第四十七話 混迷してゆく戦場
「ちくしょう――」
馬に乗った騎士が二人、森を抜け平原を走りアムバスの町に向かっていた。
一人は気持ちを抑えることができず、泣きながら激怒している。
もう一人は、腹の傷を抑え半分泣きそうな顔をしながらも、唇を噛みなんとか我慢していた。
彼ら二人は死に誘う竜ビガラオと戦っていたアッフェル騎士団の者たちだ。
団長を含めた騎士団の仲間たちはその殆どが、ビガラオの死に誘う声による強制的な自殺を行い死亡している。
「――ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
アッファル騎士団の生き残りである騎士は癇癪でも起こしているかのように怒りながら、団長に言われた言葉を思い返す。
『――万が一、作戦が失敗するようなら魔術師たちを優先して逃がすようにして欲しい。彼らは私が頼み、無理に来て貰った協力者だ。そんな彼らを無下にして殺させる訳にはいなかい。これは私の我が儘だが、すまない。皆、頼んだぞ――』
だが、彼らが今生きているのは本来守らなければいけないはずの魔術師たちが囮になってくれたからだ。
団長が死んで、仲間が大勢死んで、頭が空っぽになっていた。
幾つも転がる仲間の死体を見て、その空っぽな頭に恐怖心が大量に注がれていた。
死にたくはないと――心の中で叫んでいた。
だから、老人の魔術師に町に戻るように言われた時は、内心歓喜していたのだ。
ビガラオが美しい声以外でも、どんな声でも聞かせれば相手を自殺させることできることを伝えなければならないと――生き延びて、アムバスの町の人々の所に戻らなければならない使命があると安堵した。
殺された仲間の仇を取りたくても、逃げることが使命ならば仕方がないと――。
だが、冷静になった彼らにのし掛かってきたのは何とも言えない背徳感だ。
――団長に守れと言われた魔術師に守られ。
――逃げたのは仕方が無いと、言い訳し。
――自分は助かったと歓喜して。
果たしてこれで、自分たちは騎士として胸を張れるのかと?
本来なら竜を足止めして残るのは、自分たち騎士の役目だった筈だと――。
だから彼らは自分に怒り、胸が締め付けられるような思いに耐えていた。
しかも土地勘の無い森の中から出るために、竜から逃げるため我武者羅に走っていた彼らは途中道に迷い時間を無駄に浪費している。
更にそこから新たな懸念が生まれ、彼らの心をより一層締め付ける。
「頼む、頼むから俺たちの方が先でいてくれ。これで竜より遅かったら馬鹿みたいだろう。逃がしてくれた魔術師たちに、申し訳がたたな――い」
だが騎士たちが目にした現実は、既に竜が暴れた後の光景だ。
バリケードとして置いていたはずの荷台は全て破壊され、彼らが見る限り三人の人間が倒れていた。
「――嘘、だろ。俺たちは、間に合わなかったのか」
「動いてる! まだ生きてるぞ!」
二人の騎士は馬を降りて、竜と争ったと思われる者たち元へと向かう。
近づくとわかったが、大きな体格の男と何やら見慣れぬ武器を持った少女は意識があるらしく、二人は倒れた状態からなんとか動こうとしているようだった。
ただ、もう一人の男は死んでいるのか、まったく動く気配が見られない。
「大丈夫か、今行くぞ!」
騎士の一人が心配して動いている二人の様子を見に行った。
なので、もう一人の騎士は、ピクリとも動かない男の元へと向かう。
「おい、あんた生きているか? 返事をしろ! おい!」
騎士は俯せに倒れたまま動かない男の体を揺する。
しかし、反応はない。やはり動く様子が見られない。
見たところ男に大きな出血などは見られないが、俯せの状態では生きているのか死んでいるのか、いまいち判断が付かなかった。
生死を確認するために騎士が男を起こそうとすると――大声が響く。
「何やってんだ、動くな! そんなボロボロの体でどうする気――うわっ、足折れてるじゃないか、立てるはずがないだろう! あんた無茶するな、死ぬぞ!」
どうやら倒れていた大男が怪我した体で無理に動こうとしているらしく、仲間の騎士がそれを制止しようとしているらしい。
しかし、怪我をしているその大男はまるで忠告を聞き入れる様子がなく、騎士の言葉を無視して這ってでもアムバスの町へ向かおうとしているようだった。
「まずい。興奮しているのか? 今俺も行くからちょっと待っ――ひっ!」
騎士が立ち上がり仲間の元へと向こうとした所で――急に足を掴まれた。
突然のことで騎士は思わず情けない声を出す。
口の中から心臓が飛びだすのではないかと思うほど、驚いた。
そんな彼の足下には、まるでゾンビのように這いつくばりながら騎士の足を掴む――男の姿があった。
「俺に、馬を――貸せえっ!」
傭兵ガインは騎士の足を掴みながらも頭を上げ、猛犬のように――吼える。
***
「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
寄生する竜はレバンに掛けられた濃硫酸により、痛み苦しむ。
そして竜の声を代弁するかのように、口の付いた触手たちもその多くが声を上げて叫んでいた。
ここで――終わりに!
