第四話 竜退治へ、行くまでの道で
『竜殺しさん――ですよね? お会いしたいと思ってたんです。はじめまして――』
最初は、まるで自分にファンが出来たみたいで嬉しかった。
『いやーケイゴは凄いね。僕なんてまだまだ――』
確かに実力は俺の方が上だったが、一緒に行動しているうちに奴の方が凄い人間だとわかった。
『ケイゴはきっと僕なんかよりずっとずっと鍛錬をして、強くなったんだろうな』
俺はその時、適当に自慢するようなことを言って誤魔化した。
『ああ、僕はどうやったら君のように強くなれるんだ――』
俺は結局――死に行くあいつに、何も言えなかった。
俺は自分で強くなった訳じゃない。
俺は何も積み重ねていない。
何の苦労もしていない。
中身が無いから何も語れない。
どうやったら強くなれる? ――わからない。
なんでそんなに強いの? ――知らない。
だって、他人の体だから――。
***
「――夢か」
思わず、蚊の鳴くような小さな声を漏らした。
俺は小刻みに震える馬車の中で、目を覚ます。
何故か、少し汗をかいているようだった。
同じく馬車の中にいるリチュオンとレバンは、俺の変化には気づかなかったらしく、得に反応は見られない。
――なんか、疲れたな。
最初は強く覚醒したかに思えたが、しばらくすると頭が空転し使い物にならないこと気づく。
同時に、今見ていたはずの夢の光景が思い出せなかった。
それは遠くに見える幻想のようで、過ぎ去った後の光景のような――。
懐かしくも有り、忌々しくもある――矛盾した感覚だ。
「ケイゴさん、もう少ししたら休憩を入れますので」
俺はレバンに話し掛けられ、離れそうになっていた意識を戻す。
何事も無かったかのように彼に視線を移す。
「休憩の後は、目的地であるアムバスの町まで向かいます。この調子なら、五時間程度ですかね。まあ、夕刻前には町に着くでしょう」
***
アムバスの町へ伸びる街道の脇で馬車が止まった。
お世辞にも広いとは言えない馬車の中では、座っているだけでも疲れるものだ。
リチュオンとレバンの二人は気分転換のためにも、外へ出る。
「やっぱり外は、全然違いますね」
風と日光を直接感じ、リチュオンは体を伸ばした。
そして、おもむろに馬車に視線を、その中にいる男を気にした。
『俺の強さは、お前のように誇れるような物じゃないんだよ――』
リチュオンは一昨日、ベリファールの村でケイゴの言ったことが頭から離れなかった。
何故、こんなにも気になるのか考えた。
どうしてケイゴの一言がこんなにも気になるのか?
馬車で移動している間、ずっとこのことを考えていた。
考え抜いた結果、彼女は――おおよそだが自分の気持ちに検討を付けた。
出した答えは、ケイゴの言葉が意外だったから。
もっと正確に言うと――竜殺しと呼ばれる人間から、あんな弱気な言葉が出るとは思わなかったから。
リチュオンのケイゴへの第一印象は――よくわからない男だった。
自らを竜殺しと主張し威張っている男かと思えば、明らかに雑用だと思われる部屋の掃除をしていたり、住ませてもらっているとはいえ宿屋の店主であるエレナに明らかにいいように使われている。
――本当に竜を殺せるような男にしては周りからの扱いがぞんざいだし、ケイゴ自身もっと強く出ていいはずだ。
もしや、竜殺しの名前を語った偽物では?
