第十話 騎士と竜殺し、譲れない戦い
俺は怯える目で鬼のような形相になっているエレナを見る。
「お、おい。エレナなんなんだ、こいつ? そして俺は今まで生きてきて一番の恐怖を感じたような気がしたんだが――ってエレナ顔怖っ!」
「ケイゴ君、私が許すわ。その人に生まれてきたことを後悔させるぐらいの苦痛を与えて」
「いや無理。怖いんだけど、怖いんだけど。主に二人とも怖いんだけど! ――ひぃ、起き上がった!」
ガルティはまるでゾンビのようにゆっくりと起き上がる。
恐怖に駆られる俺は思わずエレナの後に隠れ、奇行極まる男の様子をうかがう。
だが、その瞳は確実に俺をロックオンしており――何か凝視されていた。
「んんっ? 男? この屋敷に男? まさか私は男の手に接吻をしようとしたのか?」
「そうよ。もう少しでかなり酷い光景を見せつけられるところだったんだから、私に謝って」
「いや、まずその前に弁明をさせてくれないか!」
「はいはい、好きに発言してちょうだい――」
エレナの気怠い対応に臆すること無く、ガルティは活力溢れる声で言い訳を開始した。
あと、一番に謝るべきはエレナじゃなくて俺だと思うんだ。
「まず私はずっとクローゼッとの中に居たために、目が利かなくなっていてね。外に出た直後は殆ど周りが見えていなかったんだ」
「あなた、私のことはわかってたじゃない?」
「それは愛しいエレナ君の声は外に出る前から聞こえていたし、目も全く見えていない訳じゃなかったからね。だいたいの人の位置ならなんとなくわかっていた! そしてこの屋敷の男女比はだいたい女性八割、男性二割といったところ――つまり高い確率で部屋の中にいるのは女性になる訳で、私がそこの彼に間違えて女性用の挨拶をしてしまうのはある意味しょうがないことだと思うのだ! ――どうかな?」
「目が慣れるまで待てばいいだけでしょう。馬鹿なの、あなた? いえ馬鹿だったわね」
「やれやれ、エレナ君は相変わらず辛辣だな。だが、そこがいい」
そう言いながらガルティは笑っていた。
女性にここまで言われて全く怯まないとは、俺だったら直ぐに心が折れるのに。
心臓の強度が高いな、この男――。
俺はそんなことを思いながら、ガルティを眺めていると――。
「しかし、エレナ君が来たのはついに私と婚約する気になったのかと思ったが、どうやら違うようだね。残念だ――」
「何、エレナと婚約――?」
とんだ爆弾発言である。
どういうことだ? 婚約? エレナが? この男と?
俺はガルティの口から聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず身を乗り出した。
エレナの前に出て俺はガルティと対峙する。
男は何やらにやついた顔で俺を見ている。
「そうだ。私は彼女を妻として迎えるつもりでいる。だが、どこの誰だか知らないが君には関係のないことだろう? 何か問題でも?」
「ああ、俺はエレナのことをよく知っている者として、あんたに聞いておかなければならないことがある――」
俺は息を大きく吸い込み――問い質す。
「エレナと結婚とか――正気か!」
すると間髪を容れずに背後から腕が現れ、俺の耳に激痛が走る。
「何? ケイゴ君、あなたも私に蹴られたいの?」
「いだだだだだっ! ごめんなさい、ごめんなさい! 別にそんな言葉の綾というか、なんというか――耳がもげる、蹴られる前に全力で耳がもげてしまうので、すみませんでした。勘弁してください、お願いします!」
当初エレナは俺の耳を引きちぎる勢いで引っ張っていたが、なんとか手を離してくれた。
くそっ、俺としたことが使う言葉を間違えた。
エレナが結婚するというあまりにも衝撃的な言葉を聞いて、思わず口を滑らせてしまった。
「え? というかエレナ、もしかして今まで帰ってこなかったのはこの男を結婚するからなのか?」
「そんな訳無いでしょう。なんで私がそんな男と結婚しなきゃいけないの?」
「そうですよね――」
やはり婚約云々というのは、あのガルティという男が勝手に言っているだけのようだ。
それにしても、婚約を求めている男が目の前に居るのにそれをバッサリ斬り捨てる辺り、エレナは凄いな――彼女らしいと言えば、その通りなのだが。
「やれやれ、エレナ君は手厳しいな。しかし私はまだ諦めるつもりはないのだがね――はっはっはっ」
そして、そんなエレナから酷い言われ用をされているにも関わらず、全く動揺する様子を見せず声を出しながら笑っているガルティも凄ぇ。
俺もこのメンタルは見習うべきなのだろうか?
