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哲平の思い

それから三日が経った。課外活動の翌日、息子が担任に殴られたという事で、義隆に両親が高校に苦情を言いに来た。それが大きく問題となり、哲平は無期限の謹慎処分となった。その間に哲平をどうするのかといった処罰が、理事長や校長、教頭が決めて下されるのだ。

哲平が無期限の謹慎処分となっている間の担任代理は、風紀と夏希のクラスの女子の体育を担当している玉川洋だ。夏希達はゲッと思いつつも、自分達の目の前で生徒を殴った哲平が謹慎中のため仕方ないと思っていた。

当の義隆は何事もなかったかのように普段通り登校している。それが夏希達にとって腹が立つ要因となっていた。

殴った哲平も悪いのだが、その理由を作ったのが義隆なのに、まるで反省をしていない態度で、平然として登校しているのがどうしても許せないでいた。そのことがあるせいか、クラスメートは義隆に対する風当たりが強い。それを知ってか知らずか、義隆は変わらず授業中に寝たり、ヤル気のない態度を取っていた。

義隆のその態度がさらにクラスメートを苛立たせていた。

その日の昼休み、夏希は美夕と悠美の三人で中庭でお弁当を食べる事になった。初めて悠美が三人でお弁当を食べようと誘ってきてくれて、中庭に来たのだ。

仁はクラスの友達と一緒に食堂で食べる約束をしたらしく、四限目の終了のチャイムが鳴り、教科書を机にしまうとさっさと教室を出ていってしまった。

課外活動の翌日から二日間、雨が降り続いていたが、今日はカラッと晴れ上がっていた。若干、中庭は濡れているところや水たまりがあったが、そこを避けて三人は座る。

いつもは教室でお弁当を食べている夏希と美夕だが、中庭で食べる今日はピクニック気分だな、と二人は思っていた。

「山上先生が無期限の謹慎処分か・・・。また担任が変わってしまうのかなぁ・・・」

お弁当を食べている途中、悠美が手を止めて言う。

一度、前の担任から哲平に変わっているため、もう変わって欲しくないという気持ちが言葉から滲み出ていた。

「謹慎処分の理由が理由だからな。最悪の場合、教員免許剥奪っていうのもあるかもな」

美夕は再び担任が変わっても仕方ないというふうに言う。

「それは嫌だな。そもそも山上先生をこんなふうにしたのは増田君じゃない? 今までだってずっと山上先生は我慢してきたんだよ。殴ったのはいけないことだけど・・・」

この先、自分達のクラスは大丈夫なのかと心配になる悠美は、義隆の態度も悪いと指摘する。

「確かに増田も悪い。まぁ、生徒に手を出したヤマテツのほうが悪質だって校長も考えたんだろう」

夏希はどっちも悪いのではないかと思っていた。

だが、哲平が義隆を殴ったところを思い出した夏希は、今でも衝撃なものを見たという思いは消えなかった。むしろ、これから先、忘れる事はないだろう。

「しかし、あんなことがあっても増田はいつもどおりに学校に来るなんて、どんな神経してるんだろうな。オレだったら来れねーよ」

美夕は自分だったら・・・と置き換えて言う。

「それは言えてるかも。ホント、増田の神経図太いよな」

夏希も言われてみれば・・・と思う。

「殴られたとはいえ、増田も停学にすべきだったかもな。それか、反省してる態度が見受けられたら、ボク達の見る目が違ったと思うけど、そうではないからな。いつもどおりだから余計に腹が立つ思いが沸き立ってくるんだよな」

続けて、夏希は自分の思いを話す。

「赤谷さんの言うとおりだよ。でも、状況的には山上先生が悪いんだよね。いくら私達が増田君も悪いって言ったところで、何も変わらないんだよね」

悠美は自分の無力さを思い知らされていた。

「こればっかりは仕方ねーよ。増田の両親が乗り込んできた以上、ヤマテツに何か処分を下さないといけないんだから・・・」

美夕も悠美と同じように思っていたが、それを言葉に出さずにいた。

(高田さんが言った事はクラス全員が思ってる事だって。あそこでヤマテツが殴らず我慢してれば何か違ってたと思うんだけどな。今までの増田の態度や言葉遣いにはヤマテツも相当我慢してたみたいだしな。ひまわりの所長が注意しつつも理解してくれた事がせめてもの救いかな)

