表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第三章 滅び望むモノたち
289/365

第百三話  不吉の予兆

 ガルヴァン王国の王城にはとある扉から螺旋階段を下り、様々な財宝が保管されている宝物庫が存在した。

 本来なら限られた者しか入れないはずの場所。

 だが王城襲撃の混乱に乗じて、邪教集団の信者たちは足を踏み入れる。


 彼らの狙いは竜の卵。

 その卵には世界の破滅をもたらすと言われる邪竜が封印されているという。

 邪竜の卵を求め、王城内にある宝物庫へと到着したネクロアと数人の信者たちだったが、ここまで来て予想外に事態に直面する。


「そんなどうして――」


 ネクロアを初めとする全員が唖然とするしかない。

 宝物庫に備えてあった燭台に火を付けると、部屋の中央には意味ありげに剣が立てられている。

 ただ彼らはそんな剣に構っていられる状況では無かった。

 もっと目に付いたのは鉄格子によって区切られていた小さな檻。


 その檻の中には蓋が破壊され、横たわった宝箱。

 更に宝箱の中や近くの床には薄茶色の卵――その殻のみが残されていた。


 しかもその周囲には何かの汁か体液のような物が飛び散っており、この中身が外に出てからまだそれほど時間が経過していないのがわかる。

 明らかに卵の中から何かが誕生し、外へと出て行った痕跡が残っている。


「もしかして邪竜が? そんな、話と違う。早すぎる」


 この卵から生まれた物が何なのか、ネクロアたちは見ていないのでわからない。

 しかし、ガルヴァン王国の王城地下に邪竜の卵が存在するという情報が間違いでないのならば、邪竜が復活したことになるのだろう。


 だが、未だに現状を受け入れられていないのか、ネクロアは地面に落ちている卵の殻を固まった表情のまま手に取っている。

 また、その背後では邪教の信者たちが話し合いを開始していた。


「この状況は予想していなかったな? どうする? どうやらこの卵が割れてからそこまで時間は経ってなさそうだ? これの中身を追いかけるか? まだ王城内にはいるだろう?」


「馬鹿言うな、それはさすがに危険過ぎる。さっきも危うくあの白い鎧の連中――恐らく、王族親衛隊に遭遇するところだっただろう。運良く回避出来ていたが、我々であいつらを殺せるか? それに四騎士の怪物ババアが戻ってくるのも時間の問題だろう。もう引くべきだ」


「逃げるのか? 今回のことで仲間が何人犠牲になっていると思ってる? 今更引けるか? 周りの奴らにどう言い訳する? そもそも我らが邪竜を退治しなかったら、誰が邪竜を倒す? 誰がこの世界を救う? 私は今すぐにでも邪竜を追いかけるべきだと思うがね」


 信者たちの間でも意見が別れているようだった。

 だが、この場で決断するべき立場であるネクロアは、未だにどうしたら良いのかわからない。


 邪竜の復活を阻止しようとしていながらも、あまり邪竜のことを理解していない信者たちとは違い――邪竜の恐ろしさをガルン・ゴシアから直に聞いていたネクロアはことの重要性を理解しており、既に生きた心地がしていない。


