第八十九話 王都の伏兵
エイブンの町の中央広場。
魔術で吹き飛ばされ見晴らしの良くなったその場所には、ガルヴァン王国の中央地域からやってきたレバン率いる討伐部隊が駐在するにうってつけの場所となっていた。
多くの兵士たちがその場所に幕を張り、休憩している。
また、その中央では指揮官であるレバンが今後の計画について、話し合いを始めたばかりであった。
彼だけが真ん中で立っており、他の面々は椅子や地面に座りながら話を聞く。
最初の議題は連れ去られたシャルア第二王女への対応だ。
しかし、既に一人の男の存在で話し合いどころでは無くなっている。
「俺の部下が連れてくると言ったんだ。第二王女は絶対に戻ってくる」
王族親衛隊の隊長ルネイドの発言はこの一点張りであった。
自分の部下が王女を必ず助けて来るので、その後のことを話し合うべきだと。
他の者が――もし王女の身にあったら、どう責任をとる? と脅しもするが、一切揺るがずルネイドは発言を変えない。
部下へ絶対の信頼を置いているのは美談ではあるが、美談で全てが上手くいくほど世の中は甘くないと、レバンを含めたここにいる大勢のたちは思っている。
ただ、困ったことにこのルネイドという男は、単独でレバン含めた大勢を相手に出来るだけ強かった。
対人における戦闘ならガルヴァン王国でも頂点。
一騎当千という言葉を体現出来るほど、本物の実力者であった。
弱者の叫ぶ戯れ言など放っておけば良いが、それが実力者となると話が変わってくる。
しかも、レバンの部下でないので命令権がなく、その上これから任せたい仕事があるため安易に発言を否定できないでいた。
だから、ここでレバンが行えることは手っ取り早く妥協案で済ますしかない。
「――わかった。とりあえずは王族親衛隊がシャルア第二王女を救出してくるという想定でこれからの計画は考えさせてもらう。まあ、当然期限は設けるがね。じゃあ、次の話だ。それでデズリー、あなたの率いる部隊が邪教集団の魔術師を相手してくれると聞いたが? それは本当か?」
裏では第一王子の私兵たちに用心して動いて貰っているので、レバンは早々に話題を変えた。
レバンはくだくだと中身の無い話をルネイド相手に長引かせるもつりはない。
そこらのことを察してか、東地域の将軍であるデズリーは普段通り葉っぱを口の中で咀嚼しながらも、素早くレバンの言葉に反応した。
「おう、任せろ。話を聞いた感じ――まあ、大体分かった。もう殺し方も幾つか練ってある。あとは臨機応変に、だな。しかし、おたくのお強い部下たちはそのグローランとかいう魔術師の根城に行ってるんだろう? もし戦闘になって殺しちまったら、俺の仕事が無くなっちまうなぁ? 自慢の部下だ、相当強いんだろう?」
――と思われたが、デズリーは再びルネイドに話を振る。
どこか煽るような内容から察するに、噂に名高い王族親衛隊の隊長がどんな返答をするのか興味本気でやっているのが窺えた。
「はぁ? 確かにあいつらは強ぇ。だが女王の救出で変な欲を出すほど、あいつらは弁えてない訳でもねぇ。直接的な戦闘は極力避けるだろう。つまりグローランとかいう魔術師が俺の部下に殺される心配はまずないってことだ。そもそも遠距離魔術は効かねぇらしいし、矢除けの魔術も持ち合わせるとなると、尚更殺せる機会はねぇだろしな。だから――安心しろ、あんたの獲物だろう? お手並み拝見させてもらう。まっ、もし仮に俺の前に現れたなら、その魔術師は代わりに俺が殺してやろう」
「へぇ、そうかい、そうかい。王族親衛隊、なるほどねぇ」
ルネイドは普段から三下のチンピラのような言動をするものだから、初対面の人間は短慮な人物だと思われがちだ。
実際にデズリーも第一印象で頭の悪い奴だとは思っただろう。
確かにこのルネイドは学が無く、喋れることは出来るが文字の読み書きも満足に出来ない。
元々異国の人間なので、当初は野蛮人だと馬鹿にされることも多かった。
しかし、それでもあの強者たちをまとめる王族親衛隊の隊長だ。
ただ腕っ節が強いだけの男だったら、ここまで慕われてはいないだろう。
そして、たった今行われたルネイドの返答により、デズリーはこの男の評価を少しだけ見直したようだった。
レバンは二人の様子を窺いつつ話を進める
「あと、ミューラン王国残党とそいつらが扱っている手から剣を出す竜か。こいつらに関ししては、竜殺しの盾の使い手であるガルティをぶつける、ということで話が決まっている」
「おい、竜に竜殺しの武器に使い手をぶつけるのは妥当だと思うが、ミューランの奴らはどうする? 竜殺しの武器は人間相手には使えねぇって話だろ? 奴らもそれは理解しているはず、恐らく竜と一緒にガルティの野郎を狙ってくるぞ」
竜殺しの武器には精霊が宿っており、人間に向かってその力を振るうことが出来ない。
ルネイドが心配しているのか、もしくは悪いところを突こうとしているのか、指摘してくる。
しかし、当然ながらレバンもそのぐらいのことは言われなくてもわかっている。
