第十五話 竜殺し、泣きそうになりながら修行する
東地域に存在する町、オールス。
修行する場所を求めて俺とリチュオンが一緒に彷徨っていたところで、竜に襲われている人たちを助け、司書官であるセリアさんに出会い、この町に辿り着いた。
最初は馬車を襲った獣みたいな動きの竜を警戒して、町に滞在しつつ竜がいないか周辺を探索していたのだが、ここ数日――奴の気配は一切ない。
痕跡も見つからないことを考えると、どこか遠くへと行ってしまったのだろう。
竜は逃がしてしまった。
だが、俺は運が良かった。
なんせこのオールスの町は修行するのには最適の場所だったのだ。
「――いや、知らなかったです。セリアさんが魔術師だったなんて――はい」
その町から少し離れた丘の上で、俺はとにかく剣を振っていた。
いわゆる素振りと言う奴だ。
眩しすぎない太陽の下で、とにかく同じ動きで剣を振っている。
しかし、俺の体はガチガチで、声もどこか震えていた。
理由としては、単純にセリアさんが近くで修行を見ているのが原因だろう。
「いえ、私自身はただの魔術師見習いというか。形式上だけというか。単に本が好きというか。魔道書に興味があって、でも魔術師でないと見れない本とかもあるので、成り行きでやっているだけなんです」
「でも、それで魔道書の管理任されてるの凄いじゃないですか」
「あー、でも私が任されてるのって若い見習いの人が見るようだったり、勉強のための物だったり、そこまで重要な本はないですから」
実はこの町――大っぴらにはしていないが、魔術師の訓練所らしく、若い魔術師見習いが来て合宿のようなことをするらしい。
セリアさんの表の顔は、ただの司書官だ。
だが、実のところはこの魔術師訓練所のスタッフのようなもので、魔術の本を貸し出したり、座学をする部屋を提供したり、色々あるらしい。
「これから魔術学校の方が数十人来る予定ですが、ケイゴさんは気にせず修行に励んでくださいね」
「あ、はい――」
セリアさんは笑顔でそう言ってくれたが、俺としては内心あまり良くなかった。
ただでさえ若い子って喋りづらいのに、それが大勢来るんでしょ?
ヤダよ俺、出来るだけ人と会話したくないんだが――。
別に挨拶だけして互いに干渉しないとかだったらいいんだけど。
「あと講師の方が二人来るらしくて、一人は現役で戦闘を行っている魔術師の方で――」
「え? 戦闘やってる魔術師の人来るんですか? 比較的まともな人? 今まで出会ったその手の人って大概頭おかしいんですよね。会いたくないなぁ。昔、竜殺しだって自己紹介したら、腕試ししたいとか突然襲ってきた奴とかいたし。爪欲しいぐらいだったらまだいいけど、指欲しいって言われたことあるし。尖った魔術師って、本当に怖いんですよね――」
本当に魔術師はヤバい奴は――ヤバい。
俺は思わず剣を振る腕を止め、嫌そうな顔をしてしまった。
ファリスみたいに魔術を道具として割り切っている系はまだいいけど、魔術を崇拝している感じとか、魔術で人の到達点へと目指す系は基本頭がおかしい。
そうなんだよ。
軍属している魔術師とかはまだ雇う側がちゃんと考えてるから、まともな人が多いイメージだ。
だけど、魔術見習いに魔術教えに来る人でしょ?
