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トラブルメーカー

中間テストが始まる前日、夏希のクラスが行く老人ホームが決まったと朝のホームルームで哲平から報告された。

夏希の高校からバスと電車を使って、一時間のところにある「ひまわり」という老人ホームだ。

あれから哲平は色んな老人ホームに電話をかけたが、人数が多すぎるため老人の負担になるかもしれないという理由で断られてばかりだった。二十社目の老人ホームに電話をかけた哲平は、ダメ元で事情を話すとすんなりと了承の返事が返ってきた。それが「ひまわり」だった。

哲平はホッとするのと同時に、断られ続けた時に思っていた第二希望を決めないといけないという不安な思いは消え去った。

内心、老人ホームで課外活動をするという事にこれでいいのかという思いはあったが、決まった途端、これでいいんだという確信に変わった。

そして、テスト四日目に「ひまわり」に哲平一人で行く事になった。経営者から事前に話がしたいと申し出があったのだ。テストで忙しいのに・・・と思った哲平だったが、向こうの都合もあるだろうと思い、それを口にする事はなかった。

中間テストが終った三日後、老人ホーム「ひまわり」に行く事になった。朝のホームルームが終わった午前八時四十分、夏希達のクラスは高校から歩いて五分のところにあるバス停に向かった。正門には夏希と同じ学年の生徒が担任と共に課外活動の場所に向かうため校舎から出てきている。

午前十時前、老人ホーム「ひまわり」に到着した。駅から徒歩十分、大通りから少し外れたところにそれはあった。そんなに大きくなくこじんまりしている。中に入ると、職員から大きめの部屋に誘導された。

部屋に入って少ししばらくすると、「ひまわり」の経営者だと思われる年配の男性が、三十代後半の女性と共に入ってきた。

「ひまわりの所長をしている本田春久といいます。今回は高校生のみなさんが課外活動として老人ホームを訪問したい。その中にひまわりを選んでいただいて嬉しく思っています。今日一日だけですが、貴重な体験をしていただけたらと思っています」

白髪交じりの穏やかな本田春久は、優しい口調で言った。

六十三歳という年齢もあり、お腹がでっぷりと出ているが、グレーの長袖のポロシャツに紺のジャージのズボンがよく似合っている。

「隣にいるのが、娘の綾子です。ひまわりの副所長をやってくれています」

「本田綾子です」

紹介された本田綾子は会釈をしてから名乗る。

三十八歳だが、若々しい派手なワンピースを着て、茶色のロングヘアで性格がキツそうな感じだ。

「今から第一部屋に移ってもらい、利用者さんと一緒に交流を持ちましょう」

春久は早速だと言わんばかりに立ち上がる。

部屋から出ると、第一部屋と言われた大広間に移った。

「ひまわり」は一階は受付に第一部屋と第二部屋の二つの大部屋、会議室、食堂、職員の部屋。二階と三階が入所している入所者の部屋で、二つのフロア全部で二十部屋あり、1Kの一人部屋だ。

