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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第二章 最強再来
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第八十七話 裏切り者の戦い

 ――数は圧倒的に不利だな。


 タルスの周りにはざっと数えても、四十人近くの兵士や騎士が武器を持って囲んでおり、彼らは少しずつ距離を詰めてきていた。


 ――それに王族親衛隊も数人いる上に、レバンもいる。


 そして何よりここは王都の門の前だ。

 他にも戦力はいくらでもいる。


 ――だが、一番厄介なのがあの男だ。


 特に注意するべきは王族親衛隊の隊長であるルネイドだ。

 あの男は強すぎるので、出会さないようにする必要があった。

 その理由として、タルスは竜と契約しているが一応人間だからだ。

 ルネイドという男は対人間に関しては有利を取れる特性があることに加え、基本的な能力も高く、タルスにとっては人の殺せない竜殺しなんかよりよっぽど驚異となる。

 恐らく、今の竜と契約していて強くなっているタルスであっても、彼と戦闘になったら数十秒程度しか保たないだろう。


「ああ、逃げることは容易いが――そうだな。上手くいくかはわからないが、私が終わらせられることができれば――」


 きっと成功する確率はかなり低い。

 だが、もし上手くいけばパープリーが王都を攻める必要もなくなって、無駄な血を流さずに済むかも知れない。

 そう思いタルスは――。

 ――己の手を汚す決心をつけた。


「来い! 血をくれてやるぞ!」


 タルスが叫んだ!

 すると、足下の地面が泥のように柔らかくなったかと思うと、そこから死神が扱うような巨大な鎌が飛び出した。


 だいぶ前に、それこそ五百年ぐらい前のことだ。

 異国の邪教集団があろうことかパープリーアテントの巣にやってきて、奴を捕獲しようとしたことがあったそうだ。

 もちろん、パープリーアテントが人間相手に遅れをとるはずがなく、戦闘と呼べるものは起こらなかったらしい。

 そして人間はすべて死んだが、そいつらが持っていた珍しい道具や武器はいくつか残り、パープリーアテントの巣に放置されたままになっていた。


 今、タルスが呼んだ鎌もその内の一つ。

 正式な名前はわからないのでタルスは『強欲な鎌』と呼んでいる。

 この鎌はパープリーアテントの巣で長年放置されていたのか、とても飢えていた。

 それをパープリーアテントと契約したタルスが魔力を分け与えることによって、強欲な鎌を懐かせ、今では呼べば出て来るぐらいにまでなっていた。


「――やるぞ」


 タルスは空から落ちてきて強欲な鎌を手に取る。

 既に多くの兵士や騎士たちは、タルスが武器を持ったと認識し、早く距離を縮めるために走り出していた。


 だが、タルスは焦ることなくその大きな鎌を片手で持つと、背中の方まで持っていった。

 その巨大な刃を水平にする。

 竜の契約者はその魔力を強欲な鎌に注ぎ込む。

 そして、その鎌を振ろうとして――。


 ――ピュイ!

 そこで口笛が鳴った。


「全力で伏せろ!」


 レバンの大きな声が聞こえた。

 相変わらず勘がいい――そう思いながらタルスは血を好む巨大な鎌を一気に、そして大きく振った。

 鎌の刃が紫の光を出しながら拡張し、鋭い線が走った。


 そして、タルスに向かっていた兵士や騎士の多くが体を二つに分けられた。

 上半身と下半身で分断され、大量の血が飛び散り、ほんの数秒でこの場所は惨殺現場に成り下がる。


 ――叫びがあちらこちらから出始めた。

 阿鼻叫喚とはこのことか。

 強欲な鎌の範囲外にいた者たちが叫び、戸惑い、より一層この場を恐怖に陥れる。


 だが、そんな状況などお構いなしに、タルスは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「くそっ! 仕留められなかったか――」


