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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第三章 滅び望むモノたち
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第百二十九話 孤独になった男

「妙に静かだな」


 採掘場の外に向かって走るエレナを後方から見守りながらも、俺は違和感を覚えていた。

 先ほどまでガルティと竜が戦っており、そのやり合っている音がこの洞窟内に響いていたのだ。

 しかし、今では一切それらしい音が聞こえてこない。

 つまりは戦闘が終わっている?


「まさか、ガルティがやられた?」


 俺は嫌な予感が頭に浮かび、不安に思い始めた。

 さっきガルティは無視で大丈夫だと言ってしまったが、相手は一応竜である。

 舐めて掛かれる相手ではないし、奥の手を持っている可能性だってあるのだ。


 ――安易に考え過ぎたか?

 ――でも、俺のこの判断でガルティが死んでいたら。

 ――その場合は俺の判断ミスかもしれない。


 素がネガティブなのでどんどん悪い思考へと行ってしまう。

 俺が判断を間違えたから状況が悪くなっているのではないかと勘ぐってしまう。


 いや、さっきのエレナのピンチ具合を考えると、竜と戦っているガルティを無視するのは正解だろう。

 しかも、エレナは一般人、ガルティは自衛できる竜殺しの盾の使い手。

 俺の選択は無難だろうし、間違いないはずなのだ。


 ――でも、もっと早くこの洞窟に侵入していれば、何事も無かったのでは?

 そこでもう一人の自分が疑問を投げ掛けてくる。


 でも、中の状況わからなかったし。

 ただ、突っ込んでも状況が悪化するだけかもしれないし。

 何事もタイミングが大事だし。

 だけど、やっぱり早く突入するにこしたことなかったのか?

 あー、訳がわからなくなってきた。

 自分の行動に自信が無い!

 ほんと何が正しい行動なのかわからないんだけど。

 こういう時、みんなどうしてんの?

 もー、わからん。


「きゃあ!」


 そうして俺が自己嫌悪に陥っていると、前方を進んでいたエレナの驚いた声が響いた。

 すると、下の地底湖のある方から――死んだ可能性もあったガルティが!


 崖際から盾を水平に掲げたガルティが俺たちの目の前に着地する。

 突然近くに飛んできたので、さすがのエレナも驚いたのだろう。

 竜殺しの盾ゼブレルは竜を殴り殺せるように、盾自体が独自に推力を発生させることが出来るのだ。

 確かガルティはそれを応用して、短距離なら空を飛べるという訳のわからない使い方をするのだ。


「おや、エレナに――ケイゴか! なんで君が?」


「ちょっとガルティ! 驚かせないで」


 ガルティがいつもの呆けた優男の顔をしている。

 そんなイケメン騎士にエレナは非難の声を上げる。

 ただ、俺はそんな二人のことを無視して、二人の間に割り込んだ。


「ガルティ! 竜はどうしたんだ?」


 まず一番に気になる所はそこだ。

 逃げてきたのか、それとも倒してきたのか。

 もし、竜が生きているなら一番に警戒するべきだろうし、最も知っておきたい情報だった。


「一応、連続して殴打して動かなくはなっていた。だが、死んではいないと思う。致命傷か? いや、ケイゴが助けに来ているのを知らなくて。ラテスを助けるために、なるべく早く――そうだ、ラテスは無事か? 彼女は無事なのか!」


「ああ、彼女なら先に外へ逃がしたから大丈夫だ。俺も今、エレナを外まで連れ出すつもりだったから」


 ラテスが先に逃げたことを聞いてガルティは安堵していた。

 そして、精神的に安心したのは俺も同じだ。

 ガルティが竜に殺されていなくて良かった。


 どうやら先ほどまでの不安は俺の杞憂だったらしく、ガルティは竜相手に圧勝していたらしい。

 正直そこまで一方的なら竜に止めを刺すところまでやって欲しかった。

 まあ、俺が助けに来ていることを知らず、ラテスたちが捕らえられたままだとガルティは思っていたようなので仕方が無いか。


「とにかく今はラテスたちの元へ向かおう。大丈夫なはずだけど、完璧に安心できるのはやっぱり合流できたらだしな」


 そうだ、今はガルティとラテスたちを合流させるのが先決だ。

 竜はエレナたちの安全が確保出来た後に殺しに行こう。


 ***


「くそっ! どうして、どうしてこんなことに――」


 トールスはあまりにも色んな物を失い、頭がおかしくなりそうだった。

 怒りのあまり拳で地面を叩き続けている。


 妹であるラテス、人質であったエレナに逃げられ――。

 自分の味方だと思っていたメイドのアニスに裏切られ――。

 もうここが潮時だと部下であった騎士たちが全員離れた。


 完全にトールスは一人ぼっち。

 周りには敵も味方もいない。

 死体しかこの場には残っていない。


「私は選ばれた人間のはずなのに! 私には人と栄光が集まるはずなのに! どうしてだ! どうしてだ! どうしてこんなことになった!」


 トールスは頭を掻きむしり、髪の毛が乱れていた。

 そんな荒れていたトールスだが今度は一変して無言になった。

 焦点の合わない瞳で虚空を見つめている。


「もうお終いだ。私は一人。誰も私を守ってくれない。ここで私は死ぬんだぁ。惨めに死ぬんだ。きっとガルティに殺される。そうでなくてもガルヴァン王国の奴らに追われて殺されるのが目に見えている。終わりだ。死ぬんだ。私は死ぬんだぁ」


