第三十四話 爆発の外で
「なんだ、あれは――火柱? あんな物は初めて見る」
遠方からにも関わらず、響いた爆発音。
瞳の竜パープリーアテントを討伐に向かう兵士たちの何人かは、遠方に立ち上る炎の柱に目を奪われた。
上へ上へと昇る火柱は空高くまで上がるとその先端が膨れあがり、キノコのような形に変形する。
そして、輪っか状の白い雲が徐々に広がってゆく――。
「場所は中央地域の外れ辺りか。もしや、リチュオンたちか?」
大人数の討伐部隊を指揮する身であるレバンも、他の兵士たちのように空高く上がる爆発を見た。
しかし、ほんの二、三秒で目をそらす。
何かあったのだろう。
レバンもそれぐらいのことはわかっていた。
しかし、事が起こっているとしても、今いる場所からは遠すぎて何も出来ない。
触れられない物をどうにかしようなどと、レバンは思わない。
そしてなにより今、この場所で戦闘行為が起こっているというのに、下手をするとここで死ぬかも知れないのに、他のことに気を回すなど愚の骨頂だとレバンは思っていた。
「グィギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィ!」
「リプリス! 右の奴を抑えな! その間に私がこいつを――殺す!」
今現在、レバンたち討伐部隊の目の前では三メートルほどはありそうな同種族の竜三体と、デュラム王の四騎士と呼ばれるマリア、リプリス、シルヴィス、ミレイユ――四人の女性たちによる激しい戦闘を繰り広げていた。
三体と四人が入り乱れて行う戦闘は、常人たちが立ち入る隙などない。
レバンと数多くの兵士たちはただ呆然と見守るだけだ。
「激しい戦闘だな――あの時よりも」
レバンはアムバスの町での攻防を思い出しながら、三体の竜を見た。
四騎士の強さをよく知っている兵士から聞いた話だと、今彼女たちが戦っている三体の竜は――かなり強いらしい。
というより四騎士が手こずっている時点で、もう普通の人間では手が付けられないのだという。
もし、ここに四騎士がいなければ部隊は蹂躙されて、瞳の竜と戦う前に終わっていた可能性さえあったかもしれない――そんな思考がレバンの頭をよぎった。
「グィギイイイイエエエエエエエエエエエエエエエ!」
竜たちが吠える。
レバンは三体の竜の名前など知らない。
ただ、その特徴から――レバンたちは勝手に手長竜と呼ぶことにした。
奴らは一見すると、普通のトカゲ頭に、羽、尻尾、おおよそは普通の竜の姿だ。
ただ、特徴いえば妙に長く普通の三倍近くはありそうな長い腕を持っていた。
そして、猿のように妙に軽快に動く移動速度。
なにより一番の強みは四騎士にも劣らない高度な連携だった。
恐らく本来、一体一体ならばそこまで強くはないのだろう。
「チィ! 仕留め損ねた!」
黒騎士の老婆は舌打ちする。
マリアの振り下ろした剣が、手長竜の右腕を斬り落としていた。
本来なら手長竜の首を断ち斬っていたところだが、もう一体の吐いた火球がマリアの体に当たり邪魔されたのだ。
火に強い耐性を持つマリアは炎による攻撃を全く受け付けない。
ただ、痛手にはならなくても多少の動きを抑制させる効果はあったようだ。
「くそっ! 思いの他厄介な奴らだね!」
苛立ちを隠せないのか、マリアが声を荒げる。
見ると火球を吐きマリアを妨害した竜は、二刀の短刀を持ったシルヴィスを遠くに吹き飛ばし、獣のように暴れるミレイユをその長い腕で地面に叩きつけていた。
「シルヴィスさん! ミレイユさん! 大丈――ぶびゅ!」
そして、白く大きな鎧に身を包んでいる少女リプリスが仲間二人の身を案じると同時に――その頭が吹っ飛んだ。
ミレイユと戦っていた手長竜の鋭く長い手の一撃が入ったのだ。
血が飛び、リプリスに付いていたバケツ頭の兜が地面に転がる。
頭を失ったミレイユの体は痙攣するように制止する。
その首から勢いの良い湧き水のように血が噴き出し、彼女の白い鎧を徐々に赤く染めてゆく。
「グィギイイイイ――バベッ!」
そして、その直後――。
相手を殺したと安心しきった手長竜の土手っ腹に――リプリスの大剣が深く突き刺さった。
頭部を失ったリプリスの攻撃により、手長竜は変な声を出し口から血を吐き出す。
殺したと思った敵から思わぬ反撃を喰らい、理解が追い付かず何が起きたのかもわからぬまま手長竜は絶命した。
「――」
頭が体から離れてしまったリプリスは当然喋ることが出来ない。
彼女はそのまま手長竜に足を掛け、深く突き刺さった自分の剣を引き抜く。
そして、次の敵を求めて首無しの騎士は当然のように動き出す。
「グィギイイイイ? ギャアアアアアアアアアアア!」
仲間の死を認識し、マリアに右腕を斬られた手長竜が吠える。
そして、竜は仇を討とうと口内に炎を含む。
頭を失い、体から血を流しながらも動き続ける異様な騎士に向け火球を撃ち込もうとした。
しかし、攻撃に移る前に――そのトカゲ頭が吹き飛んだ。
残念なことに頭部を失った手長竜はリプリスのように動くことが出来ないらしく、そのまま体は力なく地面に倒れ込む。
「あれが彼女の持つ竜殺しか――」