「これは、この状況は、ガルン様に聞かないと――」


 彼女は自分の主である竜に、現状を報告しようとする。

 ガルン・ゴシアに助けを求めようとする。


 だからこそ、判断が遅かった。

 ネクロアたちがいるのは、ガルヴァン王国の王城。

 いわば敵の本拠地。

 しかも部外者は入れない、かなり重要な場所にいる。


 恐ろしい人物が来る前に――彼らは逃げるべきだったのだ。


 ***


 竜殺しの剣セント・ダルシア。

 ガルヴァン王国の王様、デュラム・オーダントが使い手として選ばれている特殊な武器である。

 他の竜殺しの武器と違わず、セント・ダルシアにも竜殺しの武器を悪用されることがないように精霊が宿っており、契約した使い手とだけ意思疎通を図ることが可能である。


 そんな竜殺しの剣セント・ダルシアを、デュラムは一度手放そうと考えたことがあった。

 デュラムにとってセント・ダルシアは共に竜と戦った大事な相棒であり、宿っている精霊と喧嘩をしたこともなく、これまでも関係は良好であった。


 それでもデュラムは、もう自分がこの竜殺しを持つべきではないと考えていた。

 その理由を挙げるのならば――国益だ。

 強力な竜への対抗手段となりうる竜殺しの武器。

 本来ならばもう王様となり戦場へと出ることのないデュラムにとって無用なものである。

 国の為を思うのであれば、他の者にセント・ダルシアを渡して少しでも竜退治に役立たせるのが賢明だと、自分が持っていて腐らせるのは勿体ないと、デュラムは本気で思っていた。


 そして決心したデュラムは、セント・ダルシアを他の者に使わせるために家臣たち集めたことがあった。

 相棒を本気で手放すつもりだった。

 セント・ダルシアとも話し合い――デュラムがそう言うのであればと、剣に了承も得ていた。


 ――さすが王、懸命な判断です。

 ――さすが王、愛国に満ちていますな。


 当時、多くの家臣たちがデュラムの意見に賛同し、褒め称えた。


 ――であれば、私が支援する騎士団に一人お勧めしたい男がいます。

 ――いやいや、私はもっと竜殺しの武器を持つに相応しい人物は知っています。


 身内に竜殺し武器の使い手がいれば、もっと自分たちの立場を有利に出来る。

 そう考えた家臣たちは挙って王に主張した。

 ある、一人を除いて――。


 ――私は反対ですね。

 ――竜殺しの剣セント・ダルシアはデュラム王が持つに相応しい。

 ――むしろ、国益を考えるなら王の物にし続けるべきです。


 その当時、宮廷魔術師として先代の王から仕えていたウェイレム・ハルトンという男だけが、家臣たちとデュラムの意見に納得がいかないと唯一反対意見を述べてきた。


 ウェイレムがデュラムに竜殺しの剣を持たせたがる理由。

 それはデュラム王が替えのきかない有能な人間であったこと。

 そして、セント・ダルシアの持つ能力はデュラムが襲われたり、その身に危険が生じた場合の有用な生命線であるからだと、彼は主張した。


 セント・ダルシアはいくつか存在する竜殺しの武器の中でも後期に作成された物であり、その能力は初期に作成された竜殺しの武器に比べれば多彩である。


 ――身体能力の強化。

 ――強力な自己治癒能力。

 ――毒や体の麻痺などの、体への異常耐性。

 これらの能力を使い手に付加する。


 確かにどれも使い手の生存率を上げるに十分であるが、能力がこれだけであったらウェイレムもデュラムたちの意見には反対しなかっただろう。


 ただ、セント・ダルシアの持つ能力の恩恵はこれだけでは無かった。

 更に重要な能力がこの剣には備わっている。


 ――セント・ダルシアと使い手が離れていても意志の疎通が取れる。

 ――セント・ダルシアの元に使い手を召喚することができる。


 この二つの能力が重要だった。


 竜殺しの槍オルレーンという武器がある。

 今は第一王子セイドルの側近であるフィルスが契約している物だ。

 この武器は投擲して使用することも多いことから、持ち主であるフィルスの元へと召喚する能力を有していた。


 そして、竜殺しの剣セント・ダルシアの能力は言ってしまえばオルレーンと真逆のことが可能であった。

 オルレーンは使い手の元に戻るが、セント・ダルシアは使い手を自分のところへと呼び寄せる。


 ウェイレムが考えるセント・ダルシアの運用は――言わばデュラムの身に何か危険が迫った時の切り札だ。


 セント・ダルシアを常に王城の中に置いておけば、もしデュラムが襲われたり、不慮の事故に巻き込まれたりした場合でも、使い手を召喚させる能力によって安全な場所まで一瞬で逃げることができるという算段だ。


 ――本当に国益を考えるなら、デュラム王の身の安全こそ一番では?


 ウェイレムのこの言葉が最終的な決め手となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