第十七話 終わる平穏、地獄の始まり
「悪いなケイゴ、今の私は神に愛されている。きっとエレナ君も今日の私なら受け入れてくれるに違いない!」
「それ絶対に勘違いだから諦めろ! どっからその自信が湧いてくんだ? というかそれ以前に、今近くで馬鹿じゃないの――って声が聞こえたぞ! 既に負けてるから! 戦う前から終わってるから!」
俺は不毛な戦いに挑もうとする――いや、ただの自殺行為をしようとしているガルティを必死に説得しようとしていた。
この男、エレナの声が聞こえてなかったのか?
それとも聞こえてるのに、あえて告白しようとしてるのか?
そもそも何で俺がこんなことで、神経をすり減らさないといけないんだ?
しかも、俺がそんな苦労をしているにも関わらず、女性陣は自由気ままに会話をしているという。
「姉さんに求婚するとか、ガルティさんは罵倒されるのが好きな方なんでしょうか?」
「世の中色々人がいますからね。私の知り合いの魔術師にも蔑まれるのを好む人がいましたよ。そういう人にはエレナはたまらないのでしょう」
「うわ、あの女に惚れるとか頭おかしいんじゃないの? せっかく竜殺しの武器持ってるっていうのに、頭の方は残念なのね――」
そして、ガルティがエレナに惚れていると知って、ミリアとファリス、そしてリリスが好き勝手なことを言っていた。
俺も知ったときは三人と同じような感想だったし、よくわかる。
ただ、俺の場合その後、耳を引きちぎられそうになったけど――。
「――あなたたち、普段から私のことを何だと思ってるの?」
そしてエレナはみんなから散々な言われようをしたためか、珍しく少し傷ついているようだった。
「ええい! こうなっては仕方が無い――」
すると突然、ガルティが痺れを切らしたように叫びだす。
「私はエレナ君に告白したい。しかし、ケイゴは私の告白を阻止したい。すなわちこれは完全なる意見の食い違い。対立は明白だ。こうなっては埒が明かない――ならば! 方法は一つだけ! そう、決闘だ! 男同士が互いの意地を張るのなら、解決するのはこの方法しかないだろう!」
そして、突然何を言い出すのか、この男は?
しかし、決闘ねぇ? 決闘、決闘――そうか、つまりはこのままの流れだとガルティと戦ってみる、ということになるのか?
竜殺しの武器を持つという騎士との決闘――なるほど。
こんな誘い、俺の出す答えは一つに決まっている。
「なら、好きなだけエレナに告白してくれ。決闘なんてしたくないし。そこまでして止めるつもりもない。俺はおまえがどんなに振られようが、エレナがどんなに告白されような本当なら何の問題無いから。お好きなようにどーぞ」
何で俺がそんな面倒くさいことをしなければいけなのか?
そんなことする訳がない!
俺は道を空けるように動き、ガルティの前から移動する。
移動した、筈なのだが――。
「よし! そうと決まれば準備しなければ! 例え殺生なしの決闘といえども、そこらの武器で本物の竜殺し相手にするというのは酷というもの。私も本気で掛からねば! 竜殺しの盾の力、ついに見せつける時が来たようだな!」
「いや、やらねぇからな! なんでやる気満々になってんの?」
ガルティの脳内は既に決闘のことでいっぱいなのか、既に俺は奴と戦うことになっているらしい。
「それでは勝負はこの庭で、互いに準備が終わったら始めよう! そして勝った方がエレナ君を頂くということでよろしいな。うん、いやいい、言わなくてもわかっている。どちらが彼女に相応しいか、そろそろ決着をつけようじゃないか!」
「だから、人の話を聞け――ん?話も何か変わってない? なんで勝った方がエレナと付き合うみたいなことになってんの? っておい! 行くな、行くな、行くなー!」
ガルティの背中が遠ざかる。
渾身の叫びも、空しく庭の中で響くだけだ。
「え? マジでやるの?」
俺はただ呆然とその場で立ち竦む。
いやいや、絶対やだよ? 嫌ですよ、俺は?
いっそこのまま逃げちまおうか?
