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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第三十九話 竜を迎え撃つ少女の剣技

 死に誘う竜ビガラオは森を抜け平原を走り、人間が多くいるアムバスの町へ向かっていた。

 その太った体を揺らし、ドスドスと重たい音を立てながら走っている。普通の人が全力疾走するような速度を出しており、見掛け以上に軽快な動きをしていた。


 ビガラオが森での戦闘を放棄して、アムバスの町へと向かっているのには理由があった。

 一つは、先ほどの戦闘にこの前戦った妙に強い人間――竜殺しケイゴがいなかった事。

 もう一つは、狙撃する竜オルトロッドの白い槍による支援攻撃が途中から止んだ事。

 これらのことからケイゴがオルトロッドの元へと向かったのは十中八間違いない、とビガラオは確信していた。

 そして、オルトロッドは恐らく――負ける、と。


 だから、ビガラオは森での戦闘に見切りをつけた。

 オルトロッドがやられればケイゴは今度こちらに来るのは間違いない。そして、この前の戦闘からビガラオがケイゴに単独で勝つのは不可能だと判断していた。

 一応、ケイゴはビガラオが美しい声に限らず、どんな声にでも呪いを乗せて相手を自殺させられることをまだ知らないはずだ。

 しかし、己の耳の鼓膜を平気で破るようなケイゴに、アッフェル騎士団と同じような対応が通じるとはビガラオは思えなかった。


 ただし、そんな竜殺しケイゴには明らかな弱点とも言える穴があることを、竜は理解していた。

 ――ケイゴの同族を頑なに守ろうとする習性。

 それを利用するのだ。

 そしてその弱点を一番効果的に使える場所が、人間の多くいるアムバスの町だった。


 ――竜は走る。

 町へ向けて、見晴らしの良い平原を突き進む。

 そんな竜の視界には目的地である町よりも先に、三つの物体が見えていた。

 馬車の荷台が三つ、既に馬の姿は無い。

 道のど真ん中に一つと、その脇にハの字で一台ずつ置いてあり、ビガラオが来る方向に向かって広がっていた。


 そして、ビガラオは走りながらも目を凝らすと、中央に置いてある荷台の上に人の姿を確認した。

 彼女は後に髪を結び、この辺りでは見慣れない服装をしていて、腰に刀を差していた。

 その姿はこの前の戦闘で覚えており、ビガラオの記憶に残っていた。

 死に誘う声を受けて自殺をする前に、ケイゴに気絶させられ死を免れた人物だ。


 竜も姿は知れど、名前は知るはずもない彼女は――剣士リチュオン。

 彼女はビガラオの接近を確認すると、荷台から飛び降りると前方に歩きだす。

 まるで正面から竜に挑もうとするかのように。


「ギャエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 すると、死に誘う竜ビガラオは叫んだ。

 相手を自殺に追い込む呪いを乗せて、辺りに大声を響かせる。


 しかし、リチュオンはビガラオの死に誘う声に反応すること無く、平然とした様子で歩き続ける。


 ビガラオとリチュオンの間にはまだそれなりに距離がある。

 しかし、ビガラオの大声は確実に届く範囲だ。

 だとすれば、耳を塞ぎ音を聞こえなくしている他ない。

 逃げられた兵士がビガラオの新たな情報を伝えたか、もしくは初めから死に誘う声の対策として、耳に何か細工をしていたのか、ビガラオにはわからない。

 しかし、自殺させることが出来ないのならば、竜は己の肉体でもってリチュオンの体を叩き潰すのみであった。


「ギャアアアアアアアッ! ガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ビガラオは呪いを乗せない叫びをしながら、リチュオン目がけて走って行く。

 対してリチュオンは荷台から五、六メートル離れるとその歩みを止めた。

 そして彼女は、腰を落とし、刀を構え――居合いの体勢に入る。


 ビガラオもリチュオンが攻撃する態勢に入ったのを理解した。

 しかし竜はその走りを止めない。止めるはずが無い。

 竜は己の肉体の強靭さを理解しているからだ。

 ビガラオの体は傷を負うことはあっても、あんな刀一本でまず致命傷にまで到達しない。


 だからビガラオは躊躇無く突っ込み――リチュオンを殺そうとする。

 そして、両者の距離があと数メートルといったところで――。


 ――リチュオンが刀を振るった。

 一瞬だけ、風の絶つ音がした。

 彼女の刀はビガラオの首を狙って、空を斬る。


「しくじった――」


 そして刀の見た目に変化は無く、リチュオンは呟く。

 そこへ死に誘う竜がその大きな体をリチュオンに向けてぶつけてこようとするが、彼女はそれをギリギリのところで回避。

 リチュオンは横に逸れてビガラオから距離をとると、持っていた刀を鞘に戻し、非常に冷静な顔で――言った。


「首、落とせなかったですね――」


 まるでそれが合図のように。

 死に誘う竜ビガラオの首から真っ赤な血が噴き出した。


「ガアッ! ゴッツッ! ギャアアアアッ!」


 ビガラオも突然のことで混乱するが、首の大部分が切断された状況ではもはやどうしようもない。

 竜の首の左側から吹き出す大量の血を止めることは出来ない。


 リチュオンの切り札――彼女が飛翔斬撃と呼ぶ技。

 通常時の射程はおよそ三メートル。

 発動は視認出来ず、判断するとしたら特有の風を斬るような音だけ。

 もしくは、驚異的な第六感で危機を察知する他ない。


 そして、その切れ味は――斬撃の境地。

 例え竜殺しであっても到達できないであろう、強靭な竜の肉体さえ断絶する必殺の剣撃であった。


「ゲッギャッ――」


 ビガラオは呼吸できなくなり、視界が動いた。

 首の肉は疎か、頭を支える骨まで切断されたことにより、竜の頭がずれる。

 しかし、リチュオンの飛翔斬撃が上手く決まらず、首の右端部分の肉と皮膚に至っては完全に切断できなかったからだろう。

 ビガラオの首は胴体から落ちることもせず、一部の肉と皮によってあらぬ方向を向いたまま制止した。


 だが確実に、死に誘う竜ビガラオは――死亡した。

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