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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第二章 最強再来
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第百十四話 崩れ始める竜殺し

「馬鹿がっ!」


 俺は巨大な壁が迫るように見えるそれに、全力で右腕を向けた。

 触れぬ竜オズラフェルの力を全力で行使する。

 瞳の竜パープリーアテントの尻尾が真ん中付近から吹っ飛び、だだっ広い夜の平野に転がった。

 地面に落ちた直後の尻尾はまだ生きているようで、幾つか付いている目玉がまだギョロギョロと動いている。


「そう何度も、何度も! 同じ手を、喰らうかよ!」


 パープリーアテントは瞬間移動で一気に俺へ接近すると、尻尾による近接攻撃を行ってきたのだ。

 俺はそれをオズラフェルの見えない力で引きちぎった。

 もう何回か見た攻撃だ。

 さすがの俺でも対応し始める。


「うっ、ごっ。があああっ。痛えエエエエエエええ! クソがあああああっ!」


 だが、体が痛い。

 頭が痛い。

 気分が悪い。

 咳が止まらず、嗚咽がする。

 感情を高ぶらせていないと、気を失いそうだ。


 瞳の竜の体の一部を無力化したというのに、全然有利になった気がしない。

 竜の能力を使う度に、体の状況が悪化するように感じる。

 同時に、力がかつて無いほど溢れてくるようにも思える。


 わからない。

 何がどうなっているのか、わからない。

 頭と心と体が乖離しているようで――気を抜くと俺と言う存在がバラバラになってしまいそうだ。

 俺が――安定しない。


 対して、パープリーアテントは集中力を高めており、冷静さを一切欠かない。

 奴は尻尾を俺に引きちぎられたにも関わらず、声を上げていない。

 全く怯んでいない。

 痛みを完全に無視している。

 可愛げも何も無い。


 竜は俺に引きちぎられた尻尾の断接面から少量の血を流しつつ、瞬間移動を繰り返し、体の目玉から魔力閃光を放つ。


「――はあっ。ヴァル、ファローナ(再生する竜)


 俺は体の状態を治すために、ヴァルファローナを使用する。

 パープリーアテントの魔力閃光から逃げながら体を治す。

 途中、流れ弾に当たり左半身が吹っ飛ぶが、ヴァルファローナを使用している最中だったことが幸いして――即再生。

 俺は口から血を吐きながら骨、内臓、筋肉、皮膚などを戻し、次の攻撃に移る。


アッド(付加)――ガルゼイド(爆発する竜)


 俺は右手で自分の左腕を掴みつつ竜の名を叫んだ。

 叫んだ竜は――爆発する竜ガルゼイド。

 任意で自分の体を構成する全ての物を爆発させることのできる能力だ。


 俺はこの能力で――自分の左腕の付け根辺りを軽く爆発させた。


 ――左腕が俺の体から切り離される。


 ――離れた左腕と、腕の付け根から血が溢れ出る。


 腕がなくなる痛みには慣れてきたが、それでもかなり痛い。

 普段の時にこんな痛みを受けていたら、頭がおかしくなるんじゃないかと思う。

 だが、現状は自分でもわかる通り、既に頭がおかしくなりかけている状態だ。

 だから、頭がどうにかなりそうな痛みにも、今の俺なら耐える。


「――ヴァルファローナ(再生する竜)


 俺は自分で切り離した左腕を元通りに治した。

 それにより、俺は五体満足の状態でありながら、自分の左腕を持っている。

 新しく武器を手に入れた。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ――があああっ!」


 俺は何故か体が震えてきて、呼吸がキツくなってきているが関係無い。

 高速移動術を交えた移動で、パープリーアテントを攪乱しつつ、機会を窺う。


アッド(付加)――オルトロッド(狙撃する竜)


 狙撃する竜オルトロッドを使えるようにしておく。

 しかし、まだ使用しない。


 そのまま俺はある程度、奴に近づいたところで――。

 俺は大きく息を吸い込む。

 肺に大量の酸素を送り込んだ。


「あああああああああああああああああああああああああああっ!」


 そして、大声で叫んだ。

 この周辺一体に俺の声を届かせるぐらいの気持ちで。

 俺の喉が壊れても良いと、思うぐらいの勢いで。

 全力で――叫んだ。


 これは声を聞いた相手を自殺させる能力――死に誘う竜ビガラオを使っていると、錯覚させる為の行動だった。


 パープリーアテントはこの能力を既に把握している。

 これで散々目玉どもを殺してきたのだ。

 奴もこの能力の危険性が体に染みこんでいるはずなのだ。


 だから竜は――無視できない。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 瞳の竜パープリーアテントの怒号のような雄叫びが一帯に響き渡る。

