第二話 異邦の剣士 リチュオン
「ちょっと待ってください。その話、私は賛成できません」
レバンの同行者は、着ていたフードを脱ぎ捨てると、その姿を晒した。
――やっぱり女か。
フードの中の人物は案の定――女性、というより少女だった。
年齢はおよそ15歳前後といったところだろうか。
腰まで届きそうな長い髪が紐で結ばれ、垂れている。
意思の強そうな瞳をしており、見定めるように俺を見ていた。
ただ、意外だったのがどこかの遊牧民が着ているような格好だったことだ。
恐らくこの国の住人ではないな、異国の者か。
それにしても――太ももがエロい!
彼女の下半身はチャイナ服のようなスリットが入っており、隙間から健康そうな左足の太ももがチラチラと見えるのだ。
エロい、ただひたすらにエロい。
これ左足の太ももにベルトが付いていなければもっと良いのだが――あれは投げナイフだろうか?
そしてよく見たら、あの腰にぶら下げてるのは――刀だな。
何この子? 意外に物騒?
「リチュオン――何が不服なんだ?」
レバンは同行者である少女の名をリチュオンと呼んだ。
リチュオンは俺を指さしながら、我慢できないといった態度で言った。
「本当にその男は金を使って雇うだけの価値があるのですか? その男、私にはとてもじゃないが竜を殺せるだけの技量があるようには見えません。どう考えてもただの変人です!」
「ちょっと待ってくれ! この俺を変人扱い? 初対面なのに非常識じゃないか!」
突然の変人扱に俺は憤りを感じた。正当な反論を口にする。
するとレバンはたしなめるように、リチュオンに言い聞かせる。
「リチュオン、私も確かにあの竜殺しは変人――少々変わった方だと思う。だが、強さというのは決して性格に反映される訳ではない。そうでしょう、ケイゴさん?」
「いや俺は強い弱い以前に、変人扱いされてることに――ってあんたも俺を変人て言ってたな今? 俺のこと確かに変人って言ってたな! 言い直してたけど確かに言ってた!」
二人揃って変人扱いしてくるとは、なんて依頼人たちだ!
そこに宿屋の女主エレナが割って入った。
「確かにお二人が彼のことを変人だと思うのは仕方がありません。私も思ってますし。そして実際その通りです。しかし、それでも彼の実力は本物です。――そうでしょ、ケイゴ君」
エレナがそう言って話を振ってくるが――俺は既にふて腐れ、部屋の隅で縮こまっていた。
「みんなして俺を変人扱いか――」
もはやメンタルがボロボロである。
最強の竜殺しも、集団のいじめには勝てなかったよ――。
「本当にあなたは、強いくせに面倒くさい男ね――」
エレナは頭を掻きながら俺に呆れているようだった。
しかし、ダンゴムシのごとく部屋の隅で固まっている今の俺にはそんな全く関係ない。
しかし、この竜殺しの怒り――どうしてくれようか。
なんなら部屋の掃除を明日まで放棄して、今日一日ここで縮こまり頑なにいじけてやってもいい。
そうすれば、さぞ皆困ることだろう。
「うーん、これはとりあえず――リチュオン、さん? あなた戦えるの? 何か武器持ってるぐらいだし――」
エレナが何気なく質問すると、リチュオンが口を開くよりも早く――レバンが答えだした。
「戦えるぞ。彼女は異邦の剣術使いでな。あまりに腕利きなのでうちで雇っている」
するとエレナはパンパンと手を叩き、俺とリチュオンを見た。
「よし、わかった! それじゃケイゴ、リチュオンさんと少し戦ってみなさい」
「いや、なんで?」
俺は不満そうにエレナを見た。
エレナは全く悪びれた素振りもなく返答する。
「なんでって? それが今の事態を解決するのに一番早い方法だから。それにケイゴ、良く思われたいのなら少しぐらい実力みせてやりなさい――リチュオンさん、あなたはどうなの?」
「私はいつでも戦えます」
そう答えると、リチュオンは刀を持ち上げた。
どうやら面倒なことに向こうはやる気十分のようである。
「はいはい、そうと決まれば表へ出ましょう。対決、対決!」
リチュオンの意思を聞いても、俺の意思を聞かないエレナが勝手に話を進め、何故か勝手に戦うことが決まったようだ。
しかし、誰が変人呼ばわりされておいてそんなことをしなければならないのか?
