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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第三話 勝者と敗者、誇る者と恥じる者

 竜殺しである俺はリチュオンに関節技を決め、勝利を宣言した。

 同時に周りで戦いを見ていた見物人たちの歓声が沸き起こる。

 彼らも目の前で起こっている状況を見て、俺の勝利を認識したのだ。


「おおっ! ケイゴやるじゃねぇか、さすが竜殺し!」


「やっぱあんな若い子じゃ相手になんねぇなー」


 村の男どもの賞賛が聞こえる。

 本当ならもっと若い女性から『カッコイイ!』とか『 抱いて!』といった言葉が欲しいのだが、今回はむさ苦しい男たちの声援で我慢するとしよう。


 そら、もっと褒め称えるがよい!

 しかし何故、俺はモテないのか――。


「それじゃあ、判定ね――」


 俺が女性にモテるためにどうすればいいのか考ていると、リチュオンとの戦いをけしかけたエレナが観衆の中から出てきた。


 彼女の視線に気づき、俺は静かにリチュオンから手を離し解放する。

 もはや無気力状態であるリチュオンは地面に手を付くと、項垂れた。


 俺に負けたのが余程ショックだったようだ。

 確かにリチュオンは強い。

 恐らく、そこらの傭兵や荒くれ者では歯が立たないレベルだ。

 あの若さでこれだけの実力を備えるのは相当苦労しただろう。

 彼女の強さは才能だけでは届かず、努力だけでは追いつかず、経験なしでは到達しない。


 この三つの要素を詰めに詰め――今のリチュオンが成立しているはずだ。

 並大抵の努力や気力ではまず成し得ない――。

 彼女は――本物だ。


 だが、ここは大人の世界――厳しい現実を受け入れるのも人生の勉強の一つ。

 上には上がいる! このことを思い知るがいい!

 リチュオン――これを機会に成長しろ!


「はい。勝者――」


 エレナが勝利者を告げる。同時に俺は拳を振り上げる。


「――リチュオン」


 負かしたはずの少女の名前を聞きながら、俺は自信満々にポーズを決めた。

 ――ん?

 数秒、俺は止まった。見物人たちも止まった。

 時が止まったような沈黙が起こった。


 ちょっと待て、俺の名前は?

 聞き間違いでなければエレナは言ったのだ。


「だから、勝者――リチュオン」


 あれ、確かに言ってるよ? 俺の聞き間違えじゃないよ?

 何言ってんのこの人?


「ああ、ごめんなさい――」


 するとエレナは全く悪びれる様子もなく、淡々と俺に謝った。


「――あまりに君が調子こいてるのを見てイラッとしたから、思わず勝者を変えました」


 いや、謝ってねぇぞ。むしろ俺、悪く言われてる。

 この不服の判定には、竜殺しである俺もさすがに抗議した。


「それはさすがに無理矢理だ。横暴だ。試合の正当性が損なわれていると主張する。ここは見物人という第三者を交えた正当な判断を――って今どこかで『イラつくのわかるわー』って聞こえたぞ! 三人ぐらい聞こえたぞ! 言った奴出てこい!」


 俺が周りの見物人たちに吠えていると、エレナはやれやれといった感じで腕を組み、後ろから俺に言い放つ。


「ケイゴ君、判っていないようだから言っておくわ。今、この場の審判は私! つまりこの場に置いては私の言うとこが絶対だし。私がルールその物よ」


 やっぱり何言ってんの、この人?

 というか、あなたはいつも自分がルールですよね? この場だけじゃないですよね?

 結構いつも我が物顔で横暴なこと言ってますよ! 今に限った話じゃない!


