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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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プロローグ 触手の竜エン・ターピア戦

 薄暗い洞窟を抜けると、月下に照らされ一匹の大きな竜が眠っていた。


「やっと着いたか」


 辺りはそびえ立つ岩壁に囲まれており、かなり広い土の地面にはところどころに若草が生えている。

 そこらの学校の校庭よりは広そうで、俺としては戦うに十分なスペースだと思った。

 夜風の音が響く。虫の鳴く音が聞こえる。

 月の光が優しく辺りを包みこむ。

 静かに休むには良い場所だと感じた。

 きっと、あの竜もそう思っているに違いない。


「だが悪いな――俺に見つかったのが運の尽きだ」


 俺はロングソードを抜き、円形の木で作られた盾を強く握る。

 装備は実に軽装だ。

 手にある標準的な剣と盾、そして身に纏っている防具も腕と胸部は一応金属製だが、後はすべて皮などで構成されている。


 正直、一人で竜に挑む装備ではない。

 俺じゃなかったら、まず死ぬだろう。


「じゃ、始めるか」


 ゆっくりと歩み、距離を徐々に縮める。

 土を踏みしめ、竜を見ながら前進する。

 すると、今まで眠っていた竜が俺の気配に感づいたのか、目を開く。


「触手の竜エン・ターピア――狩らせて貰う」


 俺はこれから戦う竜の名を呼んだ。

 一晩で村を全滅させたとされるこの竜は、かなり危険な相手に分類される。

 一見すると体の所々に垂れている部分が見られ、実際かなり老いた竜らしい。

 薄い灰色の鱗が全身を纏っているが、なんというか奴の体にはみずみずしさがない。


 今まで数体の竜を倒してきた俺だから尚更わかる。

 奴はだいぶ荒れた肌をしている。

 それ以外は、特に変わったところのない竜である。

 今のところは羽の生えているデカいトカゲ、そのまんまである。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 エン・ターピアは起き上がると、夜空に向かって低い咆哮を行う。

 周りを囲む岩盤に反射して、奴の声が体によく響く。

 だが、その程度じゃ俺はビビらない。

 俺はエン・ターピアから視線を外すことも、歩調を変えることもしない。

 すると、奴も動き出す。

 全長九メートルはありそうな、その大きな体を揺らしながら四足歩行で俺に近づいてくる。

 奴の瞳が俺を凝視し、品定めする。

 そして俺は――今更ながら後悔した。


「厄介だな、こいつ。俺のことを舐め腐ってない」


 俺は堂々としすぎたことを少し後悔した。

 老いた竜なら少しぐらい慢心すると思い込んでいたのだが――。

 なんなら少しぐらい、怯えている演技を入れてもよかったかもしれない。


 ピタッ、と触手の竜エン・ターピアの動きが止まった。

 そして、竜は口を少し開いた。まるで歯の抜け落ちた老人のように、その口内に竜の鋭い牙は一切見当たらない。

 奴の口の中は真っ平らだ。


 しかし、俺は気を緩めない。

 エン・ターピアの口の中に明かりが灯る。

 奴は老いても竜なのだ。

 炎ぐらい当然吐くだろう。


 俺は奴の動きを見定め、緊張を高める。

 そして、エン・ターピアはその大きな口から高熱の炎を――。


「グオオオオオオオオオオ―――グゲッ、ゲッグ、ガー」

「おい、むせてんじゃねーよ!」


 吐かなかった。

 俺も思わずツッコミ入れてしまった。

 炎を吐こうとしたが、どうやら息が詰まって失敗したらしい。


「本当にジジイじゃねーか。この竜は――」


 地面に向かって痰を吐き捨てている竜を見ていると、俺のテンションは一気にガタ落ちした。

 思わず肩を落とす。


「これもう、相手の動きを見ずに俺から動くか?」


 俺が思わず様子見を止めようかと考え始めたところで――今度こそ奴は動いた。

 エン・ターピアは口を大きく開くと、炎の息を吐く。


「うおっ、すげぇ炎の量!」


 これが年期の入っている竜の力なのか。

 エン・ターピアの吐く炎を勢いは中々のものである。

 しかも特殊な炎なのか、当たった場所に高い火柱が立っている。

 エン・ターピアは更に地面に向かって炎を吐きながら首を動かす。

 すると次第に強烈な火柱が続けて形成され、それは一枚の大きな炎の壁となった。


「なんだこりゃ、また熱そうな壁だな。勢い強すぎて向こう側見えねーし」


 視界を遮るほどの炎の壁。

 俺の魔力を使えば突破できないこともないが、どうするか?

 下手に炎を突破しても、奴が出待ちしていたら面倒だ。

 俺は大変な労力を使ってまで、奴の罠に飛び込むつもりはない。


 ――炎が消えるまで待つか?

