第五話 確実に迫る暗雲
日が落ち始めた頃、俺たちを乗せた馬車はアムバスの町へ到着した。
「おお、思ってたより規模がデカいな――」
馬車を降り町の正門をくぐり抜けた俺は、目の前に広がる町並みに多少ながら感心した。
一目見ただけではどこまで続いているのかわからない長く高い塀の中に、建造物が規則正しく並んでいる。
たぶん、町の景観を重視するように計画的に建てられているのだろう。
どれもこれも建物はしっかりとした造りで、どこぞの俺が住んでいるような村とは偉い違いである。
しかも、そこらに金属類の装飾品を販売している露店がある。
銅像などの芸術品なども至るところに設置されている。
十分町の中を見て回るだけでも楽しめそうな雰囲気だ。
「こんな町があるなんて全然知らなかった」
「結構有名な町のはずなんですが――」
田舎者丸出し状態の俺が町並みに感激していると、その後ろでレバンが何とも言えない表情をしていた。
俺は思わず言い訳をする。
「いや、俺はさあ。あんまりこっちの地域来たことがないとうか、来ることがないんだよ。北地域とか、東地域はよく行くんだけど――」
「え、ケイゴさん、珍しいですね――北地域によく行く人なんて初めて聞きました!」
するとリチュオンが隣にやってきて、珍品でも発見したかのように俺を見た。
「東地域はともかく、北地域は結構こう? 言い方が悪いですが、あそこ物凄い土地が多いだけで特に何もない場所ですよね? 私も少しだけ通りましたけど」
「ええ、まあ、はい――そうです」
俺はリチュオンの珍しい人扱いにビビり、思わず敬語を使ってしまう。
え、何? 北地域ってそんなに人気ないの?
俺、あそこの風景は好きだから、思いのほか低評価で結構ショックなんですが――。
しかし、リチュオンは俺の心情を察することもなく、グイグイと話を進めてゆく。
「ケイゴさんの住んでる村って中央地域でも、確実に南寄りですよね。なんでわざわざそっちの方面に行かれるんです?」
うん、まあ、リチュオンの言う通りなんだよな――。
北地域って荒れた大地ばっかりで、山とか谷とか無駄に多くて、人もあんまり住んで無い。
確かにそうなんだけど、そんな珍しい人みたいな言い方しなくても――。
それに北地域っていかにもファンタジーっぽい場所で結構格好良いと思うんだけど。
「まあ、なんだ。東地域と北地域は出るんだよね、竜が。特に北地域なんかは」
「――ああ、なるほど」
俺の――竜が出るという理由一つで、リチュオンはまるで全てわかったかのように納得していた。
この子、俺のことを竜が現れればどこへでもホイホイ行くような男だと思ってないだろうな?
確かに俺は竜殺しだが、四六時中ずっと竜のことばかり考えているわけじゃないんだが――。
***
レバンとリチュオンに連れられ、俺はアムバスの町にある大型の館にやってきた。
どうやらここは、この町の役所のような物らしい。
話によると今日ここで竜討伐のための説明会やら会議のようなものをやる――といういか、俺たちは少し町に着くのが遅れたので予定では既に始まっているとのことだ。
もっとも竜殺しである俺はこの町に行く途中、馬車の中である程度の話は聞いているし、レバンの推薦なので遅れても全然問題ないらしい。
館の前には二人の男が門番のように立っていた。
彼らはレバンの顔を見るなり頭を下げ、静かに扉を開ける。
もしかして、このレバンとかいうおっさんはこの町では結構偉い地位なのか?
