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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第十九話 広がり始めた亀裂

「ふざけるな! 来るかもわからない化け物のためにここを離れろだと? おまえたちはあの訳のわからないのを退治しに来たんだろう! さっさと仕事を終わらして、さっさとここから出て行け! 冗談じゃない! 何で俺たちがおまえらの為に余計な手間を掛けなきゃならんのだ!」


 男たちの怒声がわんさか聞こえる。

 他にも椅子を蹴っ飛ばすような音や、何か物を投げつけるような音も響く。

 事はぴっしりと閉まっている扉の向こうで起こっているが、微かに漏れてくる音だけで中の状況は容易に察することが出来る。

 俺は部屋の外にいるので中は見えないが、まあ荒れに荒れているのだろう。


「うーむ。まさか、こんなややこしい状況だったとはな――」


 昨夜のレバンたちとの話し合いでアムバスの町の住人には、状況によっては避難して貰う――という話になった。

 加えてもしもの場合、迅速に避難を行って貰うためにも事前に説明をしておく必要があるだろうと三人とも意見が一致。


 そして現在、その翌日の真っ昼間。

 俺がルーラスやガインなどの一団と出会った部屋で、レバンとマッゼスが避難を理解してもらう為の住民説明会を行っているのだが――。


「ここを貸してやってるだけでもありがたいと思え! おまえらなんぞ、あの竜とかいう化け物がいなければ、殴り倒して町の外に捨てているところだ!」


「いえ、これは皆様の為なので。それに今すぐ避難してもらう訳でも――」


「大体、納品が遅れたらおまえたちが謝りにでも行ってくれるのか? この町全てのお得意さんに一軒一軒に事情を説明しに行ってくれるのか? しねぇだろう、てめぇらは! 勝手なことだけ、ぬかしやがって!  おまえら好き勝手やって満足して、どうせ最後の尻ぬぐいは全部俺たちがやることになんだろ!」


 いやー大変だ。

 ある意味戦闘より大変だと思う。

 ぶっちゃけ聞いてるだけで胃がキリキリしてくる。


 俺はレバンたちがそこそこ高い権力を持っていると予想していたので、もしもの時でも住人の避難はすんなり話が進むと思っていた。

 だが実際は、俺が思っていたのと少し違った。

 そして状況が――思いの外、入り組んでいる。


 当初俺は、レバンやマッゼスがこのアムバスの町を仕切っている――町長やその補佐ぐらいに思っていたのだが、完全に俺の早とちりだった。

 どうせ戦うだけだと思って詳しく聞いていなかった俺のミスでもある。

 彼らは俺が思っているよりも、ずっと上の役職の人間だった。

 

 この辺りを統括していると言ってもいい南地域の主要都市ガナルタ。

 レバンやマッゼスはどうやらそこの――それなりの地位にある役人らしい。


 詳しくは、よくわからない。

 なんでも役人としての職務期間としてはマッゼスの方が長くやっているらしいが、レバンの方が立場的には上だとか。

 特にレバンに関しては非常時ならば、彼の裁量で町一つぐらいになら強制的な指示を出せる命令権も持っているとかで、ガナルタにいる役人の中でも上から数えた方が早いぐらいの人間らしい。


 もっとも二人はいわゆる――揉め事処理係というか、面倒事を押しつけられる立場というか、人手が足りないところのヘルプみたいな――基本は裏方のようなものだとか。


 まあ、ここは俺が過去いたところとは違う異世界だ。

 この国の仕組みがどのようになっているのかまだよく知らないが、争い事が決して少ない訳でもなのは確かである。

 去年この国、隣国と軽く衝突してるし――。

 きっとレバンのような訳のわからない立場の人間が必要なのだろう。


「くそが! とんだ時間の無駄だ! わずらわしい!」


 壊れるのではないかと思うほど乱暴な勢いで、扉が開かれた。

 中からは荒々しく屈強そうな男たちがぞろぞろと現れる。

 俺は扉から少し離れた壁に寄り掛かりながら、その光景を眺めていた。

 最後に部屋から出てきたのは――これまた、いかつい中年だった。

 日焼けした黒い肌に、白髪頭に髭、いかにも職人といった男だ。


「――あ?」


 その男は俺の存在に気づくと、ぎらついた瞳で俺を睨む。

 まるで親の敵を見るような視線である。


「町長、何やってるんですか。行きますよ」


「――おう」

 