デイサービスは平日のみだけで、毎日でも週に何日かでも利用可能なのだ。時間数は決まっているが、一日の利用人数の制限は設けていない。

第一部屋に移った夏希達のクラスは利用者と交流を持つ事になった。

「今日は高校生のみなさんと交流を持ちたいと見学に来てくれましたよ。今日だけですが、みなさん楽しく交流を持ちましょうね」

春久は来ている利用者に優しい口調で言う。

それを聞いた利用者は笑顔になる。

「フンッ! こんなガキどもに来てもらってはいい迷惑だよ」

他の利用者が喜んでいるのをよそに、一人の女性利用者がうっとうしそうな表情で言う。

「川岸さん、そんなこと言わないで下さいよ」

年配の女性ヘルパーが川岸という利用者をなだめるよう言う。

「迷惑なものは迷惑だよ。ガキどもがいるだけで邪魔になるだけじゃないか」

うっとうしそうな表情のままそっぽを向いてしまう。

「みなさん、すいません。川岸さんはいつもあんな感じなんですよ」

春久は申し訳なさそうに謝る。

「川岸さんという方ですか・・・?」

哲平はあ然としながら聞く。

「えぇ。川岸房子さんといって、ひまわりの入所者なんです」

春久は年配の女性ヘルパーになだめられている川岸房子の事を話す。

房子は七十八歳の白髪交じりの中肉中背で、性格がキツイというのが顔に出ている。

この房子を見た夏希は、増田みたいだな、と内心思っていた。

「高校生のみなさんと交流を持つ前にヘルパーさんは集まってくれませんか?」

春久は自分の元に集まるようにスタッフに声をかける。

第一部屋にいる三人のスタッフが集まった。

「今いるヘルパーを紹介しますね」

春久がそう言うと一人ずつヘルパーを紹介する。

一人目が房子をなだめていた明石千香子。ヘルパー歴二十年の千香子は、「ひまわり」の立ち上げの頃からいる。気の強そうな感じがするが縁の下の力持ちといった感じの女性だ。