魔術師ファリスは今こそ動くべきだと、ここが勝機だと判断し、寄生する竜の首を求めて突撃した。
今までの戦闘でファリスは寄生する竜と触手の動きが繋がっていることを知っている。
レバンが吹き矢を当てたときなどが良い例だ。あの時も竜は痛みによって、触手の動きを一時的に止めていた。
だから今が攻撃する絶好の機会だった。
竜が濃硫酸によってできた火傷の痛みに慣れて正気を取り戻してしまったら、また攻め落とすのが難しくなる。
ファリスは竜に向かって全速力で接近し、跳躍した。
そして、痛みによって藻搔いている寄生する竜を殺そうと、右手に持ったダガーを振ろうとする。
そんな彼女を予想外にも――口の付いた触手が阻んだ。
「――なっ!」
ファリスが見る限り、寄生する竜の背中から出ている触手たちは今も痛みで暴れており、彼女が向かってきたことさえも反応していないようだった。
けれど、その下の――ビガラオの死体から出てきていた触手たちは別だった。
どういう訳か、ファリスの接近に反応している。
しかし、ファリスは攻撃を強行。
迫る触手を防ごうとは考えず、捨て身の覚悟で寄生する竜を斬り殺そうとする。
雷撃の魔術師が振ったダガーは――竜の肉を斬り、血を飛ばす。
そして、彼女は悔しそうに歯を食いしばる。
「――くっ!」
ダガーを振ったファリスの右腕には鋭い歯を持った触手が食い付いていた。
寸前のところで邪魔されたのだ。
竜に入った刃は浅い。触手に邪魔さえされていなければもっと深く、竜の内蔵を傷付けるぐらいの成果は上げられたはずだった。
だが、彼女は失敗した。
触手の妨害を受けたファリスはそのまま地面に落下するも、受け身を取り直ぐに動き出す。
彼女の右腕は咬まれたことによりやられたのか、握力が維持できず血を流したまま垂れていた。持っていたダガーもそのまま落としてしまう。
そんな状態であっても強化された体を全力で使い、ファリスは竜の傍から一気に距離を取る。
そしてなんとかレバンの傍にまで逃げ切ると、片膝を付けながらも竜のいる方に向けて体勢を立て直す。
「もう、これ以上は伸びない――」
ファリスが言った通り触手は伸ばせる範囲に限界があり、逃げようとした彼女を追撃するも間に合わなかった。
口の付いた触手がどんなに頑張ったとしても、その付いている牙では届きようがない。
「攻撃範囲は把握し――て」
だから、触手はその口を大きく開き――紫色の液体を飛ばす。
ファリスは口の付いた触手が酸性の液体を飛ばすということを知らなかった事、攻撃の範囲外に逃げきったという安心感、そして長い戦闘と魔術の乱発による集中力の低下などにより――攻撃に反応出来なかった。
視界には紫色の液体が飛んできているが、彼女は動けない。
ただその光景を見ていることしかできない。
ファリスの顔面に竜の出した酸性の液体が飛ぶ。
目に入れば失明は免れない。
その攻撃を――割って入ったレバンが受けた。
レバンは寄生する竜が何を飛ばしてきたのか知らない。
そこまで考える時間もなかった。
ただ、万が一のことを考えると――ここでファリスを失う訳にはいかない。使えなくなるなら自分の方がいいと判断し――そして行動した。
「ぐっがっ、ああああああああああああああっ!!」
レバンが左半身を差し出したことにより、ファリスには殆ど液体が掛からなかった。
だが代わりに、レバンが絶叫する。
レバンが先ほど使った濃硫酸は痛みがでるのも少し時間が掛かったが、触手から出したこの液体は直ぐに腕の神経を刺激して激しい痛みを伴わせた。
彼の左袖はボロボロになり始め、その下の素肌が赤色に変色してゆく。
「レバンさ――っ! ぐっ、んっ」
ファリスは身を挺して自分を守ったレバンに駆け寄ろうとするが、このタイミングで重ね掛けした強化魔術の反動が現れ始めた。
痛覚麻痺で痛みは無いが、体が思うように動かない。
ファリスの計算ではまだ体が持つはずだったが――彼女は予想を外したのだ。
前回の戦いでも彼女は身体強化の魔術を使用しており、その疲労がまだ体の中に残っていたのに気づけなかった。
彼女は無茶な戦いをするために、自分の体を軽視していた――それがこの結果だった。
「くっ――」
ファリスは即刻、体に使用した強化魔術を解除してゆく。
それでも、戦いのために身体強化の魔術を一つだけ、解除せず継続させる。
「――っ、竜が」
そして、死に誘う竜はこのファリスとレバンが動けなくなった隙に――逃走した。
竜は倒しやすい獲物を目の前にして、それを無視した。
寄生する竜が狙うのはアムバスの町――その中にいる大勢の人間。
だからもう、ファリスたちに固執しない。
目的地はもう間近なのだから――。