 それこそ、俺の声など簡単に掻き消されるほどだ。

 俺の鼓膜が馬鹿になったのか、音が聞こえなくなる。


 しかし――乗った。

 奴は逃げることを選ばず、こちらの声を掻き消すことを選んだ。


 死に誘う竜ビガラオは、俺の声に呪いを乗せて相手に聞かせ、自殺させる能力だ。

 故に今のパープリーのように大音量で覆ってしまえば完全に無力化できる。

 しかも、能力が強力なためなのか魔力消費も激しく、肝心なところで防がれると中々痛い。


 だが――今の俺の大声は勿論ブラフだ。

 俺の声には呪いなんぞ乗ってはいない。


 そもそも俺は防がれるとわかっている能力を使おうとは思わない。

 きっとパープリーアテントも今までの戦いでお互いを知ったことにより、俺がこの能力を使うことは、限りなく低いと思っているかもしれない。


 だからこその――駆け引きだ。


 俺がビガラオの能力を使っているかは、パープリーアテントにはわからない。

 声に呪いが乗っているかなど、相手にはわからない。

 判断するには自分に自殺衝動が起こるかどうかで確認するしかないだろう。

 けれど、そんなこと一歩間違えればそのまま自殺しかねないし、正常な判断能力を持っていればまず行わない。


 普段の俺がビガラオの力を使ったならばパープリーアテントはかなり耐えられるだろうが、今の俺は竜殺しの加護であり得ないほど魔力が高まっている。

 それこそ、下手をするとパープリーアテントでもまともに自殺してしまう可能性があるほど強力だ。


 それにより――パープリーアテントは考え、迷う。


 ブラフだと思って無視するか?

 声に呪いが乗っていると思って掻き消すか?

 それとも別の策を考えるか?


 思考に無駄な労力を掛けさせる。

 理想的な結論に辿り着けるまでの時間を長引かせる。


 そこを狙って――俺は攻める。


「――だああっ!」


 先ほど体から切り離し、持っていた自分の左腕を遠くの空高くへ投げ捨てた。

 血を垂らしながら、俺の左腕が宙を舞う。

 この腕には既にオルトロッドの能力が使用されている。


 狙うのはパープリーアテントの頭部付近。

 そこを凝視しながら、高速移動術を発動させる。


 俺は移動を開始、竜の視点をこちらに集中させるように動く。

 それと同時に――俺の先程放り投げた左腕に付加されているオルトロッドの能力を発動させる。


 狙撃する竜オルトロッドの能力は、ある程度の大きさの物を視認した場所に高速で飛ばせるものだ。

 この能力を持っていたオルトロッドという竜は自分の体内から造りだした槍状の物をこの能力で飛ばし、数キロ先の敵を仕留めていた。

 俺も今までは剣や槍を飛ばしていたのだが、今回は自分の腕を飛ばす。


 空中にあった俺の左腕が物凄い速さで飛んで行き、パープリーアテントの頭に当たった。

 腕は剣や槍とは違い、鋭く無ければ固くもない。

 ペチン、という音と共に竜の鱗に跳ね返されて――。


 ――俺は再び名を叫ぶ。


「――ガルゼイド(爆発する竜)


 次の瞬間、薄暗い平野が一瞬だけ、まばゆいぐらいに明るくなった。

 パープリーアテントの頭部近くにあった俺の左腕が光と熱を持って膨張し、大爆発を起こしたのだ。

 俺の魔力が高くなっているのが起因しているのだろう。

 人間の腕一本分の爆発だというのに、かなりの威力になっていた。

 それこそ、耐火能力の高い竜がまともにダメージを受けるぐらいには強力になっている。


「ガアアッ――」


 パープリーアテントは爆発の瞬間に顔を背けたようで、顔面の右側だけが焼けただれていた。

 右側の首から前足の付け根辺りも中々の焦げ具合となっている。


 「ひゃいぶ、やつも――ボロ、なって」


 気がつくと俺は口が回らなくなってきていた。

 パープリーアテントのダメージが重なってきていると喜んでる場合ではない。

 体がまた壊れてきている。

 早くヴァルファローナで体を治さなければ――。


「あ、あっ?」


 そこで俺の視界には大きめの魔方陣が見えた。

 パープリーアテントが魔方陣を展開し、俺を攻撃するつもりなのだろう。

 俺は高速移動術で急いでこの場を離れつつ、ヴァルファローナで体を再生させなければならない。


 瞳の竜の攻撃から離れようとした時だ――そいつらは出てきた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 目玉の化け物が二体、地中から現れた。

 いつの間にこんな物を仕込んでいたのか。

 しかし、そんなことを考えている暇はない。

 目玉の化け物は一体が俺の右足を、もう一体が俺の左腕を狙ってくる。

 目玉から伸びる触手が絡みついてくる。

 こいつらは俺をここに止めておくのが目的なのだろう。


 俺は触手の絡みついていた――右足と左腕をガルゼイドで爆発させる。

 手足が吹っ飛び、血液が飛び散るが、同時に奴らの触手を破壊して俺は拘束から逃れる。


 パープリーアテントの幾つかある目玉から、魔方陣に光が集中し――太めの魔力閃光が放たれた。


 俺は魔力を残っている左足に集中させ、一気に真上へ跳躍する。

 直後、真下に赤い魔力の光が走り、地面を削る。


 だが、これもパープリーアテントは予測していたのだろう。

 残っている目玉で、空中にいる俺に魔力閃光の射撃を放ってきていた。


「――オズラフェル(触れぬ竜)