 今の強欲な鎌による斬撃を、レバン、ウェッジ、ビッグスの三人は伏せたことにより回避していた。

 だが、本当にタルスが殺したかったのは彼らではない。


「――王族親衛隊。一人も当たってないのか?」


 集団に紛れていた副隊長を含める王族親衛隊の三人も、強欲の鎌の斬撃をそれぞれ避けていた。

 タルスとしては最初の一撃で彼らの一人か二人は殺しておきたいところだったが、そう上手くはいかないらしい。


「うへぇ、地面血だらけだ。これ、新品の鎧汚れるなぁ」


 王族親衛隊の副隊長は地面に流れている多くの血を踏みつけ、パシャパシャと音を立てていた。


 その間にもレバン、ビッグスが正面から、ウェッジが後方から一気に距離を詰めてくる。

 レバンはともかく、他の二人もこの悲惨な状況を見ても表情一つ変えていない。

 あの冷酷無慈悲と言われていた猟犬部隊に所属していたのは間違いないと、タルスはウェッジとビッグスについての評価を改めて変えた。


「こいつら、早い!」


 タルスは強欲な鎌を両手で構え、三人を迎撃する構えを見せる。

 負傷しているレバン、長身のウェッジ、小太りのビッグス――三人とも足が速い。

 ――というより走るのが上手かった。

 殺された者たちの死体が幾つも転がっている中を、三人は地面も見ずに走り、つまずく様子など一切見せない。

 何事もないように死体を避け、普通に走るような速度でタルスへと接近する。


「さすがは汚れ仕事ばかりやっていただけあるな!」


 タルスが三人に話し掛けるが、完全に無反応だった。

 レバンはともかく先ほどはあれだけうるさかったウェッジとビッグスも、作り物みたいな表情をしながら無言のままだ。


 三人の男がそれぞれナイフを持って、タルスに襲いかかる。

 タルスが鎌を振るうが大振りの攻撃など当たる気配がなく、俊敏な三人は難なく回避する。

 そして、隙をついてタルスの体にナイフによる傷が、一つ、二つと増えてゆく。


「ぐうぅ!」


 タルスの体に更に傷が増える。

 ただ、どれも致命傷には成り得ないし、既に傷は塞がっている。

 それでもタルスは劣勢感がぬぐえない。


 三人はタルスを囲むように動きながらも、場所を移動させ翻弄させようとしてくる。

 素早さもさることながら、連携の練度もかなり高い。

 ウェッジとビッグスは猟犬部隊を抜けてからかなりの期間が経過しているはずだが、その動きはそこらの兵士より明らかに良い。

 どう考えても日々の鍛錬を続けており、レバンに呼ばれたときにすぐに実戦へと戻れるようにしていたとしか思えない動きだった。


「――ちょこまかと、目障りなんだよ!」


 タルスは大鎌を振るう。

 レバンたちは散開する。

 その隙をついてタルスは駆けだした。

 レバンたちに囲まれないように移動しようという魂胆だろう。

 だが、すぐに三人はタルスに追いつくと、最初にウェッジが突撃してきた。

 そして、タルスがウェッジとやり合っている間に、レバンとビッグスが回り込み囲もうとする。


 ――くそっ、一対一ならそんなに苦戦するとも思えない。

 ――こいつら、本当にやりずらい!


 結局、タルスは囲まれないように移動しながら三人と戦う。

 周りの兵士たちがなんとか加勢しようとしているが、レバンたち三人の連携に入る隙間が無いらしく、ただ傍観しているのみだった。


 だが、他の兵士たちとは違い――。

 彼らは躊躇なく、戦いに割り込んでくる。


「はいはい、あなたたちじゃ決定打不足ですから。ここからは――交代です」


 右手には短めの剣、左手には魔術師の使う杖を持つ、白い鎧を着た騎士が言った。

 王族親衛隊の副隊長だ。

 レバンたちを追いかけきたようだが、まだ少し距離のあるところにいた。

 そして、彼の左手に持つ杖の周りには炎が渦巻いていた。


「たぶんその人、ナイフでちまちまやっていても殺せないっすよ。なんで自分変わります。まあ、安心してください。自分、天才なんで。竜の契約者ぐらいでしたら殺して見せますから――」