「くそっ、こうなったらリチュオンに――」


 リチュオンはまだ若いが、彼女なら自分の実力にプライドがあるはずだ。

 恐らく、こんな意味の無い勝利では喜ばない。

 いくら横暴な女審判が判決を下したところで、彼女が納得しなければ――。


「うあああああんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!!」


 するとリチュオンは、先ほどまでの勇ましさはどこへ飛んで行ったのか――。

 周りの目も気にせず、号泣し始めた。


「ちょっとリチュオン? リチュオン? リチュオンさん? なんで泣いてんの? なんで号泣してんの? 泣きたいの俺の方なんだけど? ちょっと聞こえてるー?」


 俺に負けたのがよっぽど悔しかったのだろう。

 リチュオンはとにかく大粒の涙を流しながら泣き続けている。

 そして俺の声なんぞ、全く聞こえてない様子だ。


 まずい――これではリチュオンを味方につける作戦が使えない。

 状況が行き詰まり動揺していると、更に追い打ちを掛けるようにチラホラと見物人たちの声が聞こえ始める。


「あーあ、あの女の子泣いちゃったよ。可哀想に」


「あの竜殺しとかいう男最低だな」


「あんな若い子相手に大人げないよな、あいつ」


 そして見物人たちの言葉は――俺の堪忍袋に突き刺さった。

 俺は出来るだけリチュオンを傷付けないように配慮して、拘束することによって勝利したのに?

 しかも俺は、本当にちょっとだけど刀で斬られたんですが?

 というか、この試合――そもそも俺が望んだことじゃないのに、何故ここまで言われなけらばならないのか?


 言葉が積み重なり、イライラが最骨頂に達したことにより――俺は思わず叫んだ!


「くそっ、女の子がちょっと泣いたぐらいで味方しやがって! これだからこの村の大半の男は童貞なんだよ!」


 すると周りにいた童貞どもの逆鱗に触れたのだろう。

 周りは一気に俺の敵となり、罵声の集中砲火が行われ始めた。


「ふざけんな、てめぇだって似たようなもんだろ!」


「おまえに俺らの何がわかるってんだ!」


「何が竜殺しだ。お前が一番底辺だろ、女と手も繋いだことないくせに!」


 まるで親の敵のように俺は悪く言われている。

 なんなのこの男ども? なんなのこの童貞たち?

 さっきまでは俺のこと賞賛してた癖になんなんだ?


「くそっ! どいつもこいつもエレナには強気に出れないのに、俺の場合は水を得た魚状態で責めてきやがって! ばーか、ばーか」


「なんだと、馬鹿。竜殺しがなんだってんだ、やるか?」


「うっせ。ばーか、ばーか。やれるもんならやってみろ! 腰抜けどもが!」


「んだと! おい、みんな! このクソ馬鹿竜殺し――絞めるぞ!」


 売り言葉に買い言葉。

 その結果――周りにいた大勢の男どもが押し寄せ、俺を中心に乱闘が始まった。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ、くそがああああああああああああっ!」


「ぶち殺してやる! この竜殺し野郎があああああああああああああ!」


「やってやるよ、おらあああああああああああああああああああああっ!」


「うええええええっ!! 負けた、負けた、負けたっ、ううっ!!」


 悲惨な状況だった。正にカオスだった。

 童貞どもと揉みくちゃになりながらの乱闘騒ぎ。

 その横で女の子が、男どもに負けないぐらいの大声で号泣している。

 今までの経緯を知らない人が見たら、この状況――何事だと思うのだろうか?


「むうっ、なんでこんな状況になるのかしら?」


 そして何故か本気で不思議そうな顔をしているうちの店主のエレナさん。

 あんたが原因だからね?

 始まりから、過程まで、大体あなたが発端だから! 

 何で他人事のように腕組んで仁王立ちしてんの、この姉さん?


「おらぁ、死ねぇ! 竜殺しが!」


「ぶぐ! てめ、やりやがったな!」


 頬を殴られ倒れた俺は、殴ってきた男の髪を引っ張る。

 そして、それを阻止するかのように数人の男どもが俺の体に飛びかかってきた。

 俺は、周りの男どもに向かって叫ぶ!


「ふざけるなよ、てめぇら! 急に手の平返しやがって!」


 すると周りの男どもも、次々と叫ぶ!