「奥の大広間で集まっているはずです。行きましょう」
レバンに連れられ俺は一緒に大広間まで進んだ。その後ろをリチュオンがついて行く。
館内は薄暗く、不気味なほど静かだ。
三人分の足音を響かせながら俺たちは大広間の扉の前まで辿り着く。
「それでは開けます。ケイゴさん、話の最中ですので静かに入室をお願いします」
そう言ってレバンは扉を開けた。
大広間の中は両端に備えられている無数の蝋燭で明るい。
中は教壇のようになっており沢山の椅子が並んでいる。
そして竜討伐のため呼ばれたであろう男たちがそこには存在した。
――傭兵っぽい奴らと、あれは騎士か? 二種類いるな。
部屋の左側にはいかにも荒事をやっていますという傭兵であろう男たちが固まっていた。
その数は八人。
ある者は椅子に乱雑に座り、またある者は壁に寄りかかっていたりと、バラバラな位置で話を聞いている。
部屋の右側には質の良さそうな鎧と武器、そして育ちの良さそうな顔をしている騎士たちが五人いた
皆、きちんとした姿勢で座り、綺麗に椅子を並べている。
この両陣営の内の数人は、大広間に入ってきた俺たちに一度視線を向けた。
しかし、彼らは直ぐに興味なさそうに顔を戻し、この部屋に入ったときから唯一喋り続けている男に視線を戻す。
「と言うわけでこの――この町における現状を――」
部屋の奥、一段高くなっている舞台のようなところで、眼鏡を掛けた気難しそうな男が説明を行っていた。
眼鏡の男はレバンの存在に気づくと一度話を止めそうになったが、無理矢理に話を続ける。
「このアムバスの町は金属加工が主な産業だ。装飾品となる貴金属は勿論、武器などの製造もしており、その技術力の高さから中央地域にある王都からも注文を受けるほどだ。しかし、最近になって他の地域からの顧客も年々増え続け、材料の調達と商品の配送が追いつかなくなってきている――」
「この辺りは、山や谷が多いですからね。整備されている街道とはいえ、中央地域に行くためには山を大きく迂回しなければならない」
騎士の中で一番身分の高そうな金髪の男が、さらっと会話に入る。
眼鏡の男は頷いた。
「その通りだ。そこでこの町の西側にある渓谷に大型の橋を作る計画が持ち上がった。この橋が出来上がれば交通の便が格段に向上し、この町は更に発展することが出来る。しかも、この件は王都の方にも話が入っており、橋を建造するための補助金まで出してくれるという話だ」
「そうか、補助金まで出すとは随分期待されてるな。だが、そのせいで完成させない訳にはいかなくなったってことか――」
続いて傭兵側のリーダー格と思われる顔に傷のある男が喋る。
「そして――そんな中、現れやがったのが例の竜か――」
顔に傷のある男が竜という単語を発すると、眼鏡の男はその単語に反応したかのように少々声を荒げた。
「そうだ! 竜だ! よりにもよってこんなタイミングで現れたのだ。最初はこの町にいる人員で排除を試み、この町にいた七人の戦士が挑んだ。しかし、生き延びたのが一人だけだ。とてもじゃないがこの町の人員では対応出来ない。そこで今回は君たちのような戦いのプロに依頼をお願いした訳だ」
戦いのプロねぇ――。
眼鏡男の話を聞いた俺は、ここに集められた男たち見回す。
一人一人の戦力を軽く見定める。
「相手がどんな竜か知らないが――軽く全滅だろ」
「ちょ、ちょっとケイゴさん。危ないこと言わないでください。そんな失礼なこと、前にいる荒っぽい人たちに聞こえたらどうなるかわかりませんよ。下手すると竜と戦う前に、ここで乱闘騒ぎです」
ボソッと俺が呟いたことを、リチュオンがご丁寧にも拾い、勝手に慌てていた。
俺は一応、リチュオンに気を遣い、声量を下げる。
「しかし、本当のことだからなぁ。ぶっちゃけ、そこまで強そうなのいないぞ。そこそこ強そうなのは、騎士グループのリーダーっぽい金髪と、傭兵グループのリーダーっぽい顔に傷のある男ぐらいだぞ」
「だから、そういう失礼な発言、私どうかと思うのですが――」
「じゃあリチュオン。おまえあそこにいる男どもと戦ったら勝つ自信あるか?」
「そんなの――あるに決まってるじゃないですか。私の方が絶対に強いです。全員と戦ってもきっと勝てますよ。殺し合いなら軽くなます切りです」
リチュオンは自信満々に言い切った。
俺も面倒くさい性格しているが、この人斬り娘も大概だと思うんだ。
若気の至り――っていうのも何か違う気がする。強いて言えば――天然と狂気が入り交じってる。
「君たち二人――彼らの前では口開かないでくれよ。絶対に面倒事になるから」
レバンが心配そうな目で俺とリチュオンを見つめる。
何? 俺、リチュオンと揃って問題児扱いなの? 同レベルなの?
俺は何か釈然としない物を心に抱えつつも、気を取り直す。
「ところで、あの真ん中で喋ってる眼鏡の男は何者なんです?」
俺が指さすと、レバンは素直に答える。
「彼の名はマッゼス。一応、私の補佐になっている男だ。わかりやすく言うと、今回の竜討伐作戦で二番目に偉いことになる」
へぇ、というかこのレバンとかいうおっさん――さらっと自分がこの場で一番偉いって言ってたな。後のこと考えて媚び売っといた方がいいのか?