 俺は見えない力を発動させて、その力を――俺自身に働かせた。

 車に跳ねられたような痛みと共に、俺の体はその場から飛んでゆく。

 いうならば自分を自分でぶん殴って、無理矢理移動させたようなものだ。


 力加減ができる余裕も時間もなかったので、歯が折れたり、頬骨がいったり、体もどこが折れたり痛めたりしたのかわからないぐらいだった。

 だが、あのまま空中にいたら確実に狙い撃ちにされていた。

 これが最善だった。


 ――ヴァルファローナ(再生する竜)

 俺は地面に落ちながらも竜の能力を切り替える。

 背中を強く打ったのか、体のヤバい感じを覚えつつも、体を元通りに治し始める。


「がっ、ああっ。あああっ、あああ――ああああああああっ!」


 俺は呻き声を上げながら、ヴァルファローナで体を治し、正面を向いた。

 出来る限り早く起き上がり、パープリーアテントの追撃に備えなければならないのだ。


「ぐえっ、げっ――ああっ。ああ、どうし? いないの、か?」


 だが、いつまで経って攻撃がない。

 辺りの気配を探るが竜の気配がない。

 どこかに身を潜めているのかと気を張るが、奴が攻撃してくる気配がない。


「ああっ? あ? なっ、やつ? がっ、あっ?」


 やはり口が回らない。

 吐き気が止まらない。

 体中が痛い。

 体を治しても、治しても、痛みが止まらない。

 ヴァルファローナを使っていても、痛みが止まらない。


 それでも精神は研ぎ澄まさなければならない。

 奴が瞬間移動を使ったのは間違いないはず――。

 どこかで俺を攻撃する機会を窺っているのか。それとも奴は別の場所に?


「――ベルサー、シュ(感知する竜)


 感知する竜ベルサーシュを使用する。

 俺は周辺の生き物の居場所を調べる。

 瞳の竜の居場所を追跡する。


「なん? ああ、やっぱ。あっち、に?」


 パープリーアテントの動きが今までと変わっていたのが気になっていたが、ようやく俺は確証に代わった。

 奴は俺との戦闘を後回しにして、王都に向かっているようだった。

 何故また急に王都へ向かおうとしているのかわからない。

 だが俺はとにかく奴を追うしかなかった。


「ああっ、あー。あああっ。あああああああっ」


 俺は動き出すが、やはり体調が優れない。

 今までも決して良かった訳では無いが、ここにきて飛び切り悪くなっている。


「体? 治ってな、い? それとも、魔力だ――が? うっ、ぐえ」


 ヨタヨタと歩きながら進む。

 だが、こんな遅い足で進む訳にはいかない。

 高速移動術を連発して、瞳の竜を追いかけなければならないのだ。


 だが、その前に少しだけ――補給しよう。


「――オズ、ラフェル(触れぬ竜)


 俺はオズラフェルの能力に切り替えると、ここからそれなりに離れた地面を見た。

 先ほどベルサーシュを使って、俺が計り間違えていなければあそこにいるはずなのだ。

 オズラフェルの見えない力で、この辺りだろうという地面を掘り返す。

 むしろ地面を持ち上げるつもりで、俺は力を行使した。


「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 すると地面から三十メートルはある少し形の変わった竜が姿を現した。

 正確に言うと俺が地面から掘り起こした。

 恐らく俺とパープリーアテントの戦闘に巻き込まれないように、地中に隠れていたのだろう。


「あーっ。あー」


 俺はそいつを浮かしたまま、こちらに物凄い速度で引き寄せる。

 そして、両手でその竜の巨体を支えると、俺は別の竜の名を呼ぶ。


「――ラーニガン(吸収する竜)


 そして、俺は手の平から竜の力を一瞬で吸い取った。

 大きめだった竜の体から、手応えがなくなった。

 俺が生気という生気を吸い取って、ほぼミイラのような状態になったので竜が一気に軽くなったのだ。


「あー、全然――足り、な」


 要らなくなった竜の死体をその場に捨てる。

 今更愚痴ってもどうにもならないのだ。

 俺は今あるもので、どうにかやるしかないのだ。

 体が悪くなる一方だが、その状態で勝つしかない。


「はっ、はっ、はっ、ああっ――」


 肩を揺らしながらも、安定しない呼吸を繰り返す。

 だが、俺はそんな体のことより、ある予感があった。

 なんとなくだが、終わりが近づいている気がした。


 死ぬのか、生きるのか、守れるのか、殺せるか。

 一切わからないが、そんな気がしたのだ。


 そのまま高速移動術を発動させ――俺は王都に向かう竜を追った。 

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