレゼント・・・?」
何をプレゼントするつもりだったのか気になった夏希は首を傾げる。
「ネックレスだ。川岸さんの持ち物の中に宝石店の予約の紙が入っていて、確認をすると殺害される前日に予約をした事がわかった。本来、出掛ける時にはヘルパーさんもついていくそうなんだが、この日はついてこなくていいと言ったそうだ。宝石店の店員の話では、いつも娘に迷惑をかけているからとネックレスをプレゼントしたいんだと話していたそうだ」
宝石店で調べた結果を話す瀬川警部には、幸子が羨ましいという思いがあった。
「その五万円はどこから出たんだよ?」
進一郎から聞いていた五万円という金額はどこから出たのか気になっていた。
「どうやら年金から出したようだ。夏山さんに話を聞くと、自分の年金から五万円だけ引き出してくれと言われて持って行ったそうだ」
「年金があるならなんで入所者に五万円を貸してくれなんて言ったんだろう」
夏希はますますわからなくなる。
「恐らく、プレゼントしたいから言えなかったんだろう。キャッシュカードは夏山さんが持っていて、自分の年金を引き出してくれと言えば、何に使うか聞かれると思ったんだろう。でも、実際のところは何に使うか聞かなかったそうだ」
幸子が聞かなかったのは、自分の年金ではないから・・・と語っていたのを思い出す瀬川警部。
「そうか。それよりヤマテツと増田にも事情聴取したんだろ?」
話を変える夏希。
「当然したよ。したといっても川岸さんの件だけで上原さんの件で話は聞いていない。増田君のアリバイは証明されたが、山上先生のアリバイがないんだ」
事情聴取をしたのを認めた上で房子の事件のみで話を聞いたと話す。
夏希は哲平と会った時に自分のアリバイがないと言っていたな、と想い出す。
「しかし、増田君は変わってないな」
瀬川警部は自分の頭を掻きながら言う。
「最初の事件でもそうだったが、反抗的な態度で事情聴取に挑む。きっと思春期の反抗的な態度というものではないんだろうな」
的確に義隆の心を読み解く瀬川警部。
「どういう意味だよ?」
夏希は意味がわからず、そう思った理由を聞く。
「親御さんが増田君に抱く子どもとしての将来の期待。その将来の期待が増田君に重くて暗い影を落としていて、それでも反抗的な態度を取るんじゃないかな。成績は上位だと山上先生から聞いてから、決して勉強が出来ない生徒ではない。恐らく、小学生の時から成績が良かっただろうから、親御さんが過度に息子に期待し過ぎて、習い事をたくさんさせた。当の増田君はそんな親の期待を裏切らないようにしようといい息子を演じた。ところがある時、何かの拍子でその思いが爆発してしまい、今の増田君になったんじゃないかな。反抗的な態度を取る増田君は、親御さんが描く自分の将来から自分という一人の人間を確立させたかったんじゃないかな」
瀬川警部は持論を話す。
職業柄、思春期の中学生や高校生をたくさん見てきた。反抗的な態度を取る子の中には、学校の成績が優秀で進学校に通っている子もいた。少数だが両親が子供に一流の学校に通わせるために色んな習い事をさせたり子供の思い通りにさせない両親をいるのを見ていて、義隆もその部類なのではないかと瀬川警部は思ったのだ。
それと同時に義隆も毒親に悩まされているのではないかと思ったのだ。義隆本人が毒親だと思っていなくても、哲平の話や義隆の態度を見ていれば、そう思わずにいられなかった。かつて、毒親持ちだった自分の勘が働いていて、義隆の境遇がわかる気がしていた。
「増田君の親御さんが全て悪いのではないが、要因としてはそれもあるだろう。増田君なりにきちんと考えていると思うよ。まぁ、今回の事件が起こった背景からして、赤谷さん達からしていいように思っていないだろうがね」
瀬川警部は夏希達が簡単に義隆を許す事が出来ない事をわかっていた上で話す。
「そういうものかな。ここに来る前に増田に呼び止められて、親が見えを張って学校に怒鳴り込んだとかオレに手をこまねいている事は知ってるって言ってたから・・・。これから先、どうするかは増田次第だと思うけどな」
夏希が洋が代弁した哲平の思いを思い出していた。
瀬川警部もそうだなと頷く。
「あのさ、無理なお願いするけど証拠品って見せてもらえるかな?」
進展していない事件で証拠品を見れば何かわかるかもしれないと思った夏希は、瀬川警部にお願いしてみる。
瀬川警部はどうしようか迷った表情を見せる。
「現場の写真でもいいんだけど・・・」
夏希は写真でもいいと言う。
「写真なら構わないが・・・」
写真でも一般人に見せるのはいけないのだが、今の状況と今までの夏希を思うと少しだけなら大丈夫だと思った瀬川警部は、立ち上がり現場写真を持ってくる。
しばらくすると瀬川警部は戻ってくると、夏希に現場写真を渡す。
ありがとう、と夏希は礼を言うと、早速見る。まずは房子の事件からだ。現場となった公園の写真は、房子の遺体やその周りに落ちている証拠品が写っている。
「川岸さんって公園で殺害されて、そのまま発見されたんだよな?」
夏希は初歩的な質問をする。
「それが違うんだ」
「え? 違う?」
自分が思っていた答えと違っていて、写真から目を離して瀬川警部を見る。
「でも、ニュースではその日の夕方に見つかったって言ってたような・・・。ボクの聞き間違いなのか?」
夏希は右手の甲を顎に当てて思い出す素振りを見せる。
「夕方は夕方なんだが、殺害と発見された時刻が違うんだ」
「川岸さんが殺害された場所って公園なんだろ? 公園なんて人通り多いけどな」
夏希は殺害されてすぐの発見されなかった事に疑問を持つ。
「公園で争った形跡などがなかったところから別の場所で殺害されて、公園に運ばれたという見解だ。我々も公園で殺害されたと思っていたのだが、当時、公園には何人かいて目撃証言が得られなかった。しかも、川岸さんが発見されたのは午後五時半過ぎなんだが、今の時期、薄暗い上に人通りも少なかったんだ。第一発見者は犬の散歩で通った男性だ」
瀬川警部は自分達の初動捜査が遅かったという口調で話す。
「殺害されてからどこに遺体を隠したんだろう? 殺害場所が別だとなると、全員のアリバイが怪しくなるんじゃないのかよ?」
夏希はさっき瀬川警部が言った「ひまわり」のスタッフなどのアリバイがシロだと言った言葉に疑問を持つ。
「確かにそうなんだが、川岸さんの殺害時刻にアリバイがあり、遺体を移動させるまでに仕事をしていたせいもあり、殺害して遺体を移動させる事は無理だと判断して、シロだと結果になったんだ」
「ひまわり」のスタッフをシロだと決めた経緯を説明する瀬川警部。
その説明に納得出来ないでいる夏希。
(休憩があったとしてもどうにかなりそうだけどな。それに夏山さんも毒親の川岸さんを殺害しようと思えば出来るけどな)
「そういえば、あの人はなんであんなこと言ったんだろう・・・?」
ふと「ひまわり」のスタッフが言った言葉が頭によぎった夏希は独り言を呟く。
「どうしたんだ?」
聞き取れなかった瀬川警部は自分の耳を夏希に傾ける。
「いや、なんでもない
首を横に振った夏希は事件に一歩近付いたような気がしていた。