二人目が寺内美紗希。前職は中小企業の営業をやっていた。背が高くて大人しい感じだが、真面目というのがよくわかる。

三人目が中山大樹。福祉大学に通っていてヘルパーになった。色黒の短髪で、いかにもスポーツマンタイプの男性だ。

「所長さん、早くしてくれよ。高校生の若いもんと一緒に交流したいんだけどな」

そこに一人の男性利用者が夏希達の交流が待ちきれんとばかりに春久に言う。

「わかりましたよ、上原さん。では、みなさん、行きましょうか」

春久はヘルパーの紹介はそこまでにしようかと笑顔で言う。

「今日は全員で何人の利用者さんがおられるんですか?」

哲平は利用者の元に行く生徒を見ながら春久に聞く。

「今日は三十七人です。一クラス分ですね」

「結構な人数ですね。少人数だと思っていました」

参加人数を聞いた哲平は意外だという口調で言った。

「現在、入所者は少ないんですが、デイサービスを利用するお年寄りは多いんですよ」

春久は利用者を見ながら話す。

そして、夏希達は利用者と歌を歌ったり簡単に身体を動かした後、個人でゲームをしたりお喋りをする事になった。

「君はワシと似てお調子者だなー」

春久に夏希達と早く交流を持ちたいと言った上原進一郎が、仁に嬉しそうに話す。

進一郎は細身の体型で一見怖そうだが、話してみると怖いイメージは払拭してしまうくらいの人柄だ。

「小学生の頃からお調子者だと言われていましたよ」

仁も楽しそうに進一郎と話している。

「そうだろ? ワシもそうだったよ。お調子者で人を笑わせるのが好きなんだよ」

進一郎は自分の青年時代と仁を重ねているようだ。

その様子を見ながら、哲平は安心した表情を浮かべている。

「上原さん、嬉しそうですね」

そこに一人の女性利用者が二人の会話の輪に入ってくる。

「さよ子さん・・・」

その女性が来た瞬間、進一郎は顔を赤らめてしまう。

「私は島崎さよ子です。上原さんはひまわりに入所してるけど、私はデイサービスとして通っているのよ」

島崎さよ子は自分の名前を名乗った上で、デイサービスとして通っていると仁に話す。

さよ子は小綺麗な格好をしていて、いいところの奥様といった感じの女性だ。

「上原さんはお調子者だけどみんなを笑顔にしてくれるのよ」

「さよ子さん、そんなにワシの事を褒めないでくれよ」

顔を赤らめている進一郎は、さよ子にそう言われると恥ずかしいようだ。

「上原さん、もしかして、島崎さんの事が好きなんだろ?」

仁は進一郎を冷やかすようにして肘を突く。

「な、何を言っているんだ!? バカな事を言い出して!」

進一郎はさらに顔を赤らめてあたふたしながら言う。

「あ、この様子は図星だな」

ニヤリと笑う仁は、お年寄りでも恋をする気持ちは一緒なんだなと思っていた。

「そうなのよ。上原さんから好きだと言われているのよ」

さよ子は進一郎の気持ちを知っているのか、冗談交じりで笑いながら言う。

「お互い同い年で、子供や孫はいるけど、パートナーとは死別してるからお付き合いをしてもどうってことはないのよ」

続けて、さよ子はパートナーがいないため付き合っても何の支障もないと話す。

「そうなんですね。上原さん、頑張らないとですね」

仁はフフフ・・・と笑いながら言う。

「原口、あまりからかうなよ」

一連の流れを見ていた哲平が、仁に注意をしにくる。

「わかってるよ」

「いいんですよ、先生。原口君を怒らないでやって下さい」

進一郎は注意しにきた哲平に言う。

「いやいや・・・」

そう言われた哲平は苦笑いしながら頭を掻く。

「先生はからかうなって言うけど、原口君はクラス一人気なんですよ」

そこに悠美も加わって、仁の良いところを二人の利用者に教える。

「高田、良い事言うじゃねーか」

仁はいいところに来てくれたと言わんばかりに言う。

(高田さんは仁の事が好きだから、そういうふうに言うんだろうな)

クラスの中で悠美の気持ちを知っている夏希は、悠美がそういうふうに言う気持ちがわかるなと思う。

「そういうところはワシに似てるな。女に褒められると調子に乗るところとかな」

進一郎はハハハッと笑いながら言う。

「上原さん・・・」

進一郎の言葉に、さすがの仁も言葉を失ってしまう。

「孫くらいの男の子にそういうこと言わないの」

さよ子は仁をからかうものではないとやんわりと忠告する。

「いい歳して男と女がイチャイチャして・・・」

そこに夏希達に毒付いてきた房子は再び毒付く。

「川岸さん、別にイチャイチャしてなんかいないよ」

進一郎は房子にそんなことはないと否定する。

「してるじゃないか。現にアンタはこの女の事が好きなんだろ?」

房子は進一郎の気持ちをバカにするような言い方をする。

それを聞いた進一郎は今までにない怖い表情をする。

二人のやりとりのせいで、楽しい空気がピンと空気が張り詰める。

「川岸さん、そこまでにして下さい。いつも利用者に突っかかってばかりで・・・。次、そういうことをすると退所させますよ」

仕事を一段落終えて第一部屋に入ってきた綾子が、房子の言葉が耳に入り近付きながら言う。

「なんだい? ここの副所長はそういうことを言うのかね?」

房子は意地悪そうな表情をして綾子に言う。

「あなたはいつも問題発言ばかしして、他の入所者が嫌がっているのをわかっているでしょう。そんなだから入所者と仲良くなれないんではないですか?」

綾子は他の入所者の気持ちを的確に言う。

綾子の言っている事は最もだった。進一郎やさよ子、他の入所者と仲良くしようとする素振りは見せない。それは房子が嫌味を言ったりして毒付くため、仲良くしたいという人は誰一人としていないのだ。

「嫌がっているって言うけど、誰もそんなこと言ってないじゃないか。一体、誰が嫌がっているんだい?」

房子はさっきより一段と大きな声で綾子に突っかかる。

房子のその大きな声は、夏希達や他の入所者を不安にさせていた。

「そこまでにして。副所長も言い過ぎですよ」

春久は場の空気を読んで止めに入る。

綾子は父親が止めに入ったという事もあり、これ以上何も言う気はなくなってしまった。

「川岸さん、機嫌を直して、高校生のみなさんと仲良くしましょう」

何事もないようにいう春久は、房子には困っているという思いが口調に出ていた。

「仲良くなんてしたくないね。私は部屋に戻るよ」

房子はそう言うと、再びさっさと自分の部屋に戻っていってしまった。

「綾子、何も退所してくれと言わなくてもいいじゃないか」

春久は自分の娘である綾子に注意をする。

「あれくらい言ったって構わないわよ。第一、お父さんだって川岸さんには迷惑してるじゃない」

綾子は対処してくらいは言っても構わないと言ってしまう。

「川岸さんは大切な入所者だ」

「あんな人が大切な入所者だって言うわけ? 信じられない。あんな人がいなくたっていいじゃない。川岸さんを退所させて、別の人を入所させたほうがいいわよ」

綾子は別に房子がいなくてもいいと言い張る。

「言い過ぎだ。さぁ、仕事に戻ってくれ」

春久はこれ以上、綾子に何も言わせないように仕事モードに入った。










午後十二時になり、食堂で利用者と共に昼食を取る事になった。房子も昼食になると食堂に来ると思われたが来る事はなかった。

房子が食堂に来る事はないとわかった夏希は、内心ホッとしていた。房子のキツイ性格は、元々の若い頃からなのか、色んな人生を送ってきたからなのか、どちらかの理由でキツイ性格になったんだろうなと思っていた。

