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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第三十七話 死に誘う声

 死に誘う竜ビガラオは自分の能力の欠点を理解しているつもりだった。 


 声に自殺を促す呪いを乗せる――死に誘う声。

 この能力は知らない者に対してはかなり高い効果を期待できる反面、仕組みさえ理解してしまえばほぼ対処が出来てしまうという欠点があった。


 ――ビガラオの声を聞こえなくする。

 ――もしくはビガラオの声が聞こえないように耳を塞ぐ。

 基本的にはこれらの行動を起こせばどうにかなってしまう能力だ。


 もちろん、ビガラオの声を聞かないように耳を塞ぐと、周囲の音が聞き取ることが出来ないし、仲間の声も聞こえなくなるので連携が難しくなる。

 五感の一つである聴覚を使用できなくさせるという点では、防がれたとしても完全に意味が無くなる訳ではない厄介な能力に変わりはなかった。

 だが、ビガラオはそんな所に重点を置かない。

 あくまでこの竜が己の能力に求めるのは――相手の自殺。


 だからこの竜は、己の能力を最大限に生かせるように工夫した。

 例え、同じ相手と再戦し、こちらの手の内がバレていようとも勝てるように。

 むしろ、能力がバレている二回目だからこそ相手に効果的に働くように。


 死に誘う竜ビガラオは自分の能力に、敢えてワザと縛りを設けて使用するようにしていた。


 その縛りとは、自殺の呪いを乗せるのは美しい声を出す時のみ。

 こうすれば相手は呪いを恐れて美しい声にのみ警戒する――と、この竜は考えたのだ。

 本来、ビガラオの呪いが乗せられるのは美しい声に限らない。

 呪いの乗った声が相手に届けば声の種類など全く関係ない。


 相手に聞こえれば――それこそ悲鳴でも断末魔でも何でも良いのだ。


 そして、この狡猾な竜の目論見はアッフェル騎士団の者たちに上手い具合に作用した。


 ***


「こんなの、こんなこと聞いてないぞ――」


 あっちにも、こっちにも、アッフェル騎士団の者たちの死体が転がる。

 これらは全て自殺した死体。


 この惨状を目の当たりにした数少ない生き残りの騎士が、自ら付けた腹の傷を抑えながら嘆いた。

 今生き残っているのは、音潰しを使う老人魔術師と、騎士の援護を行っていた魔術師が一人。そして、自殺をしながらも何とか致命傷にはならず生き残った騎士が三名。

 残っているのはこの五名のみだった。


 ビガラオの相手を自殺させる成功率には、対象の呪いに対する抵抗力と、その者の器用さなどが関係していた。

 まず、魔術師などの呪いなどに耐性を持つ者は、自殺を行うまでの時間が通常の人間より遅い傾向があった。もっともビガラオの呪いは強力なので声を完全に遮断出来なければ魔術師でも大抵は自殺する。


 そして次に、一概に当てはまる訳ではないが器用な者ほど、簡単に言えば有能な者ほど――迅速かつ的確にに自殺を行う傾向があった。

 逆に、鈍くさい者や、不器用な者だと――上手く自殺できなかったり、遠回しな自殺を行おうとして時間が掛かることもある。


 だが結局のところ、老人の魔術師が途中呪いを受けていることに気づき、音潰しの魔術を使用しなければ残った五名も確実に死んでいただろう。


「この結果、所詮私は時代遅れか。期待に応えられず――すまない」


 老人の魔術師はそう言いながら、傍らで死んでいるアッフェル騎士団の団長を一瞥した。

 しかし、すぐビガラオに向きなおると、他の者たちに指示を下す。


「奴は美しい声以外にも自殺の呪いを乗せる! 恐らくそのことを知っているのは我々のみだ。奴は私が食い止める! 他の者は撤退し、このことを町の者たちに知らせろ!」


 そうして老人が叫んだ瞬間、ビガラオも威嚇するように大きな声を出した。

 直ぐさま音潰しの魔術が行われ、死に誘う竜の大声が弾け飛んだ。

 もうビガラオがいつ声に呪いを乗せているのか判断が付けられない為、老人の魔術師は竜が声を出す度に音潰しの魔術を行使するしかない。

 そしてこの間に、生き残っている三人の騎士たちは一目散に動き出し、元来た森の中へ消えた。

 残ったのは――魔術師が二人。


「何をしている? 早く行け」


 老人の魔術師はもう一人の魔術師に命令すると、彼は嘲笑するように笑った。


「何言っているんですか? あなた、奴の呪いを防ぐのに音潰しの魔術を使うのでしょう。ならその間、攻撃は出来ない。誰かが攻撃役をやらなくてはならなくなる。もっとも、あなたに攻撃手段があるか知りませんがね――」