 しかし、もしこれが時間稼ぎの目的なら、じっと待っている訳にいかない。

 このまま飛んで逃げられたら、それこそ面倒だ――。


「どうしようかな。どうするか」


 俺がそんなことを適当に口走りながら、炎の壁を眺めていると――。

 炎の向こうで微かにだが――影が揺れた。


 俺の本能がヤバいと感じた。

 その瞬間、数本の触手が炎を突き破って現れた。

 イソギンチャクに備わっているような紫色の触手が、投擲された槍のように迫ってくる。


「――チッ」


 俺は思わず舌打ちし、全力で後方へ飛ぶ。

 距離はある。

 だが、えらく反応が遅れた。これは避けられない。

 数本の触手が広がって襲ってくる。


 恐らく、俺の回避を想定して行われた面での攻撃。

 下手に回避しようとしたら、どこかで喰らうな。

 ただ、幸い中央は触手が密集していない。

 というか俺がある程度回避するのを予測しての攻撃なので割と空いている――。


「反らすか」


 俺は中央辺りの触手を見定める。

 このままなら俺の心臓を突き破るであろうその触手に意識を集中する。

 使うのは盾。

 もちろん、真っ正面から受け止めるつもりは無い。

 魔力で強化したところで高が知れている。

 そもそも竜を相手にするならば、盾はよっぽどの代物でなければ気休め程度のものである。


 盾で受けるのではなく――受け流す!

 我ながら絶妙なタイミングで盾を斜めに入れ、触手の進行方向をずらす。

 それでも盾は簡単に破壊され、俺の体が吹っ飛んだ。


「ひーっ、やべぇな」


 久しぶりに心臓が強く高鳴る。

 久しぶりにここまで強い竜と出会った。

 これは、気を抜くと死ぬ。


 地面に転がった俺は即座に体勢を立て直す。

 触手を受けた反動で若干左腕が痺れているが、気にしない。

 そのうち直る。

 俺が視界を向け直すと触手が掃除機のコードのように戻っていく途中だ。

 ウネウネと生っぽい触手が高速で戻りつつある。


「奴が触手戻すまでに間があるはず。その前に次の手を――」

 

 考える間もなく、触手の竜エン・ターピアは炎の向こうから突進してきた。


「マジかよ!」


 エン・ターピアは長い触手を口の中に戻しつつ、年齢を感じさせない勢いで俺に向かって一直線にとんでくる。

 単純な体当たりによる攻撃だが、竜の質量と今の突撃速度を考えると馬鹿にならない。

 人間あいてなら十分な攻撃だ。

 俺は全身の筋肉を総動員し走りだし、そして跳んだ。


 ギリギリのところで竜の巨体が通り過ぎ、岩壁に激突した。

 辺りが衝撃で揺れる。

 回避行動で地面に飛び込んだ俺は、そのまま前転し終えると再び走りだす。


「やばい、やばい。マジでやばい――」


 俺は距離を空けながら、確信した。


「――だけど、殺せない相手じゃないな」


 エン・ターピアは今まで向いていた岩壁から少し離れ、俺の方にそのトカゲ顔を向ける。

 触手の竜と呼ばれるだけあって、奴の口からは気色悪い触手が蠢いている。

 しかも、先ほど攻撃を受けた時より、触手の数か増えているようだった。


「あの触手、太さは成人男性の腕ぐらいか? 斬れなくはないだろうな。ただ、触れたら皮膚とか痒くならないか? それが心配だ」


 先ほどまでの炎の壁が鎮火したのを見計らうと、俺はそちらの方へ移動を始めた。

 奴に背中を見せる。

 すると、当然のようにエン・ターピアは触手による攻撃を開始。

 見事に釣られる。まあ、俺が逆の立場でも同じ事をするだろうが――。


「とりあえず――もう見切った」


 俺は即座に方向転換し、迫る触手をかいくぐると――その一本をロングソードで両断した。

 音を立てて、触手から黒い血液が溢れる。

 切断された触手が打ち上げられた魚のように、地面で飛び跳ねる。


「うん、柔いな。全然斬れ――る! あぶね!」


 しかし、エン・ターピアは触手を斬られても神経が繋がっていないかのように反応しない。

 それどころか伸びきった触手をムチのように操り、俺を側面から攻撃した。

 まあ、想定していた攻撃なんで、避けたけど――。


「――二本目」


 そう言いながら俺は触手の殴打を曲芸師のごとく飛び跳ねて回避し、再び叩き斬った。

 そして、エン・ターピアの様子を窺った。

 奴は、全くの――反応なし。


「想定通りはお互い様。未だ腹の探り合いという訳か」


 ――さて、どうするか?


