表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第三章 滅び望むモノたち
251/364

第六十五話 おぞましい物

「なんだ今の――女の子の泣く声? 近いな」


 突如聞こえてきた小さな女の子が泣き叫ぶ声。

 俺は助けに行こうと思ったのだ。

 だが、そんな俺の服をリチュオンが軽く引っ張った。


「ケイゴさん、一回落ち着きましょう」


 彼女は冷静そうな表情で、俺に諭すように喋りかける。

 だが俺としては誰かが危ない目に遭っているとわかると、どうもすぐに向かいたいと思ってしまう。

 リチュオンほど冷静ではいられない。


「リチュオンも確かに聞いただろう? 向こうの方から声が」


「ケイゴさん。普通に考えたらこんなへんぴな森の中で女の子が一人だけ泣いてるの、おかしいですよ」


「迷い込んだとか、誰かと一緒だったけど――はぐれたとか」


「この辺りは近くに村とかも無かったと思いますし。警戒というか敵を前提として行動してください。この森、化け物がいるかもしれないんですよ?」


「化け物がいるなら尚更だろう? 早く行動した方がいい」


「あの声が注意を引くための囮だったら? 後から奇襲される可能性もあります」


 俺とリチュオンは互いに視線で意思表示する。

 どちらも主張があると目で訴える。

 ただ少し冷静になってきて、彼女の言っている事も理解できる。

 そのタイミングで――リチュオンが即行提案してきた。


「ケイゴさん、前方注意しながら声の方へ。リーナさんはその後に続いてください。私は後方警戒しながら、お二人の後に続くので」


「おっけ、それでいこう」


 そう返事をすると俺はすぐに動き出した。

 二人が追いつけるぐらいの軽い走りで森の中を進み出す。

 リーナはまだ戸惑っているし、彼女の意見はまだ聞いていないが、俺はそこまで構っていられない。

 後方でリチュオンがリーナの体を軽く叩き――行きましょう、と催促していたのできっと大丈夫だろう。


「ううっ、うっ。うううううっ――」


 ほどなくして、俺は女の子がいると思われる場所の近くに辿り着いた。

 その証拠に女の子の静かに泣き続ける声が聞こえる。


 だが同時に――何かを汚らしく食べるような音も一緒に聞こえた。

 ぺちゃ、ぺちゃ、くちゃ、くちゃ、と何かを食すような耳障りな音が女の子の泣き声と一緒に耳に入ってくる。


 異常。

 何かがおかしい。

 さすがの俺も察した。

 女の子を早急に助けたいとい意志がよりも、現状の不気味さが勝った。

 感じられた異常性が俺を冷静にさせる。


 追いついてきたリーナとリチュオンも俺と似たような感覚なのだろう。

 リーナは勿論、あのリチュオンでさせも表情に困惑が浮かんでいる。


 俺はゆっくりと動きながら剣を抜く。

 リチュオンも刀を抜き、リーナも慌てながら竜殺しの炎剣ギリエルを構えようと準備する。


 その間にも俺は気配を殺しながらゆっくりと進み続け、木の裏まで到着する。

 そこから女の子の泣き声と謎の食す音が聞こえる場所を覗く。


 距離としては五、六メートルは離れていただろう。

 そこに――それはいた。

 木々の間を抜ける日光に照らされながら、既に息絶えていると思われる野生の鹿を食い漁っていた。

 俺は思わず声を漏らす。


「なんだ、あれは――」


 明らかに人間じゃない何かが鹿を喰らっている。

 あれはゴーレムだろうか?