「そう、彼女と初めて出会ったことは今でも鮮明に覚えている。訳もわからないまま頬を着く叩かれた時、私は強い衝撃を受け――そして恋に落ちた。あれ以来、私の熱い何かが目覚めエレナ君を追い求め続けている。求めるようになったのだ!」
なんだこの男? ただのマゾか?
何故かガルティは聞かれてもいないのにエレナに惚れた理由を言い出していた。
そういえばエレナが白薔騎士団との交渉で直ぐに手を出して取り押さえられたのはリリスから聞いていたが、まさかそれが恋のフラグになるとは、世の中わからないものである。
「あーあ、あの時の私は馬鹿ね。石か何かで殴っておけばよかったわ。そうすればもう少し頭の中まともになったかもしれないのに――今からでも遅くないかしら」
もっとも、それは完全に一方通行の恋のようである。
というかエレナの言葉が不穏すぎる。
このまま求婚しつづけていたら、あの男いつかエレナに殺さるんじゃないか?
「ところで今更だがエレナ君――この男は誰だ?」
本当に今更だな。
すると、エレナがしっかりしてくれという顔をしながらガルティを見る。
「前に話したでしょう? 彼がケイゴ君、うちで居候している竜殺しよ」
「ケイゴ君、ケイゴ君、竜殺し――おお、そうか! 君があの!」
するとガルティは再燃焼したかのように明るい顔をしながら俺に近づく。
その瞳はまるでかつての旧友と再会するかのように輝いている。
「そうか! 君があのケイゴ君か。話はエレナ君から聞いているよ。君とは通ずるところがあるようで、是非話してみたいと思っていたんだ!」
そう言ってガルティは俺に握手を求めてきた。
どうやら俺が竜殺しであることも知っているようだ。
ふむ、どうやら竜殺しの武器を扱うというガルティに俺が興味を持ったように、竜殺しである俺のことをガルティも気になっていたのだろう。
最初はどうせ相手はリア充なのだと――相互理解することは不可能だと思っていたが、話せば仲良くなれるかも知れない。
「ケイゴ君、いやケイゴと呼ばせてもらうか! 何せ君も、あれなのだろう――?」
俺は興奮しているガルティの握手に応じる。
そして彼は、物凄い良い表情をしながら――言った。
「――私と同じようにクローゼットの中をこよなく愛する者なのだろう!」
その瞬間、俺は握手を交わしたまま硬直した。
何馬鹿なことを言ってんだこの騎士は?
俺は握手しているガルティの手を乱暴に振りほどき、エレナを見た。
「何で俺がクローゼットの中、大好き人間になってんの?」
「知らないわよ。私はただ、ガルティがクローゼットの中にいるのは至高だって言ってたから、ケイゴ君も同じような趣味があるわよ――って言っただけよ」
「は? もしかして俺の引き籠もりのこと言ってんの? あれ趣味じゃないから! 儀式とか瞑想に匹敵する特別な行為だから! あれによって俺は心を落ち着け、悟りにも似た境地に自分を移行させる。そんな趣味とか、ちゃちなもんじゃないんだよ! エレナは引き籠もりの何たるかを粉微塵も理解していないくせに、何でそんな安易なことを口にしたんだ? そもそもエレナが引き籠もりを語るには百年早い!」
「なんかまた面倒くさいこと言い出すのが一人増えたわね――」
何やらぶつくさと小言を言われているようだが関係ない。
例えエレナであっても俺の引き籠もりを汚すのは許されない。
「どうやら話を聞いている限り――ケイゴ、君はクローゼットの信奉者じゃないみたいだな?」
先ほどとは打って変わって、鋭い目をしたガルティが俺の前に立っていた。
しかし、引き籠もりを敬愛する俺がその程度の眼光で怯むはずがない。
「悪いな。俺はあんたよりも(スケールとか存在の)大きい男なんでクローゼットの中なんて言う狭い領域に居続けるのは理解できない。元々の格が、望む世界の大きさが違うんだよ。クローゼットの外の世界になる――小さな一部屋こそが俺の領域。誰に異論は言わせない。それこそが俺の信奉するべき聖域だ」
