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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第三章 滅び望むモノたち
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第四十三話 苦悩する魔術師

 ――うーむ、どうしたもんかな。


 魔術師オゼロンは自分の顎を弄りながらも考えていた。

 目の前にはだいぶボロボロになっている王族親衛隊が一人。

 そして、新たに現れた紫色の鎧を来た騎士が一人。


「おい、クソ魔術師。俺のこの剣は大層なお値段がするんだぞ? どうしてくれる? とてもじゃないが下人が払えるような代物じゃないんだが? なぁ、どうする? 弁償して欲しいところだが、おまえ程度の奴じゃ期待できそうにないしな――代わりに何で払ってもらおうか? 聞いてんのか、おい」


 そう言って紫の騎士は折られた大剣を捨て、腰にあった剣を引き抜いていた。

 魔力剣で自分の武器をいとも簡単に壊された直後だというのに、やはりこの騎士も冷静だった。


 なんとなく言動や身なりでわかる、特権階級に属する部類の男だろう。

 ただ、口だけ達者なそこらの使えないお貴族様とは訳が違う。

 恐らく普段から鍛錬を怠らず、実戦を生き抜き、成果を上げてきた部類の人間。


 つまり王族親衛隊と同じような――強敵。

 しかも炎を防ぐ特別な鎧を身に纏っている。

 炎の魔術を主体とするオゼロンからすると、明らかに相性の悪い男だった。


 ――うーむ、どーすっかなー。

 ――手負いの王族新鋭隊に、炎の効かない紫の騎士。

 ――勝てなくはないけど、厄介だぞー。


「うーん、どうすっきゃなあ――っておんや?」


 そうやってオゼロンが悩んでいると、新たに炎の壁を越えて来る者が現れる。

 紫色の鎧を来た騎士が更に二人、オゼロンの視界に加わっていた。


「どうやら副隊長君共々、無事なようだな」


「ちょっとこのバカ、勝手に一人で突っ込まないでよ」


「悪ぃな。あと、そんなことよりだ。あの魔術師――魔力剣を使う。それを投擲もしてくる。あいつの攻撃は恐らく炎が主体だろうが、鎧の特製にかまけてると死ぬぞ。他にも何やってくるかわからねぇ、注意しろ」


 おまけに合流するなり即情報の共有をしている。

 後からきた紫鎧の二人もオゼロンのことを見くびっていた訳ではないだろが、更に警戒を強めていた。

 やはり非常に戦い慣れしているのか、全く隙を見せず相手への警戒を怠らない。

 こんなのが三人も増えたのだ。

 思わずオゼロンは大声を上げた。


「あらやだ。ちょ、勘弁してくれよー。四騎士とか竜殺しを警戒してれば問題無いって聞いたのに、さっきから厄介そうなのいっぱいじゃんー。俺たち、今回ただの下見だぜ? それがこんな面倒くさそうな奴らばかり――いや、ちょっと待て。むしろ、下見をしたおかげでこういう奴らがいることも知れた訳だし。案外間違えじゃないのか? あら、これはもしかして、俺様この世の真理的な何かに行き着いた感じか? あ、もしかして、今ので俺ちょっと賢くなった気がする。あー、なるほど。人間やっぱ色々経験してみるもんだな。ありがとう、新しい俺。おめでとう、今までの俺」


 オゼロンは今まで抑えていた心の内を吐露するように、べらべらと喋り出した。

 あまりにも訳がわからないと感じたのか、紫の騎士の一人が怪訝そうにする。


「ねぇ、何言ってるのこの男?」


「聞き流せ、やばい魔術師なんてみんなあんなもんだ」


 どうやら聞こえてくる会話から察するに、オゼロン狂人の類いだと思われているらしい。

 オゼロンはそれが酷く悲しく――もなんともないが、人を見掛けで判断する辺りきっと育ちが悪いのだろうと察した。

 あと、それはそれとしてオゼロンは戦ってるのが、疲れてきたし、こいつらの相手も面倒になってきた。

 だからオゼロンはそんな可哀想な者たちに向けて、どちらにとっても都合の良い提案をするのであった。


「あー、ちょっと良いか? 実は実は、おまえらに交渉したいことがある。これはお互いにとって悪いことではない。両者が幸せになれることだ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ」