 俺も数回ほどしか実物を見た事がないので、本当にあれがゴーレムで合っているかわからない。

 ただ、生物というより土か泥で出来たような無機物っぽい人型の何か。

 それが犬のように四つん這いになりながら鹿を喰っている。

 女の子の声で泣きながら、汚らしく肉を喰らう。


「うう、うううううっ。おがあざああん――」


 しばらくするとそのゴーレムは立ち上がった。

 恐らく二メートルほどの高さはあるだろう。

 俺のイメージするゴーレムは割と全体的に重そうで手足の太いものだったが、遠くから眺めるあのゴーレムは割とスリムな体型だった。

 二本の腕の先にはスラリと長い指が伸びており、更にその先は鋭く尖っている爪のようなものが見える。

 またその顔にはロボットのような薄らと黄色く光る目。

 そしてゴーレムなのに人のような口が備わっており、その口周りは血だらけでえらく汚らしい。


「ううっ、ううっ。おご、うっうっ――げああっ!」


 ゴーレムは泣きながら数歩進んだかと思うと嗚咽し――その口からまるで吐瀉物のように何かを吐き出した。

 吐き出されたドロドロの何かはよくわからないが普通に嫌悪感がある。

 ただ見ているだけで物凄い臭そうで、こちらにまで匂いが漂ってきそうだった。

 俺が呆然としながらあのよくわからないゴーレムを眺めていると、リチュオンがそばに寄ってきてた。


「ケイゴさん――私たちの標的あれで間違いないですか?」


「俺が聞きたい。つーか、あれが俺たちの探してた奴と無関係だったら、それはそれで怖すぎる、色々と」


 本当に正体がわからなすぎて困惑する。

 だが、リチュオンは既に戦闘モードに入ったようで、狙いを定める狩人のようにあのゴーレムを観察している。


「そもそもあれ、なんですか? 普通に殺せます?」


「俺は第一印象ゴーレムかと思ったけど、違うかな?」


「はぁ、ゴーレムってなんですか?」


 どうやらリチュオンはゴーレムを知らないらしい。

 だが、俺も説明できるほど別に詳しくはない。


「えー、魔術で作られた人形みたいな?」


「そうなんですか? 私、無知なんで知らないんですが人形が動物食べるんですか? ゴーレムってそういう物なんですか?」


「いや、どうだろ? 本来食べないんじゃないかな、ゴーレムは」


「じゃあ、あれ――本当にゴーレムなんですか?」


「そんなこと俺に言われてもわからんて」


 むしろ、あれの正体を教え欲しいのは俺の方だ。 

 なんなの本当にあれ?


「あー、リーナちゃん。あれ、どう思おも――」


 俺は軽い調子で、リーナにあのゴーレムのことを聞こうとした。

 だが、まるで自分がこれから殺されるかのように絶望的な表情をしているリーナの顔がそこにはあった。


「あんなの自然に生まれるはずがないって、あれは絶対に作られたって、あんなの存在しちゃ駄目だって」


 俺だけでなくリチュオンもリーナの異変に気づいたようだ。

 だが、妙に状況が掴めず困惑する。

 たぶんリチュオンもリーナがあのゴーレムを見て怯えていただけなら、すぐに叱責か何かの言葉を掛けていただけだろう。

 しかし、どうもリーナはあのゴーレムを見て命の危機を感じ怯えている――という様子ではない。


「あれは助けてあげなくっちゃって、あれは殺してあげなきゃって――あんなにも()()()()()()、見た事ないって。ギリエルが言ってる。あれは生命への冒涜だって。ケイゴさん――ギリエルがこんなに怒ってるの初めてなんです」


 竜殺しの武器にはそれぞれ精霊が宿っている。

 彼らは強力過ぎる竜殺しの武器が悪用されないように、武器を律するために備わっている存在だ。

 そんな存在が何か感じ取ったのだ。

 あのゴーレムは冒涜だと、在ってはならないと非難した。

 そこで俺はことの重大さを理解する。


「二人とも、悪い。あれは今すぐ殺してくる」


 リチュオンたちを置き去りにして、すぐに追いかけた。

 俺も仮契約とはいえ、竜殺しの大剣レーデントを使っていた身なのでわかる。

 本来、この竜殺しの武器に宿る精霊が注意するのは――人間相手に竜殺しの武器を使わないように、これだけである。

 それだけ気にしていれば基本何も言ってこない。

 その精霊があれだけ非難したのだ。

 よっぽどのことをしなければ、わざわざ精霊は口を挟まない。

 恐らくあのゴーレムは人間の倫理感からいっても到底許される存在ではない。

 きっと、ここで逃がしてはいけない。


「あいつ、見つけた」


 俺はすぐに追いついた。

 あのゴーレムはよたよたと歩きながら森の中を移動していたので、その後姿を見つけること自体は容易だった。


 ――このまま間合いを詰めて。

 ――背後から一気に終わらす。


 全力疾走しながらも、あのゴーレムの背中で剣を突き立てるイメージをつくる。

 もしそれで死ななかったらあの首を跳ねる。

 そうして俺が駆け寄りながらも、ゴーレムの背中に狙いを定めた時だった。


「――お、があざん?」


 気配に気づいたのか。

 前を向いていたはずのゴーレムはその頭だけを百八十度回転させる。

 血と何かの流動物を口から垂れ流している顔がこちらを向く。

 俺はゴーレムと目が合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