今日の昼食はお弁当だ。利用者用に考えられた薄味で、夏希達からすれば少々物足りないが、利用者の事を考えればそんなことは言っていられなかった。

「仁、すっかり上原さんと仲良くなったな」

夏希は向かいに座った仁に言う。

「まぁな。ワシに似てるって言われるのもなんだかな」

仁は進一郎に似ていると言われて微妙な気持ちでいた。

「オレは似てると思うぜ」

夏希の横に座っている美夕が何事もないように言う。

「オイオイ・・・増田の次は上原さんかよ?」

「そんなに嫌なのかよ? 別に上原さんは親近感を持って言ったんだから、素直に受け止めろよ。利用者だってオレらと交流出来て嬉しいって思ってるんだから・・・」

美夕は食べる手を止めて言う。

「わかってるよ。でも、ひまわりの利用者って楽しそうにしてるよな。一人は除いて・・・」

仁は房子の名前を伏せて言う。

「お金はかかるけど家にこもってるよりかはいいと思うぜ。同年代と交流出来るからな」

夏希はカップにお茶を淹れながら言う。

「それはあるかもな」

美夕はそう言った後に女性のヒステリックな声が玄関先から聞こえてきた。

その声は奥に進むごとに大きくなり、所長である春久を探しているようだ。一緒に食事をしている春久は、声の主が誰だかわかったようで、一息つく間もないほどまた一悶着あるなというふうに立ち上がった。

食堂に入ろうとする女性に美紗希が止めに入る。

「寺内さん、いいんだよ」

春久は美紗希に構わないと食堂に入る事を承諾する。

「さっき母から電話があったんだけど、副所長が出て行けって言ったらしいじゃない!?」

女性は綾子が言った言葉はどういうことなのだと鬼のような形相で詰め寄る。

房子の娘だと思われる事は夏希達にも容易に想像がついた。

「申し訳ないです。副所長も悪気があって言ったわけではないんです」

「悪気がなければ何を言っても言いわけ!? 冗談じゃないわよ! どういうことなのか、ちゃんと説明しなさいよ!!」

怒りを春久にしか向けていないその女性は、夏希達や他の利用者がいることに目が入っていないようだ。

「利用者に突っかかるような事を言ったためですよ」

「だから出て行けっていいと思ってるわけ!? いい加減にしなさいよ! 少しは母の気持ちも考えなさい

よ! ああ見えて繊細な人なのよ!」

その女性はお金を払っているのだから母を労えと言う。

「細心の注意を払っているのですが、なかなか川岸さんにわかっていただけないもので・・・」

春久は自分達も出来る限りの事はしているという口調だ。

「母の話を聞いてる限りそうは思えないけど!?」

その女性はその言葉は聞き飽きたと呆れた表情をする。

「とにかくもっと今まで以上に細心の注意を払ってちょうだい! 母の部屋に行ってくるわ」

そう言い放つと踵を返すようにしてプリプリと食堂を出ていく。

それを見た春久は、毎度の事で疲れたというふうにしてため息をつく。

「本田さん、あの人は・・・?」

哲平は少しの興味本位がありつつ、春久にさっきの女性は誰なのかを聞く。

「お騒がせしてすいません。あの方は川岸さんの娘さんで夏山幸子さんです。川岸さんに何かあればいつもああやって怒鳴ってくるんですよ」

春久は何事もないように答える。

それを聞いた哲平は母娘で性格が似ているんだなと思っていた。

「川岸さんの娘さんはこの近くに住んでいるんです。せめて、ひまわりより遠い場所に住んでいてくれたらそこまで怒鳴りこんでくるようなことはしないんでしょうけどね」

夏山幸子を止めに入った美紗希がため息まじりに言う。

「そうなんですね」

仁はさっきの出来事から間もないのにと思っていたが、美紗希の言った事を聞いて納得した。

幸子は五十歳で少し老けて見えるが、房子同様、キツイ性格だがひまわりに入所している母を大事にしているのだ。

それを春久達はわかっているのだが、いくらお金を払ってもらっているとはいえ、あそこまで毎度怒鳴りこむような事をすると、しかも房子も入所者に突っかかるような事言うため、綾子ではないが退所してくれと言いたくなる。房子の扱い方には春久を含め全員が困り果てているのが現状だった。