 すると、王族親衛隊の副隊長の出している炎が更に激しく燃えた。

 攻撃魔術を行使しようとしているのが明白だった。


 そこで、ピュイ――と、レバンの口から再び口笛がなった。


「引くぞ!」


 その瞬間、ウェッジとビッグスの二人の体が問答無用で動いて、タルスから離れていった。

 勿論、レバンも同じように一瞬で離れて行く。


 ――もしかして、あの二人の暗示はあの口笛か?

 ――だが、今はそんなことを考えている余裕はないな。


 タルスはレバンの元部下二人を操る暗示の仕組みを考えつつも、既に王族親衛隊の副隊長から放たれた炎が迫っていた。

 竜と契約しているタルスであってもあの炎を直撃するのはさすがに堪える。

 だから、彼はもう一つの武器を懐から取り出した。


 それは珍しい形をした短刀だった。

 これも邪教集団が持っていた武器の一つで、特殊な効果を持っていた。


「悪いが、これがある限り私に魔術は届かない」


 そして、タルスは左手で持った短刀を振るい、迫り来る炎を切り裂いた。

 すると魔術で作られた炎は一瞬にして霧散する。

 まるでそこになかったかのように消えてしまう。


「これは『魔術潰しの短刀』だ。副長、君の魔術もこいつの前では無力だ」


 そう言ってタルスはその特殊な短刀を副隊長に向ける。

 だが彼は、首を傾げどうも納得していないようだった。


「いやいや、何かの間違いですから。自分の魔術が防がれるとかあり得ないですから。自分天才ですから。何かの間違いに決まってます」


 そう言って、王族親衛隊の副隊長は先ほどよりも更に大きな炎を作りだした。

 先ほど魔術を消されたのは偶然だと言いたげに、その若い騎士は再び魔術をタルスに向ける。


「さっきよりも強い炎です。これなら防がれるはずないっすよ」


「なら、試してみるがいいさ」


 言われなくてもわかっていると言わんばかりに、その直後――人間一人ぐらいなら簡単に飲み込めるぐらいの炎が放たれた。

 物凄い威圧感を放ち炎の塊が、再度タルスに向けて飛んでゆく。

 その巨大な炎はタルスは勿論、周りの者たちの視線も釘付けにするほどだ。


 しかし、タルスは物怖じなど一切しない。

 また同じように魔術潰しの短刀を振るう。

 そしてやはり、先ほどと同じように魔術で作られた炎は効力を無くし始めた。

 大きさなど関係ない。

 タルスの短刀の前では魔術の炎も消え去るのみ。

 巨大な炎は徐々に形が崩れ、霧のように消えさろうとする。


「なんどやっても同じ事だ」


「ですよねー。自分もそう思います」


 そこでタルスの思考が止まった。

 余裕を持って魔術を無効化した彼の言葉に、すぐ近くで聞き覚えのある声が返事をしたからだ。


「――なっ!」


 そして、次に驚きがきて、間髪いれずに激痛が走った。


 離れた場所にいたはずの王族親衛隊副隊長が、いつの間にかタルスの傍まで接近していたのだ。


 そして、気がついたときにはタルスの腹部は彼の持つ剣で、深く斬られていた。


「くそっ!」


 タルスは思わず後方へ跳躍し、短刀を持っている左手で斬られた部分を確かめる。

 幸い傷はすぐに塞がったが、今の一撃でタルスの精神に先ほどまでの余裕はなくなっていた。

 明らかに自分の中で動揺が広がっているのを、タルスは認めたくはないが抑えられない。


 そして、王族親衛隊の副隊長はそんなタルスを見ながらつまらなそうに言うのだった。


「ああ、やっぱりだ――あなた自身は弱いっすね」

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