夏希はお弁当を食べながらぼんやりと思う。

同じクラスメートでも義隆の態度に苛立ちを隠せない事もあるのに、教師だと生徒に腹を立つ事をされても苛立ちを隠さないといけない。そうだとしても難しい時期の多感な高校生を相手にしているのだから、苛立ちやストレスは相当ものだろう。

だが、哲平のあの状況だけはマズかった。それは全員が思った事だった。

夏希は思った事なのだが、哲平は殴るという形になってしまったが、相手が哲平じゃなくてもいつかは誰かが義隆に何かするのではないかと思う気持ちが駆け巡っていた。そう思った理由は、クラスメートは義隆をいいように思っていない。そんなところから、もしかしたら、誰かが義隆に文句を言ったりするのではないかと次第に思うようになっていた。

夏希の予感は的中したが、まさか哲平が殴る行為に至るとは思ってもみなかった。当たり前だが、それだけは夏希にも予測は出来なかった。

「その話はそこまでにして、課外活動のレポート書かないといけないんだよな。かったるいよなぁ・・・」

美夕はいくら議論しても哲平がやったことは帳消しにならないと思いながら言う。

「レポートか・・・。書く気が起こらないな」

レポートの存在を忘れていたというふうに憂鬱になりながら悠美が言う。

レポートとして、一人二枚の原稿用紙を渡された夏希達は週明けの月曜日に提出するように、と洋から言われた。

「原稿用紙二枚もあるんでしょ? あぁ、書きたくない・・・」

ため息まじりの悠美はどんなことを書けば良いのか悩んでいるようだ。

「ボクも書きたくない。課外活動に参加するのはいいけど、レポートは書くのは嫌だな」

悠美と同じ気持ちの夏希は、思わずため息をついてしまう。

その様子を見ていた美夕がケラケラと笑い出す。

「今竹さん・・・?」

突然、笑い出した美夕に首を傾げる悠美。

「いや、なんでもねーよ」

ケラケラ笑ったままの美夕は、二人が同じようにため息まじりの事に笑いが止まらなかった。

「笑いすぎなんだよ。まぁ、ひまわりで課外活動をやった事や感じた事を書けばいいとおもうけどな」

笑っている美夕を横目に夏希は言う。

「山上先生も作文みたいな感じでいいって言ってたもんね。レポートさえ書けば何も言われないでしょ」

また担任が変わってしまうかもしれないという一抹の不安を抱えながら、悠美はそっと言う。

「あ、そろそろ行かないと・・・。次の授業、体育だよね。玉川先生に怒られちゃうよ」

悠美はスマホに表示されている時計を見て慌てて言う。

「ヤバッ・・・。そうだな。早く行かねーとな」

美夕も慌てた様子でお弁当をカバンにしまった。










その頃、無期限の謹慎処分となった哲平は、一人暮らしをしているアパートで敷きっぱなしになっている布団の上に寝転がっていた。築二十年の1Kのアパートは、教師二年目の夏から住み始めている。

哲平は布団に寝転がったまま、天井を見つめていると何度目家のため息をつく。そして、窓の外に視線をやる。平日の穏やかな太陽の日差しは、謹慎処分になった哲平の心を掻き乱されているような感じがしていた。

無期限の謹慎処分になってから、まともに食事をしていない。というより、そんな気分にはなれないというほうが適切かもしれない。

それもそのはずだった。自分の教え子に暴力を振るってしまったからだった。そんな時にまともに食事をしろというほうが無理だった。

「ひまわり」に課外活動に行った翌日の二限目の途中、義隆の両親が血相を変えて高校に来たのだ。職員室でどうなっているんだ、と怒りわめいた後、教頭になだめられて、校長室に連れられてきた。授業を終えた哲平はわけがわからないまま、校長室に呼び出され、そこで初めて事の重大さに気付いた。

義隆を殴った時点で事の重大さに気付いていたのだが、そこまで大事になるとは思ってもみなかった。義隆の両親が高校に乗り込んできた事で改めて自分のやった事の後悔が増していた。

校長から事実確認が行われ、殴った事は間違いないと認めると、義隆の両親の怒りは頂点に達した。父親からは胸ぐらを掴まれた哲平は、教え子に手を出したのだから何をされても仕方ないと思っていたが、殴られる寸前で校長が止めに入ってくれた。そして、校長から無期限の謹慎処分を言い渡された。