頭おかしそうな確率高そうなんだが――。
すると俺の表情を見て察してくれたのか、セリアさんはどこか困った表情をしながらも微笑していた。
「えーっと、魔術学校の学生さんを訓練するらしいので、そんな変な人はこないんじゃないかと思います。あともう一人は本職が神官さんで、治癒術が得意らしく――尚且つ近接での杖術に長けているということですけど。そんなにケイゴさんが心配するような変な人はきっと来ないですよ?」
「本当ですか――」
「――たぶん、です」
俺の質問にセリアさんは断言できなかった。
そうだよなー、曲がりなりにも魔術師見習いをやっているなら魔術師業界の闇も知っているだろうし、無責任なこと言えないよな。
「いえ、大丈夫です。きっと大丈夫ですから。あ、そうだ。私これからその本職が神官さんの方と魔術師の方、それから生徒さんたちも一緒に来るらしいので迎えに行かなければならないんです。なので一度ここで失礼しますね。そろそろ、町の入り口で待っていないと」
「あ、はい。わかりました。気を付けて行ってきてください」
「ありがとうございます。ケイゴさんも修行頑張ってください」
そう言ってセリアさんは俺の元から離れて行った。
俺は再び、剣の素振り練習に戻る。
そして、見計らって入れ替わりに来たかのように――鬼がやって来た。
マジもんの鬼だ。
「ケイゴさん、ちゃんと剣振り続けてますか? サボってないです?」
「――はい」
鞘に収めた刀を担ぎながらやってきたのは、一緒に町へやって来て今は剣の師匠になっており――同時に鬼教官へと変貌したリチュオンさんだ。
俺はただ返事だけして、ひたすらに剣を振るう。
剣が空気を斬る音が静かに鳴り続けている。
俺は、実を言うとだ。
実を言うとリチュオンさんの献身的な教育のおかげもあって――。
俺は今、メッチャ家に帰りたくなってる!
――というか逃げ出したい!
正直、修行するとか言うんじゃなかった。
連日体に痣が増えてるし。
日々がツラい。
これが日本だったら、体罰で訴えられるレベルよ、マジで。
やばい、さっきまでセリアさんと会話して良い気分だったのに、一気にテンション下がってきた。
っていうか、ここでセリアさんに会わなかったらマジで俺逃げてたかもしれん。
格好悪い姿見せたくない一心でここに居続けている。
――帰りたい。
これなら毎日、エレナに罵られた方がまだマシだ。
ほんと、帰りたい。
「はっ、ふっ――」
俺は内心、泣きそうになるのを抑えながら剣を振り続ける。
そんな俺の動きをリチュオンは純粋そうな顔で眺める。
無言で彼女は俺を見続ける。
――怖い。
――怖い。
――怖い。
――怖い。
――ほんとこの子、サイコパスなんですけど!
それでも俺はリチュオンに怒られないように、剣を振る。
上手く剣を振れるように頑張ろうとする。
力みすぎないように全身から力を抜き、頭を動かさないように固定して、重心の位置を考えながら、腕だけじゃなく腰と足も使って、短く息を吐き剣の振りと呼吸を合わせながら――他にも細かいことを合わせ、本当に色々と指摘されたことを気にしながら俺は剣を振っている。
これらを意識して、剣を振り続けている。
ここ数日、それしかしてない。
リチュオンがそれしか許さないのだ。
「ケイゴさん、初めに比べれば良くなってきたと思いますよ――」
リチュオンがそんなことを言いながら、俺の周りをぐるっと回り始め――。
「――でも、もっと腰回してください」
「痛ってぇ!」
そして、リチュオン鬼教官は容赦なく、俺の腰を鞘に入っている刀でど突いた。
ただ、突いたんじゃない――ど突いたんだ。
俺が叫び声上げるぐらいの痛さだ、リチュオンの容赦のなさが窺える。
「殴られて姿勢を崩さないでください。今度は足です」
「ぎゃあ!」
今度は足の太ももを殴られ、俺は再び叫ぶ。
俺は再度殴られないように足を意識して――。
「足を意識しすぎて、今度は頭が揺れてますよ」
ガツン、と鞘で頭を殴られた。
あれ、ちょっと血出てません?
ちょっと、待って、待って、待って、待って!
マジで負の無限ループなんですけど!
どこか姿勢を意識して正そうとすると、その代わりに別の場所が悪くなって殴られるんですが!
俺このままだと、ジワジワ殴られ続けてリチュオンに殺されない?
いや、ほんとここ数日で危機感を覚えてきてるんですよ!