「はぁ? なんでそんなわざわざ、お前の味方を俺らがしなくちゃならないんだ!」


「男は女の涙に弱いんだよ!」


「しょうもない男の味方なんて誰がするかよ! 馬鹿ケイゴが!」


 乱闘が益々ヒートアップしていく、もはや泥沼化するしかないと思われたこの状況。

 しかし、ある一人の男が俺に対し、不意に問いかけた。


「おい、ケイゴ。じゃあおまえが観客だったら、竜殺しっていうだけの男と、泣いている可愛い女の子、どっちの味方をするんだよ?」


 それはどうしようもない質問だった。

 わかりきった答え。

 頭を使うまでも無い。

 村の男どもに、腕を、服を引っ張られながら、俺は大きく息を吸いむ――。


「そんなの決まってるじゃないか馬鹿らしい!」


 その、あまりにつまらない質問に対して、俺は声を荒げた。


「――勿論、可愛い女の子の味方をするに決まっている! 何を好きこのんで男の味方をしなきゃならないんだ! アホか! 常識を考えて喋れ!」


 俺のこの、無意識から出た本心の一言で、勝負は完璧に決したのだ。

 この日俺は、竜殺しは――完全に敗北した。


***


「やっと静かになりましたか」


 魔術師ファリスは、静かになった宿屋に戻ろうと村の中を歩いていた。

 彼女は騒がしい状況を好まない。

 故に、ケイゴとリチュオンの戦いが終わり、見物人たちが居なくなるまで村の外で散歩をしていたのだった。

 

「ん? あれは、確か――」


 ファリスは宿屋の近くまで辿り着くと、見覚えのある男性を目撃した。


「ケイゴに竜殺しの依頼をしきにきたレバンとかいう男性――何でこんなところに?」


 ファリスは眠たそうな目を凝らして、レバンの様子を窺った。

 しかし彼は、ファリスには気づかない様子でぶつぶつと小言をつぶやいている。


「これはどうするべきか。今更、竜殺しの依頼が受けられなくなるなんてことは――。しかし、あの状況では。それにリチュオンもアレでは戦えるのか? なんでこんなことになったのだろうか? わからない。私にはわからない――なんでこんなことに」


