第百七話 終わりの兆候
暗い暗いどこかの森の中。
そこには木々に紛れて目玉の化け物たちが潜んでいる。
目玉がギョロギョロと動いている。
そしてその中心には唯一の人間が存在した。
数少ない、竜と繋がっている希少な人物。
「わかった。何か異変があるようだったすぐに知らせる――」
竜の契約者タルスは特殊な力で繋がっている竜との会話を切り上げた。
相手は瞳の竜パープリーアテント。
もう何度目かわからないが、あの竜は再びあのケイゴという男と戦闘を開始したらしい。
話しを途中で切り上げられた。
「それにしても長いな――奴らどれだけ戦い続けているんだ?」
タルスは昔、ある男に言われたことを思い出す。
それはかつてガルヴァン王国最強の騎士と言われ、竜殺しの武器を持ち――十年前、パープリーアテントに殺された男の言葉だ。
『力量差があるのならともかく、本当に強い者同士の戦いというのは中々勝負が決まらないものだ。相手からくる様々な攻撃を対処し、決定打を回避し、攻撃する。これを互いに繰り返すからな』
確かこんなことを言っていた。
しかしこれは、下手をすると夜が明けるのではないか?
タルスはそんなことを思いながら、パープリーアテントから聞いた現在の状況を脳内で反復する。
今現在、パープリーアテントの目立った負傷といえば殴られ力が入らなくなった右の後ろ足、少しの傷だが力が弱まった黒い瞳――ぐらいだろう。
だが、パープリーアテントはこの国に来てからずっと戦い続けている。
疲労が溜まり、精神的にも疲れが見え、明らかに動きが劣化してきている。
これまでの戦いで受けた細かい怪我の蓄積もある。
そして、竜と言っても生き物には変わりない。
そう、あの竜は生き物なのだ。
生き物であるならば、殺せば死ぬ。
タルスは今更ながらこの考えに至った。
瞳の竜パープリーアテントは恐ろしく強い。
本当に殺せる相手がいるのかと思うぐらい強いのだが――あれは死ぬ生き物なのだ。
そして、不意にタルスの頭にある予感がよぎった。
今、相棒であるあの最強と言われる竜は――かなり死と近い場所にいるのではないかと?
「だが、パープリーは言った。あの竜殺しは――ケイゴはだいぶ弱ってきている。肉体と魔力は強化され続け手に負えなくなってきているが、その精神は竜殺しの力に侵食され、まともな思考能力を失いつつあると」
パープリーアテントは過去に竜殺しと一緒に戦っていたことがある。
だから、あの竜は下手をするとタルスたち人間側よりも竜殺しに関しての知識を持っている可能性があった。
そんなパープリーアテントが言ったのだ。
竜殺しの力は極限状態になると、宿主である竜殺しの人間を――竜を殺そうとするだけの生き物に変貌させようとする傾向があると。
竜殺しの力は宿主である人間が死んでも、またすぐ別の人間に力を移し新たな竜殺しを作れば良いだけなのだ。
だから、あの力は宿主である人間を酷使する。
竜殺しである人間を無理矢理強化させ、竜を殺すことにのみ意識を向けさせ、死の恐怖に怯えないよう自分の命を軽視させる。
竜殺しの力にとって――人間は使い捨てなのだ。
「加えてケイゴは殺した竜の力を連続して使っている。それが精神への負担を更に加速させる。――そうだ。疲労しているのはパープリーだけじゃない。ケイゴも同じだ」
タルスは気付く。
疲労しているのは両者とも同じなのだ。
「強者同士の戦いというのがどういうものか知らないが、パープリーもケイゴも極限状態がずっと続くはずがない。恐らく両者とも見た目以上に中身がボロボロだ。気迫や思考も後は落ちるだけ――決着は近いかもしれない」
肉体が疲労を積み重ねているパープリーアテント。
精神が限界に近づきつつあるケイゴ。
タルスはこの両者の決着を待つしかできない。
どちらかが更に弱り、衰え、動けなくなるまで――じっと待つのみだ。
***
「――抜けた!」
俺は幾つもの魔力閃光をかいくぐり、立ち塞がる魔力障壁を全力の右ストレートでぶち破った。
砕ける拳と赤い半透明の壁。
だが、そこに更にもう一枚――俺の進路を塞ぐように新たな壁が存在していた。
「くそがっ! もう一枚――」
パープリーアテントは俺が魔力障壁を突破してくることを見越して、新たにもう一つの魔力障壁を備えていた。
眼前に大きくそびえ立っている竜を攻撃するには、このもう一枚の壁を破壊する必要がある。
――左腕も潰すのか?