 エン・ターピアを見ながら俺は考える。

 奴は触手を出したまま、炎を吐けるか? ――恐らく使えない。


 触手自体に炎耐性がありそうなので、絶対とは言い切れないが――。

 しかし、一度目の炎を失敗したのを考えると、使ってこない可能性が高い。

 触手と炎、併用するのは難しいはずだ。


 あれが演技ならまた話は別だが――まあ、そこまで考え過ぎると動けなくなる。

 とにかく、奴が触手を展開しているとき懐に飛び込むことが出来れば、割と良い感じで攻撃できるのではないかと思う。

 後は奴が肉弾戦をどの程度出来るかにもよるけれど――。


「ま、物は試しだ。やってみよう――」


 魔力を解放――身体能力を瞬間的に強化し、高速移動の魔術を使う。

 俺は二、三メートルの距離を一気に詰める。


 もちろん、その程度の距離ではあの触手の竜には全く届かない。

 だいぶ距離があるのだ。

 一度、高速移動を行ったぐらいではお話にならない。


 だから、再度開始する。

 連続した高速移動で距離を縮めてゆく。

 エン・ターピアが俺の行動に反応し、触手を戻し始めているようだが――遅い。

 触手が戻りきるよりも前に、俺は奴の目の前に到達した。


「俺の――距離だ」


 エン・ターピアが右前足を上げ俺を押しつぶそうとするが、触手による攻撃に比べればお粗末としか言いようがない。

 俺は高速移動を使用し、容易く奴の足を避ける。

 そして、そのまま一気にエン・ターピアの背中まで駆け上がると、ロングソードそのまま体に突き刺した。


 触手の竜が痛みによる声を上げた。

 竜の悲鳴が確かに響く。


 魔力により強化したロングソードは鱗を貫通し、確かに竜の筋肉に到達していた。

 だいぶ根元まで剣が刺さっている。

 そして、刺した時の感触からしてもエン・ターピアの皮膚は普通の竜に比べて貧弱なころがわかった。

 やはり、年齢による劣化というものがあるのだろう。


「攻略の糸口が見えてきたぞ。装甲薄いとわかれば斬りまくって――あ?」


 そうやって俺が勝機を見いだそうとしたところで、触手の竜に変化が起こった。

 エン・ターピアの体が小刻みに震えだしたのだ。

 寒さに耐えるように、全身を身震いさせている。


「一体何だって――」

 

 俺が困惑した次の瞬間――エン・ターピアの背中から大きな音が連続して発せられた。

 正確には、奴の背中の体表を突き破って中から無数の触手が姿を現した。

 そして、何とか反応した俺は――右肩の肉を抉られる程度で済んだ。


 俺は静かに息を吐く。

 そして空を見上げる。


 エン・ターピアの背中から伸びている沢山の触手は空高く伸び、月をバックにしながら俺を見下ろしていた。

 俺の冷や汗が額から流れる。

 右肩の血が流れ、服が滲んでゆく。

 ああ、それにしても、右肩を負傷したのは拙かった。

 これじゃ剣を握るのに支障が出る。


「逃げるか」


 俺は即時判断し、逃げ帰ることを決定した。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 エン・ターピアの力強い咆哮が響く。

 俺は既に奴の体から降りており、最初入ってきた洞窟に全力で逃げている最中だった。

 勿論、高速移動の魔術を使用する。


 しかし、エン・ターピアはそう簡単に俺を逃がすつもりがないらしい。

 奴の背中の触手が次々と、空から降り注がれる。


「ひぃ、死ぬ! これほんと死ぬから!」


 俺の体から外れた触手はその貫通力を見せつけるように、地面に刺さってゆく。

 止まったら最後、俺の体が穴だらけになるのは間違いない。


 しかも、触手はただ追いかけてくるのではなく、俺の移動先を狙って襲ってきたり、攻撃によって俺の動きを制限しようとするなど、中々に多彩な動きを見せていた。


「――それでも俺、なんとか生還!」


 全身をフル稼働させて、逃げて逃げて逃げまくり――何とか生き延びた。

 俺が叫び、洞窟に飛び込むと入り口付近に無数の触手が突き刺さった。


「あの触手野郎、次会ったら覚えてろ!」


 そんな負け犬の遠吠えを、捨て台詞として吐きながら――俺は町へ逃げ帰る。

 仕方がない。

 竜は強いし、倒すのも大変なのだから。


***


 こちらの世界に生まれ変わる前の俺の名は――高槻圭吾。

 今も名前はケイゴで通している。

 元々は一人前の引きこもりニートである。


 どうやって転生したかは――もう、忘れた。

 というか、気づいたらこの状態だったと思う。


 今現在、全く知らないこの男の姿で活動中。

 超強力でデタラメなこの力を使って。

 職業は――竜殺し。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初に主人公が逃亡するのは珍しいですね。戦闘シーン最高! [気になる点] 今後仲良くなる竜は出てくんのかな?出て来なくてもどっちでもいいけど。 [一言] いいですね。暫くは小説探しをしなく…
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