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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第十三話 雷撃の魔術師

 死に誘う竜ビガラオは木の上にいる俺に向かって雄叫びを上げているようだった。

 うまく聞き取れないので何とも言えないが、まるでそこから降りてこい――とでも言いたげな様子だ。


「誰が降りるか――」


 機動力が乏しく、寸胴な姿をしているビガラオにはまず木登りは不可能だ。

 奴が俺を攻撃するためには、一度木を倒し、上に逃げている俺を下ろす必要がある。

 もし、ビガラオが接近し、木を倒そうとしたら即離脱――別の木に乗り移る。

 リチュオンも抱えているのだ。何か良い手が思い浮かぶまで、これで時間を稼ぐしかない。


 もっとも、これは本当にどうしようもない苦肉の策だ。

 オルトロッドが槍の準備を終えたら、木の上も安全で無くなる――。


 俺が狙撃する竜オルトロッドに意識を向けていると――。

 死に誘う竜ビガラオから聞こえていた大きな雑音が――ピタリ、と止んだ。


 ――なんだ?

 それはビガラオの初めて見る動き。

 あの太っている竜は、自身の大きな腹を更に膨らませるように――大きく息を吸い込んだ。

 それこそ本物の風船のように、奴の腹が膨れあがり肥大してゆく。

 それはほんの――二秒程度の出来事だ。


 その直後、ビガラオの腹が急激な勢いで凹む。

 それと同時に――奴の口から空気の弾丸が発射された。


 俺はビガラオの不穏な動きに警戒していたため、直ぐにその場を離れる。

 しかし、竜の口から放たれた空気砲の威力は予想以上の威力であり、乗っていた木の部分が破壊され、付いていた葉が一気に飛び散った。

 俺は空気砲の余波を受け、バランスを崩しながら落下。

 なんとかリチュオンを庇うことには成功したものの、上手く着地が出来ず地面に叩きつけられる。


「次から次へと――」


 俺はなんとか立ち上がろうとしたところで、ビガラオは再度――大きく息を吸った。

 ――また、空気砲? 俺はともかくリチュオンがあれを受けたら拙い。

 ――俺が盾に――いいや、駄目だ。一緒に吹き飛ばされるだけだ。


「くそっ、リチュオン――」


 それでもどうすることも出来ず、俺はリチュオンに覆い被さった。

 時間が無い。駄目元で俺が盾となるしかなかった。

 ビガラオは狙いを定めるように大きく俺たちに口を向けた。


 そして放たれたのは――青白い雷撃の槍。


 雷属性を持つ魔力の槍がビガラオの右側面に命中した。

 当たった衝撃で竜の体が傾き、近くの地面が空気砲によって炸裂した。

 直撃は免れたものの空気砲の衝撃波により、俺とリチュオンが吹き飛ばされる。


「なっ――が」


 俺は倒れながらも、何が起きているのか確認するべく大きく目を見開いた。

 

 誰が撃っているのか、その姿は確認出来ない。

 森の奥から雷撃の槍が高速で飛来し、再度ビガラオに命中した。

 しかし、雷撃の槍は竜を相手にするには火力が少ない――いや、この場合は――ビガラオ相手には相性が悪いように思えた。


 死に誘う竜は魔術耐性が高いのか、奴の動きは止まらない。

 竜は視認できない敵への迎撃を開始、電撃の槍が飛んできた方向に向かって空気砲を撃つ。密集していた木が次々と崩れてゆく。

 そしてその中から、人影が飛び出した。

 その人物は一度近くにあった木に飛び乗り、再び大きく跳躍――俺たちの頭上にその姿を現した。

 