――いや、ここまで来たら退けない。
――退いたらそこを狙われる!
――徹底的に食らい付け!
俺はもう一本の左拳で、小賢しい魔力障壁を割り更に前へと進む。
その先には体に幾つもの目玉を持ち、それらを赤く光らせている瞳の竜。
奴はこのタイミングを待っていたのだろう。
俺が魔力障壁を破ったと同時に、魔力閃光の集中砲火が放たれる。
「――ちっ!」
俺は高速移動術を使い、普通の動きに加速を織り交ぜながらなんとか攻撃を回避しようとする。
だが――いままでより放たれる魔力閃光の数が多い。
この数は明らかに俺を仕留めようとしている動きだった。
恐らく魔力障壁での防御を想定していない、攻撃に目玉を多く振っている。
パープリーアテントがここまで大胆な攻撃に移っているのは俺が両腕を潰しているからだろう。
今の指が折れ、骨が変形し、血がダラダラと流れている両腕では殴ることは出来ない。
オズラフェルを使用するのも上手くいくか、わからない。
ヴァルファローナで腕を再生させている余裕はない。
きっと奴はこれを見越しての攻撃――。
俺が反撃する術を持たないと思っての攻撃――。
「――馬鹿が!」
俺は思わず叫んだ。
何とか原型を保っている左手で右腕を掴む。
そして、竜の名を呼んだ。
「アッド――ガルゼイド!」
俺は竜の能力により、右肩辺りに小規模の爆発を起こした。
右腕を俺の体から切り離す為の爆発。
痛みで頭が沸騰しそうになる。
「があっ!」
俺は何とか原型を保っている左手で無理矢理、右腕を引っ張る。
迫る魔力閃光を避けながらも、爆発した箇所から血が面白いぐらいに流れている。
痛みで頭がおかしくなりそうだ。
苦しくて視界がぼやけている。
だが、わかる。
――今の俺は笑っている。
「――死ねよ」
俺は壊れかけている左手で、切り離した右腕を――投げた。
ゴミ以下に成り下がっている俺の右腕が放物線を描く。
それはパープリーアテントへと、吸い込まれるように向かってゆき――。
右腕は一瞬で真っ赤になり、熱を持ったかと思うと――爆発を巻き起こした。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
パープリーアテントにダメージが入ったのか、吠えている。
火にある程度の耐性を持っているはずの竜にも利く、中々の威力。
この能力は思っていたよりも――使える。
ただ、使う度に痛みが伴うのが難点だ。
――はあ?
難点? そんなこと言っていられるか!
「俺は誰よりも劣っていると理解しろ!」
少しでも油断したら死ぬ。
傲慢を見せたら勝てない。
「使える物は何でも使え!」
俺は元々駄目な人間だったから、引き籠もりをやっていた。
本来ならこんなところにいる資格も実力もないのだ。
「保身に走って、相手を出し抜けると思うな!」
そう、俺は人より駄目だから、普通にやっていては勝てない。
他の人より出来ない分、身を削らないと他の人たちに並べない。
「自分を使い潰してでも――死んでも奴を殺せ!」
俺のすべてを使って、アイツを上回り殺す。
その為には痛みや苦しみが、どうのこうのと言っていられない。
俺はもう片方の左腕も落とすために、また肩の辺りを爆発させた。
今度は火力が強すぎたのか腕が吹っ飛び、周辺の俺の皮膚が焼けた。
パープリーアテントはまた瞬間移動で距離を取っている。
奴の体表も先ほどの爆発で焼けたのだろう。
俺の左腕を切り離すように、奴も爆発で表面が焼け使えなくなって目玉を体表から落としているようだった。
目玉の残骸が地面に何個か転がっている。
「ヴァルファローナ」
俺は体の全てを元に戻す。
表面の焼け焦げた跡も、無くなった両腕も全てを綺麗に元に戻す。
これでまた戦える。
何度でも怪我を出来る。
俺の意識がある限りは、腕を潰しても、爆発させても、また再生させればどうにでも出来る。
「まだだ。お前が根負けするまで俺は何度でも挑む。絶対に逃がさない。ここで必ず殺す」
俺は遠くで佇むパープリーアテントを睨みながら、先ほど爆発で飛ばした左腕を回収しに行く。
自分の両腕が存在しているのに、紛れもない俺の腕が手元にもう一本ある。
不思議な感覚だった。
「ワーズ・ミニッド」
俺は姿を消す。
持っている焼け焦げた腕も能力の影響で一緒に消える。
完全に俺という存在が――闇に同化した。
また目玉の化け物たちが集まってきている。
やはり攻めるなら早い方がいい――。