俺はエレナに対して、断固として拒否する姿勢を見せる。
「嫌だ、俺は戦わない。ここで縮こまってやる! この隅っこから一歩も動かん!」
「――いいから、出なさい!」
「横暴だ! 竜殺しはもっと大事にされるべきだ!」
「まったく往生際の悪い。私が出ろと言っているんだから、とにかく出なさい!」
「い・や・だ!」
「ああ、面倒くさい! ――ファリス!」
「え? それはちょ――あがががががががががががががががががががががが!」
エレナがこの宿屋に泊めている魔術師の名を呼んだ瞬間、俺の全身に電流が走る。
今まで部屋の奥で気配を消しながらお茶を飲んでいたファリスが宿主の命令により動いたのだ。
魔術による電撃を俺の背中に容赦なく放ち続ける。
「あなたも難儀ですね――同情しますよ」
そう言ってファリスは俺の体に更に強力な電流を流し込む。
彼女には同情という言葉の意味をもう一度調べ直して欲しいと思う。
「はい、それじゃあ外出るわよ」
エレナは焦げた臭いを漂わせ動けなくなった俺の首根っこを引っ張ると、無理矢理外へ引きずってゆく。
「いってらっしゃい――」
そしてファリスは何事も無かったかのように再びお茶をすする。
この程度の出来事は特に珍しくもない光景なので、エレナもファリスも顔色一つ変えなることはない。
「――」
「――」
ただ、客人であるレバンとリチュオンには刺激が強かったのだろう。
二人とも引きつった顔をしながら、声も出ないようだった。
***
どういう訳か、宿屋の前には沢山の人だかりが出来ていた。
「――まるで見世物だな」
まあ、ここらには刺激的な娯楽がないので仕方がないと言えなくもない。
俺は対戦相手であるリチュオンを見る。
すると彼女は強い口調で俺に尋ねた。
「対戦――不服ですか?」
「まあ、ね。俺は竜が専門で、人間相手はこう、なんというか、ねぇ?」
「――そうですか。ですが、私の知ったことではありません」
そうですか。
まあ、適当にやりますか。
俺は流れに身を任せ、とりあえず戦うことを決めた。
「それはそうと、その首からぶら下げてる訳のわからない物は取らなくていいんですか?」
リチュオンは指摘する。
どうやら俺の首から下げている『私はケダモノの変態です』木版が気になるらしい。
「まさか、そんなものを身につけたまま戦う気かですか? それ以前に武器は?」
「これ? 付けたまま戦うぞ。武器も――まあ、いらん」
「つくづくふざけてますね」
そう言って、リチュオンは帯刀している自身の得物に右手を伸ばす。
あの構え――居合いか?
俺とリチュオン、二人の準備が整ったと見たのかエレナが大きな声を出した。
「はい! ケイゴ、リチュオン、準備いいわね。ルールは特になし。まあ、両者大きな怪我とか、死なない程度にやっちゃって、始め!」
――なんてアバウトな。
俺は思わすエレナの方を見る。
同時に周りの見物人たちが騒ぎだし、戦いのゴング代わりに騒ぎ出した。
そして、俺がエレナを見ているのを隙だと思い――チュリオンが接近していた。
既に彼女の姿は眼前にあり、刀を引き抜こうとしている。
どの程度のものかと思ったが――。
これは――そこそこ早いな。
素直な感想を浮かべながら、俺も即座に間合いを詰める。
そして刀を抜こうとするリチュオンの右腕を、俺の右手が鷲づかみにして抜刀を阻止した。
俺の動きが予想以上だったのだろう。
リチュオンは少々驚いたような声を漏らす。
「――っ」
「得物は抜かせねぇよ」
俺に右腕を押さえつけられたことにより、リチュオンの刀は鍔近くの刀身が僅かに見えるだけで留まった。
少女は少しばかり抵抗しようとしたが、直ぐに腕力では勝てないと悟ったのか、掴まれた手を振り払うのを諦める。
後はこの圧倒的な竜殺しの強さにひれ伏し、リチュオンが早々にギブアップしてくれるのを待つだけだ。
「ほら、実力差わかったろ? もう、刀抜かせねぇからさっさと降参し――」
するとリチュオンは刀の鞘を支えていた左手を即座に離すと――左太ももから投げナイフを取り出した。
あ、これ降参のする気が――もしかして無いパターンか?
「その腕――貰います」
彼女はそう言って抜刀を抑えている俺の右腕を見ながら、左手に持っていた投げナイフを投擲した。
飛来した刃の先は――俺の顔面。
彼女は言葉と視線の一致しない、別のところを狙ってきた。
しかし俺は体を動かし、首を曲げ、飛んできた投げナイフを確実に回避する。
放たれたナイフは俺の頬に傷を付けることもなく、役目を終えて飛んでゆく。
なるほど、リチュオンが腕を狙うと嘘の宣言をしたのは、俺の判断を鈍らせる為だろう。
「――やられた」
そして彼女の意図に気づき思わずつぶやいた瞬間、俺の右膝に重みが加わる。
リチュオンが俺の膝に足を掛け、無理矢理に腕を引っぺがす。
俺の右腕から彼女の腕が遠ざかる。
――投げナイフは俺の腕から逃げるための囮か。
顔面狙いの投げナイフに意識を取られ、俺はリチュオンを逃がしたのだ。
リチュオンは勢いで後方に数歩下がると制止した後――即座に抜刀。
露わになった刀身が白銀に輝く。
職人によって生み出された殺しの道具がその本性をさらけ出す。
――さてと、どうやって降参させようかね?