教員免許を剥奪されるかもしれない事態に追い込まれた哲平は、そうなったら実家に帰り、別の職業に就く事も考えていた。だが、自分が受け持っているクラスの事が心配だった。特に夏希と美夕の事が気がかりだった。せめて今担任を受け持っているクラスを卒業まで見届けたいと思っていたが、それは出来そうにないと思った哲平は、自分は人間としても教師としても未熟だったと痛感せずにはいられなかった。

本当は教え子に暴力を振るうつもりはなかったのに・・・。今までずっと義隆の言動には我慢してきたのに・・・。自分が殴った事で義隆の心に傷を負わせてしまったという思いを一生背負って生きていかないければいけない事に、哲平自身後悔してもしきれないでいた。

そこに哲平のアパートの呼び鈴が鳴った。あまり出たくない気分だったが、体を起こし、玄関先に向かう。ゆっくりとドアを開けると、そこには授業をしているはずの洋がいた。

「玉川先生!? 何してるんですか!? 今、授業中ですよね!?」

突然の訪問に驚いてしまう哲平は、夢でも見ているんじゃないかと思ってしまうくらいだった。

「五時間目の授業は自習だ。無期限の謹慎処分を受けたから気になってな」

洋はなんでもないように接してくれる。

「まぁ、中に入って下さい」

哲平は洋を家の中に入れる。

急いで布団を二つに折り畳んで、二人分のお茶を用意した哲平は、その一つを洋に差し出す。

二人の間に沈黙の空気が流れる。同じ教師とはいえ、上司を目の前に緊張している哲平はお茶を少しずつ飲みながら、洋の顔をそっと見る。目の前にいる上司は哲平の謹慎処分を気にしていない素振りだ。

哲平でさえ、生徒と同じように洋をどこか怖いと思う節があった。一概にどこがとは言えないのだが、いかつい顔や風貌がそう思わせているのかもしれない。

「少しやつれたような気がするが、無期限の謹慎処分が堪えてるか?」

やつれた哲平を見た洋は、気にかけるような口調で聞く。

「まぁ・・・少しは・・・」

正直に答える哲平は緊張気味だ。

「玉川先生、生徒達はどうですか? きちんとしていますか?」

続けて、哲平は教え子達の事を聞いた。

「大丈夫だ。みんな真面目にしてるよ。まぁ、オレだからだろうが・・・」

洋は苦笑しながら答える。

「そうですか」

それを聞いた哲平は安心した表情を見せた。

洋はその表情を見ると、哲平がどれだけ生徒の事を思っているのか窺い知れたような気がした。

「率直に聞くが、なんで増田を殴った? 今までの我慢してた堪忍袋の緒が切れたか?」

義隆の言動を知っている洋は、殴った理由を聞いてみた。

「堪忍袋の緒が切れたといえばその通りです。課外活動の日、老人ホームの利用者に態度が悪いと注意されてキレるのを見て、とっさに増田を殴っていたんです。もちろん生徒を殴るのは言語道断という事はわかっています。学校内なら教師が注意すればいいんですが、今の言動のまま社会に出た時に困るのは増田なんです。増田の親御さんがきちんと言い聞かせているとは思うんですが、教師である自分にも多少の責任があるんじゃないかと思って・・・」

哲平は堪忍袋の緒が切れた事を認めつつ、自分の中にある思いを話した。

義隆は今まで哲平が受け持った中で一番厄介な生徒で、なんとか反抗的な態度を直して、社会に出て欲しい思いがあったのだ。

それを聞いた洋はわかったというふうに頷く。

「その気持もわかるし、山上先生からすれば増田は厄介な生徒だという事も重々承知だ。だが、生徒を殴った事は関心しないな。学校側の判断を待つしかないが、もし学校に残る事があれば、他の先生達に白い目で見られる事は覚悟しておいたほうがいいぞ」