しかもこの子、俺が竜殺しで普通の人より全然丈夫だから、余計に容赦なく殴ってる気がする。
優秀な体である弊害がこんな形で発生するとは。
そして、いくら体が優秀でも、扱ってる脳みそが凡人以下なので勘弁して欲しいんですが――。
「あの、リチュオンさん――」
「なんですか、ケイゴさん。あ、質問するにしても素振りは絶対に止めないでくださいね。あと、腕もっと力抜いてください」
「痛ってぇ! 腕、痛っ! ――いや、あの、この剣の素振りっていつまでやる予定ですか?」
「そんなの決まってるじゃないですか――ケイゴさんがちゃんと剣を振れるようになるまでやらせますよ」
あら、やだ、この子――俺のこと殺す気?
もしくは俺、肉体より先に精神が駄目になるかもしれん。
「あの、だいぶ俺も剣を振るの慣れてきた気がするんですが、もうすぐ次の練習とか移行しても――」
「え? ケイゴさんは私のこと舐めてます? どこの誰が、そんな大口叩けるほど成長してると思っているんですか? 自惚れできるぐらい剣の腕が上達しただなんて、まさか思ってないですよね?」
わー、リチュオンが物凄く笑顔になった。
この町に来て初めて見た、リチュオンの太陽みたいな笑顔。
人の笑顔ってこんなにも怖い物だなんて初めて知った。
俺――殺されんじゃね?
次、言葉間違えたら俺殺されんじゃね?
「まさか、俺なんてゴミ虫以下の矮小な存在ですから――」
「はぁ、そうですか――まあ、どうでもいいんで剣振り続けてください」
「――はい」
余計な口を挟むなと、釘を刺されましたよ。
俺は黙って、怯えながら剣を振り続ける。
リチュオンはそんな俺の姿をじっと観察し続けるのだった。
「いいですか。ケイゴさんは今まで自己流で剣を振っていたせいで、変な癖がついています。これまでは竜殺しの力で強引にぶん殴っていたようですが、それだと無駄な力が多く体力を消費しやすくなりますし、剣の威力も落ちます」
「――はい」
「だから、今回でケイゴさんの悪い癖を完全に直します。一週間で駄目なら一ヶ月、一ヶ月で駄目なら一年、一年で駄目なら二年とやらせて、その体にちゃんとした剣の振り方を覚えさせるんです。大丈夫、身に染みついてしまった悪い癖は、時間と練習量さえあれば直せますから」
「え? ちょっと待って。下手すると俺一年以上このままなの?」
「出来なかったらそうですよ。なのでケイゴさんは一日でも早く、正確に剣を振れるようになってください。それこそ疲れていたり、負傷しても、剣を正しく振れるように体に刻んでください。これからはケイゴさんの頑張り次第です」
「ええっ、マジか――」
「あと、ケイゴさんのことなんで、きっとないとは思うんですが。もし修行から逃げるようなことがあったら、エレナさんに報告して二度と家に帰れなくするんで。まあ、ケイゴさんに限ってそんなことないと思うんで、私は全く気にしてないんですが――」
「エ、エエ――ソンナコト、シナイデスヨ」
ヤバい、この娘、鬼じゃなくて――悪魔だ。
剣を振り続け、途中途中で殴られ、俺はもう泣きそうになっていた。
涙がこぼれそうなんですが――。
辛い、辛いよ。
誰か助けて――。
「う、ううっ。うううう――うん?」
精神的に辛すぎて俺が唸りながら剣を振り続けていると、遠くから団体さんがやってきた。
「セリアさん、戻って来たんだな」
先頭にいるのはセリアさん、その後いるのはこれからこの町で滞在し、魔術について色々とやる方々だろう。
セリアさんの後には講師と思われる二人――ん? なんか一人見覚えがあるような? いや、まさかね。
しかも二人とも女性だった。
一人は背が低く、童顔が、水色の髪をしており、知人でいうとファリスみたいな姿をしていた。
もう一人は金髪で清楚そうな感じで、白い神官服を来ている若そうな女性だ。
そして、更にその後には明らかに若い魔術師見習いと思われ学生さんたちが十人以上はいるようだった。
ここで一番に開口したのは、ファリスに良く似た女性だった。
「――なんで、ケイゴとリチュオンがここにいるんですか?」
「本物じゃねーか!」
俺は思わず剣を振るのを忘れ、叫んでしまった。
ファリスに良く似た人がいると思ったが、本人だ。
そりゃあ、うり二つだよ。
「え、ケイゴさんとリチュオンさんはこの方とお知り合いなんですか?」
「ファリスさんじゃないですか。なんでこんなところにいるんですか? あと、ケイゴさん――剣振るの止めないでください」
そりゃもう、セリアさんは驚き、リチュオンは俺の体を鞘でぶん殴る。
俺は再び剣の素振りを始めるが、頭の中は完全に混乱状態だった。
どういうこと? 訳がわからないんだけど。
もしかして、ファリスが魔術師の講師やるってことか?