 他の者に呼ばれたのか、一言短く返事をするとアムバスの町の町長は睨み付けていた俺から視線を外すと歩きだした。


「今のが――」


 一応、今の男がこの町で一番偉い人間になるのであろう。

 この町の職人たちを束ねる組合の長にして、住民たちの生活を考える町長でもあり――竜に息子を殺された父親でもある。

 

「息子の敵だと思われてるな。そりゃ睨まれるか――」


***


「こ、殺されるかと思った――」


「意外に穏便だったね。僕は二、三発殴られるんじゃないかと覚悟してたんだが」


「か、勘弁してください。私なんかが一発でも殴られたら確実に死にますよ」


 俺が部屋の様子を覗くと、中は強盗が荒らし回った後ではないかと思うほど滅茶苦茶だった。

 部屋の一番奥では、ここの住民たちに避難の説明をしていたマッゼスとレバンの姿があった。


 レバンは平然と竜に立ち向かうぐらいの胆力を持つ男なので、この状況でも涼しい顔をしている。

 しかし、荒事はどう見ても専門外、今まで暴力とは無縁の生活を送っていそうなマッゼスは今にも死にそうな顔をしていた。


「いやあ、普通の市民から怒鳴られるのは慣れてますが、やはりここの方々は迫力が違う」


「まあ、ここの男の殆どは、気が強くて勇ましい職人係の人間だからね。仕方が無い」


「くそっ、これも全部あのクラウスの所為だ。あの男め――」

 

 俺も昨夜聞いたばかりの話になる。

 後半はほとんどマッゼスの愚痴のようなものだったが――。

 レバンたちとアムバスの町の住人との間でこれだけの確執が起こっているのは、今マッゼスが恨みを込めて名を呼んだ――クラウスという男が原因らしい。


 始まりは、このアムバスの町の近くの森に竜が現れたことだ。

 当初、森に橋を造ろうとしていた職人たちやアムバスの住人たちは、まさかあの太った奴が竜などと思わず、単純に珍しいが魔物が出現したので退治をして欲しいという要請を主要都市ガナルタにしていたらしい。


 だが、そこで不運だったのが橋の工事やアムバスの町を担当していた役人が激務に追われ、当時ガナルタに不在だったこと。


 そして、このアムバスの町の要請を受け取ったのが、担当していた役人よりも更に上の役職に就いていた――地区長であるクラウスとかいう男だったことだ。

 とんでもないことに、このクラウスという男はアムバスの町から来た要請を特に審議もせず独断で却下したらしい。


 ――魔物一匹ぐらい、そちらでどうにかしろ。


 それがクラウスの言い分だったそうだ。

 元々仕事の大半を部下に押しつけていた人間らしく、この時まだクラウスはアムバスの町の重要性については把握していなかったらしい。

 どうでもいいことだと、特に考えもせず切り捨てていたのだろう。


 その後、アムバスの町の住人たちは仕方なく、魔物の討伐隊を結成。

 町に在住していた戦士や、腕の立つ衛兵、そして武器職人の腕前だけでなく槍を扱う技術にも優れていたとされる町長の息子などの計七人が魔物討伐のために森に向かった。


 しかし実際の敵は魔物などではなく竜というもっと上位の存在あり、勝てるはずもない。

 そして、結果は知っての通り散々たるものだった。

 勿論、町長の息子も死亡している。


 そして、その直後なのだろう。

 クラウスは他の仕事でしばらく離れていた部下から、アムバスの町が王都から補助金を出されるほど期待されていることを聞かされ――この町の重要性の高さをその時になって、やっと把握したのだと。


 アムバスの町の重要性は、ただ単純にクラウスが聞いても忘れていただけなのか、はたまた部下がこの無能な上司に言ってもどうせ意味がないと伝えなかったのかはわからない。

 レバンはどうせ前者の理由が原因だろうと、この町の担当でありクラウスの部下である役人はかなり不憫だったと語っていた。


 しかもその部下は、何故かクラウスに今回の件の責任を無理矢理押しつけられたそうだ。

 そして、アムバスの町の担当を――クラウスの権限で外されたと言っていた。

 やっていることがあまりに無茶苦茶で、話を聞いていただけの俺でも軽く引くぐらいだ。


 そして、レバンとマッゼスはこの不始末を片付ける為にこの町に派遣されたということだった。

 二人はクラウスから詳しい事情も教えてもらえず――アムバスという町の近くに魔物が出るらしいから適当に退治してほしい、とだけ言われたらしい。


 そうして出向くと何故か住民たちは皆怒り心頭、ただの魔物だと思っていたのは竜だったりと、レバンとマッゼスの二人もだいぶクラウスとかいう男に振り回されているらしい。


「お二人ともお疲れさん。にしても面倒臭いことになってるな――」


 俺は転がっている椅子を跨いで、部屋の中に入った。

 マッゼスがあまりに疲れたのか顔色を悪くしながら、俺を見た。


「ああ、全くだ。それもこれもクラウスがずさんな対応をした所為だ。しかも、この町の住人はみんな気が強いから権力で脅すのもあんまり効果がない。それに仲間意識も非常に強い。特にこの町で信頼のあった町長の息子が死んでいるのがかなり痛いな。それが無かったらたぶんここまで反感は買っていないだろう」