そう忠告する洋。

「わかっています」

反省している哲平は素直に頷く。

「山上先生のその気持ち、校長や教頭に伝えておくよ」

無期限の謹慎処分の事を思ってか、少しでも軽くなるようにと思った洋は、さっき哲平が言った言葉を伝えておくと約束した。

「ありがとうございます」

ありがたい気持ちで礼を言う哲平。

「それより性同一性障害の二人はどうなんだ?」

夏希と美夕の事が気になっていた洋は聞く。

「変わらずですが、なんとかクラスに馴染んでいます。担任を受け持っていますが、女子じゃないような気がしていて・・・。男子と接しているような気がしています」

哲平は二人が気がかりだが、どうしたいのかは本人自身だと思いながら答えた。

「そうか。クラスに馴染んでいるのなら問題はない。特に赤谷は転入生だからな。今竹と馬が合ったのは良かったと思うぞ」

洋はそう言うと、前に課外授業に夏希から言われた言葉を思い出された。

・・・教師として、まず人間としての道徳や気持ちとかを一から学んだほうがいいんじゃねーか!? 人に何かを教える前に、自分が教えてもらったほうがお似合いだ!!・・・

その言葉が洋の胸に刻まれていて、今でも忘れられない。

洋は大学卒業してから夏希の高校に体育教師として就職して、今年で二十年目だ。

元々、公務員である公立高校の教師に鳴るつもりでいたが、その試験に落ちてしまったのだ。どうしても教師になりたい一心の洋は、翌年に受けるつもりでいたが、母親にそんなことをするよりも私立を受けてみないとわからないのでは、という言葉で、渋々受ける事にした。そこで大学が提示していた求人票に夏希の高校の採用試験があるのを知り、行けたところ見事に内定をもらった。

その時の洋は私立が嫌なら何年か教師をしてから辞めて、別の職に就こうと思っていたのだが、なんだかんだで二十年の時が過ぎていた。今では母親の言葉がありがたいと感謝をしていた。

若い頃から勝ち気な性格といかつい顔で一年目から生徒に怖がられていたが、本人は全くそんなことはなかったし、そんなふうに怖がられるのは心外だった。だが、長年、教師をやっていると生徒に怖がられる事が心地良いと思うくらいだった。

しかし、それが夏希の言葉で初心を思い起こすような感じだった。まさか、生徒にそんなことを言われるとは思ってもみなかったし洋は、腹立つ気持ちも多少あったが、自分が忘れかけていた事を夏希が言ってくれたような気がした。

「赤谷や今竹、原口に増田・・・山上先生のクラスは、濃い生徒が勢揃いだな。今までこんなクラスを見た事がない」

洋はいかつい顔をフッと緩めて言う。

「そうですね。今まで担任を受け持ったクラスの中で忘れる事が出来ないと思います」

夏希達の顔を思い浮かべた哲平。

今まで担任を受け持ったクラスも忘れた事はないが、性同一性障害の生徒が二人いる今のクラスを忘れろというほうが無理だ。むしろ、性同一性障害の生徒がいるクラスを受け持っている事に誇りを持っているし、なんとか力になってやりたいという気持ちが大きかった。

今の哲平には気がかりな事があった。それは夏希の事だ。美夕もそれなりに気がかりなのだが、自分の事は自分で決める、我が道を行くタイプなので、そこまで深刻になるほどでもない。しかし、夏希の場合、性同一性障害の事で悩んでいると言っていたので、どうしても気になっていたのだ。

話を聞いた時、将来的には性転換手術を受けたいと思っている夏希にどういう言葉をかけたらいいのかわからないでいた。夏希が相談にのって欲しいと言ってくれば、話を聞くくらいはするが、迂闊に手術をしろや

するななど言えない。ましてや、母親が亡くなったばかりの夏希にそんなことが言えるはずもない。

「そろそろ学校に戻ろうとするかな。六時間目は自習にしていないからな」

夏希の事を考えている哲平に洋はお茶を一気に飲み干してから言った。

「わざわざ来ていただいてすいません」

我に返った哲平は来てくれた事に礼を言った。

「そんなことは構わない。同じ体育教師として早く山上先生に戻ってきて欲しいだけだ。無期限の謹慎処分になって、こんなやつれた山上先生を見るのは嫌だからな。すぐには無理だろうが、なるべく早く立ち直ってくれ」

洋は自分なりのエールを哲平に送った。

それを聞いた哲平は、洋の気遣いが嬉しかった。

「ありがとうございます」

落ち込んでもいられないと思った哲平は、自分の教師人生がどうなるのか心配になりながらも職場に戻る洋を見送った。
















それから数日が経った。依然、哲平の謹慎処分は解けていない。夏希達はこのままでは哲平がクビになるのかもしれない不安な気持ちから、クビの処分は確実なのではと思い始めていた。