そしてエレナからの提案もあり、真偽を確かめるためにもリチュオンはケイゴに勝負を挑んだ。結果は――惨敗だった。
そして、リチュオンは酷いショックを受けた。
確かに負けたことは悔しかった。
しかし、それよりもショックだったのはケイゴという男に突きつけられた――どうしようもない現実。
――自分は一生掛けて鍛錬しても、決して彼には届かない。
その現実がリチュオンに大きな衝撃を与え、敗北直後に彼女をみっともなく錯乱させた。
リチュオンは昔、狩猟をやっていたある男の子のことを思い出す。
男の子は同世代の中では一番の弓の使い手で、いつも短時間で一番多くの獲物を仕留めていた。
男の子はいつも言っていた――自分は世界一の弓の使い手になる、と。
しかし、男の子はまだ子供。
そして世界には自分より上の人間など星の数ほど存在するのだ。
ある時を境に、男の子は弓を持つことを止めてしまった。
原因は余所から来た弓使いの老人だ。老人の鮮麗された弓の技術を目の当たりにした男の子は一生掛かっても勝てないと判断し、弓を持つことに意味を見出せなくなった。
当時のリチュオンはそんな男の子を見て、意気地無しだと思っていた。
もっと練習すれば、もっと頑張れば絶対に追いつけるのに――と思っていた。
しかし、今思うと少年は弓の技術が高かったからこそ、老人との差を理解してしまい弓を握ることが出来なくなってしまったのかと、そんな気がしてきた。
もしかしたら、リチュオンも目的の為に刀を握っていなければ、単に強くなるためだけに刀を使っていたならば、同じように挫折していたかもしれない。
――と、リチュオンが昔を振り返り、色々考える程にケイゴは強かった。
竜殺しはどうしようもないほどの強者なのだろう。
だからこそ、そんなどうしようもなく強いはずの竜殺しから出た弱気の発言。
リチュオンは頭の中で無視することが出来ず悶々としている。
「レバンさん――」
リチュオンはこの国に来てから一番信頼している男の名前を呼んだ。
レバンは孫にでも接するような優しそうな顔で彼女に応える。
「ん? どうしたんだい?」
「レバンさんは、竜殺しと呼ばれているケイゴさんのこと、どう思いますか?」
「突然どうしたんだ? しかし、そうだな――」
最初は突然の質問に戸惑っていたレバンだが、すぐに対応しようと頭をひねる。
「最初はとても変な人だと思ったね」
そして、リチュオンと同じ第一印象を口にした。
レバンはそのまま話を続ける。
「次にとても――いや、私たちとは次元の違う強さを思っていると思ったね。私は他人への見る目はそれなりにあると自負しているつもりだ――勿論、戦闘面でのね」
少々得意げにレバンは言って見せる。
リチュオンもレバンの見識は信頼しているし、彼なら間違ったことを言わないと思っている。
「それでね、リチュオン。ケイゴ君と君との戦闘を見て判ったが――たぶん、ケイゴ君が本気を出せば――リチュオンなら八秒ぐらいかな? そのぐらいあれば殺せるだろうね。まあ、私なら三秒も保たないだろうけど――」
そしてレバンは今晩の献立を言うぐらい軽い口調で、現実的で酷な評価を下した。
レバンの言った内容は、おおよそその通りだとリチュオンも思った。
ただ、自分の中で止めておくのとはまた違い、第三者からケイゴとの実力差を指摘されたことは、リチュオンにとって少なからず苦痛ではあった。
レバンは更に話を続ける。
「でも、私が彼を見ていて興味を持ったのは戦闘面より、彼の精神面――そうだね。竜殺しの力を完全に自制していることころかな?」
「自制ですか?」
リチュオンが聞くと、レバンは頷いた。
「彼と対等に戦える人間なんて、この世に殆ど居ない。下手をすると存在すらしない可能性がある。つまり、彼が本気で暴れれば私たちは止めることが出来ない――」
レバンは先ほどリチュオンがしたように、馬車に視線を向けた。
「――しかし、彼はそれをやらない。村人たちが平気で彼と取っ組み合いの喧嘩をしていたのが良い証拠だ。みんな彼が人間相手に竜殺しの力を使わないと理解しているんだろう」
レバンは静かに息を吐く。
「人間は強い力を持っていると振るってしまうものだ――」
彼もまた過去を思い出すように、一瞬目を閉じた。
「――生きていれば、幾らでも他人とぶつかり合い、時に邪魔され、阻害される。それを問答無用でねじ伏せる強い力を持っていたとして、どれだけの人がその力を使わずにいられるだろうか? 正直、私が彼の立場だったら――わからないな」
男は、吐き出すように、言葉を続ける。
「言葉にするだけなら簡単だ。誰でも出来る。しかし、いざ実行するとなるとそういうことは存外難しかったりする――本当にわからない」
リチュオンは初めてレバンの見たことのない表情を見た気がした。
具体的には、なんと言って良いのかわからない。
しかし、普段の彼では見せない何かが、確かに出ていた。
対応に困ったリチュオンはとにかく返答しようと、レバンに質問を投げかける。
「えーっと、つまり――それだけの力を持っていて抑制するケイゴさんは、精神面も強いということですか?」
レバンはリチュオンの目を見る。
「どうだろう?」
そして、わざとらしく首を傾げた。
「我々の目には強く映るだけであって――案外弱い場合もある」