俺は次の手を考えながら、リチュオンを見据える。
対して少女は無言のまま刀を両手で持つと、一気に間合いを詰めてきた。
そして、一閃の斬撃。
俺が後方へ回避行動をとったと同時に、彼女の剣先が俺の視界の直ぐ目の前を通過する。
一撃目は避けた。
しかし、回避されることを想定していたのか、リチュオンの追撃が間髪入れずに襲いかかる。
――鋭さが、増した?
先ほどの回避した初撃は様子見、もしくは俺に剣速を誤認させるものだったのか――。
続けざまに来たリチュオンの斬撃は飛躍的にその速度が増していた。
一回、二回――三回と容赦なく刀が走る。
リチュオンの刀身が――加速する。
「危ねぇ」
俺は冷や汗を掻きながら、飛んだ赤い水滴を見た。
正確には俺の血だ。
痛みを感じたのは右腕。
勿論、バッサリ斬られた訳じゃない。
途中までは完全に避けていた。ただ三度目の斬撃が予想以上で、俺の体に僅かながら届き――ちょっとした傷を付けただけだ。
「余裕ですね」
苛ついたリチュオンの声。
最後の攻撃が上手く決まらなかったのが癇に障ったようだ。
そして、既に彼女は次の行動を開始していた。
リチュオンは持ち前の素早さと、小回りの利く体を生かして俺の死角に入り込もうとする。
当然俺もリチュオンに有利な状況を阻止するべく、彼女の動きをよく見て位置取りを行う。
――ちょっと油断できないかもなー。
――周りの観客が邪魔で大きな動きも出来ないし。
そう思いながら俺は女剣士の動きを、冷静に目で追い続ける。
更にリチュオンは必要に俺の死角に入り込もうと――しない!
そこで彼女の動きにフェイントが入る。
俺の動きを揺さぶる。
「おおっ!」
俺は大きな声を出すと、彼女の動きに追いつけないかのように体勢を崩す。
リチュオンの狙いが通ったのか――。
ここぞとばかりに彼女は間合いを詰めた。
両腕で握った刀が一直線に俺に向かう。
――突きだ。
まだ見せていない彼女の動き。線では無く、点での攻撃。
それを見て俺は――口元を緩ませる。
「――釣れた」
俺は突っ込んでくるリチュオンを見てつぶやいた。
彼女は俺の誘いに乗った。
故意に体制を崩した俺は、素早く次の動作に移る。
同時に首からぶら下がっている『私はケダモノの変態です』と書かれた木版を力一杯引っ張る。
竜殺しの腕力によって紐を引きちぎり、両手で木版を持ち――盾にする。
木版を突き破って刀が姿を現す。
このままだと刀は俺の体に到達するだろう。
当然こんな木の板一枚で刀を止められるはずがない。
ただ、止めることは出来なくても、動きの方向を変えることは可能だ。
「ほいっ」
俺はかけ声共に木版を動かす。
木版を貫通している刀も一緒に動かされ、俺の左斜め上で制止する。
「――っ」
リチュオンは驚きつつも、刀を引き抜こうとする。
だが、彼女の両腕は突きを決めるために伸びている。
次の動作は俺の方が早い――。
俺はリチュオンが刀を戻すよりも早く、持っている木版を車のハンドルのように回しながら、右へ左へと大きく動かした。
リチュオンは刀を手放さぬように努めるが、木版を貫通している刀は同じ用に回転し、動く。
大きな木版と刀の柄、どちらの方が力強く掴めるか――言うまでもない。
刀の柄の部分が回転し、同時に大きく左右に揺さぶられ――ついにリチュオンの手元から刀が離れた。
――決まったな、仕上げだ。
俺は彼女の手元から刀が離れたと同時に刀の貫通している木版を放り投げる。
リチュオンは既に刀を諦め、左太ももの投げナイフに手を伸ばしていた。
彼女はナイフで俺を迎撃しようとする。
しかし――それよりも早く俺の両腕が、彼女の左腕を捕らえる。
俺の右手は彼女の手首を――掴み。
俺の左手は彼女の腕の関節部分に――手を添える。
そして――勢いのまま、リチュオン後ろに回り込む。
同時に、彼女の腕の関節部分を曲がりやすいように押し掴み――彼女の左手首を無理矢理引っ張る。
そうしてナイフを持っているリチュオンの左腕を、彼女の背中に持って行く。
背中側に持って行った腕を捻ると、リチュオンの手からナイフが零れ落ちた。
関節技が――決まったのだ。
「ぐっ、くっ――」
リチュオンはなんとか足掻こうとしているようだが、完璧に腕と肩関節を極めている。
それに俺とリチュオンの体格差を考えると、この状況がひっくり返る状況もまずない。
俺は、確信した。
「はい、捕縛完了。悪いが降参を聞く気もないぞ――俺の勝ちだ」