 その魔術師は黒いローブに身を包んでいた。

 彼女は空中で、青く短い髪をなびかせる。

 俺は彼女を知っている。

 体は小柄だが、戦闘特化の魔術師としてトップレベルの強さを誇る――俺の認める数少ない強者。


「――どうして、ここに?」


 彼女は俺と同じように宿屋の用心棒としてエレナに雇われている人物。

 名前をファリス。

 通り名は――雷撃の魔術師。


 空から竜を見下ろす魔術師は、腰に装備していたダガーを抜いた。

 ナイフより長く、剣より短いその刃物はこの魔術師の愛用している武器である。

 もっとも、その使用方法は戦闘特化の魔術師独特のものだ。

 ファリスの持つダガーの刃を覆いながら青白い光が延長する。

 それはまるで、SF映画に出てくるような光の剣そのものだった。


 ――雷属性の魔力剣。


 彼女はダガーを触媒として、魔力によって形成された雷属性の剣を作り上げる。


 ファリスはそのままビガラオの頭上を跳び越え地面に着地、敵の背後を取った。

 そして、がら空きになっていた竜の背中に魔力の刃による一太刀を浴びせる。

 ビガラオが激痛で叫び、傷口からは血が噴き出した。

 竜は怒り狂うように背後のファリスに攻撃を仕掛けるが、彼女は既に距離を開けていた。


 しかし、雷撃の魔術師の顔色は優れない。


 魔力剣は並の人間相手なら一撃で体を真っ二つにできる程強力だが、同時にかなり扱いの難しい上級者向けのものでもあった。

 刃を伸ばしているだけで魔力を消費し続ける燃費の悪さ――。

 常に刃の形成を維持するために、膨大な集中力を必要とする繊細さ――。

 そして一番のデメリットとして、魔力剣は力加減を間違えて形状を大幅に乱してしまうものなら――その場で爆発し、術者を死に追いやる危険性があった。

 正に諸刃の剣である。


 しかし、それだけのデメリットを伴っていながら、魔力剣はビガラオには効果が薄いのか思うように刃が通らない。

 ファリスは攻撃スタイルの変更を余儀なくされる。


 魔術師は難しい顔をしながら、大きく後方へ跳躍。

 同時に空いている左人差し指をビガラオに向ける。

 指先を中心に電撃の輪が広がると、そこから大量に雷撃の針が発射された。

 長さ十センチ程度の雷撃が次々と発射される。

 一発の威力は弱いが、それを手数で補う手法だ。

 ビガラオに絶え間なく攻撃が当たり続ける。

 恐らくは、牽制と次の行動を考えるための時間稼ぎの攻撃だろう。


「――ファリス!」


 俺はこのタイミングだと思い、叫んだ。


 「――敵勢力二、負傷者三!」


 ファリスの視線が俺に向く。


 同時に、魔術師の視線が外れたのを確認したのかビガラオが動く。

 死に誘う竜はその太った体にも関わらず、大きく横にステップを行いファリスの攻撃線上から外れた。

 しかも、ステップ開始と同時に大きく息を吸い込んでいたのだろう。

 竜は回避行動後――即座に空気砲を発射した。


 直ぐに反応したのか、ファリスは攻撃を中断し、その場を離れる。

 彼女のいた地面が空気の弾丸で弾け飛ぶ。

 あの程度の攻撃ならファリスは大丈夫だ。

 俺は叫ぶのを続けた。


「――そいつは、声に呪いを乗せて相手を自殺させる。俺の対魔力でも防げない。鼓膜を破れ! もう一体は遠方から槍を放つ、対応は無理だ! 負傷者連れて撤退するぞ!」


 空気砲を回避したファリスは右手に持っていたダガーを鞘に仕舞いながら俺を見た。

 彼女は握り締めた左手を上げた後、人差し指と親指を広げた。

 まるで何かの長さを伝えようとするかのような動作。

 そして、その後――ビガラオを指差した。


「ああ、了解」


 俺が既に耳の鼓膜を破っていて声が届かないと理解しているのだろう。

 だから彼女はジェスチャーで俺に伝えたのだ。

 ――少しの間、時間を稼げ――と。


 俺はリチュオンを地面に下ろすと、ビガラオに突撃した。

 放たれた矢のような勢いで俺は竜に一気に接近。

 ビガラオは俺が向かってくるのを気づいていたのか、横に大きく腕を振う。

 俺はギリギリのところで竜の攻撃を回避すると、奴の背後に回ろうと大きく旋回する。


 その間に、ファリスは何かを念じるような仕草を行うと、ある山の方角を見た。

 雷撃の魔術師は、狙撃する竜オルトロッドのおおよその位置を把握したようだ。


「何で位置が――ああ、愚者の瞳孔か」


 愚者の瞳孔という敵の殺気を感じ取る魔術が使えるというのを、ファリスから聞いた覚えがある。

 まあ、彼女はその魔術とは相性が悪く、あまり好んでは使わないようだが――。


「っと、集中――」


 ファリスに気を取られ、危うくビガラオの腕に当たりそうになっていた。

 目的は時間稼ぎだ。ビガラオが追い、俺が逃げるこの状況を維持しなければならない。