「聖域? ほう、ずんぶんと面白いことを言ってくれる。聖域が単なる大きさで決まるものか! クローゼットの中の何が良いって? 暗くて狭いところだ。そして、私のこのクローゼットは入ることにのみ使用するため中には何も入っていない――そう、この中は無なのだ! 君のその聖域と言っている部屋もどうせ物という不純物がいくつも置いてあるのだろう? それに対して、私のクローゼットは本当に何もない。本当の――無。これだけでもう、どちらが聖域と称するに相応しいか、どちらの存在が格上なのか決まったようなものだな」
「はっ! そんなクローゼットの中の何が聖域だ。そんな暗くて狭いところただの拷問部屋だろう? ガルティ、あんたはわかってない。手足も自由に動かせず伸ばすことも出来ない場所が聖域になるはずがない。そんなところは人がいるべき場所じゃないだよ。人が自由に手足を解放することが可能で、精神的に安らぎを覚えられる部屋の中には敵うはずがないんだよ!」
「解放されていればいいとは低俗な考えだな、ケイゴ! 君はクローゼットの中の神秘性というのをわかっていない。クローゼットの中は何に似ていると思う? それは母親の母胎だ! 人はクローゼットの中に入るところによって、失ってしまった原初の感覚を、母親の腹の中に居たときの懐かしい記憶を呼び起こす! そうして人は安らぎを得ることが出来るのだ!」
「母親の腹の中だ? それはあんたが親離れ出来てないだけなんじゃないか? 小さいガキじゃないんだから、ちゃんとした部屋の中で引き籠もるべきだな。そんな狭い世界にこだわっているから、いつまでも成長できない。部屋の中で引き籠もる喜びを感じ取ることができないんだよ――おい、エレナもなんか言ってやれ!」
俺は同意を求めるためにエレナに話しを振った。
するとエレナは俺とガルティ二人を見て、一言。
「あなたたち、気持ち悪いわね」
随分とエレナは辛辣だった。
俺は納得がいかず、思わずエレナに詰め寄る。
「なんでだ? ガルティは母親の腹の中がどうこう言って気持ち悪のはわかるぞ。だが、俺はそんな気持ち悪い発言は一切してないだろう?」
「私からすれば一緒よ。大差ないわ」
すると、ガルティも我慢できなくなったのかエレナに近寄る。
「エレナ君、いくら君の言うことであろうともこれだけは譲れない。私のクローゼットと信奉と彼の部屋信奉――それこそ天と地ほどの差がある。それを一緒にされるなど――私の騎士としての誇りを侮辱される以上に許しがたい! さあ、訂正してください!」
「おお、そうだ! それはガルティの言う通りだ! ガルティ、良いこと言った。今すぐ訂正しろ! そしてエレナは俺たちに謝ってくれ! 俺たち二人の大事な物を安易に侮辱したことを謝るべきだ!」
「あなたたち、本当に死ぬほど面倒くさいわね――」
エレナの顔は何とも形容しがたい顔になっていた。
敢えて言うなら――無様さと、気持ち悪さと、惨めさを併せ持った何かを目の当たりにしたようなそんな表情である。
なんだ、そんなに謝るのが嫌なのか?
さすがエレナ、強情だな。
「ああ、それより――もうなんでもいいから、二人して早く風呂に行ってきてよ。そして、早く出てきて。後で私たちも入るんだし」
そして彼女は俺たちに直ぐに風呂へ行くように言ってきた。
そいういえば最初はそれが目的だったな、すっかり忘れてた。
「風呂の準備? おお、言われてみればケイゴからワインの香りが――なるほど、理解した。ケイゴ来たまえ、私が案内しよう。この屋敷に存在する特別豪華な大浴場、きっと君も喜ぶだろう。そして、そこで先ほどの決着を付けようじゃ無いか。どちらの主張が真に優れているかを!」
「おお、上等だ。何時間でも付き合ってやる。結論が出るまで相手をしてやろうじゃないか」
「ほう、敵ながら良い気構えだ、ケイゴ。ふっふっふっ、どうやらこれは長い戦いになりそうだ――」
ガルティは不敵に笑いながら、部屋の外へと向かう。
俺も闘争心を剥き出しにしながら、奴の後をついてゆく。
「あー、私たちも入るんだから長くなると困るんだけど――あの二人、浴槽の底とかに沈んで一生浮かんでこなければいいのに」
部屋から出た直後、エレナがそんなことを言っているのが聞こえた。