あれから博士も校長に哲平の気持ちを伝えたのだが、未だ哲平が復帰しないところを見ると、夏希達同様にクビになるのではないかという思いが出てきた。

「ひまわり」のレポートを提出した夏希達はホッとしていたが、哲平の謹慎処分がいつまで続くのか心配していた。一度、春久が哲平はどうなったのか、高校に訪問くれた。哲平が無期限の謹慎処分だと聞くと、驚いた表情をしていた、と洋から聞かされた。

そんな話を聞かされても、事の発端である義隆の態度は変わらなかった。何の反省もない義隆を見た夏希は、自分のせいではない思いが強いのだろうという気持ちと共に腹立つ気持ちもあった。

何も変わらないまま普段通りの朝を迎えた夏希は、高校に行く時間まで施設でテレビを見ていると、事件が発生したというニュースを見た。それを見た夏希は驚いてしまった。

「ひまわり」の入所者である川岸房子が、夕方散歩に出た先の公園で何者かに殺害されたというものだった。食い入るようにニュースを見る夏希は、なんてことだと思ったのと同時に哲平が逆恨みをして殺害してしまったのではないかという思いが巡っていた。

房子のニュースを見た後、急いで高校に向かい教室に入ると、案の定、クラスメートの話の種は房子が殺害された事だった。

「夏希、ニュース見たか?」

登校してきた夏希に、仁が気付き、早速今朝のニュースの事を聞いてきた。

「あぁ・・・見たよ」

夏希は自分の机にカバンを置きながら返事をする。

「まさか、山上先生が犯人ってわけじゃないよね?」

悠美は不安な思いを言葉にのせる。

「そんなわけねーだろ? ヤマテツは人殺しなんてする人間じゃねーよ」

悠美と同じ事を思っていた仁だが、それを否定するように言う。

「ヤマテツが犯人だなんて信じたくねーよ」

夏希は哲平が犯人だと考えたくなくても嫌でも考えてしまう。

「意外と山上が犯人だったりしてな」

不安にしている夏希達をよそに義隆が何事もないような表情で言ってきた。

「何疑ってるんだよ? 元はお前のせいだろ?」

「そうよ。増田君が川岸さんとトラブルになったから、山上先生が謹慎処分になったんじゃない」

仁と悠美は交互に怒りをぶつける。

「そんなこと知らねーよ。殴ったのは山上だろ? オレのせいにするなよ」

義隆はそんなこと知った事じゃないという口調で言う。

「いやいや・・・トラブルになって殴られたのはお前のせいだろ? 謹慎処分になったのは自分のせいじゃないって思ってんのか?」

別の男子がこんな時に自分のせいじゃないと言い切ってしまう義隆に腹を立てながら言う。

「なんでオレのせいなんだよ? オレは殴られた被害者だ。オレは何も悪くない。悪いのは山上だ」

義隆はそう言うとイスにふんぞり返る。

「ひまわり」での出来事から反省の色が見えないと思っていたクラスメートは、義隆の言葉でさらに苛立ちを見せた。

夏希が義隆に言い返そうとしたその時、

「増田、オレは被害者だって言うのは言い過ぎじゃないのか? 殴った山上先生も悪いが、その原因を作った増田も反省しないといけないんじゃないか? なんでも人のせいにして、しかも自分は悪く無いって言うのは人間として最低だと思うが・・・」

一連の話を聞いていた洋が、夏希達の背後から義隆を諭すように言ってきた。

いつもなら怒って言うところだが、今の洋は違った。担任が無期限の謹慎処分中で、課外活動に行った先の人間が一人亡くなった事を知り、不安になっている生徒を見ていると、怒って何かをいう気持ちにはなれなかった。

「とにかく全員席につけ。増田にもみんなにも話したいことがある」

洋は立っている生徒に席に着くように促すと、話をする事にした。

義隆はお説教を聞きたくないという表情だが、きちんと話しておきたい事があると洋は思っていた。それは哲平の家に行った時に聞いた話だ。

こんな時だから話しておかないと後悔してしまうと思ったのだ。幸運にも担任を受け持っていない今、夏希のクラスの担任代理をしている。哲平の気持ちを代弁出来るのは自分しかいないと思っていた。

「ニュースで知っていると思うが、課外活動先の入所者の方が亡くなった。ここにいる全員は、山上先生が殺害したのではないかと思っているかもしれないが、捜査が行われたばかりだからまだなんともいえない。警察からの報告を待とう。それに、山上先生は人を殺害するような人間ではない事くらいわかっているはずだ」