 しかし、敵の騎士たちは不信感があるのか、一向に警戒を解く雰囲気がない。

 むしろ警戒心を増しているようだった。

 紫の騎士の一人がオゼロンに聞いてくる。


「交渉だ? なんだ、命乞いか?」


 「言っただろう? 俺はここに下見に来たんだ。だからボスからはあんまり目立つ行動は止せって言われてな。本気で暴れると次の仕事がやりづらくなるから、力を抑えて仕事をしろって言われてたんだ。あー、あとついでに疲れてきた」


「つまり? どういうことなんだ」


「今ので理解してねーのかよ。頭悪いな――見逃してやるから、全員大人しく帰れって言ってんだ。おまえらのボスにそれを伝えて、みんなで仲良く帰れって。ほら、俺もこれ以上疲れない。おまえたちは生きて帰れる。どちらにとっても良いことだろう。もう、これは俺の話に乗るしかなーい」


 オゼロンは譲歩したのだ。

 見逃してやるから、今すぐ全員立ち去れと。


「はぁ? 見逃すだと? ふざけるなよ、おまえ。頭おかしいんじゃねーか。それとも今の状況が見えてないのか?」


「あら、交渉不成立? おっかしいなー、いけると思ってたんだが――」


 騎士の返答に思わずオゼロンはとても不思議そうな顔をした。

 なんにせよ、交渉は上手くいかなかった。

 となると全員殺すことになる。

 しかし、そうなるとさすがのオゼロンも本気を出すしかなくなるのだ。

 それはボスのお願いを破ることになるし、オゼロンにとって余計な仕事が増えるだけのことだった。


 ――これ、こいつら相手するの面倒くせーし。

 ――逃げっか?


 そうしてオゼロンが撤退を視野に入れ始めていると、今度は片腕が動かなくなっている王族親衛隊の一人が尋ねてきた。


「あのそんな交渉なんかより、こちらからも質問があります」


「ん? なんだって、言ってみ」


「僕と同じ鎧を着た、しかも東洋の剣を持った男とあなた戦いましたか?」


「はぁ? つまり、おまえあれだろ? 王族親衛隊だろ? つまり同じ王族親衛隊の奴に会ってないかってことか? あれだろ? 弓使う奴と、斧投げてくる奴はいたが、その他にもいたってことか?」


「はい。もう一人、うちの隊長がいるはずなんですがその様子だと知らなそうですね。ま、そうですね。あなたは確かに強いですが、僕たち相手に手間取るぐらいです。もし隊長に出会ってたら――あなた程度の強さしかない人間が生きていられる訳がない」


「おいおい、そりゃ――」


 聞き捨てならない、とオゼロンが言おうとした瞬間だった。

 オゼロンの思考が一瞬にしてある推測をひねり出す。


 ――もう一人、クソ強ぇ王族親衛隊がいるのか?

 ――隊長とか言ってたな?


 ――王族親衛隊の隊長といえば四騎士に並ぶ要注意人物。

 ――人を優位的に殺せる呪いを持つ男。


 ――なるほど、よくよく考えるとその隊長さんはよっぽど強いんだろう?

 ――俺を殺せるかどうかは別として、クソ強いのは恐らく嘘じゃねえ。


 ――出会ってねぇのは単に俺の運がいいだけか?

 ――もしくは別の奴が相手を?

 ――だがあの俺の逃がしたザコ共が相手出来るか?