「その為にガルティの護衛としてリチュオンとファリスを護衛に付ける。彼女らにはミューランの戦士たちがガルティに近づけないよう働いて貰うつもりだ」
「はん、まあ、わかってるならいい」
それならいいと、ガルティは黙った。
そして、レバンも話し合いが終わるような雰囲気を出す。
そろそろ面倒くさい話も終わりが近いと、レバンは思わせたかったのだ。
「後は――とにかく第二王女がいると邪魔すぎる。戦闘が起こった際に一々気にしていられないからな。だから、王族親衛隊が第二王女を連れて帰り次第、早々に帰す算段を取ろうと思う。ただ、そこであまりに大人数の護衛がついても移動が遅くなる。そこで予定通りルハナ騎士が護衛につくのと――王族親衛隊の三人にも王女の護衛についてもらって、一緒に王都へと帰還して貰おう。これで今日の話は切り上げで――」
「おい、ちょっと待て――第二王女の護衛? 俺は聞いてねぇぞ?」
――ちゃんと聞いていたか。
――意外と真面目に人の話を聞いてるとは。
――やはり、はぐらかすのは無理か。
最近ずっとルネイドは、炎の魔術師の仲間と思われるもう一人の魔術師のことを警戒していた。
彼曰く、グローランなんて比較にならないほど、強力な魔術師だという。
ただ、いつ襲ってくるかわからない。
そもそも襲ってくるかもわからない、というのがルネイドの意見だ。
ルネイドがそれだけ警戒するのだ。
危険なのは間違いないだろう。
しかし、そんな確証のないことにずっと構ってもいられない。
レバンはしょうがないと、立ち上がったルネイドの文句を真っ正面から聞く体勢に入った。
「第二王女の護衛、駄目かい? 君がやってくれれば何の心配もいらなくなるんだが?」
「ふざけんな、糞ほど強ぇ魔術師がいると伝えたはずだ。あいつは俺でも勝てるか分からないぐらい強ぇ。護衛なんてしてる場合じゃねぇ。俺がいないと全滅は確実だぞ?」
「第二王女を確実に王都へと遅れるなら、僕はそれでも良いと思っているね。彼女が賊共に殺され、それが周辺に知れ渡って見ろ。今いる賊共は更に勢いを増して増長するのが目に見える。それにうちの力が弱まったと、同じようなことを考える輩も増える可能性がある。将来的なことを考えるなら、やはり第二王女が優先だ」
「ふん。将来性をいうなら、デケぇ戦力の消耗もどうなんだ? 兵士だって一人前のを育てるとなると時間と労力が掛かるだろう? それとも軽視してるだけか?」
「別に僕も好き好んで戦力を消耗させたいわけじゃない。そんなこと言ったら、ちゃんとした血筋でちゃんと政治の出来る王族だって作るとなると時間が掛かる。むしろこっちの方がかなり面倒だ。まあ、そもそも僕は国というものには戦力も政治力も釣り合いが取れる程度にあれば良いと思っている人間だ。別に片方を贔屓するつもりはないさ」
「はあ? てめぇの考えなんぞ知るかよ。とにかくだ。あの魔術師の相手をするために俺が残る。もし、俺を護衛に付かせたいなら俺の代わりが出来る奴らを探してみせろ? いねぇよな? 無理なら俺の言う通りに――」
ルネイドがそう豪語した時だった。
まるで見計らっていたかのように、周囲で一気は羽音が響いた。
黒い固まりが空から降って来たかと思うと、それらは王族親衛隊の白い鎧に纏わり付き、一瞬にしてその色を変えてしまった。
「この虫――あの女の、この近くにいるのか?」
周りに兵士たちが何事かと焦る中、当のルネイドは冷静であった。
手の平ほどはある蜂の様な生き物。
それらが自分の鎧の表面で無数に蠢いているにも関わらず、気にしている様子はない。
「ちっ、あの女共――療養中というのは嘘話だったってことか? そして、これは、あれか?自分たちがやるから俺は引っ込んでろと? そういうことか? どうも都合が良すぎるな。――となると最初からあの魔術師が現れることを想定していた? あのクソババアが仕組んだか。いや、あのババアにそんな裏で動くような器用な真似は出来ねぇ。となるとウェイレムが絡んでやがるな」
それどころかレバンやデズリーさえも困惑している中、ルネイドだけが現状を理解しているようだった。
ルネイドは面倒くさそうにレバンに告げる。
「ったくよ。どうやら王都の凶暴な女共が近くに来てるらしい」
「凶暴な女――四騎士か? パープリーアテントの襲撃時に力を使い果たして、今は戦えないとウェイレムから聞いていたが」
「そりゃ、てめぇ――ウェイレムに騙されてんな。あの化け物どもがそんな貧弱な訳ねぇ。そして、やっぱ偶然じゃねぇな。マリアのババアがそんな細かく周囲の状況を探れるはずがねぇ。となるとやっぱりウェイレムの野郎がなんか裏でこそこそやってやがったな」
そこでルネイドは納得したような声を出す。
すると彼に群がっていた虫たちが徐々に飛び始め、空へと消えて行く。
「しゃしゃり出て来やがって――まあいい。俺より適任か。おい、状況が変わった。シャルア第二王女の護衛には俺を含めた王族親衛隊が同行しよう。どうやら俺が警戒していた奴は四騎士の女共が相手をするらしいからな」
真っ白な鎧を再び露わにしたルネイドは静かな声で言った。