心配している夏希達に励ますように言う。

「そこで山上先生の思いを全員に伝えたいと思っている。クラス全員というより増田に向けての思いだ」

そう言う洋の目は義隆を捉えていた。

それを聞いた義隆は、鬱陶しそうな表情をしているが戸惑っている様子も見受けられた。

「今まで山上先生は増田に散々注意をしてきたよな。それは今のままの増田では社会に出た時に辛い目に遭うのは増田なのは山上先生だってよくわかっている。今、お前達は学生だから教師がなんとか守ってやることは出来る。だが、社会に出れば、そういうわけにはいかない。学生のような感覚ではいられないし、守ってくれる人もいない。だからこそ増田にどれだけ嫌われようと、どれだけ嫌味を言われようと口を酸っぱくして注意をしてきた。そんな山上先生の気持ちは増田はわかっていたはずだよな」

洋は確認するように義隆に問う。

だが、義隆はお説教と思っているのか、鬱陶しくてたまらないという感じだ。

「山上先生の思いは増田に限った事ではない。このクラス全員も社会に出て困って欲しくないという思いがある。増田が社会に出て困ってもいいと言うのであればそう伝えておくが、山上先生は放っておく事はしないだろう。それに、山上先生が何もしなくなれば、社会に出て困るのは増田だ。社会は増田が思うほど甘くない。これだけは言える」

そう言い切ってしまう洋は義隆だけではなく夏希達にも言える事だという意味合いを込めた。

洋の言葉を聞いた義隆以外の生徒は胸に刻みつける。

一方、義隆は鬱陶しそうな様子から何かが変わったような様子に変化していった。

それを見た洋は自分の言葉を通じて、哲平の気持ちが伝わったんだと確信していた。

「山上先生の気持ちはこんな感じだ。まぁ、本人の口からではないからあまり勝手な事は言えないが・・・」

洋は自分の口から言える事はこれくらいだというふうに言う。

無期限の謹慎処分が解けたら、哲平の口からきちんと自分の気持ちを話すだろうと思ったからだ。

「山上先生と会ったんですか?」

一番前に座っている悠美が哲平の気持ちを話した洋に聞いた。

「会いに行った。この前、女子の体育を自習にした時があっただろ? あの時だ」

正直に答えた洋。

答えを聞いた女子は、それで自習だったのかと納得した。

実はというと、その日の朝のショートホームルームの時には洋がいたはずなのに、なぜ体育の授業を自習にするのか。しかも、授業後のショートホームルームには教室に来たので、何があったのかと女子の間で話が上がっていたのだ。

なぜ体育の授業を自習にしたのか、洋から説明がされなかったため気になって仕方なかったのだ。

「余談だが、赤谷、今回の事件は関与するのか?」

ショートホームルームを終える前に一つ聞きたい事があった洋は、夏気に事件に関与するのかどうか確認しておきたかったのだ。

それを聞かれた夏希は、そこまで考えていなかったため何も答えられないでいる。

「まだ何も決めていないのか?」

何も答えない夏希に聞く。

「まぁ、そうですけど・・・」

予想外の確認の質問に、戸惑いながらも返事をする夏希。

「そうか。お前の事だから関与するだろうが、自分としてはあまり関与してほしくないな。担任代理で面倒臭いわけではないが、担任が不在の中、これ以上、山上先生に負担をかけるような事はあまりしたくないからな」

洋は思わず本音を漏らす。

「大丈夫ですよ。事件に関与してもヤマテツに迷惑をかけるような事はしませんよ」

夏希はいつもどおり強気に言ってのけた。

それを聞いた洋は強気だなという表情を見せながら、関与するんだなと思っていた。

「それなら逐一報告しろ。担任代理とはいえ、山上先生のクラスを受け持っている生徒だから何かあれば責任を取らないといけないからな。わかったな」

洋は厳しい表情で夏希に言う。

なぜか夏希が事件に関与する方向に向かっているが、夏希も考えたところで事件を解決する結論に達するので、事件に関与すると決めつけられても嫌な気持ちにはならなかった。

クラスメート達も夏希が事件を解決するだろうという思いがあった。

今までの夏希の事件の解決ぶりを見ていると、嫌でも事件に関与せざると得ない感じがしていた。

「ショートホームルームはこれで終わりだ。一時間目は数学だったな。準備をして教科担当が来るまで待っておけ」

洋は一限目が始まる寸前に気付き、少し長い朝のショートホームルームを終えて教室を出ていった。

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