 レバンはまるで心神喪失状態のように、目の焦点が合っていない。

 多少、追い込まれている様子でもあった。


「ふむ――」


 ファリスはレバンの様子が明らかに異様だったので――。


「お昼は何にしますかね」


 無視して宿屋に直行することにした。


「この宿屋の雰囲気はいったい――?」


 ファリスは宿屋の扉を前にして、その足を止めた。

 今日は天気も良く、雲一つ無い晴天だ。

 しかも、お昼時ということもあり太陽は真上にある。

 これ以上無い、明るい状態である。


「この宿屋、いつから呪われていたんでしょうか?」


 ――にも関わらず、宿屋は重苦しい気に包まれ、不気味な存在と成り代わっていた。

 魔術師であるファリスが躊躇うほどの負のオーラ。


 宿屋全体が淀んでいるようにも見える。

 それは――敗北、混沌、怒り、裏切り、童貞、悲しみ――などの様々な人の執念が生み出した悲惨な成れの果てだった。


 ファリスは意を決して、宿屋の扉を開ける――。


「これは――」


 宿屋の入り口からすぐの場所にある客間には、まるで戦争から帰ってきて疲弊しきっている兵隊のように、村の男たちが項垂れていた。

 誰も彼もがまるで抜け殻のように動かない。

 しかも皆、服はボロボロになっており、みっともない姿となっていた。


「俺たちは一体何をやっていたんだ? 何の為に争っていたんだ?」


「争いというのは――こんなにも意味の無いことなのか? 疲れただけじゃないか――」


「違う。俺は違う。俺は違うんだ。俺はどう、どう、どうて、あああああああああっ!」


 ファリスは男どもの言葉と惨状から何かを察し、本気で中に入りたくないと思った。


「何か物凄く――しょうもないことが起こった気がします」


 しかし、このまま突っ立っている訳にもいかない。それ以前に、この光景を網膜に与え続けると健康状態を損なうとファリスは判断した。

 魔術師は足を踏み出す。

 まるで異臭がする掃除されていないブタ小屋に突入するかのような覚悟を持って、前に進んだ。

 すると男の一人がファリスに気づいたのか、死にそうな声を出す。


「あ。ファ、ファリスさん、ただ今、お帰りで――」


「はい。あなたたち辛気くさいので早く帰ってくれませんか? 本気で」


 すると今のファリスの一言が効いたのか、客間にいた男たちの体が胸に矢を受けたかのようにビクつき、苦しそうな声を漏らす。


「な、なんて容赦ない一言。しかも、俺たちをゴミ虫でも見るような目で――」


「うっ! 俺たちのこの姿を見ても優しい言葉一つ掛けないとは――さすが雷撃の魔術師」


「なんて酷い人だ。酷すぎて俺の体が、熱く、興奮して――ああ、癖になりそうだ」


 ――この人たち、本当の本当に帰ってほしい。


 ファリスは頭痛が起こりそうなのを堪えて、自分の部屋がある二階に向かった。

 階段を上がり、廊下を見る。

 すると、少女が一人――泣きながら部屋の扉を叩いていた。

 ファリスは廊下に新手の妖精(バンシーの類い)が居るのかと思ったが、よく見たら先ほどケイゴと戦っていたはずの女剣士リチュオンであった。


「お願いです。ほんのちょっと、ほんのちょっとだけで良いので再戦してください」


 そう言いながら、リチュオンは容赦なく部屋の扉を叩く。

 鬼気迫る彼女の行動は、周りへの気配りや配慮が一切無く、ファリスは普通にうるさいと思った。

 そしてよく見ると、彼女が叩いている扉は竜殺しと呼ばれるケイゴの部屋の物であった。


「五分、いいえ六分でいいんで、もう一度勝負をお願いします。何でもしますから――」


 リチュオンは泣きながら、力一杯ケイゴの部屋の扉をガンガン叩く。

 容赦なく、叩く。

 借金の取り立てをするかのように、とにかく叩く。

 部屋の扉がボコボコになってきているが、それでも叩く。


 恐らく、リチュオンからすると懇願しているつもりなのだろう。

 しかし、第三者であるファリスが見る限りは、腰の低い恐喝をしているようにしか見えなかった。


「――何ですか、本当に、この状況」


 ファリスは立ち続けに起こる怪奇な光景によって、気が遠くなりそうな気がした。

 しかし、そんな時――さらに追い打ちを掛けるように部屋から声が響いた。


「俺は! もう! この部屋から! 一生! 出ない! みんな居なくなればいい!!」


 それは強力な竜という存在に対抗できる人間――。

竜殺しと呼ばれる男の――勇ましくも、情けない声であった。


「もう誰も信用しない! 俺はこの部屋で最期を迎える! この一番安全なベッドの中で一人安らかに生きて死ぬ!」


「出てきてください。再戦、再戦してください。迷惑は掛けませんので――」


「嫌だ! 外なんて、危なくて出られるか! 女も男も、何もかも信用出来るか!」


「再戦してください。ちょっとでいいので、先っぽでもいいので、腕だけでも戦ってください」


 竜殺しと女剣士は訳のわからない言葉を発していた。それは決して交わっていないやり取りだった。互いに自分の主張を言うだけで、決して相手を見ていない。

ある意味恐怖な光景だった。


「――」


 ファリスは無言でその場を去った。

 そして一番奥にある、エレナの部屋に向う。

 ファリスは無言で扉を開けると、そこには宿屋の帳簿をつけているエレナの姿があった。