そう思いこのまま屋敷外への逃走も視野にいれて、どうしようかと考えていると背後から彼女が俺に言った。
「いいじゃない、決闘――」
エレナがようやくその重い腰を上げ――というかファリスとリチュオン今まではどんだけ腕立て伏せやってたんだよ!
俺がここに来たときからやってただろう、あの二人は?
どんな体してんだ――。
とにかくエレナは立ち上がり、俺に向かって言った。
「決闘して――そのまま二人とも死ねばいいわ」
「いや、何で勝者がいないの? 相打ち前提?」
これまた随分と辛辣なことを言う。
さっきちょっとヘコんでたからから、少しは自重するかと思ったらもう毒舌が爆発してるじゃないか。
なんでこんなこと言うのか――んっ?
そして俺はふと、エレナの顔を凝視した。
「エレナ、機嫌悪いのか? もしかして俺何か言ってた?」
すると、エレナは更に機嫌の悪そうな顔をしながら、俺を睨み付ける。
「別に、なんでもないわよ」
それだけ言って、彼女は屋敷の方へ向かっていった。
なんでもないのなら、なんであんなに機嫌が悪いのか?
女性というのはよくわからない。
***
「見物人が集まってきてるな」
俺とガルティが決闘するという話はものの数分で屋敷中に広がり、この広い庭には仕事を終えたメイドや暇を持て余していた騎士など数十人が集まっていた。
更にはメイド長にベラージュ、そして領主代理であるラテスまで到着し、椅子と日傘まで準備されていた。
「なんで私が――」
「まあまあ、たまにはこういうのもいいでしょう? あなたも楽しみなさいよ」
見たところラテスはエレナに嫌々連れてこられたようで、遠くからでもわかるほど不機嫌だ。
小柄な領主代理が乱暴に椅子の上に座るのが見えた。
「きゃーっ! ダーリン頑張ってー!」
「師匠、ちょっと落ち着いてください」
また違うところでは妖精のリリスがぶんぶん飛び回りながら、俺に声援を送ってくれている訳で――正直恥ずかしいので止めて欲しい。
ミリアも師匠を抑えるのに、もっと力を入れて欲しい。
「うおーっ! 団長! 団長! 団長―っ! 私も全身全霊をもって応援します! 勝ってください! 勝ってあなたの力を見せつけてください! 団長! 今日も素敵です! 団長おおおおおおっ!」
そして、数人の騎士と共に白薔薇騎士団の副団長オブランディスの姿が見えるが――うるせぇ。
リリスよりうるさい。
あれ、どうにかならないのか?
そして、その少し離れた所にはファリスとリチュオンが一緒にいた。
本当なら彼女たちは筋トレの後に実践的な手合わせをする予定だったらしいが、俺とガルティが決闘を行うということで、他と同じように見物するつもりなのだろう。
ただ、俺たちの戦いが終わったらやり合うつもりなのか、リチュオンの手には鞘に収められた刀が存在していた。
「さて、良い感じに見物人も集まってきた――始めようか」
ガルティは微笑んでいた。
微笑んではいたが、その瞳には――力が籠もっており、俺を凝視している。
ゾクゾクする。
体に電流でも流されたように、体が緊張してきたのが理解できる。
ああ、さすがに強そうだな。
この感覚――人間相手じゃ久しぶりだ。
ガルティからは今までのおちゃらけた雰囲気をどこか残しつつも、その内包はどうやって敵を打ち倒そうかと計っているのが感じられる。
竜殺しの武器に選ばれている男だ――弱いはずがない。
ファリスと同レベル、もしくはそれ以上の力量だと見ておいた方が良いか――。
あとは竜殺しの盾がどの程度の性能を持っているか。
「ケイゴ、紹介しよう。私の相棒、竜殺しの盾と呼ばれる存在、その名を――ゼブレル」
竜殺しの盾ゼブレル。
そう言ってガルティが俺に見せたのは――。
「なんだ? ――取っ手?」
竜殺しの盾だと言ったガルティの左手にあったのは――盾を構える時に掴む取っ手の部分のみ。
少なくとも俺の目には、攻撃から身を守るような遮蔽物となるような存在には見えない。