「色んな方がおられるんですね」

哲平はあまり検索してはいけないと思い、そう言うしか出来なかった。

午後に入り、何人かのデイサービスを利用している利用者は帰り、夏希達は見送りをする事になった。さよこはデイサービスの中でも最長の七時間を利用している。

あれから幸子は三十分ほど房子の部屋にいると仕事があると言い、ひまわりを後にした。それを聞いた春久はホッとした表情を見せた。

「谷さん、お願いしますね」

千香子がデイサービスの利用者の送迎をしている谷勝彦に言う。

「はいよ」

勝彦は大丈夫だという意味を込めて返事をする。

六十六歳の勝彦は六年前に長年勤めていた会社を定年退職をして、一年半ゆっくりと家で過ごしていたが、まだまだ自分は若いと思い、ひまわりのデイサービスの送迎する仕事に再就職した。

勝彦が運転する送迎車はゆっくりと玄関から出て行く。それを見届けた夏希達は再び中に入る。

「午後からは何をするんですか?」

哲平は春久に何をするのかを聞く。

「午後も午前中と同じように利用者と交流してもらえればいいですよ」

春久は笑顔で答える。

夏希達が第一部屋に戻ると、見送りに来なかった義隆が部屋から出てきた房子と口論している声が聞こえてきた。それをさよ子が止めに入っている。

「なんだよ!? クソババア! オレ達が来てやってんのにその言い草はなんなんだよ!?」

房子に気に入られない事を言われたのか、大声で文句を言う義隆。

「すいません。うちの生徒が酷い事を言いまして・・・。どうかしましたか?」

異変に気付いた哲平はすぐさま二人に駆け寄り、房子に何があったのかを聞く。

「このガキの態度が悪いから注意してやったんだよ。そしたらこのとおりキレたんだよ」

今朝から義隆の態度が気に入らなかった房子は、義隆を目にした瞬間に態度の悪さを注意したのだ。

「増田、注意されたからって怒鳴る事はないだろ? さぁ、謝るんだ」

義隆を注意する哲平は、今までに見た事がない険しい表情になる。

「なんで謝る必要があるんだよ? 最初に言ってきたのはこのババアだろ?」

謝る必要がないと思った義隆は反抗的な口調で哲平に吐き捨てるように言った。

それを聞いた哲平は今まで義隆に溜まっていた鬱憤の糸がプツリと切れてしまった。

その瞬間、理性を抑えられず義隆を拳で殴ってしまった哲平。

その姿を見た夏希達はショックのあまり言葉が出てこなかった。

哲平に殴られた義隆はその場に倒れ込み、口から出血しているのを手で抑えて哲平を睨みつけている。

自分の拳を見た哲平は初めて生徒を殴ってしまったという気持ちが出ていた。

どんな理由であれ生徒を殴るということはしてはいけないからだ。それを哲平自身わかっていたのに、自分の生徒に手を出してしまった。哲平は自分の拳を見て、改めて自分は大変な事をしてしまったという思いが溢れ返っていた。

「先生、そこまでにして下さい。先生の気持ちもわかります。わかってらっしゃると思いますが、今のはやりすぎだと思います」

春久は哲平を咎めつつ、その気持ちもわかるという事を伝えた。

「訴えてやるからな。オレ、やってらんねーから帰るわ」

義隆は睨みながら立ち上がって哲平にそう言い放つと「ひまわり」から出ていった。

「やれやれ・・・今のガキは教師に殴られたくらいで訴えるなんて言い出して・・・。まったくこれだからガキは・・・」

房子はまるで自分は何も悪くないといった口調だ。

「川岸さん、あなたにも責任があるんですよ」

春久は無関係はないと房子に厳しく言う。

「私しゃ、何もしてないよ。ただ注意しただけなんだから・・・」

房子はまるで他人事のようだ。

(この婆さん、とんでもないトラブルメーカーだな)

夏希は何様なんだよという目で房子を見ていた。

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