第十八話 アムバスの町に起こりうる不安
その日の夜、竜たちとの戦いの疲れも癒えぬうちに、俺はレバンたちに呼び出された。
俺が向かった建物はアムバスの町に来た初日に騎士団や傭兵団と出会った所だ。
ただし、部屋は違うようで大勢で食べることが出来るような食堂だった。
薄暗い室内で、テーブルに置かれた蝋燭の火が揺れている。
その先には俺と同じように椅子に座ってこちらを見るレバンとマッゼスがいた。
「こんな夜遅くに、しかも戦いの後だというのに来てもらって悪いね、ケイゴ君」
レバンはテーブルの上で腕を組みながら言った。
「いや、いい。それに俺も昼間の礼を言うのを忘れていたからな。正直、あそこで来てくれなかったら、あと一人ぐらい死んでたかもしれない」
俺が礼を言うと、レバンは軽く首を横に振る。
「――どういたしまして。それよりも今後の話をしたい? いいかな?」
何も言わずに、俺は頷いた。
「それじゃあまず、情報の共有からだ。とりあえず、今日の朝からの出来事を可能な限り詳細に、特に竜について正確な情報を知りたい。よろしくお願いするよ」
レバンは穏やかそうに見えて、真剣な眼差しでいった。
その傍らではマッゼスは俺の言葉をメモする為の紙と万年筆の用意を終えていた。
俺は朝からの出来事を振り返るように――語り始める。
***
一通りの話を終えると、レバンとマッゼスは肩の力を抜くように息を吐いた。
「やはり、竜は二体で間違いなかったか」
レバンは口元に手を置き、何やら考えるような素振りをしながら言った。
続けてマッゼスも神妙な顔つきで、自ら書き連ねた情報に目を通す。
「しかし、改めて話を聞くとよく全滅しなかったと思いますね。呪いを乗せた美しい声を聞かせることで相手を自殺させる竜――ビガラオ。目視不可能な距離から白い槍を飛ばす竜――オルトロッド。両方ともとてもじゃないが普通に攻めに行って対処できるようには思えない。――なるほど、確かに十一人の犠牲でこれだけの情報を得られたのは、僥倖だ」
――今、何て言った?
俺はマッゼスの口から出た最後の言葉に引っかかった。
十一人も死んでいるのに――何が良かったのだというのだ?
マッゼスに向けて何か乱暴な言葉が出かかったが、どうにか途中で押し止めた。
今、話の流れを乱しても意味は無い。
一番重要なのは、いかにしてあの竜二体を仕留めるかだ。
考えていた今後の行動を、俺は二人に話し始める。
「とりあえず俺は――今後予想しうる最悪の事態に備えつつ、いかにあの二体の竜を倒すか。あんたら二人と話し合いたい――」
「最悪の事態? なんだ?」
マッゼスが目を細める。
その傍らではレバンが――ああ、と思いついたように軽く頷いていた。
あの様子を見ると、レバンのおっさんは俺と同じ答えに至っているのだろう。
一番まずい、最悪の事態――。
「最悪の事態、それは――死に誘う竜ビガラオがこのアムバスの町に来ることだ」
すると俺今の言葉を聞いて、マッゼスがようやく合点がいったのだろう。
マッゼスの口が開いたままになる。
何が起こるのか理解したのだ。
「そ、そうか。そのビガラオとかいう竜は――声を聞いた者を強制的に自殺させる。そんなのが来たら――」
「そう、奴は今、森の中を根城にしているからいいが、万一この町なんかに来てみろ。ものの数分で町の人間を皆殺しに出来る。ビガラオは迅速に大勢を殺すことに関しては、今まで俺が出会った竜の中では一番長けているからな」
マッゼスの顔が一層厳しいものになった。
この男の反応も仕方が無いのだろう。
最初はただ単に橋を掛けたいたけだったのに、今はこの町の住人全員の命に関わる話にまで事が発展しているのだ。
「これはもしやこのアムバスの町の住人全員を、一時的に避難させる必要が出てくるのか?」
マッゼスが不安そうな顔をしていた。
額から汗も見え始めている。
「いや、急ぐ必要なないだろうが――準備はしておいて欲しい。そうだな、とりあえずあんたらから下に話を通しておいてくれ、いつでも逃げれるように」
「大変だろうな」
俺がそう言った後、レバンがぼそっと呟いた。
「と、とにかく第一目標はそのビガラオとかいう竜だな。どうしかして、そいつさえ倒してくれれば後は――」
「そうしたいのは山々なんだが、まず無理だ」
俺はマッゼスの願望を打ち砕くようだったが――きっぱりと言い切った。
だから、説明しなければならない。
「ビガラオは死に誘う声は危険すぎる。もちろん俺だって本当なら一番初めに殺しておきた。だが、現状を顧みる限り無理そうなんだ。――なんで順々にビガラオを先に仕留められないか話してゆく」
マッゼスが椅子に深く腰掛け、落ち着いたのを確認する。
レバンは元から恐ろしいぐらいに落ち着いているので問題無い。
俺はゆっくりと丁寧に、話し始める。
「まず、死に誘う竜ビガラオについてだ。恐らくあの竜の基本戦術は多くの敵を誘い出して――呪いの乗せた声でまとめて自殺させる、これだと思う。奴の軽傷を与えやすく、致命傷を与えにくい体を考えると合点がゆく」
「軽傷を与えやすく、致命傷を与えにくい? どういうことだい?」
レバンが質問をした。
俺は頭の中にある返答を行う。