「もしかして、馬鹿には見えない盾とか――そういう物じゃないだろうな?」
「見えない盾か? そんな物があったなら面白そうだが、残念ながらそうじゃない」
俺の軽口にガルティも軽く笑いながも否定する。
竜殺しの盾はそんなにちゃちな物ではないと言うかのように――。
「この盾は特殊でね――状況によってその大きさや形をある程度自由に変えることができる」
そう言った直後だ。
ガルティの持っている取っ手から、灰色の物が広がったかと思うと一瞬にしてそれは形作られてゆく。
そして、ほんの一秒もしないうちに、一般の騎士が持つような盾が男を守るように現れた。
「なるほど、明らかに普通じゃない。確かに竜殺しの武器だ」
竜殺しの盾ゼブレルのその表面にある紋様が、微かにだが蠢いている。
竜殺しの武器はどれも精霊が宿っており、意思を持つ。
それゆえに生きてる武器とも呼ばれ、大体が非常識な能力を有している。
「じゃ、始めようか――」
竜殺しの盾を見せたことにより、俺の表情が変わったことに満足したのだろう。
ガルティは左手に竜殺しの盾を右手には剣を携える。
「ああ、そうだな――」
俺も同意すると、屋敷で借りた剣を両手で構えた。
今回はガルティのように盾は使わない。
俺は剣だけで戦うつもりだ。
庭で俺たちの様子を見ていた見物人たちも一斉に息をひそめる。
俺たちがそろそろ本気でやり始めようとしたのを察したのだろう。
あれだけうるさかったオブランディスはもちろん、リリスも竜殺しの盾をじっくりと観察したいのか珍しく黙っている。
「白薔薇騎士団団長にして、竜殺しの盾ゼブレルの担い手――ガルティ・エストール」
ガルティはそうして名乗ると、黙っていた。
ああ、俺にも言えと?
俺は本来そういうことをする人間でない。
だが、今回ばかりは強敵と相見えたからか――珍しく興が乗った。
「亡骸集めの竜殺し、竜墓標――ケイゴだ」
俺がガルティに習って名乗った瞬間――竜殺しの盾ゼブレルの紋章が一瞬強く反応し、また姿を変えた。
恐らくあの盾は、ガルティ以上に俺のことを警戒し始めた。
おもしろい、やってやる――。
「では尋常に――」
そう言いなががガルティは再度、盾を俺に向け構える。
俺も剣を構え、竜殺しの盾を、その先にいるガルティを見ながら――叫んだ。
「――勝負!」
俺とガルティの表情が一気に変わる。
両者相手を倒そうと、持っている得物に力がこもる。
そして、俺たちが間合いを詰めようと動き出した瞬間に――それは起こった。
――ダン! っと何かがぶつかった音がした。
それは屋敷を囲む塀の上部にぶつかりながらも、庭の中に入り込む。
嫌な音をしながら地面に落ちる。
「――えっ?」
それを見た誰かが素っ頓狂な声を出した。
俺もガルティも思わず足を止め、その入ってきた物に視線を向ける。
それはところどころが赤く染まっており、首が無い。
なんだ、あれは? 人間?
人間の死体?
そして死体が入ってきた塀の辺りから、再び音がしたかと思うと――大きな目玉が俺たちを見つめていた。
直径二メートルはありそうな巨大な目玉。
それは黒い外殻のような物に覆われており、浮遊しているように見えた。
しかも背後から数十本という触手が生えており、その先端には三本の鋭い爪が備えられている。
誰もが驚愕した。
今まで出会ったことのない――未知の化け物。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
目玉の化け物は、頭が痛くなりそうな耳障りな音を出し――その瞳を赤く光らせる。
「なんだ、こいつは?」
この時の俺はただ驚くだけで――。
これが後に、この国に刻まれた悪夢再来の予兆だったのだとはまだ知らない。
こうして、一時期の平穏はを終わりを告げる。
日常は反転し、死肉が溢れる地獄が迫る――。