 もう一人の残った魔術師はそういうが、元々援護専門である魔術師である彼も攻撃手段など限られている。彼も、老人の魔術師と同様にここで死ぬつもりであった。


「――すまない」


「全く、笑えないですよ」


 老人の魔術師は謝り、もう一人の魔術師は手元にリンゴほどの大きさである火球を作った。

 すると、死に誘う竜ビガラオはゆっくりとした歩みで、滲み寄る。

 二人の魔術師は同じような速度で後退し、相手の様子を窺う。


 するとビガラオの口から三本の白い紐状の物が出てきた。

 触手のようなそれは、太さ人の腕より少し細いぐらいにだろう。

 三本の触手の先端にはそれぞれに口が付いており、ギザギザとしているノコギリのような歯を見せていた。


 老人の魔術師は、ビガラオの口から出てきたそれを睨みつける。


「そういえば数日まえに交戦した女魔術師が、奴の口から出てきた細長い舌のような物で攻撃されたと聞いていたが――」


「あれがその舌の正体ですか?」


 もう一人の魔術師の問いに、老人は頷いた。


「恐らくあれが伸びて攻撃してくる。気をつけ――」


 そう言って老人の魔術師が喋っていると、ビガラオの口から出ている触手の一本が嘔吐くような動きをして――。


 ほんの一瞬で――紫色の液体が飛んできた。


「がああああっ! あぇっ! ああああああああああああああっ!」


 触手から吐かれた酸性の液体は、老人の顔面に直撃する。

 顔の皮膚は軽くただれ、目は完全にやれている。

 老人の魔術師は不意の出来事と、激痛で顔面を押さえながらその場で叫ぶ。


「クソっ!」


 突然の出来事にもう一人の魔術師の思考が乱れながらも、ビガラオに向けて火球を投げつける。

 しかし、その程度の火力ではこの魔力耐性の高い竜の皮膚に効果は見られない。

 ビガラオは出していた三本の触手を口の中に戻しながら、魔術たちに迫る。


「グオゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 竜は走りながら、威嚇するように叫び声を上げる。

 もう一人の魔術師は竜の死に誘う声を警戒し、両手で耳を塞ぎながら更に後へ下がろうとする。

 しかし、そんな無防備な状態の者をビガラオが見逃すはずもなく、すぐに追いつくと魔術師をその大きな手で叩き殺した。

 ビガラオは一人目の魔術師を殺したのを確認すると、近くにうずくまっているもう一人の老人の魔術師に視線を移す。


「うおおおっ! あああっ!」


 老人の魔術師は近くに竜がいるというのに、もう痛みでまともに動くことが出来なくなっていた。

 死に誘う竜ビガラオは老人にゆっくりと近づくと、その口から再び白い触手を伸ばす。


 伸ばした白い触手は一本。

 その一本の触手はするりと横から老人に近づき、その首に齧り付く。

 ――血が飛んだ。

 触手の口は老人の首の肉を食い千切り、命を取った。

 痛みであれだけ騒いでいた老人の魔術師は、もう完全に沈黙している。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ビガラオは血の付いた触手を口の中にしまうと、山の向こうまで届きそうな程大きな叫び声を上げた。

 山彦で竜の叫び声が響く。

 そして、しばらく沈黙していたビガラオだったが、思い立ったように動き出した。


 もう逃げ出した騎士たちのことなど気にしない。

 しかし、このままだと自分が殺されることは理解したらしい。 

 だから竜は人の多くいる場所を目指す。


 死に誘う竜ビガラオは自分の有利を作るため――アムバスの町へと動いた。

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