 そうしている間に、ファリスはもっと後方へ下がり、木の根元で片膝を立てて座った。

 オルトロッドの位置を確認したファリスは、木を盾にして姿を隠し魔術の準備を始めていた。


 恐らくは、あの全力モードの準備か。

 痛覚麻痺の魔術を使用してからの、身体強化の――重ね掛け。

 先ほどの跳躍を見る限り身体強化は既に一度は使用しているはずだ。

 予想通りなら、ファリスはこの後の身体強化は二度行う。

 そこからの戦闘継続時間は――およそ五分。

 その後は、ファリスが燃料切れを起こす前に、ここを撤退しなければならない。

 時間との勝負になる。


 俺は魔術の行使を開始するファリスを――見た。

 静かに集中するファリスの姿――。

 そこで俺の背筋が凍った。第六感が働いた。

 俺は――気づいた。


「くそっ、馬鹿か俺は!」


 ――叫ぶか! いや、それだけじゃ危ない。

 俺は足下に落ちていた石を拾い上げると、ファリスに投げつける。

 この際、彼女に当たっても良い。

 今のファリスは集中し過ぎて、俺の叫びだけでは反応が薄い可能性がある。


「下がれ!」


 俺が叫び、投げた石がファリスの側の木に当たった。

 ファリスはビクンと反応し、迷わず俺の声の通りに後方へ。

 その直後――狙撃する竜の放つ白い槍が、木を貫通してファリスの眼前を通過した。


 馬鹿だ、俺は! ファリスは槍の攻撃を見ていないし、威力を把握していない。

 人体を易々と貫通するあの槍だ。木じゃ身を隠せても、守れない。

 俺がもっと警戒するべきだった。


 しかし幸いだったのは、白い槍が直ぐに飛んでこなかったことだ。

 槍は一度発射すると、次の準備に時間が掛かる。

 オルトロッドとしては一発一発を大事に撃っていきたいのだろう。

 だから、奴はファリスが木の陰に隠れ、しばらく移動しなかったのを確認してから槍を発射したのだと思う。

 もう少し対応が遅れていたら、確実にファリスが死んでた。


「危な――」


 無事な姿でいるファリスを見て安堵している俺を。

 ファリスに視線が向かっていて、隙の出来ていた俺に向かって。

 まるで力強い機関車のように――ビガラオが突進する。

 死に誘う竜は右腕を目一杯左に持っていくと、まるで裏拳でも繰り出すように腕を振るう。


「――っ」


 俺は咄嗟に攻撃を避けるために、後方へ跳躍。

 そして後ろへ下がった俺に向けて――ビガラオが大きく口を開けた。


 ――しくじった!

 俺は咄嗟に両手を交差して、顔面を守る。

 全身に魔力を注ぎ込む。


 そこで、追撃となるビガラオの空気砲が――俺の体を直撃した。


 回避行動直後の動けないところを狙った攻撃が見事に炸裂した。

 俺はデカいハンマーで叩かれたような衝撃を受けながら、飛ばされ地面を滑ってゆく。


 ――さすがに、今のは、効いた。

 だが、泣き言など言ってはいられない。

 立ち上がらなければ、更なる追撃が来る可能性もある。


 俺は歯を食いしばりながら立ち上がる。

 重い頭を無理矢理上げる。

 すると視線の先には――静かに佇むビガラオの姿。

 どうやら、追撃はしてこないようだ。


 ビガラオは静かに口を開く。

 まさか――死に誘う声か?

 なんとなくだが、奴の気配からそんな気がした。


 距離がある。耳の鼓膜が破れていることもあり、奴から声が出ているかはよくわからない。

 しかし、奴が俺を遠ざけた理由が――ファリスを殺すためだとすると十分あり得る。

 もし、俺が近くにいたのなら、確実にビガラオの死に誘う声を妨害しようと行動に移るのは明白だ。


 ――だが、遅い。遅すぎた。

 ビガラオは行動に移すのが――少しばかり遅かった。


 雷撃の槍がビガラオの背後に命中。

 注意を反らそうと、ファリスが放ったのだろう。

 ビガラオが攻撃のあった方向に向くと、木の上には冷静な表情をしたファリスの姿。

 彼女の右手は雷撃の槍を放った直後で前に突き出しており、また左手には木から折ったと思われる枝を持ち――自らの左耳に突き刺していた。


 死に誘う竜は静かに口を閉じてゆく。

 もう、声は届かないと、対応されたと、飽きらめた――。


 ビガラオが急遽頭を上げ――口を開く。

 声の代わりに空気砲がファリスを狙った。

 彼女は咄嗟に地面に降り空気砲を回避すると、今度は反対の右耳を木の枝で躊躇なく突いた。

 オルトロッドの狙撃に邪魔され身体強化は行えなかったようだが、痛覚麻痺の魔術は既に終えていたのだろう。

 ファリスは表情を変えぬまま、血の付いた木の枝を捨てる。

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