 まあ、早々に上の役人がきちんと対応していたら、ここの住民が竜と戦うことも無く――町長の息子が戦って死ぬことも無かっただろうしな。

 息子が亡くなった後になって対応されるというのは、当事者の町長からすれば憤慨してしまうのも当然の話だろう。

 俺は今後ことが気になり、レバンに聞いてみた。


「レバン、正直なところ住民の避難はどうなんだ? やっぱり現状は厳しいのか?」


「どう、だろうね? ただ、この町の住人も全員が揃って私たちを追い出したいわけじゃないだろうし、そう難しくはないと思う――」


「え、そうかの? てっきり住人全員に恨まれてるものかと」

 

 俺は思っていたよりも良い返事に少しばかり驚いた。 

 先ほどの物騒な光景を見た身としては、そんなことは到底思えなかったのだが。


「そりゃあ、どの住民も本音はすぐに居なくなって欲しいことに変わりはないだろう。けど、僕たち以上にあの竜に居なくなって欲しいだろうしね。あんな恐ろしい存在が近くにいたら安心して生活出来ないだろう? この町にも女性や子供は普通にいるんだし、住んでいる人全員が強いわけじゃないんだから、尚更さ。声の大きい主張だけが住民の本意だとは考えない方がいい」


「――そういうことか」

 

 例え嫌いな相手でも、現状を改善しれくれるならそれでいいということか。

 まあ命に関わることだし、当然と言えるだろう。


「だったら、もっと穏便にことを進めるように強力してくれませんかね。その方が我々も早く仕事が終わって、早くここから居なくなるのですが――」

 

 マッゼスが疲れた口調で愚痴をこぼす。

 レバンも気持ちがわからなくないのか、苦笑いしていた。


「そうは言っても人間は感情を持つ生き物だよ。確かに町長の息子さんなどが死んだことに我々は関与していないし、調べるまで知らなかった。しかし、彼らからすれば私も君も、あのクラウスも同じ役人だ。同罪に見えるだろうし、たぶん少々部署が違うと説明したところで納得もしないだろう」


「それも、そうですね――」


 マッゼスは観念するように、肩を落とした。


「あの町長も大きな声を出している我々を排除する側についているように見えるが、実際は住民の安全と、息子の死で板挟みになっていて色々悩んでいると思うよ。まあ、どちらも軽視しできないだろうから、決めるのも大変だろうがね――」


「はぁ、町長なら亡くなった息子のことはきっぱり忘れてもらいたいものですね。どうせ死んでいるのだから、今は住民のことだけを――」


 マッゼスの言葉が耳に残った。

 俺は奴が言った言葉を確かめるように呟いた。


「――どうせ、死んでいるのだから?」


 あ、この男何て?

 どうせ死んでいるのだから?


 確かに住民の命は大事だ。

 町長には守る義務もあると思う。

 だが、亡くなった家族のことを、そんなに蔑ろにされるべきものなのか?

 家族のことを思って怒って、悲しむことはそんなに駄目なことなのか?

 確かに悪いのはクラウスという男だろう。

 レバンたちもその男の為に、大変苦労しているのも知っている。

 だが、その男の尻ぬぐいに来たのだろう?


 ――どうせ死んでいるのだから。


 詳しく彼らのことを知りもしない第三者が、そんなに軽々しく口にしていい言葉なのか。

 マッゼス、こいつは――昨夜もそうだ。

 ルーカスたちが死んで、ガインやレイバンも仲間を失っているというのに、十一人の犠牲で竜の情報が得られたのは良かったと?

 

 戦って、命も張っていないこの男が何を?

 何を根拠に言っているんだ?

 この男は――何様なんだ?


「おい、マッゼス――どうせ死んでいるのだから、ってどういうつもりで言ったんだ?」

 

 俺は久しぶりに頭の中が酷く熱くなっているのを感じた。

 今、自分の中で冷静になろうとする気が、全くないのも理解した。

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