状況についていけず、俺たちは困惑する――。
ここにいる全員が、紛れもなく困惑している。
勿論、ファリスの隣にいた女性神官の方も戸惑いを隠せない様子だった。
恐らく彼女がファリスと一緒に講師をするという女性だろう。
随分と可愛らしい見た目をしている。
彼女は驚きの表情で俺に話し掛けてきた。
「――ケイゴさん、ですよね? なんでこんなところにいるんですか?」
「えっ、いや、誰? どちら様ですか?」
いや、あなたとは完全に初対面なんですが。
なんで知り合いみたいな反応してるんですか?
俺は完璧に固まっていた。
女性神官さんもまるで俺が大層失礼なことをしたかのように言葉を失っている。
え? 今のこの状況って俺が悪いの?
更にセリアさん、リチュオン、ファリス――その後の学生さんたちが一層怪訝そうな顔をする。
皆が視線で俺に説明を求めてくる。
知らねーよ。
俺だって全然わかんねーよ。
あと、リチュオン――これで俺素振り止まるの仕方ないじゃん!
また殴らなくてもいいじゃん!
振ってればいいんでしょ、振ってれば!
とりあえず、俺は驚愕しながらも剣の素振りを続行する。
なんだ、この状況?
すると、その女性神官さんはそこで正気に戻ったのか、突然驚いたように大きな声を上げる。
「ええっ、酷いです! 瞳の竜に片手、片足吹き飛ばされたケイゴさんを一生懸命治療したのに、私のこと覚えてないんですか! 最後、四騎士のマリア様と、私――心配しながら見送りまでしたのに」
「パープリーアテントに片手片足吹き飛ばされた時? ってことは最近? いや、いや、いや、いや、知らない、知らない、知らない、知らない――ちなみにその時、俺って自己紹介とかされました?」
「いえ、あれ? ――してない、かもです? あれ? そもそもあの時のケイゴさん、死の淵にいて、意識もまともじゃなかったので、覚えてなくても仕方がない――? もしかしたら、ケイゴさん悪くない? あれ? 私が恥ずかしいことしてますか?」
「ちなみにお名前尋ねてもいいですか? 一応、聞き覚えないか確認したいんですが――」
俺はもしかしたら自分に非があるんじゃないかと確かめようとする。
だが、その間にもその女性神官さんの顔が真っ赤に染まってゆくのが見えた。
これ、やっぱり俺悪くないんじゃね?
「えっと、クラリスです」
「あー、クラリスさん、クラリスさんか――聞き覚えないです」
「あっ、そうですよね――ごめんなさい」
「いえ、別に謝らなくても、俺も気にしてないんで。すみません、なんか俺も覚えていれば良かったのに――って痛った! くそ痛った! リチュオン! 今はいいでしょ! 今のは別に殴らなくてもいいでしょ! だって、今の所で素振りしてたら失礼だし、完璧俺おかしい奴じゃん! 流石にそんな、殴らなくても――あっ、痛っ、そうですよね。口動かす暇があったら、腕動かさないとね。ごめんなさい、俺が悪かったです――素振りします!」
そうして女性神官さんの名前がクラリスだとわかり、俺はもう何度目かわからない剣の振り直しをするのであった。
そして、この状況を見ていた魔術学校の学生さんの一人。
彼は呆れ顔で思わず呟く。
「――なんだ、こいつら」
うん、君の反応は正しいと思うよ。
君は絶対に正しい。
剣の素振りしながらも、俺は心の中でひたすら強く頷いていた。