「表面の皮膚やその下のある程度の筋肉に傷の入れるのは簡単なんだが、その更に下の筋肉になると異様に固くなっていてかなりの防御力を持っている――と俺は見ている。最初に傭兵たちが奴の体に傷を入れまくっていて、最初は攻撃が通りやすい竜かと思っていたんだ。だが、実際はファリスの魔力剣でも殺せないぐらいに固い。彼女のあの攻撃が通らないのなら、例え俺が魔力で強化した武器を持ったところで、どの程度効果があるかはわからない」
「つまりそれは、例え竜殺しである君でもあの太っている竜を殺せないと?」
「いや、それはない。あくまで致命傷が入りにくいだけで、傷は確実に入るんだ。時間を掛けて念入りに攻め続ければ確実に勝てる。恐らくこいつは俺じゃなくても、ちゃんと自殺を防げるように呪い対策を立てて、手練れを数人集められば倒せる」
「――なるほど」
レバンは納得したのか頷くと、それから黙った。
俺は他に疑問が無いのを確認すると、話の続きを再開する。
「だが、ここで厄介なのは狙撃する竜オルトロッドの存在だ。ビガラオとの戦闘になったら必ずこいつが介入してくるだろう」
正直、この狙撃手の存在さえなければあの戦いはそこで終わっていた。
相手がビガラオだけなら、そのまま逃げることもせず戦いは俺たちの勝利で確定だった。
「その――素人考えになるのかもしれないが、そのオルトロッドとやらが攻撃してくる前に、一番倒したいビガラオという竜は倒せないのか?」
マッゼスが半分駄目だと理解しているのだろうが、尋ねてきた。
「俺も最初はそれを考えた――だが無理だ。その前言った通り、ビガラオは耐久力に優れた竜だ。どんなに考えても即行で殺せるとは思えない。それに奴らは連携すること有りきで動いている。オルトロッドに気づかれない内に倒すのはまず不可能だろう」
と、なると話は自ずと決まってくる。
「――だから、最初は狙撃する竜オルトロッドを狙う」
遠回りだが確実な、この選択をするしかないのだ。
まずは、あの強力な槍の狙撃をまずはどうにかしなければ、どうにもならない。
「僕はその竜の姿さえ見ていないからわからないが、勝算はあるのかい?」
レバンが聞いてきた。
「俺も遠距離から攻撃されただけなんで、正直なところわからない。ただ、奴の体格なんかを見ても、そう固そうな竜には見えない。少なくともビガラオ並に殺しにくいってことはないだろう」
「接近できれば勝てるということか――」
「そう――俺が気にしているのは、正にそこだ。接近出来れば、だな。オルトロッドの移動速度はかなりのものだった。恐らく俺以外の人間が追っかけたところで、とてもじゃないが追いつけない。まあ、そこはなんとかやるさ。それに問題はたぶんその後だ――」
そうだな、とレバンは軽く頷いた。
「もし、ビガラオとかいう竜がこのアムバスの町に来るとしたら――相方の狙撃する竜を倒された後になるだろうからな」
「ああ、俺もレバンと同じ意見だ。確率は五分五分といったところだろうが――」
「ほう、ケイゴ君。意外と低く見積もっているのだな。私はもっと高い確率で攻めに来ると思っていたのだけれど」
「正直なところビガラオの体の状態と、おつむの出来具体にもよるだろうが。まあ結局はビガラオの思考が、生き延びるつもりか、死んでも一矢報いるか。このどちらかに傾くか、それ次第だろう」
「えー、あのー」
俺とレバンが二人で話していると、マッゼスが申し訳なさそうに怖ず怖ずとした態度で申し出てきた。
レバンが不思議そうにマッゼスを見る。
「マッゼスどうした? 何か気になることでも?」
「えー、二人ともどんどん話を進めていますが、私としては何で狙撃する方の竜を倒すと、もう一体の竜がこの町にやってくるのかが、知りたいのだが――」
マッゼスが何やら申し訳なさそうに、聞いてきた。
そういえば、マッゼスを置き去りにして会話をしていたかもしれない。
俺はマッゼスに説明する。
「それはビガラオたちがあの辺りを根城にしているのが、狙撃による連携が生きる場所だからだ。あそこは高低差があって援護がし易い。オルトロッドなら平地でも援護射撃自体は出来なくはないだろうが、長い射程と良い目があるのなら、やっぱり今の地形の方が絶対的に有利なはずだしな。マッゼス、あんたならわざわざその地の利を捨ててまで敵がいそうな所に攻めに行こうと思うか?」
「いや、思わないな」
「ああ、俺もだ。こちらの有利な状況で戦えるならそれに超したことはないからな。だが、もしも――そうでないのなら」
すると、マッゼスがようやく気づいたのか、鋭い目を大きく見開いた。
「そうか! その狙撃による援護が無ければ、森での戦闘に拘る理由がなくなる――」
「そして、ビガラオも馬鹿でなければ単独で俺たちに勝てるとは思わないだろう。能力もバレている訳だしな。そこから奴が逃げようとするのか、出来るだけ足掻こうとするのかはわからない。一番助かる状況は俺がオルトロッドを倒しても、ビガラオが気づかず森に居続けてくれることなんだが――」
だが、もしも――。
死に誘う竜ビガラオが、アムバスの町という存在を知っていていたら。
そこが襲撃者である俺たちの拠点だと理解していたら。
そして、そこから――死ぬ前に出来るだけ多くの人間を殺そうとする思考に奴が至ったのならば。
――きっと、また過酷な戦いを強いられる。