 全てを失ったかのようにトールスは項垂れる。

 もう生気が感じられない。

 だが、不意に視界へと入った部下の死体がそんなトールスの体を奮わせる。


「この周りにある死体と同じ運命を辿ることになるのか? 嫌だ。死にたくない。死ぬのは怖い。最悪一人でも仕方ないが――死ぬのは嫌だ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのはもっと駄目だ。ああ、駄目だ。死にたくない」


 そう言ってトールスはなんとか動こうとする。

 死への恐怖で足が言うことを聞かず四つん這いのへっぴり腰ではあったが、このままこの場から逃げようとしていた。

 だが、そんなトールスの手に触れる物があった。


「いや、違う。まだ私は一人じゃない。私には、私にしかない切り札があったじゃないか。竜が、強力な竜が私にはあるじゃないか」


 先ほどまで色々なことが起きすぎてその存在を忘れていた。

 地面に落ちていた竜使いの杖をトールスは必死になって拾う。

 誰も奪う者はいなかったが、誰にも取らせまいと必死だった。


「そうだ。私には青白い腕の竜フォランがいる。人質の女共も、私を見捨てた奴らも要らない。フォランは最強の竜だ。あの急に出てきた竜殺しであっても殺して見せるだろう。そうだ、私はまだ終わっていない。いや、ここから私の反撃が始まるのだ!」


 今までの絶望が嘘のようだった。

 一瞬で元気を取り戻したトールスは、頼りの綱である竜の元へと向かう。

 入り組んでいる採掘場を進み、フォランがいる地底湖へと辿りつく。

 そして彼は――再度、絶望した。


「そ、そんな、これは一体どういうことだ?」


 地底湖に辿りついたトールスが見たのは瀕死になっている竜の姿。

 青白い腕の竜フォランは至るところに傷を負い、苦しそうに呼吸し、もう横になったまま動く気配がない。

 竜殺しの盾の使い手であるガルティに一方的にやられた惨めな姿だけがそこにあった。


「あの女が言っていた話と違うぞ。おまえは強い竜だって聞いていた。それなのにこれはどういうことだ? おい、何を寝ている? 動け、動け、これは命令だ! おまえは動いてこの私を守るんだよ!」


 トールスは竜使いの杖を掲げ、必死に命令する。

 だが、フォランは体の怪我が酷いのか動けない。

 まともに意識があるのかも怪しい状況だった。


「くそっ! おまえも使えないな! 本当にどいつもこいつも使えない! あの女め、よくもこの私にこんな弱い竜を与えてくれたな! この杖も不良品なんじゃないか? 舐めやがって! くそっ! くそっ! くそっ! どいつもこいつも私のことを馬鹿にして! くそが! 死ね、みんな死ね! 死んでしまえ!」


 最後の頼みの綱であったフォランが使い物にならず再び怒り狂った。

 この感情を発散するべくトールスは持っていた竜使いの杖で、瀕死になっているフォランの体を何度も殴打する。

 すると力任せにトールスが叩いていたからか、竜使いの杖が耐えきれず破損――杖の先端に付いていた赤い石が地面に転がった。


 その瞬間、殴られていたフォランは一度体を大きく震わせる。

 そして、死んだように動かなくなった。


「使えない竜が、ついに死んだか。本当に役立たずだったな、こいつは――」


 ピクリとも動かないフォランを見て、トールスは殴るのを止める。

 そのまま壊れたことにも気づかない竜使いの杖を地面に捨てた。


「ああ、もう! 結局私は一人じゃないか。無能共が使えないから。結局、自分の身は自分で守るしかないじゃないか」


 そう言ってトールスは辺りを確認する。

 薄暗い採掘場に一人取り残され、トールスは急に不安になってきた。

 もしかしたら、暗闇の奥に誰か居るのではないかと?

 ガルティが暗闇から自分の命を狙っているんじゃないかと、どんどん妄想が広がっていった。


 自分の命が狙われているのではないかという恐怖――。

 トールスは思わず、腰に差してあった剣を引き抜いた。


「と、とりあえず、ここから出るか」


 もうここには用がないと、トールスは動かないフォランを背にして歩きだした。

 恐怖からか辺りを見回しながら進む。

 不気味なぐらい静かだった。

 どこからか水が垂れて、地底湖に落ちている音が聞こえる。

 トールスは自分の息づかいと、足音が聞こえる。


 それだけが聞こえるはずだった。

 本来、それだけが聞こえなければいけないはずだった。


 だが、異様なほど警戒心が高まっていたからか、トールスは微かに聞こえた異音に気づく。


 思わず振り向く。


 振り向いたその視界には――青白い腕。

 人間の頭部ほどに開いた手の平が迫っていた。


「ひっ!」


 トールスは情けない声を上げながら、反射的に持っていた剣でそれを斬った。

 切断された青白い腕はまるで幻であったかのように崩れて消えてゆく。


「はっ、ひゃああああああああああああああああああああああああああっ!」


 危機感が、死の恐怖が爆発した。

 涙を流し、鼻水を垂らし、トールスは走り出す。

 剣も捨てて、とにかく必死にその場から逃げ出す。


 それと同時に地底湖に何か大きな物が落ちたように水飛沫が飛ぶ。

 そこにあったはずの竜の姿が消えていた。

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