思わずつぶやいたレバンの視線には、先ほど手長竜に吹き飛ばされ地面を転がっていた四騎士シルヴィスの姿があった。
そして、その騎士の手には少しばかり歪で、彼女の着ている鎧のように白銀に輝く弓がいつの間にか存在していた。
どうやらシルヴィスは、地面に倒れたままその弓で手長竜の頭を射貫いたようだった。
「たしか名前は――ミーゲル、だったか?」
レバンはマリアから聞いた竜殺しの名称を何とか思い出す。
竜殺しの弓ミーゲル。
白銀の鎧を着るシルヴィスは四騎士の中で唯一竜殺しの武器を扱う存在らしい。
更にマリアから聞いた話によるとシルヴィスの得意とする戦い方は本来、二本の短刀による接近戦ではなく――虫を使った索敵からの、竜殺しの弓ミーゲルによる遠距離狙撃だという。
「まったく、本命に当たる前にこれじゃ先が思いやられる――」
面倒くさい仕事を終えたとばかりに、マリアがレバンたちの元へと帰ってくる。
その態度だけで、黒い鎧の下の老婆が苛ついているのがわかった。
だが、レバンは構わず声を掛ける。
「もういいのか? 竜はまだ一体残ってるぞ」
「ハッ! 残りが一体なら私がいなくてもじきに終わる。後は――早いか、遅いかそれだけのことだ」
「――そうか」
そう言ってレバンは正面を見直した。
三体目の手長竜は――左腕をミレイユに折られ、反撃しようと振り上げた右腕をシルヴィスに射られ、その胴体をリプリスによって斬り伏せられた。
かなりの痛手を負ったからか、手長竜はそのまま地面に倒れ込む。
そこへ騎士ミレイユは暴走した獣の如く、容赦なく襲いかかる。
「そういえば聞きたいことがあってだな――」
「あん? ウザったいね。なんなんだい?」
ミレイユによってなぶり殺しにされている手長竜を見つめながら、レバンはマリアに尋ねる。
「今回の目的地――どのような経緯で決まったのか不明瞭だ。タルスに聞いても要領を得なかった。なので、今度はあなたの口から色々と聞きたいと思うのだが――どうかな?」
「ああ――いいだろう」
そうしてレバンとマリア、二人が言葉を交わす向こうで竜の血肉が飛び散り続ける。
ミレイユの体が血まみれになっていた。
獣のような騎士は、竜の内蔵を引き摺り出して空に吠えた。
また、その傍らではリプリスが自分の落とした頭を首に乗せていた。
頭と首が接合しようとしているのか――ジグジグと変な音が鳴っていた。
***
忙しなく、目玉が動く。
体中に備わっている目玉のうちの幾つかが――向こうの空に大爆発を観測し、じっと見つめる。
しかし、瞳の竜パープリーアテントは、直ぐに戦闘中だというのを思いだし、全方位から迫る無数の敵に意識を戻した。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ピィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
死体だ。
死体の群れだ。
数えるのも億劫になるぐらいの死体の集団が、奇声を発しながら瞳の竜へと迫っていた。
それは人だったり、獣だったり、竜だったりと様々だ。
だだ、どの死体も共通していることは――どこかしらの部位が欠損していることだった。
あれだけの数の死体がありながら、五体満足で動くのはただの一つも存在しない。
ある人の死体は頭が無く、ある獣の死体は片足が無く、ある竜の死体は腕が無かった。
それでも死体たちは、生き生きと平原を駆けまわり瞳の竜へと接近しようとしていた。
「グルルルルッ――」
東地域を北上中のパープリーアテントもさすがにこの状況には足を止め、迎撃に乗り出した次第である。
既に一度、迫る死体をことごとく焼き払った後で、辺りは肉の焦げる臭いが充満していた。
竜は自身の近くにいた動く死体たちを一通り無力化したことにより、辺りを見回す。
未だ死体の集団は遠くから勢い良く迫って来てはいるが、まだ距離がある。
辺りを観察するのなら今なのだろう。
まず目に入ったのは、やはり死体の群れだ。
明らかにパープリーアテントを狙っており、ざっと数えても四、五百はいそうな様々な死体たちが飢えた餓鬼のように迫っていた。
そして、瞳の竜はその更に向こう――死体の群れの外を見る。
死体の群れの向こうには、喰らう竜ハイナセクサンの姿があった。
喰らう竜は腹部にある大きな口で、死体の集団を外側から次々と喰っていた。
そして、死体たちも喰らう竜を敵と見なしているのか、襲いかかっているようだった。
つまり、喰らう竜ハイナセクサンとは別にこの死体たちを操っている存在が、恐らくはもう一体強力な竜がいるのだと、パープリーアテントは確信する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!」
最強と呼ばれる竜は――吼えた。
敵の数と質が徐々に上がってきているのを、竜は肌で感じていた。
そして、それは――瞳の竜にとって喜ばしいことであった。
向かってくる敵を全て殺し。
戦力という戦力を根こそぎ殲滅する。
そうしなければ、パープリーアテントは次の段階へと進めない。
でなければ、最後に目指す存在まできっと辿り着けないのだから。