 エレナはファリスに気づくと、いつもと変わらぬ態度で彼女に接する。


「あら、ファリス。どうしたの?」


 何事もなかったかのように自然体でいるエレナに、ファリスは問う。


「とりあえず聞きたいのですが――ことは無事済んだんですか?」


 そこでエレナは数秒思考し、答えた。


「まあ、なんとか――なるようになるでしょ」


 エレナは決して、丸く収まったとは言わなかった。


***


 あの誰の得にもならなかった、醜い惨劇から五時間が経過した――。

 レバンは酒場で気分を紛らわし、男どもは各々の家に帰っていた。

 エレナは夕飯の仕度を始め、ファリスは寝た。

 皆が、日常に戻りつつあった。

 そしてそれは、竜殺しであるこの俺も例外ではない。


「ああ、綺麗だな――」


 俺は竜殺しの驚異的な能力によって精神を持ち直し、宿屋の外に出ることができるぐらい回復していた。


「夕陽が、綺麗だな――」


 そして今では村の外れで体育座りをしながら、夕陽を眺めることに専念していた。

 今まで何かあると二日から三日は部屋に閉じこもっていた俺だが、今回はたったの五時間で済んでいる。

 竜殺しケイゴが確実に成長し、進化している証拠だ。


「隣、いいですか?」


 夕陽を眺めていると背後から、声がした。

 俺は振り向くこともせず、答える。


「――どうぞ」


「失礼します」


 そう言って背後にいたリチュオンは俺の横に座った。

 彼女も体育座りをした。

 二人の人間が同じ姿勢で、夕陽を眺めていた。

 二人して無言で座ったままだった。

 しかし、しばらくするとリチュオンが用件を切り出した。


「先ほどは済みませんでした。私、取り乱してしまって――」


「いや、俺も冷静じゃなかった。すまない」


 俺も静かな口調で謝った。

 するとリチュオンは非常に申し訳なさそうに、弱い口調で俺に尋ねた。


「あの、私が色々失礼をしておいて言うのもなんですが――竜殺しの依頼は受けていただけるんですか?」


「竜殺し? ああ――」


 俺は思い出したように頷く。


「それは勿論受ける。――というか竜で困っている人がいるなら基本的に断る理由がないからな」


「ありがとうございます。私の勝手でレバンさんに迷惑を掛けるわけにはいかないので、助かります」


「んん? ああ、そうなのか――」


 俺は適当に相づちを打った。

 夕陽を見ながら、引っかかっている思考を模索する。

 風が緩やかに流れる。迷い事をそのまま連れ去って欲しいと思える風が、頬を通る。


「リチュオン、一つ聞きたいんだが――」


 不意に俺は、彼女に聞いてみたくなった。


「――何であんなに俺との勝負にこだわったんだ? いや、俺との勝負と言うより――勝つことにこだわっていたのか、あれは?」


 すると、リチュオンは膝に顎を乗っけると、虚空を見つめた。

 何か遠くの、手の届かない何かを見るように――。


「私は、強くなりたいんです。何者にも負けないぐらい強くなりたい。だから、本当なら誰にも負けたくなかった――ケイゴさんには完敗しましたが」


 リチュオンは拳を強く握った。

 俺は彼女のその姿を見て、自分の頭を掻いた。


「俺から言わせると、お前の若さでその強さなら十二分だと思うけどな」


「でも、それでも現実ではケイゴさんには負けています。敗北するなら、足らないということと同じです」


「まだまだこれから成長するだろうし、もう少し気楽にしてもいいんじゃないか?」


「実戦は待ってくれません。そしてそこで死んでしまったら、もうすべて終わりです」


 リチュオンは悔しそうに歯を食いしばる――。


「勝ちたい人がいるんです。殺したい人がいるんです――」


 リチュオンは泣きそうな瞳で俺を見る。正座をして、体を俺に向ける。

 そうして俺に頭を下げた。


「お願いします。私を――弟子にしてください」


 そう言って彼女は、俺に土下座をした。


「リチュオン、頭を上げろ。そして俺の言うことを良く聞け――」


 俺はリチュオンが頭を上げたのを確認すると、喋りだした。


「お前を弟子にすることはまず無いし、出来ない。理由は二つ――」


 俺はやはり泣きそうなリチュオンの顔を見た。


「一つは、おまえが強くなる目的が最終的に人殺しなら、俺は何も出来ない。俺は竜殺しだ。竜は殺しても、人は殺さない。それは絶対だ」


 そして二つ目の理由――考えると俺の胸が痛くなった。

 圧倒的な劣等感が、全身を走る。


「二つ目だが――その前に、リチュオン質問だ。お前は自分の強さを誇れるか?」


 勿論です――とリチュオンは力強く頷く。


「私は、死にものぐるいで鍛錬して、戦場に出て、剣技を磨きました。確かにケイゴさんには劣りますし、まだまだ足りないとは思います。でも、それでもそれは私の出した成果です。今の強さは、私の誇りです――」


 リチュオンの言葉を聞いて、俺は――どこか羨ましいと思ってしまった。

 勿論、口には出さない。態度にも一切出さない。

 俺は気を落ち着けるように、リチュオンに言う。


「なら、尚更俺なんかに教わるな。俺の弟子なんかになろうと思うな。俺の強さは、お前のように誇れるような物じゃないんだよ――」

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