「じゃあもしかして、あの傭兵らしい集団と騎士らしい集団のことも把握していると?」
「ああ、勿論だとも」
レバンは当然だと頷いた。
「左側が西地区では結構有名な傭兵集団でね。頬に傷のある男がいるだろう? 彼があの集団の頭領で名前をガインという。盗賊団を二つほど潰したことがあるらしい」
――相手は竜だし、盗賊相手とか関係なくない?
俺はそんなことを思ったが、とりあえずレバンの話の続きを静かに聞いた。
「右側がこの南地区の主要都市ガナルタの防衛も任されているルファナ騎士団の者たちだ。その中でも今猛烈な勢いで強さを身につけ、ベテラン勢に追いつかんとするのが金髪の彼――ルーラス・ラフェードという青年だ。なんでも次期団長候補になるのでは? という噂も立っているとか」
至極どうでもいい情報だ。どれもこれも内容が普通だし。
なんかもっとこう頭おかしいような強い奴とかいないのかね?
リチュオンが良い例だよな。
やっぱりそこそこ強い奴ってどこか頭のネジが外れてるもんだ。
そう思いながらリチュオンを見ていると、彼女は俺の視線に気づいた。
「ケイゴさんどうしました? 私に何か付いてますか?」
「いや、やっぱり他の奴らと比べると、おまえには強者の要素があるな――と思っただけだ」
「え? そんな唐突に? でも、嬉しいです――」
するとリチュオンは両手を頬に当て、何やら恥ずかしそうに体を揺さぶった。
「でも――急に何てこと言い出すんですか、恥ずかしい。ケイゴさんに突然斬り掛かっても反応出来るかな、って考えてたのに。これじゃあ、刀振る手が鈍っちゃうじゃないですか――」
この女――マジやべぇな。
純情そうな可愛らしい動きをしながら、とち狂ったことを言ってやがる。
というか、ここでこの女褒めてなかったら、俺はどこかで襲われてたの?
俺がリチュオンの言葉にドン引きしている間も話は進んでいた。
ついに内容は討伐するべき竜の情報へと移る。
「唯一生き残った生存者からの報告だ。敵となる竜は分類的には小型で、その大きさはおよそ三メート程だそうだ。二足歩行をして、かなり太っているらしい。丸々とした姿をしているそうだ。そして攻撃方法だが、炎を吐かず槍のようなものを飛ばすらしい。竜と接触する直前に槍のような物が視界外から飛んできたとの報告だ」
眼鏡の男マッゼスが話す竜の内容に、男たちは食い入るように聞き入った。
まあ、これから殺し合いをする相手の情報だ。無理もない。
俺も事前にレバンから聞いていたにも関わらず、思わず耳を傾けてしまった。
そしてリチュオンは小さな声で俺に耳打ちする。
「そういえば話を聞いたときから疑問だったんですが、二足歩行でしかも炎を吐かず槍を飛ばす。そんな竜が本当にいるんですか?」
「ああ、いるいる全然いる。というか最近は割と奇形型が増えてるからな。オーソドックスなデカいトカゲに翼の付いたようなのは昔よりは見なくなったし――ん? 話し終わったか?」
すると大方の説明を終えたのか、マッゼスが集まった男たちに質疑応答を求めていた。
おっと、これはうかうかしてられない。
「悪い、リチュオン。ちょと行ってくる」
「え、どこにですか?」
リチュオンが目をぱちくりさせる。
「あと、レバンさん。大変申し訳ないんですが――この場がちょっと滅茶苦茶になるかもしれまんので」
「えっ? ええっ? ――えええええっ!」
続いてレバンは俺の言葉に頭が付いていかないようだ。
「ちょっと好き勝手やせてもらいます」
俺はそう告げると、前に向かって歩きだした。
堂々とした足取りで、マッゼスの元へと向かう。
「なんだね、君は――」
マッゼスの怪訝そうな視線が、眼鏡越しに俺を見る。
いやきっと、ここにいる全ての人間が俺を見ているのだろう。
俺はマッゼスを背に向け、竜討伐のために集められた傭兵と騎士たちを見た。
そして奴らに言い放つ!
「俺は竜殺しと呼ばれるケイゴという者だ。俺が見る限りおまえら全員力不足、みんな俺の足手まといだ。今直ぐ荷物をまとめて、この場から去って家に帰れ! だが、もし! 万が一! 俺に不満があるな掛かってこい! この竜殺しが、丁寧に病院送りにしてやろう!」