 ――そんな強えー奴を相手出来る奴が。

 ――俺の周りに、周りに。


「ああーん。あー、あー、あー。なるほど、なるほど。はいはいはいはい――」


 そして、オゼロンは納得した。

 一人で勝手に納得しているオゼロンを見て、騎士たちはやはり何を考えているのかわからないと警戒している。

 だが、そんなこと今のオゼロンには関係ない。


「――そういえば、あの野郎がしゃしゃり出てきてねぇな」


 オゼロンの頭に浮かんだのは同じ仲間の魔術師。

 紫舌のジグオール。

 オゼロンのボスは確かにあの男をもしもの時の為の用心として、この周辺に待機させておくと言っていたのだ。

 あの特殊な人間を好んで収集し、調べたがる魔術師はこの近辺に潜んでいるはずだった。


 そして王族親衛隊の隊長は、人に対して優位性を持ちながら殺すことの出来る珍しい呪いの所持者。

 そんな人物をジグオールが放っておくとは思えない。

 ボスからの指示と自分の娯楽を、両立できる。

 ジグオールが動かない筈がないのだ。


 だから、オゼロンは今現在自分の置かれている立場を理解した。


「おいおい、勘弁してくれよ。余裕、余裕と思ってたら、俺ってば助けられたのか。もしかして、あれか? 赤ん坊が一人で立てたと思ったら、実は母親が支えてくれていて実は自分一人じゃまだ立てなかったってことか? おー、おー、おー、おー」


 体もどこか震えてきた。

 オゼロンは必死に抑えようとする。

 だが、今日一番の怒りはどうやっても自身の体に影響を及ぼす。


「あんの野郎、結局は俺の邪魔してるってことか? つまりはボスの一番信頼できる存在はあいつってことか? 俺じゃ足りないから。俺一人じゃ信用できないから。だからあいつが――ああ、違う。悪いのは俺だ。そうなんだ俺だ。目を背けるな、俺だ。俺だ。俺がみんな悪いんだ。いつだって俺が悪い。みんなが死んだのも俺が悪い。俺が、俺が、俺が――悪い悪かったって。みんな俺が悪いんだ。俺があいつらを連れてきたら。だから、みんな死んで、そうだ――俺が悪いんだ。俺が悪くなければ、村のみんなも死ななかった。そうだ、そう、俺が弱すぎるばっかりに――」


 オゼロンは――自分に怒っていた。

 結局のところこんな不甲斐ないことになっているのは、自分が弱いからだと。

 己の実力が足りないからジグオールが助けに入っている。

 もしオゼロンが余力を残しつつ目の前の騎士たちを秒殺出来るぐらい強かったのなら、こんなことにはなってない。

 でなければオゼロンの信愛しているボスも、なんの憂いもなく彼一人に任せていたはずなのだ。


 根本の原因は――オゼロンの実力不足。

 こんなみじめなことに気づいたのも自らの弱さが招いたもの。

 オゼロンはそれを理解しているからこそ、怒り、狂いそうになり、今の自分という存在に唾を吐き捨てたくなるほどだった。


「でも、そうだよな。わかってるよ、ばあちゃん。理想の自分にそんなに簡単になれたら苦労しねぇよな。何事も一歩一歩、地道な努力の積み重ね。うん、そうさ。人生に大事なのは何事にも逃げず、向き合うこと。困難に立ち向かい、自分を成長させること。そうさ、つまり人生は苦難の連続――」


 そんな今のオゼロンの顔は、もう何か悟った後のように穏やかだった。

 今の彼に怒りはない。

 まるで荒れ狂っていた海が収まり、何事も無い水面のようだ。

 虫も殺さないような柔和な顔でオゼロンは騎士たちに告げる。


「ふう。と言うわけで悪いなあんたら――全力で殺すぞぉ」


 勝手に取り乱し、勝手に落ちつきを取り戻したオゼロン。

 彼は自分を成長させるため、自己の存在理由を安定させるため、自身の全力を持って立ちはだかる敵を皆殺しにする決断をしたのだった。

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